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37・空喜びを望まない。

 再び3日程かけて王都に戻った時には既に夕方になっていた。ルカちゃんにフェニックスの血を飲ませる為に直ぐにレッカの家に向かう。




「ルカ!今帰ったぞ!」


 レッカは勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んだ。



「レッカさん!ケイマさん!皆無事で……!」


 ミレイユさんは約束通りにルカちゃんの面倒を見てくれていた様だ。流石は王都の嫁にしたいランキング上位者。


 だが、ミレイユさんはルカちゃんに向かい魔方陣を使っている様に見えた。


「ただいまミレイユさん。回復魔法ヒール……ですか?」


「ええ……昨日からルカちゃんが酷くお腹が痛いと……ヒールを掛けると少し痛みが和らぐ様なので……」


「ずっとヒールを?」


「私にはこれ位しか出来る事がありませんので……」


「……」


 そう言うミレイユさんの額や頬には汗が流れていた。魔力も限りがあるだろうに、頑張ってくれていたんだな。



「すまねぇ、ミレイユさん……!」


「いえ、それより星露の花は?」


「聞いてくれ!星露の花は無かったけど、全ての病を治せるフェニックスの血を手に入れたんだ!」


「え!フェニックスの血ですか!?フェニックスを倒したんですか!?」


「オラは何も出来なかったけど、ケイマ達がな!これを飲ませれば直ぐに治るんだ!」


「まあ……!直ぐに飲ませてあげましょう!今カップを持ってきます。」


 ミレイユさんはヒールの手を止めてカップを取りに行く。




「……お父ちゃん……?」


 その時ルカちゃんが目を覚ました。


 これはヤバい。出ていく前よりも顔色が悪くなっている……もはや死んだ人のそれに近い。危なかった……


「ルカ!お父ちゃんだぞ!万能薬を持ってきたぞ!」


「……本当に?フェニックスを倒したの……?」


「ああ!フェニックスを倒した!この薬はフェニックスの血だ!どんな病でも治せる!」


「……私……治るの?」


「ああ!もちろんだ!」



「レッカさん、カップです。これに。」


 ミレイユさんが持ってきたカップに入れ物から血を注ぐと、中には時間が経ち黒く変色する事無く、紅くサラサラとしたままのフェニックスの血があった。


「……3日も経ったのに凄いな……サラサラのトマトジュースみたいだ。」


「さあ!ルカ!これを飲むんだ!」


 レッカはルカちゃんにカップを差し出す。ルカちゃんはミレイユさんに支えられてフラフラと上半身を起こし、カップに口を付ける。



 コクンとルカちゃんの喉が鳴り、フェニックスの血が体内に入っていく。効果はどの位で出るのかは分からないが、とりあえずこれで安心だろう。



「……これで……治るのかな……?」


「もう大丈夫だ!後はゆっくり寝てろ!明日には治ってるさ!」


「うん……」


 ルカちゃんは再びベッドに横になると、血の効果だろうか、直ぐに寝息を立てて眠りに就いた。心なしか先程とは違い、穏やかな寝顔に見えた。



「これで一安心ですね。」


「ああ……!皆!ありがとう!この恩は一生忘れねえ!」


 レッカは120度位に頭を下げてそう言った。


「ケイマ、今回の報酬だけどな、途中で解体した魔物を売ってからでもいいか?」


「いや、金はいいさ。 売った金でルカちゃんに栄養の付く物を食べさせてやりなよ。」


「でもよ!」


「ああ、ならフェニックスの血の残りを貰おうかな。」


「それでいいのか?」


「ああ、万能薬が必要になる時が来るかもしれないだろ?」


「すまねえ……」


 俺はフェニックスの血の入った入れ物を受け取る。しかし、この血は賞味期限とかあるのか?一応冷凍保存しとくか。



「レイン、これを入れ物ごと凍らせといて。冷凍保存するから。」


「はい!冷凍保存ですね!」


 入れ物を渡すと、レインは掌の上に乗せて凍らせ始める。


「これでいいですか?」


「大丈夫だ。」


 凍らせた入れ物を布にくるんでカバンに入れる。



「よし、じゃあ俺達は帰ろうか。ミレイユさんも魔力を使いすぎて疲れてるでしょう?」


「ふふ、まだ大丈夫ですよ。」


 そうは言うがさっきも汗かいてたし、顔色も少し悪く見える。流石の大人の対応だ。



「本当に助かった!またギルドで!」


「お疲れ様でした!」


『ピッ』



 さて、帰ったら風呂に入って寝るか。あ、飯はあるかな……エミリアさんに言えば用意して貰えるかな。




 と、その時だった。



「うぅぅ……」



『?』


 スースーと寝息を立てていたルカちゃんから、急に呻き声が漏れる。



「ぅぁぁ……痛い……痛いよぅ……」


「ルカ!?」


 皆が慌ててルカちゃんを見ると、お腹を押さえながらうずくまっていた。



「な、なんでだ!フェニックスの血を飲んだんだぞ!?」


「ルカちゃん!」


「まさかフェニックスの血は効果が無かったのでしょうか……?」



 フェニックス本人から貰った物だし、血が偽物という事は無い……となると、元々病を治す効果が無かった?いや、星露の花の元はフェニックスの血のはず。もしや……


「ルカちゃんは、元々病気じゃなかったんじゃないか?」


『え?』


 俺の一言にポカンとする一同。



「レッカ、ルカちゃんの痛がっているお腹を見せて貰ってもいいか?」


「え?あ、ああ!分かった!」



 レッカは痛みに涙を流しながら呻くルカちゃんの服を捲り、お腹を晒す。


「!こ、これは……」


 ルカちゃんのお腹は、まるで野菜や魚が腐った様に黒く変色していた。



「なんだこれ……?」


「そんな……!?昨日ルカちゃんの体を拭いた時はこんなのは無かったのに……!」


「ちくしょう!フェニックスめ!騙しやがったのか!?人間には毒だったって事かよ!」


 俺達は状態の急変にどうしていいか分からなくなっていた。



「落ち着いてください皆さん!多分フェニックスさんの血のせいじゃないです!」


『ピッ!』


 その中でもレインとポヨ、うちの従魔は落ち着いていた。



「レイン、どうしてそう言えるんだ?ポヨもか?」


『ピッ!』


「何?『お腹から良くない魔力を感じます』?どういう意味だポヨ?」



 その言葉にミレイユさんはハッとした表情を浮かべる。


「まさか……『カース』!?」


「カース?」


 魔法の一種だと思うけど、カースって呪いとかそんなのか?



「多分ミレイユさんの言う通りです。私もポヨと同じでルカちゃんのお腹から良くない魔力を感じます。この良くない魔力はカースによるもので間違い無いと思います!」


「何でだ!何でうちのルカがカースを掛けられなきゃならないんだ!?いつどこで誰に!?」


「そ、そこまでは分かりませんけど……」


 カースのなんたるかは知らないけど、皆のこの感じは……ヤバそうだな。



「痛い……!ぅぅぅ…!ゲホッ……!カハッ!」


「ルカ!血が!」


 咳と共にルカちゃんが吐血する。これは……この黒いカースとやらのせいで内臓をやられてるみたいだ。


「ミレイユさん、ルカちゃんに回復魔法をお願いします。内臓がやられている様です、さっきまで回復魔法を掛けると痛みが和らぐって言ってましたよね?多分そのせいかと。」


「分かりました、魔力が尽きるまで掛け続けます!」


「あと、こんな時に申し訳ないんですけど、カースって治せないんですか?」


「私の回復魔法や万能薬では……カースの解除は教会の聖魔法士プリーストにしか……」


「そ、そうなんですか……」


「急いで教会に連れて行くぞ!」


「待てレッカ!今動かすのは危険だ!多分内臓をやられている!」


「じゃあどうすればいいってんだ!?」


「教会に行ってその聖魔法士を呼んでくるしか……」



『ピッ』


 その時、ポヨがピョンとルカちゃんのお腹に乗っかった。



「ポヨ?どうした、ミレイユさんの邪魔に……」


『ピッ!』


『えっ?』


 ポヨの言葉に俺とレインは思わず聞き返す。



「ど、どうした?ポヨは何て?」


「『僕がカースを食べます』だって……」


『え?』


 今度はレッカとミレイユさんがハモる。



『ピッ』


「あと、『体も治します』だとさ……」


「だ、大丈夫なのか……?」


「ポヨ、出来るの?」


『ピッ!』


「『任せて』だって。……ならポヨに任せてみようか。」


「あ、ああ。分かった、頼むぞポヨ!」


 ポヨはルカちゃんの黒いお腹に乗り、少しするとポヨの足元(?)が光りだした。ポヨはその光の中でもぞもぞと動くと、やがて光は収まった。


『ピッ』


「『カースは全部食べたので、次はお腹を治します』。良くやったぞポヨ!」



 今度はポヨの足元(?)に魔方陣が展開され、ルカちゃんのお腹に淡い光をもたらす。




 魔方陣が消える頃、あれだけ痛がっていたルカちゃんは落ち着いていた。


『ピッ』


「終わったか……良くやってくれたポヨ。まさかお前にそんなスキルがあったなんてなあ。」


『ピッ』


「何?『体を治して貰った時に、ケイマさんに貰ったスキルです』?俺が?」


『ピッ!』


「あの時?うーん……分からん。確か『治れ治れ』って強く念じていた様な気はするけど……ミレイユさん、そんなんでスキルを与えられるんですか?」


「聞いたことはありませんが……体の大部分を失ったポヨにケイマさんの膨大な魔力を使って治した事で、進化したのかも知れません。」


「進化?」


「今のポヨを見て思い出しましたが、カースの解除……解呪や回復魔法を使うスライムの話を、昔本で見たことがあります。」


 ポヨと似たようなスライムが?



「色までは分かりませんが、『ホーリースライム』と言うスライムの亜種で、聖魔法士と治癒魔法士のスキルを使う事が出来ると。確か大昔は神の僕として人々を救う為に遣わされたとか。」



「……お前、神の僕だったの?」


『ピ?』


 『ケイマさんのしもべですけど?』か。まぁそうだよな。だけど今の話だと、ポヨは『ホーリースライム』に間違い無さそうだ。元々の緑から白に変わったのもそういう事か?


隷属れいぞくの腕輪の使用による強制的な隷属では無理の様ですが、契約によるものであれば、時に契約者の意向に添った進化が成される事もあるそうです。」


 やはりあの時「治れ治れ」と念じながら魔力を送ったからか。それが治癒とかそういう進化を俺が望んだという事になったのか。ポヨの白への変化は『ホーリー』的な白だったんだな。中々奥が深い……



「これは教会に行ってポヨのスキルとかを1度確認しなきゃだな……」





「ルカ!ルカ!」


 レッカがルカちゃんの体を揺らす。ポヨはピョンと床に降りる。


「……お父ちゃん……」


「ルカ!痛い所は無いか!?」


「うん……さっきまでの痛みが嘘みたいになくなったよ……」


「そ、そうか……良かった……」


 レッカはルカちゃんの無事を確認すると、床にへたりと座り込んでしまった。



「ポヨ、本当にありがとうな……ケイマよりもお前に更にデカイ借りが出来ちまったな。」


『ピッ』


「『気にしないで』だってさ。」


「今度こそ本当に一安心みたいですね。」


「はい!もう良くない魔力は完全に消えました!」


「しかし、一体誰がルカちゃんにこんな事を?何の為に?」


「分かりません。呪自体は呪術士シャーマンのスキルですが……稀少であまり情報の無い職種です。冒険者ギルドや王都には居なかったと思います……」



 何か不穏な感じがしてきたな……ルカちゃんはカースの対象になる様な要人や悪人じゃないし。



 もしもルカちゃんが無差別に対象にされたとしたら……もっと大人数が標的になったら……王様を狙う為の準備か何かだとしたら……


 …… 止めようキリがない。とにかく今はルカちゃんが助かった事を喜ぶべきだ。



「ルカ!沢山食べて元気になったら、フェニックス退治の時のオラの武勇伝を聞かせてやるからな!」



 ……お前、武勇伝あったか?



 レッカの言葉に「また大袈裟な話なんだろうなあ」と、苦笑いをしながら頷くルカちゃんを見ながら、まぁいいか今回は……と思った。




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