25・弱いものいじめを望まない。
ポカポカと良い陽気の昼過ぎ。
俺は今、スライムに後を付けられている。街に帰ろうと歩いている草原で、5メートル位後ろを、もそもそと付いてきている。
俺が止まるとスライムも止まる。俺が進むとスライムも進む。俺が軽く走るとスライムもピョンピョン跳ねながら付いてくる。
……なんだこのスライムは……
事の始まりは今朝まで遡る。
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「たまには街の外でのクエストもいいものですよ?」
最近毎朝飲んでいる、コーヒーに似た飲み物であるバルカノを飲みながら、今日は何をしようか考えていると、思考読まれたかの様なタイミングでルノーさんから声を掛けられた。この人……何者?
というのも、ティアがあの一件の後に俺と同じ様に『その他』クエストを中心に活動し始めたので、些細な事でもいいからティアとの共通の話題が欲しい他の冒険者が、高クラス低クラス関係なく『その他』クエストをやり始めた。その為今はクラス指定の依頼等しか残っていない様な状況になってしまっている。
つまりクラスFの俺には受ける事が出来ない依頼しかなくなってしまっているのだ。
そしてその元となっている人物が、今隣に座っている。
「苦っ……よく苦茶なんて飲めるわね。久しぶりに飲んでみたけどやっぱ無理。」
「……じゃあ頼むなよ……」
「ケイマが美味しそうに飲んでるから、なんか飲めそうな気がしたのよ……どうしようコレ、ケイマ飲む?」
おい、爆弾を投下するな。
『な、なにい!?』
『やつめ、ティアちゃんの飲んだものを貰う気か!?』
『ティアちゃんと、か、か、間接……』
ほらぁ……
「……」
「ごめん……やっぱ頑張って飲む……」
これは頑張って飲むものでは無いんだけどな。まったく仕方の無い……
「ルノーさん、ミルクあります?」
「ええ、ございますが?」
「これと同じ大きさのカップに半分位入れて貰えませんか?」
「はい、構いませんが……?」
ルノーさんがカップにミルクを入れて持ってくる。ミルクの存在は『羊の寝床亭』で確認済みだ。この世界のミルクはちょっと甘いんだよな、だからちょうど良い味になりそうだ。
「ティア、ちょっとカップを貸して。」
「?」
ティアに渡されたカップにミルクを入れていく。この位か?
「ほら、飲んでみ?」
ティアにカップを返すと、不思議そうな顔をしながら口を付ける。
「……!苦くない!おいしい!」
「だろ?」
ミルクの分量は適当だったけど良かった。
「お茶よりも好きかも!これケイマの国のやり方なの?」
「うーん、そうかな。」
国と言うより世界的な。
「これ、ミルク入れると温くなっちゃうけど、温かいミルク入れたら良さそうだね。」
「その通り。」
「ケイマさん……これは何と言う飲み物なのですか?」
「これですか?えーと……カフェオ……いや、ミルクバルカノでいいんじゃないですか?」
「ミルクバルカノですか…………バルカノにミルクを入れるとはなんという大胆な発想……是非ともこれをメニューに入れさせて頂きたいのですが。」
そんなマジで大袈裟な……
「ええ、全然構いませんよ。」
「ありがとうございます。早速明日からメニューに入れさせて頂きます。」
「それならあたしも毎日飲めるのね。」
「気に入ってもらえて何より。で、話を戻しますが、外とは?」
大分方向のズレた話を戻す。
「えぇ、外とは『採集』や『討伐』ですな。『討伐』が嫌でしたら『採集』でも。今日の様な穏やかな日にのんびりと薬草等を摘むのも中々いいものですよ。」
「なるほど……それは……良さそうですね。」
「南の森の手前に草原があります。そこならば魔物はスライム位しか出ませんので、安心ですし。」
「スライム……」
「ケイマはスライム見た事無いの?あの緑の丸っこいやつ。」
「まだ無いかな、何となくイメージは出来るけど。」
スライムってあのスライムだよな。RPG定番の。ティアが今丸っこいやつ、って言ってたから、ゲルみたいな気持ち悪いやつじゃなさそうだ。
「スライムってどんな魔物?」
「無害よ。」
「そうか……え?無害?」
「基本は草原や森の中で魔物や動物の死骸を身体で包み込んで溶かして食べるの。そのお蔭で草原や森は綺麗に保たれているのよ。『掃除屋』ってよばれてる。」
なるほど、良い魔物なのか。
「ただ、魔力が無い動物の死骸も食べるけど、魔力があるものが好物なのよ。魔物の死骸以外でも。」
「と言うと?」
「薬草とか薬剤になる木の実とか茸かな。例えば、ポーションの素材の薬草には、微量だけど魔力が宿ってるわ。」
ああ、だからポーションは凄く疲れに効くのか、納得。
「つまりスライムは薬草も食べるの。あまり増えすぎると食べつくしちゃうから、たまに間引きの討伐依頼があるけどね。」
「そうなのか。やっぱ弱いの?」
「弱いわよ。スライムは核があって、それに蓄えられた魔力で細胞が結合して身体を維持してるだけの単純な魔物よ。『掃除屋』の本能だけで生きてるから、攻撃力は無いの。そもそも人を見つけても攻撃してこないし。」
「でも、間引きの討伐の時には心が痛みますな……」
「そうなのよねー……」
「なんで?攻撃してこないから?」
「かわいいからよ。」
「は?」
「スライムはね、丸くてかわいいのよ。目もちゃんとあってね、楕円の円らな目なのよ。」
「あれを何の迷いもなく叩き潰す方は、きっと悪魔ですな。」
「そうなのか……じゃあ今日は『採集』でもするかな。まぁ、スライムに遭遇したら無視しようか。」
「倒しても経験値は無いし、質の悪い魔石しか手に入らないから、それがいいわよ。」
それがあいつとの出会いのきっかけだった。
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「ああ……確かにこれは中々いいな……」
久しぶりに薬草の採集をする事にした俺は、言われた通りに南の草原に来た。
緑の草原に日差しは柔らかく降り注ぎ、穏やかな陽気を生み出す。たまにそよそよと頬を撫でる風も気持ちが良い。
「やべぇ……眠くなりそう。採集どころじゃなくなるな。こりゃ早いとこ採集しないと。」
そうして、草原を歩きながら薬草を摘み取って行く。すると、いつの間にか森の入り口に差し掛かっていた。
「あ、これが南の森か。ん?何の声だ……?」
何やら声がしたので、少し森の中に入ってみると、その声は魔物の声と気付く。
『ギャギャギャ!』
『ギャーギャッ!』
覗き見ると、子供と似た背格好の緑の妖怪みたいなやつらが3匹、棒等で何かを痛め付けていた。
叩かれてるあれは……スライム?
ガサッ……
「あ、やべ。」
葉っぱに当たって音を出してしまった。
『ギャギャッ!?』
『ギーッ!』
緑の妖怪みたいなやつらは、一斉にこっちを向く。そして、俺を見るなりこちらに走って襲いかかってきた。
えぇ?こいつら魔物?人系の魔物だよな?亜人とか、緑色の子供じゃないよね……?
『ギャーギャッ!』
あ、分かった、こいつらゴブリンってやつだ。意思疏通も出来なそうだし、じゃあ問題無いか。
「『ソード』。」
ザシュッザシュッザシュッ
とりあえずゴブリンを瞬殺し、そいつらが痛め付けていたものに近付いて見る。その周囲には、ゼリーを撒き散らした様な破片が広範囲に散らばっていた。
そしてその中には1つだけ、辛うじて原型を止めているものがあった。
「……スライム……」
ゴブリン達が痛め付けていたのは、無害の『掃除屋』スライムだった。ストレス発散でもしていたのだろうか?
スライムに近付くと、それはプルプルとしながらこちらを向いた。元は饅頭の様な形であっただろう身体はあちこちが欠けて、無惨な姿だ。そして、どういう構造なのかは知らないが、縦の楕円状にティアが言う円らな目があった。
「ふむ……確かにかわいらしいかもしれない。お前、無害なのに酷い目にあったんだな。仲間は皆やられてしまったのか。」
『ピ……』
お?今のはスライムの鳴き声か?何かの鳥みたいだな。
そしてスライムは俺の横をプルプルしながらゆっくりと通り抜けて移動していく。あれじゃ次の一撃を喰らったらやられちゃうな。
スライムって再生するのか?いや、なんかそんな気配無いぞ。治してあげたいけど、ポーションとかも持ってないし……あ、まてよ……
(スライムには核があって、それに蓄えられた魔力で身体を維持してるだけの単純な魔物よ。)
ティアの言葉を思い出す。魔力で身体を維持してるなら、魔力を分け与えてやったらどうだろう?やってみるか。
俺はのそのそと移動するスライムの頭(?)に手を乗せる。あ、ツルツルで触り心地が良い。
『ピ?』
そして「治れ……治れ……」と念じて魔力をスライムに移動させるイメージをしながら解放させる。
『ピッ!?』
するとスライムは白い光に包まれ、暫くしてその光が収まると、もとの綺麗な饅頭型に戻っていた。しかし、白い光に包まれたせいか分からないが、緑だった身体は白くなっていた。
まぁ……良く分からないけど、色が変わる位は大丈夫だよね?
『……ピ?』
スライムはくるりとこちらを向くと、円らな目で俺を見る。
「成功か。治って良かったな。仲間は残念だったが、お前はもうあんなやつらに見つかるんじゃないぞ?」
スライムが治った事に満足した俺は、立ち上がりその場を立ち去る。
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その後少し歩いて、薬草採集の続きを開始した俺は、妙な視線に気付く。横目で視線の
元をチラッと見てみると……木の影から、饅頭型の物体が半分見えていた。円らな目の片方で俺を見ている。
……あれか。
あれって、どうみてもさっきのスライムだよな。半分顔(?)を出して明らかに俺を見ている……まあ、気にしないでいいか……
「ある程度採れたな。そろそろ一旦帰るか。」
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歩き始めて暫くするが、まだあの視線を感じる。
一体なんだ……何か用があるのかあのスライム……?
そして冒頭へと繋がる。




