24・今までの関係を望まない。
次の日は昼前にギルドを訪れた。前の日は何か疲れたので、ゆっくりの出勤だ。
『……!!……!』
冒険者ギルドの前に来ると、外にも怒声が聞こえてきた。
あの2人が来てるんだろう。さっそく盛り上がってるみたいだな。楽しそうだなあ。とりあえず中に入るか。
「うお……凄い人数だ。」
冒険者ギルドに入ると、受付の辺りから今入ってきた入口まで人が集まっていた。クエストの掲示板前にも人がいるので、当然クエストは見れない。
その中心には例の人……アスレックがいる。近くにはティアもいるな。
『てめえら、とんでもねえ嘘つきやがって!』
『冒険者の誇りは無いのか!?』
『よくもまあギルドに顔を出せたもんだ!』
『シドはさっさとこの王都から出てったぞ!』
等々……周囲の冒険者は罵声を浴びせている。そうか、もう1人の男はやはり耐えられないと思って王都を出ていったか。
しかし中に入れる雰囲気じゃないな……休憩所で何か飲みながら事の成り行きを見るとするか。
休憩所にある一角に、飲み物等を出しそうな雰囲気の場所があったので、そちらへ向かった。
「マスター、ここのおすすめは?」
誰も居ないカウンター席に座り、少し格好付けながら白髪の壮年男性に話し掛ける。
「マスター……?私はギルドマスターではありませんが……」
「……」
ああ……こっちではこの言い方通じないのね?マスターと言えばギルドマスターと。あー恥ずかしい……
「あ、すみません間違えました……飲み物のおすすめとかあります?」
「いえいえ。私はルノーと申します。ここで飲み物や簡単な料理等を提供させて頂いております。」
「あ、どうも、ケイマと申します。」
「おすすめは……そうですね……どういうのがお好みですかな?」
お茶は飽きたな……コーヒーがいいけど……
「ちょっと苦めの飲み物で、温めて飲んだりする様な……」
「ほうほう……ならば丁度良いものが。少々お待ちください。」
少し待つと、ルノーさんは小さいカップを持ってきた。カップからは湯気が出ている。
「これは……」
黒に近い色……そしてこの香り……まずは一口。
「…………!」
コーヒーだ。元の世界の物とは少し違うが、コーヒーにも色んなブレンドがあるし、喫茶店で、「こういうブレンドです」と言われたら「そうですか」と言ってしまいそうな位の微妙な違いなだけだ。
「これは、バルカノと言いましてね。苦茶と皆には呼ばれています。私はこの苦さが好きで置いてるんですが、私以外に飲まれる方はいらっしゃいませんね。いかがですか?」
「……いいですね。いや本当に。これからは多分毎日来ると思います。その内に、このバルカノの時代が来ます。」
「それは良かった。私もそうなる事を願っております。」
するとルノーさんは満足したように微笑み、席を外した。
新発見だよこれは。名前は違うがコーヒーが存在したのはありがたい。クエストの前後に飲みに来る事にしよう。と思いながら静かにバルカノを飲む。
「結婚してくれ!ティアちゃん!」
……は?
『は?』
俺がバルカノに気を取られている間に何か面白い事になってる!どういう経緯でその発言が!?
発言の元を辿ると、アスレックだった。なぜお前が……今この世界で一番言う資格の無いやつの1人だろ。
「今回君を守れなかったのは、親衛隊の立場と言う柵が存在したからだったんだ!僕にとっての唯一無二の存在に……結婚して僕の妻になってくれるなら、今度こそ一生涯命を懸けて守り抜くと誓う!嘘偽り無く!」
なんかトンデモ理論が出始めたぞあの騎士の人……結婚に繋がる理由が完全に意味不明だ……皆に罵られ過ぎてキレちゃったのか?
『……』
突然のプロポーズに、唖然として一気に静まり返る一同。
「はっはっは、こんな大人数の前でプロポーズとは、若いですなあ。 」
「……まったくですね。」
ルノーさんはカップを拭きながら微笑ましそうにみるが、普通ならそうだろうけど状況がね……そう状況がね。
「君を……愛してるんだ……!」
アスレックはティアに歩み寄り、両肩を掴む。
『ざけんなバカ野郎! 』
『ティアちゃんに触るんじゃねぇ!』
『意味わかんねーよ!』
「うるさい!周りがどう言おうとこの気持ちは変わらない!それに、今の僕を信用してもらうには、本当の気持ちを伝えなければならない!」
すげえなこいつ。完全にアウトって言われてんのに、そのまま一塁に居続けてる様な感じだ……
「そうね……」
ティアが目を閉じながら口を開く。
「アスレック達のお蔭でここまで来れたのは紛れもない事実。だからあなたが今日来てから謝罪もして、理由も話したの。本当に今までありがとう。」
「ああ!その通りだとも!だから……」
うわ、肯定の仕方がイラッと来るなこいつ。
「けど、あの時はケイマが来てくれなかったら死んでたわ。」
「あ、あの時の僕はどうかしてたんだ!僕は伴侶となる女性は命を懸けて守る!」
今も大分どうかしてるけどな。
「返事を……くれないか?」
すると、ティアは急に鋭い目をアスレックに向けると…………そのまま膝を蹴り上げた。
「ホゥッ!!??」
『!?』
近距離で蹴り上げた膝は、アスレックの股間に下からクリティカルヒットした。
……うわ……下からかあ……あれだと玉がモロに潰れる感じなんだよなあ……野球のキャッチャーがたまになるやつだ。
『……』
その状態を見て、他の男達は皆ちょっと内股になる。気持ちは分かる、俺も今股間がキュッってなった。
「これが返事よ。もう2度とあたしの前に現れないで。」
「は……おおぉ……な、なぜだティアちゃん……今までの君とは別人の様だ……」
おっと、本当に折れないメンタルの持ち主だなコイツ。しかも話が出来るとはさすがは騎士。ここまで来ると逆に見習うべき所なんじゃないかと思えてくるよ。
「これがあたしの素なのよ。皆には言ったけど、もうああいうのは止めたの。」
「な……」
「それに、口先だけの言葉なら誰でも言えるわ。結婚するなら、逆に口先の言葉は無いけどあたしがピンチの時に、本当に命を懸けて助けてくれる様な人がいいの。」
「そ、それは僕じゃないのか……!?なら一体誰……」
絶対にお前じゃないだろ、前科一犯を自覚して無いというのか……!?
「それはあんたが知らなくて良い事よ。じゃあね、さよなら。」
「ま、待ってくれ……!」
『待ってくれじゃねえよ!』
『さっさと出てけ!』
『シドみたいに王都から出てけ!』
ふむ、これで親衛隊関係とは縁を切れたか。ティアはこれで良かったのか?まぁ本人が望むならいいんだろうけど。
アスレックを非難する人混みを掻き分けて、ティアがこっちに向かってくると、バルカノを飲む俺の隣にどかっと座った。
「ふぅ……ルノーさん、お茶貰える?」
「はい、只今。」
「あれで良かったのか?」
「良かったのよ。トライ・サーペントを倒したんだから、いずれにしてもあたしがもう前みたいに猫被る必要も、親衛隊が必要な理由も無くなったの。トライ・サーペントの素材もマスターに渡して、皆に振り分けてくれって頼んだしね。」
ルノーさんが無言でそっとティアにお茶を
差し出すと、ティアは一口飲んで息を吐く。
「本当はいつかトライ・サーペントを倒したら、この王都から出て行くつもりだったけど……」
「けど?」
「ここにいる理由が出来たの。」
「へぇ、理由か。」
「明日からも冒険者としてやってくから、あたしの仕事、たまにはケイマも協力してよね?」
「たまにならな。でも理由って、どんな理由なんだ?」
するとティアは「にしし」と笑って、
「教えなーい♪」
そう言って再びお茶を飲み始める。その笑顔は今までとは違い、魅力的なものだった。多分これが彼女の本当の笑顔なんだろう。
「……ああそう……」
こんな風に笑える様になったんだ、どんな理由でもいいさ。仇打ちが終わって生きてく理由が無くなるよりはずっと良い。
今回のギルド内での一件は、その日から事実や噂を織り交ぜながら広まっていった。素のティアはその後も意外と好評だし、アスレックの股間を蹴り上げた話等は一時的に凄い話題となり、女性のティアのファンも増えていった。そう、今回は本人の意図せぬ所で人気が上昇していったのだった。
ちなみにアスレックはいつの間にか王都を出ていったらしい。行き先は誰も分からないとの事だった。




