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58・弱いままの自分を望まない。

「さて…うちのがいきなり申し訳なかったね。いやもう本当にごめん…とりあえず自己紹介させてもらっていいかな?俺はケイマ、そっちの白い髪がレイン、狼耳がウルフィアで狐耳がフォクシー、白いスライムがポヨで、あとあの怖いお姉さんがフェニだよ、宜しくね。」


 俺は出来る限りの爽やかな笑顔を表面上浮かべながら、しゃがんで相手に話掛けている。そう、恐らくトラウマとなる過去ベストワンの恐ろしい目に遭ってしまった為、部屋の隅に体育座りをしながら頭を抱えてブルブルと震えているマシュー君にだ。


「うちの従魔がいきなりごめんね…とりあえずお仕置きしておいたから。」


 俺の後ろでは涙目で頭に出来たマンガみたいなタンコブを擦っているフェニがいた。


「…私は悪くないぞ…そやつが子供とはいえふざけた真似をするからいけないのだ!」


 恨みがましい目でマシュー君を睨む。


「ヒッ!?」


 マシュー君がフェニに睨まれてトラウマからの再パニックに陥ろうとしていた所で、ウルフィアが優しく声を掛けた。


「ところで、1つお聞かせくださいな。マシュー君は家庭教師が嫌いですの?」


 ええー……いきなり彼の闇の部分の核心に迫っちゃうわけ…?ほんと俺の気遣いとか全部無駄にする人達だなこいつら……


「そうですそうです!何でも好き嫌いは良くありません!ところで家庭教師って何をする仕事なんですか?」


「はい、レインは危ないからみんなから一歩下がっていような?」


「え?危ないんですか?」


「今マシュー君の心はガラスみたいに繊細で壊れやすくなってるから、フェニと一緒にそっちにいようね?」


「なるほど、ガラスなら壊れやすいですもんね!わかりました!」


「偉いぞレイン、後でお菓子を買ってあげよう。」


「やった!」


 今はマジで硝子の心のマシュー君に何の弾みで何をし出かすか、もはや解らないフェニとレイン(危険物)は近づけたくない。お菓子で済むならば安い話だ。


「………じゃない……」


「え?」


 マシュー君が体育座りのまま俯いて何かを小声で話した。


「……家庭教師が嫌いなんじゃない……」


「?じゃあ、どうして家庭教師を追い出す様な…」


「みんな嫌いだ……!特にステラ姉様は大嫌いだ!」


「……何があったか、話してくれるかい?」


 この年齢で早くも人間不信とは……!やべえ…なんとかしないと手遅れになる…!「人間滅びろ」「リア充爆発しろ」とか日々ブツブツ独り言を話している様な本当に人としてダメなニート貴族になってしまう!



「……ステラ姉さんが家を出て行ってから……貴族中でその話が広まったんだ……大貴族ジーナス家に捨てられて冒険者になった娘として……貴族内ではそういう汚点は直ぐに話が広まる。」


「ステラさんが家を出て冒険者になる事が……そんなに?」


 ううむ……貴族が冒険者をやる事がそんなに恥なのか?いやでもレインを隷属させていたあの何とかってやつも貴族だったよな?


「貴族が冒険者をやる事が恥なのかい?」


「……そうだよ。自分の強さを誇示する為に道楽でやっている貴族や、武門の名家の貴族が修行の為にやってはいる事はあるよ………」


「なら、ステラさんも別にいいんじゃないのか?」


「…………『ジーナス家に捨てられて冒険者になった』って事が恥なんだ……それに、貴族にとっては冒険者は遊びに近くて、本気でやろうなんて誰も思わないよ…」


「成程……貴族という地位から転落して、生活の為に本気で冒険者になる事は恥だと……」


 元の世界で言うとアレだな。エリート一家で東大出たけど『俺はミュージシャンになるんだ』と言ってそのまま鳴かず飛ばずでグダグダになっちゃって、もはや無職のニート状態の息子に親父がキレて勘当されてホームレスになる様なもんか?ああ、それなら納得だ。

 そんなんなったら多分、ご近所ではヒソヒソと『あそこの息子が…』とか家の事を陰で嗤われるんだろうなあ。そりゃエリート一家の汚点になっちゃうよなー。


 そういや、アルフレドさんも『後悔してる』って言ってたな。頭に血が登ってしまって、我が家の汚点になる事に気が付かなかったんだろうなあ。


 そして冷静になって、『完全にやっちまった…!』ってなってるのが今の状態か。それで汚点を払拭する為にマシュー君をエリート貴族にして、ステラさんの今回の件を払拭して余りある状態にしたかったのかー………そしてそれもやり過ぎてしまったと。


 まあ、ステラさんの場合はそんなニート息子とは訳が違うのだが。



「ステラ姉さんは美人だし、頭もいいし、他の貴族の男からの求婚も結構あったんだ。」


「ステラさんならあってもおかしくないな。」


「お父様はそんなステラ姉様には名家の貴族の所へ嫁いでいって欲しかったみたい……貴族同士の結びつきも強くなるし、それが貴族の令嬢の普通なんだ。けどそんな折、姉様は騎士団に入りたいってお父様に言い出したんだ。昔から王国騎士団に憧れの人がいて、その人と一緒にこの人を色んな脅威から守りたいって言い出して……」


 ふーむ…アルフレドさんが言う話と一致するな。なんだか騎士団の強い人、女性だったっけ?



「姉様が勘当されてジーナスの性を名乗れなくなってから、他の貴族に話が広がるのは早かったよ……2日後には学園の同級生に言われて、それからは毎日『転落長女』とか『下賤な冒険者無勢に成り下がった女の弟』だのって言われ続けてきたんだ……直接言ってくるヤツもいるけど、大体陰から嗤っているよ。姉様が騎士になんて憧れるから……下賤な冒険者なんかになったりするから!」


「それで耐えられなくなって学園には行けなくなってしまったと……家庭教師への態度は八つ当たりみたいな感じかな?」


「……うん…でも、貴族の家庭教師は皆事情を知ってるから、いつも皆『君の姉みたいにはならない様に』とか必ず言ってくる……それも辛かったし…」


 うーん、まあ家庭教師嫌いでは無くてただの八つ当たりだったのは良かったとして、貴族の地位から一転冒険者1本で生きていく事が貴族の中ではそんな解釈になるとは。しかしなあ……それ、可笑しな事かな?



「冒険者として生きる事の何が悪いんですの?」


「え?」


 思わずと言った様にウルフィアが話に割り込んできた。


「ええ、私もそう思います。マシュー様、ウルフィア様はエスターニア王家の姫ですし、私も王家に仕えるメイドですが、エスターニアでは貴族内でも王族内でも冒険者に対してその様な解釈をする人は聞いた事がありません。」



「……え?エスターニア王家……?」


「先程ケイマさんの紹介では名前だけでしたわね。私、エスターニア第一王女のウルフィア=エスターニアと申しますわ。」


「姫様にお仕えしておりますメイドのフォクシーと申します。以後お見知りおきを。」


「え、ええ!?」


 本当かよ!?という目で室内にいたジーナス家メイドのアリアさんの方を向くマシュー君。アリアさんは大きく頷いた。


「で、でも……皆は…『冒険者等は金も地位も無い、自分の命しか掛ける物が無い貧乏人達がする下賤な仕事だ』って……言ってるし……」



 成程、俺には思いつきもしない発想ではあったけど、貴族的発想ではそうなるのか。まあ俺に関しては貧乏なのは当たっているけれども。マシュー君は多少狼狽えながらもそう話をするが…



「そうではありませんわ。マシューさん、人間の命って1人いくつ持っているかご存知ですの?」


「い、命はもちろん1人1つだよ…」


「そうですわ。1人につきたった1つしか持っていない命を掛けて仕事をする冒険者という仕事は、決して野蛮でも下賤な者の仕事でもありませんわ。死んでしまったら全てがお終いであるにも関わらず、街や村に被害が出ないように命を掛けて魔獣を倒したり、危険な森に入って病人や怪我人の為に薬草等を採ってくる仕事です。ですからエスターニアでは冒険者は重宝していますし、そういう意味では貴族も王族も敬意を持って接しておりますわ。」


「騎士団は国を守る事が仕事かもしれませんが、そこまで小回りの利く組織では無いので大事にならないと動けないのです。騎士団が病人の為に薬草を採りに行ったり、村の畑を荒らすゴブリンを討伐した話等は聞かないでしょう?街の人々の日常を守っているのは冒険者なのです。」


「あ…………それは……………でも……」


 貴族的思考で育ってきたマシュー君には納得し難い話かもしれないとは思う。だけど、それが現実。



「ええい!『それはでも』では無い!」


「ヒッ!?」


 今まで黙っていたフェニが突然怒りながらマシュー君に食って掛かる。


「ウルフィアもフォクシーもはっきり言ってやれば良いのだ!金だ貴族の地位だ、高貴だ下賤だのとばかり言って、たった1つの命を掛ける度胸も無い覚悟も無いその意味も分から無いやつらが偉そうにものを言うなと!」


「フェニさん……」


 フェニ…少しは良い事を言うじゃないか。ちょっと見直したぜ?



「金や地位に物を言わせれば全てが解決すると思っているやつらにはな、お前達が縋るそれすらも無意味な存在が世の中には多々存在しているのだと思い知らせてやって、たった1つの命を掛けるという事の意味を叩き込んでやるしかあるまい!」


 ……ん?



「えーと、フェニ……どうやって?」


「至極簡単な事、ケイマを頭目として我らがこの国で調子に乗っている輩どもを叩きのめせばいい。」


「良くねえよ。しかもなんで呼び方が頭目なんだよ。盗賊か。」


「輩どもは金で命乞いをしてくるだろう。だが我らは金で動く様な俗物では無い。するとどうだ?金や地位は自分や家族の1つの命すらも守れない!最後に頼れるのは己が力!と身を持って教えてやればいいのだ!」


 「それ、貴族王族はどっかに隠れて、多分騎士団の人達がただ犠牲になるだけだと思うけど……。あと、それもうただのテロリストじゃん。」


「我は聖獣だぞ?正義は常に我にあるのだ。」


「それヤバイやつの理論……オマエ絶対にやろうとするなよ。」


「ふ、ケイマからのフリも出た事だし、レイン、ウルフィア、フォクシー、ポヨ、突然だが家庭教師などやっている場合では無くなったぞ。早速を作戦会議を…」


「『押すな押すな』的な意味じゃねーよ!?マジで止めろっつってんの!」


 そこで突然俺はハッと我に返り、ちらっとマシュー君を見る。



「………」



 …やっべー…マシュー君無表情だよ……っべー……ウルフィアとフォクシーの良いお話からの360度した話…いや一回転してるなコレ落ち着け俺。とにかく真反対の意味不明なフェニの発言にマシュー君が呆れてしまっている顔をしているよ。何かウルフィアとフォクシーのお陰で心のゴール(?)が見えかけてきた所でコイツはホントもう……どうやってリカバリーを……


「……フェニさんがそれをやって、姉様が命を掛けて皆を守ったら………皆は姉様や僕をバカにしなくなるのかな…?」


 あっれ?リカバリーの必要無し?


「もちろんですよ!ステラさんは良い人ですしカッコいいですし正義の味方ですから、ケイマさんが暴れたら絶対に来てくれます!そして皆の尊敬の的です!」


「いや!俺はやらんから!何全員やる気になってんの!?頭目がやらんって言ってるでしょう!?」


 あれ?家庭教師ってこんなに大変なんだっけ……?



「……マシュー君、あなた、本当はステラさんが大好きなのでしょう?」


 ウルフィアがマシュー君に優しく話しかける。


 マシュー君は少し俯くが……


「………うん。こうなる前は姉様と凄く仲良しだったし大好きだったんだ。姉様のせいでお父様が厳しくなってしまったけど……皆さんのお話を聞いて、冒険者って他の同級生や貴族の人達が言う様な職業…ううん、生き方じゃなかったって分かった。そう思うと姉様の事、他の誰が何と言おうと誇らしく思える…」


 直ぐに顔を上げたマシュー君は今までの鬱々とした表情では無かった。



「……姉様が、冒険者が羨ましいかな…一度しかない人生で、たった1つの命を掛けてまで何かをするなんで………僕には考えもしなかったし、出来もしないだろうから。」


「貴族には貴族の考え方や柵があるのは理解しておりますわ。けど、貴族は国の有事に騎士団を指揮したり、内政を混乱させない様に民を諭し解決方法を探し、王の元で領地を果ては国を守る存在、ですから貴族は優遇されているのですわ。その際に命を掛けなければならない事もあるという意味も理解していないフォルクシア貴族の考え方では、この国の貴族の質も知れているというものですわね…それではただの国から優遇された金持ちなだけですわね。」


 ウルフィアの厳しい意見は、マシュー君にでも俺にでも無い誰かに向けられている様に思えた。



「僕は……そんな命を掛けて国を守る様な凄い人にはなれないよ……だって…僕は同級生からイジメられただけでこんな風になってしまった弱虫だから……」


 マシュー君がまた鬱々とした表情で俯いてしまった。……この年頃はこんなに難しかったか…?この位の年頃の俺って、もっと扱い易かった様な気がするけどなー。


「『だって』じゃない!」


「ヒィッ!?」


 何が琴線に触れたのか、うちのトラブルガールがまた大声を張り上げた。今度は何…?


「なれないでは無いのだ!『なりたい』か『なりたくない』か、だ!ブラックオアホワイト!デッドオアアライブしかないのだ!分かるか!?」


 あー、最後の方で言ってる事分かんなくなった!折角最初はちょっと良い事言ったと思ったのに!


「で、でも僕は皆さんみたいに強く無い…」


「そんな事は聞いていない!たった1つ己の命を掛けて皆や国を守れる様な男に『なりたい』のか!?『なりたくない』のか!?」


「ヒッ!?な、『なりたい』……です…!命を掛けて、何かを成せる男になりたいです!」


「ようし分かった!では行くぞマシューよ!」


 フェニがマシュー君の手を握って立たせると、そのまま引っ張って行く。



「え?え?ど、どこへ……」


「ちょっ!?フェニ!?どうすんだよ!?」


「決まっている!当主アルフレドの所だ!アリア、アルフレドはどこにいる?」


「マシュー様に何をされるおつもりですか!?そ、それに、か、勝手に屋敷内を歩かれては困ります!」


 だよねえ!もうこのノリは人攫いに近い!メイドならこの質問拒否って当然!メイドの鏡!



「でも多分ご当主様は部屋を右に出て突き当りを左に曲がって3つ目の左にある白い扉の執務室でお仕事中かと思います!」


 メイドの鏡ィ!?すっごく親切丁寧に教えちゃってるけど!?



「フェニ……何がしたいかだけ教えてくれよな…」


 するとフェニは俺に向かい、ニヤリとする。


「こいつが命を掛けて何かを成せる男になりたいと思ったのだ。ならば我がその希望を叶えてやろう。それには親の許可が必要だろう?我とてその位の常識はあるのだ。このまま黙って連れていったら、ただの人攫いではないか。」


 もはやこの流れが常識とは程遠いし、これも十分人攫いのノリだと思うが……


 

 うーん、普通なら「ふざけるな帰れ」でジーナス家出禁は間違い無い気がするが………ステラさんとマシュー君への今までの教育方針を後悔している今のアルフレドさんは……どうだろうか。


 いやーダメだろうな。ただ、OKだったらアルフレドさんの正気を疑う。



 とりあえず凄い勢いで先に行ってしまったフェニとマシュー君を追いかける俺達だった。




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