54・血の気の多いヤツらを望まない。
「……なるほど…何と言うかなぁ……お前は本当に……何て言うか…………イベントが発生する男だなあ…」
ライオスさんの執務室にて先日の事の詳細を伝えると、彼からそんな言葉が返ってきた。
「いや、望んで発生させている訳では全くないんですが…」
ここはフォルクシアのギルドにあるギルドマスターであるライオスさんの執務室。俺はエスターニアに旅立つ前に従魔とした、一角獣シルバーの従魔登録をする為にギルドを訪れた。やたらと目立つ従魔の為、エスターニアから帰ってきて早々にギルドに来た。
それにシルバーの従魔登録だけでは無く、新たに仲間になったウルフィアとフォクシーの冒険者登録を行う為でもあった事から、皆で冒険者ギルドへ訪れたのだ。
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「あ!ケイマさん!数日ぶりですね。皆でどこか行ってたんですか?ここ最近お会いしなかったですよね?」
「ええ、ちょっと色々ありましてね。エスターニアの方に。」
「え?エ、エスターニアですかぁ?ええと……それはそちらの方々と関係のあるお話ですか?」
リリアさんは先程からチラチラと視線を向かわせていたウルフィアとフォクシーを見て言っているのだろう。ここに入った時にも他の人達が完全に2人を見てざわざわしてたもんな。やっぱりフォルクシアじゃ獣人族は珍しいんだろうなあ。
「そうです。この2人はちょっと……いや、本当に……まぁ色々…ありましてね……仲間になってフォルクシアに来た次第なんですよ。」
「そ、そうなんですか。」
「そうなんですよ。で、ですね、2人の冒険者登録をお願いしたいんですが。」
「そういう事ですか、わかりました。あ、そうそう。その前にギルドマスターからケイマさんが来たら執務室へ呼ぶ様に言われていたんですよ。今お時間ありますか?」
「ああ、大丈夫ですよ。」
「じゃあご案内しますね。」
そうして俺達一行はリリアさんに連れられてライオスさんの執務室を訪ね、ライオスさんからの本題の前に先日の青龍団の討伐からピノちゃんの救出、エスターニアでの出来事の経緯を話す事となった。
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「ケイマさんって、普人族の方が仲間になってくれる事が無いんですね…」
ライオスさんの隣でエレオノーラさんがぽつりと呟いたその言葉は、やけに室内に響いた様な気がした…。あるよねー……ぽつりと失言した瞬間だけタイミング良く誰も喋って無くて、一瞬いきなり静かになった事で部屋の中にやたら大きく響いちゃったりする失言…
分かってます。分かってますよそんな事は……。この街では化物扱いでまともな仲間が出来そうに無いって事くらい!
でもね、一応友達はいるんですよ?レッカと………ティアと…………と、とか………。ま、まあ信じられる仲間は片手で足りる位が丁度良いんだよ?
「しかし、ウルフィア姫は本当に冒険者になって宜しいのですか?危険を伴う仕事で、私には何かあった時の責任としては首を差し出す位しか出来ないんですが…」
「はい、構いませんわ。私とフォクシーだけがお金を稼ぐ事が出来ないのは不本意ですもの。フォルクシアで冒険者になる事はお父様…ガオレア王も承知の事ですわ。それに私もフォクシーも腕に自信はありますのよ?」
ライオスさんが俺にちらっと視線を向けるので、俺はゆっくりと頷く。
「その辺りは全く心配しないでください。エスターニアのガオレア王も、その辺は全く心配してませんでしたし…」
「ええ?そうなのか?エスターニア王家の教育方針なのか?」
「近いです。」
「………根拠は分からんが、それでいいのなら構わないが……」
根拠か………。戦闘特化のスキル『狂戦士』を持っていて、尚且つ地元じゃ『戦闘姫』なんで呼ばれている事は、俺の仕事と平穏な日々に影響が出そうだから言わないでおこう……
「まあ、とりあえずケイマが最近何をしていたかは理解した。ああ、そうだリリア、お2人の冒険者登録をしてやってくれ。」
「はい、わかりました。ウルフィアさんとフォクシーさんは冒険者登録をしますので、またギルドのカウンターへお願い出来ますか?」
「ええ、わかりましたわ。」
「はい。」
「ケイマはちょっと別件で話があるのでな、少し残って貰えるか?」
「え?別件ですか?……フェニかレインが何かやらかしましたか?」
『何で名指し!?』
フェニとレインが揃って抗議めいた声を上げる。
「え?自覚無いの……?なんでって……日頃の行いで分かるだろ…」
「く……善行の塊と呼ばれた我にとっては屈辱だな。逆にケイマが我の体のラインを日頃舐める様に見ているから迷惑を掛けられている位だというのに。」
「本当に性質の悪い嘘は止めろよ!!」
「私達はケイマさん以外の人に迷惑を掛ける様な悪い事はしてません!」
「こ、このやろう……」
「いや、誰が迷惑掛けたとかそういう話ではないのだが…とりあえず構わないか?」
「あ、はいすみません。じゃあリリアさん、すみませんが皆を宜しくお願いします。」
「もちろん任せてください。」
「あと、フォクシーとポヨ以外の皆は他の人に迷惑を掛けない様に。」
『なんで!?』
「じゃあ行ってらっしゃい。」
「なんで私が問題児枠に追加されているのですか!それには断固抗議させて……」
「はーい、皆さんこちらでーす。」
ウルフィアが抗議しようとした所で、埒が明かないとみたリリアさんがウルフィアの背中を押して皆と共に部屋から出て行った。
「ケイマは大変だな…」
「まあ、皆強いだけに厄介事に絡まれやすく、首を突っ込みたがる様で参っちゃいますよねえ。」
「まあお前さんはその一団のリーダーな訳なんだがな……」
「それはさておき、お話というのは?」
「うむ。実はな……」
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一方、執務室を追い出されたメンバーは……
「まったくケイマのやつ、我らがいつも人に迷惑を掛けている常識に疎い様な物言いをしおって!憂さ晴らしに街中を灰にしてやろうか!」
「私はエスターニア王家で『強さこそ全て』というちゃんとした教育を受けておりますので、むしろ常識しか無いのに……ケイマさんたら酷いですわ。」
「本当ですよ!もう怒りました!ルノーさんの所でケイマさんのツケでお菓子を沢山食べてやります!」
『(多分、そういう所じゃないかなあ……)』
フォクシーとポヨは同時にそんな感想を持った。ただ、それは黙って飲み込む事にした。
「ええと…とりあえずウルフィアさんとフォクシーさんの冒険者登録をさせてもらいますね!」
妙な話の流れを止める為、リリアが本題を切り出す。
「そうでしたわ。しかし私達は冒険者のアレコレを存じませんので…」
「それは大丈夫です。登録の際にちゃんとご説明させて頂きますので。では、まず最初に…」
バァン!
リリアが話を始めようとした時、冒険者ギルドの扉が音を立てて勢いよく乱暴に開かれた。
「あー、やあっと帰ってこれたぜ。」
「ったくよ、汚え豚共の死体ばっか見てたから未だに胸クソ悪いっつーんだよなあ。」
「さっさと完了報告してこいよ、俺は早く酒が飲みてえんだよ。」
「酒のあとは色町に行って女だな!」
「いいねえ!」
見るからに厳つい男の冒険者と思われる5人の集団が、何かの魔物の返り血や汚れそのままに入ってきた。
『あいつら…帰ってきちまったよ…』
『ち…今回はオークの集落の殲滅って結構ヤバイ依頼だって言ってたから、何人かは居なくなってるかと思ってたのに…』
『認めたくないけどやっぱりあいつら強い…』
『そのまま全員死ねばこの街も平和になって良かったのに……』
入口から受付までのフロアを我が物顔で移動する彼らには、同じ普人族の冒険者の帰還を祝福する声とは正反対のものがヒソヒソと囁かれていた。
「む?なんだあいつらは…返り血や汚れ位は拭いたらいいだろうに…」
「うわ…私は耐えられないです…!」
「あれは最早私が本気で洗濯をしても決して落とせない汚れになっていますね。」
小声でそれぞれの感想が呟かれる。
「彼らはBランクパーティの冒険者なんです。なんというか……冒険者としては強いのですが、常日頃素行に非常に問題がありまして…」
「あらまあ、荒くれ者の嫌われ者なのですわね。」
「ええ……裏で恐喝や素材やアイテムの横取り、ギルドや街中での乱闘なども日常です。」
「ふーむ、まあ我らに火の粉が飛んで来なければどうでもいい話だ。」
「そ、そうですか。まあ確かにケイマさんを含めた皆さんには彼らもゴブリンも大差無いでしょうけど…」
「そうですわね、リリアさん冒険者登録の続きをお願い致しますわ。」
「あ、そうですね…じゃあこの……」
「おいおいおい!いつからフォルクシアに獣人族が出入りする様になったんだあ?」
と、リリアの冒険者登録の説明は再び遮られた。
「ヒュウ!見てみろよ!この獣人族2人スゲー美人じゃねえか!」
「こっちの2人も上玉じゃねえの!こんなのが居たなんて知らなかったぜ!」
彼らはウルフィア達を見るなり声を張り上げる。
「…うるさいやつらだ。我らは冒険者登録をしておるのだ。邪魔だからどこかに行け。」
「ヒャハハハハ!何て気の強ええ女だよ!俺ぁそういう女も好みだぜ?」
「俺らの事を知らねえのかよ?」
「仕方ねえだろうさ!冒険者登録してるって事はぺーぺーなんだからよ。」
「……我が本気で怒る前にどこかに行った方がいいぞ…」
「じゃあよぅ、これから俺らの事をじっくり教えてやるからよ!俺らと遊ぼうじゃねえか!」
「困りますわ…今冒険者登録をしないといけませんので…」
「んなのは明日でも出来んだろうが。ほら、来いよ!獣人族の女と遊ぶのは初めてだぜ!」
男の冒険者の1人がそう言って、ウルフィアの右腕を掴み引き寄せる。
「さ、触らないでくださいな…」
「貴方たち!ウルフィア様からその汚い手を離しなさい!」
「…ああ?」
ウルフィアの右腕を掴んだ男は、下品な笑い方から一転し眉間にシワを寄せウルフィアとフォクシーを睨む。そして……
パン!
『あっ!』
乾いた音の後に、周囲の人が揃えて声を発してしまう。それは、その男が急にウルフィアの頬に平手打ちをしたからだった。
ドサッ
急な出来事にウルフィアは床に倒れ込んでしまう。
「き、貴様!ウルフィア様に何という事を!」
「こういう嫌がる女はよぉ、こうやってビビらせちまえば大人しくいう事を聞くってもんなんだよ!」
「ひゃははは!オマエは本当にそういうの好きだよなあ!」
「いよっ!フォルクシア一番の外道!ハハハハハハ!」
激高するフォクシーに向かい、その男はヘラヘラと下品な笑みを浮かべながら言い放ち、男の仲間たちもそれを煽る。そしてウルフィアに平手打ちをした男は、倒れ込んでしまった彼女の右腕を再び掴み、強引に立たせる。
「なんて事するんですか!許せません……!ウルフィアさんに手を出したことを後悔させてやります!」
「ああそうだなレイン、こういう礼儀知らずには我らの力を見せつけてやるのが一番だ。」
『ピッ!!』
2人と1匹が男達に向かって戦闘態勢の構えを見せる。
「レ、レインさんフェニさん!ポヨまで!ちょ、ちょっと待ってください!」
男達が暴れるよりも、彼女達が割と本気で暴れる事が如何に重大な厄介事であるかを理解しているリリアは、突然の事態に顔面蒼白になりながらも何とか事態を収拾しなければと焦る。
「フォ、フォクシーさん!何とか皆さんを…!」
そして、ウルフィアと同じ獣人族であり、今までの経緯を見る中ではかなり常識的で冷静な思考の持ち主であると判断したフォクシーに助けを求め様と彼女に視線を送った。しかし……
「申し訳ありませんリリアさん。私、バカに付ける薬はこれしか存じませんので。」
フォクシーもまた、足技が主体と思われる戦闘の構えになり男達を見据えていた。
「ウソでしょ!?ギルドが壊れちゃう!!」
自分が止めに入ったら命が危ない状況を分かっているリリアには、間に割って止める思考は持ち得ていなかった。
「そ、そうよ!急いでケイマさんを呼んでくればいいのよ!」
それに気が付いたリリアは、慌ててケイマを呼んで来ようとカウンターを出ようとした。だが、状況は止まる素振りを見せなかった。
「へっ!なんだなんだ?全員で俺らとやる気かよ?いいぜ!お前らを屈服させてからお楽しみといこうじゃねえか!」
ウルフィアの右腕を掴みながら男はニヤニヤと笑う。
「おい!お前ら、この女は俺が貰うからよ!他の女共は好きにしな!」
『おう!』
「さあて、じゃあ姉ちゃんよ、ちょっくら遊びに行こうじゃ……」
ガシッ!
「へ…?」
男は変な声を上げてしまう。
何故なら、男が掴んでいるウルフィアの腕。その反対側の手が、突然男の頭を鷲掴みにしたからだ。
「てめえ何してやが…あ痛ああああああああ!?」
ミシ…ミシ……
男の頭蓋骨が軋む音がする。
「ああああ!?や、止めろ!あ、頭…頭が潰れ…!?」
男は掴んでいたウルフィアの右腕を離し、今度は自らの頭を掴んでいる彼女の左手を両手で掴み、なんとかその手を頭から離そうと必死にもがいていた。だがウルフィアの左手は彼の頭を掴んだまま全く離れない。
「(な、なんだこの女ァ!?なんて力してやがんだよォ!?)」
「……よォ、アンタさあ。アタシと遊びたいってんだろ……?」
頭を掴まれている男は痛みに耐えながらも、急に掛けられた声の発信源である彼女の目に視線を合わせた。
そして、ゾッとする。
「じゃあさあ、望み通り……遊んでやるぜ?何して遊ぼうか?ああそうだ、『ごっこ遊び』なんてどうだ?」
先程とはまるで別人の、牙狼の如く鋭く吊り上った目。
「アタシが武闘家役で、アンタがサンドバック役な?」
そして彼女の口元は、三日月の様に弧を描くのだった。




