52・前提が無いのを望まない。
ドーベン近衛隊長の画策したクーデターが失敗した翌日。俺達はエスターニア城の謁見の間に通されていた。王家の方々や、昨日は居なかった何やら重役っぽい服装の人達等が大勢いる。
「…という形で、彼らの処遇についてこの後に緊急で行われる会議で話し合われる事になった。」
彼と彼に従って王家に牙を剥いた兵士達は昨日の内に拘束され、今ではエスターニア城の地下にある牢屋に閉じ込めてあるらしい。彼らの処遇は国の重鎮達を集めて協議されるとの事だった。
「そうですか…」
「彼らの処遇については厳しいものとなるだろう。自分達の自己中心的で間違った解釈をした存在意義の為に他者を傷つけていいはずが無い。この大陸には様々な魔獣や魔物の脅威があり、盗賊の様な理不尽な暴力を行う者共もいる。それらを守る力が我々の求める力の在り方であり、我々の成すべき力の使い方なのだ。」
「俺もそう思います。」
俺は静かに頷く。
「ふむ…獣人族の中にもその様な考え方が出来る者がいたとはな。ここ数年獣人族が大人しかったのは汝の仕業という訳か。ならばガオレア王よ。汝がその考えを持ち続ける限り、平和の為に我らが有事に力を貸す事を約束しよう。」
我らって……俺も入ってんの?
「おお…フェニ殿……」
ガオレア王に助力の旨を伝えた後、フェニはどこか遠くを見る様な目で話を続けた。
「人同士の争いというものは…何時の時代も悲惨で酷い。ただ平和に暮らしたいだけの者達をも巻き込み、悲しみと恐怖、憎しみしか生み出さないというのにな。戦争で得られるものが、これまで積み上げてきたモノを全て壊してまで必要なモノなのかどうかは、我には理解出来ん。」
「…戦争の勝者は敗戦国から金や領土、食糧、果ては奴隷等を得る事が出来ますからな…」
「だが、勝利も多数の犠牲を伴って成ったものだろう?勝者の中にも勝利の美酒に酔い踊る者と、その陰で涙に暮れる者がいるのだ。魔獣や魔物と戦うのとは訳が違う。種族は違えど言葉の通じる同じ人なのだ、それを戦争だからという理由で殺せる様になるのは、やはり人も魔獣や魔物と同じ枠の中にいるのだと思う。」
「我々は…そうは在りたく無いと望んでいます…」
「そうか…ならば良いのだ。人間等我が暇潰しに眺めている程度の存在だったが、ケイマの従魔となり人の街で暮らす様になってからは平和に生きる人々がいる街を壊すべきでは無い……より色濃くそう思える様にもなった。だから汝が真に平和を望むのであれば、我の主であるケイマに伝えよ。すぐに助力に駆け付けよう。」
「フェニ…また勝手な事を…」
俺は困った顔をしてフェニを見る。
「…ダメか?ケイマよ?」
「いや?『いつでも助力します』ってのはそれは俺が言うセリフだろ、って思っただけだ。」
「ふふ…そうか。それはすまなかったな我が主よ。」
フェニは目を閉じて軽く笑いながら呟いた。
「と、そういう訳で何かあったら言ってください。ピノちゃんを通じて知り合ったのも何かの縁でしょうし。まあもっとも、俺達のが助力する様な状況が来なければ一番良いんですけどね。」
俺はガオレア王に向き直して改めて宣言する。
「ピノレアの命を救ってくれただけでは無く、我々とエスターニアの危機を救ってくれた事、そしてその力を以て有事の助力まで約束してくれるとは……君達への借りが私の代では返しきれない程大きな物になってしまった様だ。」
「借しとは思っていませんけど…」
するとガオレア王は立ち上がり、真っ直ぐに俺達を見る。
「私は君達に誓おう。エスターニアは存続する限り、君達の想いに答え続けると。それが私が出来る君達への借りの返し方だ。」
ガオレア王が俺達に向けて力強く宣言する。俺はガオレア王と視線を合わせて小さく頷いた。
その直後、謁見の間に大きな拍手喝采の波が訪れ、その場にいる人々笑顔で沸き立つのであった。
さてと……一件落着といった所か。そろそろフォルクシアに戻る事にするかな。
「ガオレア王、とりあえず俺達は当初の目的も果たした事ですし、そろそろフォルクシアに戻ろうかと…」
『!!』
拍手喝采の波が収まりかけた頃、俺はそろそろフォルクシアに帰ります的な事を伝えようと話を切り出した途端に、それは起きた。
収まりかけていた拍手喝采が、ピタリと止んだのだ。
『……??』
俺達は一瞬で時が止まった様に静かになったこの場を不思議に思い、頭にハテナを浮かべて周囲を見渡した。そしておかしな事に気が付いた。
さっきまで笑顔で拍手を送っていた人々が、真顔になって沈黙し俺を見ている事に……それは、王家の人々も同じ様子だった。もちろんピノちゃんも……
「ケ…ケイマさん…?」
レインが一瞬で訪れた違和感に不安を覚え、声を掛けてくる。
「…俺、変な事言ったか…?」
「い、いや…ケイマはただフォルクシアにそろそろ帰ると言っただけの様に聞こえたが…」
「だ、だよな……」
え?何これ…ちょっと本気で怖いんですけどこの状況……みんな目から光が失われている様な状態になってる…
すると、この状況で他の皆と同じく目の光を失って真顔となっていたガオレア王が口を開いた。
「ケイマ殿…君は、この国に残るつもりは無いか?」
「…はい?え?何でですか?」
俺は念の為聞き直す。
「このエスターニアに永住しないか?と…いう意味だ。」
えぇ…?何急に?エスターニアに永住って……さっき迄の話と全然脈絡が無さ過ぎじゃない?
もしかして、俺達を強力な手札として手元に置いておきたいという意味か…。そうすればフェニもいるこの国には誰も手出しはしないだろう。だとしたら、さっきあの宣言をしたガオレア王に対して大分失望せざると得ないんだが…
「…すみませんが………ガオレア王の仰りたい事が良く分からないのですが…」
俺があえてとぼけてガオレア王に対して質問をすると、ガオレア王は少しだけ目を閉じてから、再びゆっくりと瞼を開けて話を切り出す。
「この国で、嫁を娶る気は無いかという意味なのだが…」
「…ん?……んん??嫁……です…か…?」
「そうだ、嫁、結婚だ。」
益々意味が分からない…
「結婚って…獣人族の方と結婚すると、エスターニアに永住しないといけないんですか?」
「いや、そうでは無い。そうでは無いんだが…立場上結婚した場合にはエスターニアに永住して貰いたいというか……今の所そうして欲しいというか…」
「ええと…すみません…まったく意図が理解出来ないので、もう少し簡潔に言って頂きたいのですが…」
「か、簡潔にか…?簡潔に言えばだな……」
「ええ…」
ガオレア王は、意を決した様に俺を見て話す。
「ウルフィアを嫁にどうだ?…という話なのだが…」
『…………………ええ!?』
俺達一同は王の突然の発言に一瞬理解が出来なかったが、理解するとそれはそれで理解が出来ないという謎の状態になってしまった。
「すみませんガオレア王、意味が分からないんですが。」
俺は本当に意味が分からなかったので、すぐさまガオレア王に問う。
「いや、まあ、そこは意味分かってくれると助かる…」
「いや、そう言われましても…ハッ!?」
俺は不意に感じた多数の視線の熱を感じて、周囲にいる獣人族の人々を見回す。
すると、周囲の人々は一斉にバッと俺から目を逸らした。………一体何なの…マジで。
「昨日初めてポッと出て来た普人族の野郎に、いきなり娘…てゆーか姫を嫁にって……ほんともう…何て言うか…色々正気ですか!?」
やべえ、俺も混乱してる。なんか今のセリフ他国の王様に向かって言うセリフじゃないって。
「ま、まあケイマ殿が混乱するのも分かる。少し落ち着いて話を聞いてくれないか?少し事情があってな…」
「事情…ですか?」
「そうなのだ。実は、この申し出は…ウルフィア本人からのものなのだ。」
「え?ええ?」
ガオレア王の後ろに控えているウルフィア姫が、頬をうっすらと赤らめて俯いている。今の状態は正にお淑やかな美女のそれだ。可愛らしくゆるふわな感じの女性。
だが、戦いになると540度位(一回転半)性格が変貌する戦闘狂。
「我ら獣人族の血にはな、過去200年に1人位の割合で…本当に稀にだが、血を見たり戦いを見たりして興奮すると覚醒するスキル、『狂戦士』が現れる事がある。」
「『狂戦士』ですか…それがウルフィア姫の持つスキルだと…」
「そうなのだ。スキル『狂戦士』が発現するとその名の通り性格が好戦的に変貌し、ほとんど自制が出来なくなる。ただし、戦闘力の上がり方が尋常では無く、この私でさえも簡単に倒されてしまう事だろう。純粋な戦闘力で言うならば、ケイマ殿の従魔の方々と遜色無く戦う事も可能だろうと私は思う。」
レインとかフェニとも対等に戦えんのかよ……何そのチートスキル凄い……でも純粋に欲しくない…
でも成程…やっと話が見えてきたよ。
「ウルフィアはこのスキルのおかげで、今まで全ての見合いや結婚相談を断られ続けてきてしまった……その数200人…それ以上は数えるのを辞めた。」
「は…はあ…」
「何かが……何かが起こるのだ…全部。本当に些細な切っ掛けでスキルが発動してしまってな…スキルが発動した場合、エスターニア最強になるのだ。誰が止められる…?止めに入ったらその見合い相手を返り討ちだぞ?」
ガオレア王が少し遠い目をして語る。
最悪返り討ちか……まあ…いきなりあんなんなったら確かに自分に被害が無くてもドン引きするよな。
「そ、それは…何と言うか…まあ………アレですよね…」
い、いかん。掛ける言葉も無い。
「でも、何で俺なんです?」
単純に疑問を投げかけてみた。すると答えは本人から返ってきた。
「ケイマ様は、レイン様やフェニ様と一緒に暮らしていらっしゃるのでしょう?だから…もしかしたら、このお方ならば、私の事も受け止めてくださるのではないかと思ったんですの…」
「む?それはどういう意味だ?」
フェニが頭にハテナを浮かべる。
「フェニさん、簡単ですよ。それは………私達がウルフィアさんと同じ美女だからですよ!」
ポジティブな解釈!しかも意味分かんねえ…!
「成程な…ケイマは美女が好きだから、ウルフィアもドンと来いということか。我も美女だから仕方ないか、ふふふ……」
何笑ってんだこいつ。
「それじゃ俺が只の女好きに聞こえちゃうだろ!?」
オマエらみたいなじゃじゃ馬を扱ってるからって解釈は不可能な頭してんのか!
「ケイマ様は…私の様な……こんな欠陥女は…やはり………ダメ…ですか?」
ウルフィア姫が今にも泣きそうな感じで聞いてくる。
く…ここでOKと言ったらまずい…エスターニア王家の縁者という面倒な立場になってしまう。何とかやんわりと断らなくては…!
「いや、そうじゃ無いんですよ。うちには爆弾娘が2人も居ますので、今更ウルフィア姫のスキルによる性格の変貌位は大した事じゃ無いんですよ。でもですね、俺みたいな35歳のおっさんとウルフィア姫みたいな若い美人が釣り合うとは到底思えな…」
「成程………脈あり…か。」
どうしたその解釈!?今俺脈有そうな事言ったか!?
ふむ、と少し嬉しそうに呟くガオレア王に俺は心の中で突っ込んだ。
「で、でも、普人族の者が獣人族の王家の方と結婚するには、国民の皆さんが反対するのでは?中にはドーベン近衛隊長みたいな『普人族ごときが』みたいな人もいるでしょうし…」
「種族の壁等は、こちらとしてはもはや問題では無いのだ。それにケイマ殿は種族等気にしてはいない様子。それはレイン殿やフェニ殿への愛情あるやり取りを見ていればわかる。」
何を見てそう思ったの!?そんなやり取りあったかな!?
「ケイマ様……やはり私では……」
「う……」
く…正論が通じない事によって、逃げ場が次第に押さえられてしまってきている…。それに、この場にいる人々の「ウルフィア姫を何とかしてあげて!」という視線に込められた言葉が熱く伝わってくる。ど…どうしよう……?
「はいはい!」
その時、その場の空気をまったく読まない声が鳴り響いた。
「な、なんだレイン?」
なぜだか知らないが追い詰められつつあった状況に、レインが助け舟を出してくれた事で、俺は少しほっとする事が…
「最初はお友達から始めた方が良いと思います!」
助け舟じゃ無くて海賊船だった!!完全に逃げ場の無い見事な提案かよ!
「お、お友達…ですの?」
「そうです!お互いの事をもっと良く知れば、ケイマさんも好きになってくれますし、ウルフィアさんもケイマさんの事ももっと好きになってくれると思います!」
レインの提案に、謁見の間がざわつく。そしてピノちゃんが真っ先に食いついてきた。
「そうです!流石はレインさんですね!お互いの事を良く知る事が、良い関係への一歩なのですね!」
「ふ、流石だなレイン。」
「お姉様!それで行きましょう!ケイマさんもそれならいいですよね?」
うわぁ…ピノちゃんも煽る事煽る事…
「お友達って言っても…」
「い・い・で・す・よ・ね!?」
『!?』
ガオオオアアアアアッ!!
と、姉の幸せを願う余りに、今まで誰も見た事が無い迫力を見せるピノちゃんの背後に、百獣の王ライオンの幻影が見えた気がした。
「は、はい…」
そして俺は、思わずそんな事を口走ってしまったのだった。
『よっしゃあ!』
謁見の間にいる人々が、ほぼ同時にそんな事を叫んでいたのを、俺は聞き逃さなかった。




