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36・永遠の命を望まない。

「人の姿になれるのか。」


『そうだ、過去にはこの姿で人間と接触した事も一応あった。』



 人の姿になったフェニックスは、そう言いながら右の手首を前に出す。ん?これは手首を少し切って血を流すって事か。確か飲み水が入っていた入れ物があったな。



「ちょっと待ってくれ、今入れ物を……」


  ザシュッ


  ドサッ…


  ブシュッ!


「っ……!」



『……』


 え?……ちょっと何?この人手首を何の迷いも無く切り落としたをんだけど……凄い血が出てるし!


「きゃああああっ!?」


「うわあああ!?何やってんだ!?」


 ほらー、レインとレッカはパニックになっちゃったじゃないか。俺も一瞬あれになりかけたけど、他人が先にパニックになると逆に意外と冷静になれるもんだ。


「ほれ、早く入れ物を寄越せ。血が勿体無いだろう。」


「え?ああ、はい……」


 俺から入れ物を受け取ったフェニックスは、ダラダラと手首から流れる血を入れ物に入れていく。なんてシュールな光景だ……



「こんなものか。ほら、受けとれ。」


「ああ……はい、どうも……てゆーか手首……痛くないの? 」


「流石にちょっと痛いが、氷のオブジェにされるよりはずっといい。それに……ハッ!」


 フェニックスが魔力を手首に集中させると、光が右の手首を包む。



「ほらな。」


 光が消えると共に、フェニックスの手首は元に戻っていた。


「なるほど……再生出来るんだな。」


「我は死んでも生き返る事が出来るのだぞ?これ位は簡単だ。ちょっと痛いには痛いが。」


「そうすか……」


 痛いには痛いんだ……再生するって言ってもちょっとやだなあ……



「しかし汝は最初は敬語であったのに、なんだか我に対して雑になってないか?」


「そりゃそうだろ。殺すつもりで攻撃をされたんだから当然だとも。聖獣だろうがもはや払う敬意は無いでしょ普通。」


「むぅ……確かにそうかもしれんが……」


 フェニックスはしゅんとして少し頬を膨らませて話す。



「むやみに人を攻撃するなよな?普通の人ならとっくに死んでるぞ。」


「確かに汝らは普通では無いな。その強さは何なのだ……氷女コールドフェアリーがいくら高位とはいえ……ああ、契約者のこの男が化物だからか……」


 初対面でもこの言われよう。ちょっと自粛しようかな……



「しかし……これが万能薬ねぇ……ん?万能薬?」


 その時、もしかしたらと俺はフェニックスに聞いてみた。


「もしかして、過去に誰かに血を渡した事はあるか?」


「人間ごときにそうホイホイ渡すわけないだろう?……ん、いや?我が誕生してから……ええと……何百年前かは忘れたが、1度だけあったな……」


「どういう経緯で?」



「……あの時、我は不死であるが故に時間を持て余していた。そうだな……400か500年前位か。」


 時間余りすぎだろ……意外とそれもかわいそうなのかもなあ。


「その時に、汝らの様に魔物を狩り生計を立てていた者達がこの地を訪れたのだ。この地に人が来るのは珍しかったのでな、人間の話を聞きたくて、我はこの姿でその者達の前に出た。そして人間の世界の話を聞く事が出来たのだ。その時は少し気分が高揚していてな、そのお礼にと思って……」


「ふむ。」


「その者達が持っていた水の入れ物に、今の様に手首を斬り落として血を入れて与えてやったのだ。」


「……」


「しかし、どういう訳か『気味の悪い化物め!』と言われて血の入った入れ物を弾き飛ばされて、その上いきなり剣で斬り付けられた。」


 だろうね!


 そりゃそうだろ!美女とはいえいきなり初対面の人に『話のお礼』とか言われて、目の前で手首を斬り落とされたら頭のおかしい人と思われるだろ!



「……で、その血を入れた入れ物はどうなった?」


「入れ物?……さて……どこかに転がっていったと思うが。」


「当時からこの場所って、こんな岩山だったのか?」


「いや、我が人間を倒す時に一緒に焼き払ってしまってからだな。当時は草木や花等も沢山あった。」


「当時の山に、星の様な形をした花はあったか?」


「ん?ん~……あったな。白い5角の花が。」


「ケイマ……その話、もしかしてそいつが……」


 レッカもここまで聞いて何を話していたのかに気付いた様だ。


「……だな。その冒険者に弾き飛ばされた入れ物から零れたフェニックスの血をたまたま浴びた花が、その朝露に万能薬の効果を持つようになったんだろ。そんでその後誰かに発見されて星露の花の話になったんだろうね。」


「そうなのか?我は全然知らなかったぞ。」


 フェニックスは「へぇ~」といった感じで聞いている。あなたが当事者なんですがね。



「その冒険者達はどうなった?」


「その時には久々に新しい話が聞けて気分が良かったから、その者達は殺さずに見逃してやった。」


「ふーん、意外だな。」


「だが、次に1年後位か?その者達がもっと大勢の人間を引き連れて我を倒しにきたから、山ごと焼き払った。それからはこの山はこんな状態だな。」


「結局そうなったのかよ……」


「し、仕方ないだろう?我が悪い訳ではない。倒しにくるのだから追い払ったまでだ。」


「まあ、そうだな。相手が殺す気なんだから仕方ない。」


「今までにここに来たやつらは、我の肉を食べると不死になるとか、我の血を飲むと若返るとか言っていた。金儲けの為か自分の為だな。全員一攫千金の夢や永遠の命を求めてくる愚か者だった。永遠の命など、そんなに良いものでは無いと言うのにな。少なくとも我はそう思うが。」


「そうか……でもその人達はそうは思わなかったんだろ。それこそ永遠の命を手に入れてやりたい事があったんだろうな。」


 まぁ俺には思い付かないけど、きっと何かの魔法とかを極めたいとか、永遠に国の王でいたい、とかじゃないの?



「永遠の命を手に入れてもやりたい事か……実際に我の命は永遠に近いだろうが、そんなのは思い付かないな。長い年月をただ生きているだけの我には羨ましいものだ。」



 そうか、生き物は時間に限界があって最後に死が待っているから、限られた時間の内に何かをしようとして輝く。だから生は尊い。けど、永遠の命があるならどうだろう?特に語る事も無い中身の薄い生になってしまうんじゃないか?


 ただの魔物や動物の様に本能だけが支配する思考ならまだしも、フェニックスは魔物とはいえ人間と同じだ。目的の無いただ生きているだけの永遠の命は、永遠に続く拷問とも言えるかもしれない。



「はい!良い事思い付きました!」


 レインが何やらいきなり手を挙げながら言ってきた。


「急にどうしたレイン?」


「フェニックスさんも私と同じ様に街に行けば良いと思います!そうすれば楽しいと思います!」


「なるほど……それは確かに。」


 レインの提案は確かにフェニックスに刺激をもたらす事が出来るかもしれない。



「いや、それは……きっと無理な話なのだ。」


 フェニックスは否定的に答える。



「かつて、何百年前だったか……我もこの姿で街に降りた事があった。」


 へえ、既に試してたのか。


「目新しいものばかりでな、楽しかったよ。だがある時我がフェニックスだとバレてな。他国の侵略の為や権力争い等の為に、我に取り入ろうと人間達が色々してきたよ。それがうっとおしくなって街を去った。」


 力のあるものを取り入れ利用する、まぁフェニックスってバレたらそうなるよな。



「我の力を使って大陸を統一するとも言われたな。人間相手ならば出来るかもだが、我が暴れたらバハムートやリヴァイアサンも起きてくるだろうしな。そうなるとどうなるか分かるか?」


 バハムートの他にリヴァイアサンもいんの?



「怪獣大戦争の余波で人間にも大打撃……かな。」


「そうだ。我は構わんが、そうなっては人間は困るだろう?だからその時に知ったのだ、我はこの山から動くべきではないと。」


 そうだなあ……怪獣大戦争は確かに困るかな。


「流石に何百年も生きている、我は1人でいる事には慣れているよ。元々これが正解なのだから。」


 1人でいる事には慣れている、か。年月の単位がフェニックスとは違うが俺もそうだった。


 でもな、俺も最近思い出したんだ。1人はやっぱり寂しいものなんだよ。



「大丈夫です!」


「なに?……何が大丈夫なのだ、氷女?」


 レインの突然の大丈夫宣言に怪訝な顔をするフェニックス。何が大丈夫なんだレイン……この子まさかノープランで根拠の無い大丈夫宣言してないよね?



「ケイマさんがいるから大丈夫です!」


 俺か。それノープランに近くない?


「私も氷女ですけど、ケイマさんと契約してからは街で暮らせてます!」


「……なるほど……高位の魔物の氷女が汝と契約しているのはそういう事か。契約者が強くあれば、氷女が他の者に奪われる事は無い。故に街で暮らせているのか。」


「ケイマさんは強いけど自由人だし権力がどーのこーの関係ありませんから!ケイマさんに任せておけばフェニックスさんも街で暮らせますよ!」


「確かに……我よりも強い氷女と契約者が一緒なら、その街なら……我は不自然な存在では無くなるのか?」



 まあ、フェニックスに誰かどーのこーの出来るとは思えないけど……まぁ俺と一緒にいればある程度は大丈夫か?何かあったら最悪違う国に行けば良いだけだし。悩み初めている感じだな。


 でも、俺達はあんまり時間が無いんだよなー。早くルカちゃんにこれを飲ませないと。



「急がなくていいよ、少し考えてみなよ。」


「むぅ……」


「でもすまないが、俺達は一刻も早くこの血を飲ませたい人がいてね。そろそろ帰らせてもらうよ。」


「そ、そうか……」


「こんな何も無い所よりずっと楽しいですよ!」


「まあ、昔街に来た時より遥かにマシにはなるだろ。俺はケイマだ。街に来るなら俺を訪ねるといい。面倒位は見るよ。」


「分かった……少し考えてみよう。」




 そしてフェニックスに別れを告げて、俺達は山を降りた。




 ーーーーーーー




 星露の花は無かったけど、フェニックスの血という思わぬ土産が出来た。星露の花の元になっていたものだから期待が出来る。いや、もう治った様なもんだろうな。



「フェニックスの血か。良かったなレッカ、ルカちゃんは治せるぞ。」


「ああ……!皆のお陰だ!俺は本当に何も出来なかったけどな!」


「まぁ、あれは仕方ないだろ。星露の花だけ採るにも、それが無かったんだし。」


「ルカ!待ってろよ!お父ちゃん今帰るぞ!」



 俺達は揚々と王都に帰る足を早めていった。



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