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55・爆弾脳筋一派を望まない。

「それで、話というのは?」


 皆が去った後の執務室で、俺はライオスさんとエレオノーラさんの正面に座り要件を催促する。



「うむ、実はな…先日レッカの娘が『カース』に侵された事があっただろう?」


 レッカの娘、ルカちゃんの事か。ポヨが解呪を行った後は、今までの弱り切った状態が嘘みたいに元気になったって聞いているけど。


「ええ、ありましたが……もしや、犯人捜しに進展がありましたか?」


「そうだ。まぁ実際少しばかりの進展ではあるがね。犯人と思われるヤツの名前が分かっただけだが。」


「名前が?」


「実はあの一件の後、俺は陛下に直々に謁見を行ってその話をしたのだ。そして陛下は王国騎士団の諜報部隊を使い『呪』を使用した犯人を捜す指示をしてくださったのだ。」


「この国の王様が直々に?」


「あの一件の後、改めて『呪』に侵されていると思われる者達を教会に集め王家の善意で治療を施した所、100人程いたらしいが、ほとんどの者達が解呪されたのだろうな、今まで苦しめられていた症状から解放されたのだ。」


「そんなにいたんですか……」


「それで、だ。諜報部隊が犯人捜しを初めてから数日が経過しているのだが、情報を追っていた隊員が実は既に10人程何者かに殺されてしまっているのだ。」


「……」


 10人もか…これは間違いなく…


「間違いなく殺された彼らは犯人と接触し戦闘となり、そして亡き者にされたのだろう。隊員は諜報隊員とは言え鍛え上げられた騎士団員だ。それを10人も倒すとなると、相手もかなりの実力者という事になる。」


「でしょうね…相手は『呪』を使う『呪術師シャーマン』だけでは無かったという事でしょう。しかし接触した彼らが全員殺されてしまっていたのに、よく名前が分かりましたね。」


「隊員の1人がな、何とか一命を取り留めていたのだ。そして当時の状況を語ってくれた。ケイマの言う通り相手は呪術師以外に2人、職業は分からんが1人は剣を使い、1人は魔法を使って襲って来たという話だった。」


「剣と魔法…」


「そしてその時に彼らが話していた会話でお互いを呼び合っていた名前が……ええと…なんだったかなエレオノーラ?」


「はい、『リューイチ』と『シロウ』と『タクマ』、と。これが彼らの名前で間違い無いでしょう。」


「え…!?」


 おいおい……ちょっと待ってくれ………その名前って、日本人の名前じゃねえの?もしかして…俺以外にもこの異世界に何かの弾みで転移してきた人間がいるって事なのか?


 だとしたら…同郷の者として仲良くなりましょうって出来るか……?いやー、誰彼構わず『呪』を掛ける様なヤツらだし……「お互い協力して世界征服をしましょう!」何て言ってくる阿呆の可能性が大きい。つまり俺のこの世界での生き方と真っ向から対立する様なヤツらだと思って良いだろうな……かと言ってこの世界にまで来て迷惑を掛けるヤツらを同郷の者としては見過ごす訳にはいかないのかもしれないし…



「ケイマさん?」


 いきなり日本人的な名前が出てきてしまった事に驚いた俺は、2人から目を逸らして考え込んでしまっていた。エレオノーラさんが俺を覗き込む様にして名前を呼ぶ。


「え?ああ、すみません、何でもありません…」


「それでケイマ。この3人の名前なんだが……お前さんの名前とニュアンスが似ていると思ってな。もしお前の同郷の者であるならば何か知っている情報等が無いかと思ってな。」


「ええ、確かにその名前は俺の同郷の者の名前かと。でもすみません、彼らについて知っている事は何も無くて…」


「むう…そうか。ちなみにケイマはどこの出身なのだ?」


「出身ですか………聞いた事は無いと思いますが、ニホンという東の果てにある国でして…」


「ニホン……ですか…?うーん、確かに聞いた事が無い国名ですね…」


「東の果てか…俺も近隣の国しか知らんからなあ。」


 でしょうね。


 ライオスさんとエレオノーラさんは少し考える様な表情を見せる。嘘は言って無いんだけど、何やら罪悪感がある…



 そしてその時、ギルドの1階が何やら騒がしくなっている音が聞こえた。


「?なんだか下が騒がしくなりましたね。」


「うむ……まあ大方冒険者同士が喧嘩でも始めたのだろう。大体の事はリリアとエスティナで対応が出来るだろ。エレオノーラ、一応様子を見に行ってもらえるか?」


「わかりました。」


 ライオスさんの指示でエレオノーラさんが1階の様子を見に執務室を出て行った。




「話の続きだが、まあ同郷の者全てが顔見知りであるとは俺にも思えんからな、別にお前が謝る必要は無いんだ。そのうち何か情報を得る事が出来たなら、俺に報告してくれると助かる。」


「わかりました。同郷であれば顔でも見れば判別位は付きます。俺の方でも情報を集めてみたいと思います。」


「そうしてくれ。」


 と、その時エレオノーラさんが静かに扉を開けて執務室に帰ってきた。



「と、まあ一応話は以上だ、仲間が待っているだろうから早く下へ行ってやれ。」


「ええ、分かりました。」


「エレオノーラ、どうだった?今回は誰が騒いでた?ガルドかアウェインか?」


「…………」


 ライオスさんの言葉に、エレオノーラさんは静かに下を指差す。


『?』


「……ケイマさん……」


 そして静かに俺の名前を呼んだ………いやー…もしかしてさっき騒いでたのって…


「うちですか?」


 エレオノーラさんは静かに頷いた。


「ケイマ、仲間が待ってる、早く下へ行ってやれ……」


「…はい…」


 他の人に迷惑掛けるなって言ったのに……




 -----------------------




「……ええー……?」


 俺が下に降りると、事はまだ続いていた。



 男の冒険者が1人、天井に首を突っ込んでぶら下がっている。ど、どうなってんのアレ…?


 そして2人は壁に頭を突っ込んで動かない。更に別の2人は床に頭を突っ込んでしまっている。てゆーか何で皆頭から突っ込んでんのコレ…流行ってんの?



 しかしそれよりも問題なのが、逆さまになって床に頭を突っ込んで動かない男の尻を嬉々として蹴り続けているヤツがいて、リリアさんを含む受付やギルド職員及び他の冒険者達をドン引きさせていた。


「アーーッハッハハハ!!ケツサンドバッグの出来上がりだぜえ!!オラァ!ほらほらもっと良い音鳴らせよこのミジンコがあ!!」


 バシーン!バシーン!! パシィィィッ!!


 凄い狂気の笑顔でいる獣人女性が、逆さまに床に埋まっている男の尻を蹴りながら良い音がどうのこうの謎のコメントを発している……あれ?何?冒険者登録してるんじゃなかったっけ?何が起きたら冒険者登録から逆さまに床に埋まっている男の尻を蹴る状態になるの……?



「おお!良い音鳴るじゃねえかあ!!やれば出来るじゃねえかオマエよぉ!よっしゃもう一丁……」


「…ちょっと……ウルフィアさん…?」


『!?』


 ビクゥ!!という感じでうちの人達が肩を震わせると、それぞれが首を「ギギギ…」という音でもするんじゃないかと思う位にゆっくりと俺に顔を向けた。



「………なに?これ?誰か…説明…出来る人……?」


『………』


 皆俺を見たまま無言で動きを止めてしまっていた。



「ウルフィア?」


 再びビクッと肩を震わせたウルフィアは、額にうっすらと汗をかきながら開口する。


「ケ…ケイマさん……これは……アレだよ……まさにアレなんだよ…」


「そうか……あれって……?」


「こ、これは……『武闘家ファイターとサンドバッグごっこ』だよ……あ!そ、そうそう!今フォルクシアで流行ってるって、あの、なんかその……その辺で聞いたから!」


「聞いた事ねえよ!?只のイジメじゃねーか!そんなん流行ってたまるか!」


「えぇ!?あ…!ああ間違えた!これは競技!誰が一番凄いケツおんを鳴らせるかっていう、エスターニア伝統の競技で…」


「咄嗟の思い付きでも酷いぞソレ!?なんだよケツ音て!?」


「ま、待てケイマ!違うんだ!我らは悪くないのだ!悪いのはこいつらなのだ!」


「本当かよ?どういう事さ?」


「う、うむ実はな……」



 -------------------





「成程ね……確かに最初はそいつらが悪いな。」


「だ、だろう!?」


「『最初は』ね!!完全にやりすぎだろうが!何で全員頭から壁に突っ込んでんだ…?」


「それは知らん……全員が一発ずつ殴ったら、ヤツらは一撃でああなってしまったのだ。」


「一撃?」


「……ウルフィア以外は。」


 ウルフィアに話をしようとすると、急に『戦闘狂ベルセルク』から落ち着いた状態に戻っていた。



「も、申し訳ありませんわケイマさん……」


「ウルフィア……ちょっとやりすぎ……」


「お尻を蹴るのが段々楽しくなってきてしまって……」


「……」


 それに楽しさを覚えるのは、それはそれで少し危険な気がする。



「とりあえずそいつらを医務室へ連れて行ってから…」


「ケイマさん!大丈夫です!」


「リ、リリアさん?」


「後処理は私達がやりますから!とりあえずウルフィアさんとフォクシーさんはこの水晶に手を当てて魔力を流してください!ギルドカードをお渡ししてそれで冒険者登録は完了ですから!」


 リリアさんを含むギルド職員が、もの凄い勢いで事後処理を申し出てきた。



「ええ?で、でも…」


「大丈夫!ケイマさん………察してください……」


「あ、ああ…そういう事……」


 とにかくこの場の全員がドン引きして、他の冒険者等も一言も発しない冷え切った空気を持ち直すには、当事者がこの場から去る事が重要……というかあの男達が起きて、新たなトラブルが発生したりする前に一刻も早くこの場を離れてほしいと………ほんとすいません。


 とりあえず、2人の登録をしてもらうか……



 --------



 ウルフィアとフォクシーの冒険者登録は3分位で済んでしまった。そして俺は皆を連れて冒険者ギルドを後にする事にした。冒険者ギルドについての説明は俺からする様に言われた。



「あの…なんか……ほんとすみません……」


「いえ……ケイマさん……がんばって管理してくださいね…お願いですから……」


 疲れ切ったリリアさんの心の底からの叫びとも思える言葉を背に、冷え切った空気の冒険者ギルドを後にしたのだった。



「今日から冒険者ですわ!私、明日から活躍してみせますわ!」


「うむ!頼もしいな!」


「…………」



 明日ここに来るのが怖くなってきた。





 -------------------------





 次の日、冒険者ギルドに仕事を探しに来た俺達一行。


 俺は昨日の一件があった為、実は暫くほとぼりが冷める位までギルドに行くのを自粛するつもりだったのだが、冒険者に成り立てでやる気が漲ってワクワクし過ぎているウルフィアとフォクシーを止め切れずやって来てしまった。


 昨日の一件を知っている人が誰もいません様に…!



 しかしギルド内に入った瞬間に分かった。空気の読める俺は分かってしまった……この場が一瞬にして緊張感が漲る空間と化してしまった事を。



『おい……あれ…』

『知ってる?昨日の…』

『目には目を、暴力には暴力って?』

『脳筋の考えじゃんそれ…』

『しっ!目を合わすんじゃねえよ…』

『脳筋だから絡まれたら厄介だぞ。』

『理屈が通じない相手なのか?』

『ああ、脳筋だからな、常識や思慮のカケラも無いらしいぜ。』



「………」


 い、いかん……!!これはダメだ!


「ケイマさーん?どーしたんですか?」


「おお、ケイマよ、今日はこのクエストはどうだ?」


「それなんですの?フェニさん?」


「ワイバーンの殲滅ですか?成程、金貨100枚というのも中々ですね。私はそれが丁度良いかと思いますが。」



『ワイバーンを丁度良いだって…!?』

『すげえけど……何しでかすか分からないヤツらが強いのは怖いな…』

『目を合わせるなよ?目があったら何かされるぞ。』


 

 そうじゃねえ……そうじゃねえんだよ……


 今まで俺が1人でやってた頃ですら化物扱いされていたというのに、今更俺達が阿呆みたいに強い魔物を倒しても、もはや畏怖の対象から逃れる事は出来ないだろう……なんて事だ…俺はもっと穏便で平和的な男なハズなのに!


 何かこの状況を打開出来る何かは無いのか!!



「何か…………ん………?」


 その時、『その他』のクエストにあった1枚の依頼書が目に留まった。



「…か……て……い…き……し…?」


 かていきし?家庭騎士?いや、何か違う……


 未だ文字が微妙にしか読めない俺が口にした言葉を聞いて、フォクシーが覗き込んでくる。


「どうしましたケイマさん?おや?家庭教師のお仕事ですか?冒険者ギルドというのはそういった依頼も受けているのですね。幅が広いものです。」


 何……?



「今、なんと?」


「え?この依頼書ですか?『子供の家庭教師をしてほしい』とありますが……それが何か?」



 か、家庭教師……こ、これだ…


 このケイマ一派が何をしでかすか分からない爆弾脳筋一派と今後揶揄されない為に、勉強を教える事が出来る頭脳派であり、尚且つ子供の指導教育も出来る常識人である事をアピール出来るこのクエストは最適だ!全てを覆せる!


「よし決めたぞ!俺はこのクエストを受ける!」


『ええ!?』


「異論は認めない!俺はこの依頼者の子供を一人前にしてみせる!」


「どうしたんですかケイマさん!?家庭教師に何か思い入れでもあるんですか!?」


「いや?特に無い。」


「ええー?な、なんで?」


「俺達の、名誉の為だ。」


「め、名誉ですか…?」


「そうだ。とにかくこのクエストは絶対に完遂する!絶対だ!」



 俺は意気揚々とその依頼書を持って受付カウンターへと向かうのだった。




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