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51・戦闘姫の暴走を望まない。


「なめるな!普人族無勢が!!まずはその普人族の男を殺せ!」


 ドーベン近衛隊長が怒声を上げると、周囲にいた兵士達が一斉にこちらへ向かって走り出して来た。特に足の速い若い獣人族の兵士1人が、先立って剣を振り翳して突撃してくる。


「死ねぇっ!!力の無い普人族無勢があっ!!」


 やれやれ…若者はどうにも手柄を立てて直ぐに目立ちたがろうとするからいかんよ……


「ハッ!!」


 俺は突撃してきたその若い兵士に向かい駆け出し一瞬で懐に潜り込むと、剣を振り上げたままの状態であった彼の鳩尾に一撃、拳を埋めた。


「ッグッ…!?」


 ドサッ……


 一瞬で獣人族の兵士が1人床に崩れ落ちた瞬間、勢い良く突撃してきた他の兵士達は急に立ち止った。



「さあ、最初の犠牲者はこいつだったけど……次は誰だ?」


 俺は敵対する兵士達に向かい、不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。






 ------------------------






 そして……


 結果だけ言えば……圧倒的なまでに鎮圧出来た。今までのドーベン近衛隊長の粋がり方が一体何だったのかと思える位、更には王家の人々とメイドさん達がドン引きする位に相手をボコボコにした。




「さて……後はあんただけですよ、ドーベン近衛隊長。」


「く……なんという奴らだ……」


 唇を噛み締めながら忌々しいとばかりに俺を睨むドーベン近衛隊長。




 しかし勘違いしないでもらいたい。


 先ほど俺は「王家の人々とメイドさん達がドン引きする位に相手をボコボコにした。」と言ったが………実際は俺もドン引きしている。



 というのも、実は俺は最初の1人しかやっつけていない。ちょっとカッコいいセリフを言い放ったくせに、1人しかやっていないんだ……。


 逆賊の兵士達の9割9分をボコボコにしたのはやつらなんだ……あの3人なんだ……俺を睨むのは辞めてくれ……



 ちなみに『あの3人』とは、レイン・フェニ・ポヨでは無い。ポヨの単位は『1人』じゃなくて『1匹』なんだよね。つまり……




「アーッハッハッハ!!弱えぇ!何だよオマエら!あんだけ粋がっといてこのザマかよ!んとに情っさけねえなあ!!」


 ああ…もう1人の方が叫んでらっしゃる……




「王女のアタシに誰も勝てないってのかよ!この国の男共はホント話にならねえ!」


「くっ…ウルフィア姫……」



 そう、つい数分前までは、ほわっとした感じの美人であったウルフィア姫。ニコニコと人に安心感を与える優しげな瞳は今は血に飢えた牙狼がろうの如き鋭い目つきとなり、上品さを感じさせる清楚に笑う口元は、血を求める快楽殺人者の様に三日月に吊り上っている。



 あーヤバイ。この人ただのヤバイ人だ。戦闘民族の『様な』じゃなくて、ガチで戦闘民族だったかー…




「この人数で武器も持たぬドレス姿のウルフィア姫だけならば無力化出来ると思っていたが…浅はかであったか……まさかそこの女2人があれ程までの強さを持っているとは誤算であった……。」




 と、言うのはまあ………要するに、俺が兵士を1人カッコよく沈めた後、レインとフェニが「ケイマの手を煩わせるまでも無い!」と楽しそうに言いながら敵勢に突っ込んでいった。あの時の2人の表情、あれ絶対にただ戦いたかっただけだろ。


 そしてレインとフェニが敵勢を千切っては投げ千切っては投げている最中にそれは起きた。




 王家の人々と共に俺の後方に控えていたウルフィア姫が、突如何の脈絡も無く「オッラアァッ!!」という奇声と共に敵勢の真ん中に割って入り、レインとフェニと共に敵をボコボコにし始めたのだった。


 俺は素で驚いて、もう1人ピノちゃんとウルフィア姫の上に姉がいるのかと思って思わず王家の人々のいる方を見てしまったが、やはりそこには先程までいたはずの1人が居なかった。


 そう、楽しそうに敵を素手で殴り倒している返り血まみれの乙女、あれがウルフィア姫だった。レインやフェニの様に魔法を織り交ぜながら戦うのでは無く、ウルフィア姫の戦い方は至ってシンプルだった。


 殴る。蹴る。投げる。関節を決める。


 ねえ、この人本当に姫なの?さっきのほわっとした人は影武者か何かだったの?




 そしてドーベン近衛隊長が1人残った今の状況に至っている。



「さすがはエスターニア最強の『戦闘姫コンバットプリンセス』…まともに戦ってはこうなってしまうか……」


「『戦闘姫コンバットプリンセス』って何!?」


 何その二つ名!?怖い!!



「ケイマさん…」


 ピノちゃんが控え目な声で俺を呼んだ。


「姉様は、この国で一番強い方なんです…それ故に『戦闘姫』という二つ名が……」


「……『戦闘姫』って、多分最強だからって称号じゃないですよね…?」


「ええと……姉様は戦いになると…その…血が騒ぐというか…覚醒するというか…別人になるというか…」


 やだ!戦闘狂じゃん!?



「……俺達の助けって、必要でした?」


「そ、それはもちろん!流石にあの状況は姉様と私達だけでは乗り切る事は出来なかったと思います!レインさんとフェニさんがあの不利な状況を変えてくれなければ、姉様と言えども無事ではいられなかったと思います!」


「そうかー……それはー……良かったー………」




「で!?どうすんのさドーベン隊長さんよ!まだ往生際悪くアタシにボコられるか、大人しくアタシにボコられるか!どっちにすんのさ!?」


 何その慈悲の無い2択!?どっちにしろアンタにボコられるの決定かよ!


「むぅ…私とてエスターニア近衛兵の頂点にいる男……もはや計画は失敗ではあるが、せめて戦闘姫!アナタの首を頂いてから死に準ずる!!」


「じゃ、アタシにボコられて終わるのは決定だ!」


「いざ参る!」




 ドーベン近衛隊長が腰を低く落とし、剣を水平に構える。長期では不利と判断し、一撃必殺で臨むつもりか?


 そして刹那、ドーベン近衛隊長の姿がブレる。凄まじい速さでウルフィア姫へと接近し、彼の突きの間合いに潜り込む。



 速い!


 素直にそう思った。流石近衛隊長の肩書は伊達では無い。


 彼が選択したのは一撃必殺の突き。凄まじい速さでウルフィア姫の胸を貫く。




「避けっ…!」


 そう叫ぼうとしたが、ウルフィア姫の回避行動は間に合わなかった。



 いや、間に合わなかったんじゃない。彼女は、回避しなかった。その代わりに取った行動に、俺は心底驚いた。


 ウルフィア姫は、剣先を両手で挟み込む様に掴んで止めていた。ドーベン近衛隊長が放った凄まじく速い突きを、彼女は真剣白羽取りよろしくやってのけた。



「なあっ!?」

 

 ドーベン近衛隊長は驚愕の声を上げる。そりゃまあ…驚くよね。だって俺も本気で驚いたもの……。


 そして、剣先を両手で止めながら、ニィっとウルフィア姫の口元が吊り上る。


「どうしたどうした?こんなもんかよ?剣なんかに頼ってばっかだからこんな腑抜けた突きしか出来ねえんだよ!!男の武器は素手だろ!?」


 バキィッ!


 アンタ女だろ。という突っ込みは思わず飲み込んでしまったが、そんな訳の分からない理屈を言いながらウルフィア姫はそのまま剣先を折ってしまった。


「バ、バカな!?剣が!?」


 折れた剣先を凝視しながら再び驚愕するドーベン近衛隊長。


「アタシらに言いたい事あんのならぁ……」


 ウルフィア姫が思い切り腕を後ろへと引き絞る。


「!ハッ!?」


 剣先を折られた事によって一瞬思考を停止させてしまっていたドーベン近衛隊長が我に返るが、もう遅い。



「拳で語りやがれえぇぇッ!!」


 ドゴオォッッ!!


「ッッッ!?」


  ズドオォンッ!!


 ウルフィア姫の放った渾身必殺パンチはドーベン近衛隊長の胸に突き刺さり、喰らった本人はそのまま吹き飛んで謁見の間の石の壁に盛大に激突して止まった。



「……ぐ…は……」


 壁に激突したドーベン近衛隊長はズルズルと壁から摺り落ちて行き、床に沈んだ状態になるとピクリとも動かなくなった。



『………』



 ウルフィア姫の圧倒的な『ヤバイ何か』に気圧されて、シンと静まり返る謁見の間。


「……何なのコレ……?」


 俺はポヨを見て問いかける。


『ピ…?(さあ…?)』



 そして静まり返った室内でウルフィア姫は1人、自らの拳で殴り飛ばし倒れているドーベン近衛隊長に歩み寄り、上から彼を見下ろす。もしや「良いファイトだった」的な事でも言うのか?



「ッシャアアアッ!!雑魚共が粋がるからこうなんだよ!分かったら2度とこんな真似すんじゃねえぞこのフナムシがあ!オラァ!」


 ゲシッ!ゲシッ!


 違った。今の彼女に「良いファイトだった」なんて言うスポーツマンシップ的思考は微塵も無い様だ。


 戦闘姫は良い笑顔でそう言いながら倒れているドーベン近衛隊長を蹴り続けた。ガオレア王に止められるまで。





 こうして、ピノちゃんの誘拐に始まったエスターニアのクーデターもどきは首謀者を含めた兵士達の全滅によって幕を閉じたのだった。


 そして俺はもはや報酬なんていいから、変に絡まれない内に速攻でファルクシアに帰ろうと決めたのだった。




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