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21・彼女はただ死ぬ事を望まない。

 ー ティア視点



 甘かった……もうここまで来てしまった。引き返せない場所まで……まさか大森林の奥地がこんな場所だったなんて……


 あたしもパーティメンバーも見た事が無い魔物もいくらかいた。皆がいなければ命はかなり前に無くなっていたと思う。今更だけどさすがは高ランク冒険者だと思った。それでも魔物を倒せずに逃げざるを得なかった状況もあったけど。




 その中で、パーティメンバーが2人死んでしまった。



 弓術士アーチャーのミゲルと剣士ソードマンのハイマン。


 ミゲルは突然木の茂みから出てきた、犬歯が剣の様に長く鋭い狼に首を噛み千切られて死んでしまった。最後に何かを言おうとしていたが、首から息が漏れてしまって、何も聞けずに息が絶えてしまった。



 ハイマンはでっかい蜘蛛の魔物が上から糸を吐いてきて捕まえられた。蜘蛛の魔物を牽制しながら糸を斬ろうとしたけど、剣では中々斬れなかった。強靭な糸に手間取っていると、仲間の蜘蛛の魔物が現れてしまった為、アスレックの指示で見捨てて逃げた。


 ハイマンは去って行くあたし達に凄い罵声を浴びせ続けていたけど、少ししたらそれも聞こえなくなってしまった。アスレックはハイマンに『ティアちゃんの為に死んでくれ』と言っていたけど、今のあたしはそんな事望んで無いよ。


 2人も死んでしまった。なんで、こんな事になっちゃったんだろう…………いや、元の原因はあたしだ。皆がこうなる様にあたしが誘導してきたんだから。



 ここに来る話をされた時に、意地でも嫌だと言えば良かった。ケイマともっと前に話が出来ていたら、こうはなって無かったかもしれない。





 目的地までは本当に後少しだと思う。でも多分勝てない。ここでこの魔物だもの。やつはこの環境の中で生き残っているどころか、ここの魔物を糧に生き続けているのだから。


 途中で引き返したかった、けどまた同じ道を帰るのかと思うと、今は戻るのも恐い。






「そろそろ目的地だ。皆、ようやくだぞ!」


「ティアちゃんとあの2人の為にもさっさと倒して帰ろうぜ!」


「ティアちゃん大丈夫?」



「えぇ……私は大丈夫。」


「僕達はパーティでなんとかだけど、タイラントを狩れるんだから、心配しないで。」



 ついに辿り着いてしまった。トライ・サーペントと会うかもしれないのに、なんで皆余裕なんだろう?ひょっとして心配してるのはあたしだけなのかな……?案外本当にトライ・サーペントを倒せたりするの?


「……しかし、この辺りに来たら魔物がでなくなったな。」


「ひょっとしたら、魔物の生息しない地帯なのかもしれん。セーフゾーンか?」




 ……嫌な予感がしてる。そういえば、トライ・サーペントは魔力のある物を食べる。


 もしかしたら他の魔物はそれを知っていて、トライ・サーペントが近付くと逃げて居なくなる……とか……。そしたら、すぐ近くにトライ・サーペントがいることになる……かも……。



「はは、なんだよ、セーフゾっ……」



『?』


 パーティの一番後ろにいた槍術士ランサーのアーティの声が途切れた。


 あたしは『ん?』と、不思議に思いアーティを見ると、そこには出来たばかりの血溜まりがあった。



「えっ……?」


 血溜まりには水滴の様に上から新しい血が滴り落ちている。




 そしてその発生源を見上げると、アーティが巨大な蛇に喰われている最中だった。頭を潰され、力無くだらりとしているアーティを丸飲みにしようとしている。


 そして人間7、8人分位の太い首と胴体、3つ首の内2つは鎌首をもたげながらチロチロと舌を出してこちらを見ている。



『!?』


 あたしを含めた一同は一瞬息を飲む。


「アーティ!?」


「出たぞ!トライ・サーペントだ!」


「戦闘体勢をとれ!ラドクルー!シド!」


『お、おお!!』


 アスレックが咄嗟にラドクルーとシドに指示をしていた。2人はパーティの防御の要の盾士ガーディアン。大きな盾には物理攻撃だけでは無く、魔法防御の付与もされているオーダーメイド品。これまでどんな攻撃にも耐えてきた。彼らなら大丈夫……



「蛇野郎……!よくもアーティを!」


「八つ裂きにして素材にしてやる……!」



「セルジオ!2人が防御をしている内に魔術を!」


「分かってる!」



 アスレックが魔法士ウィザードのセルジオに攻撃魔法の使用を促している。セルジオは不可視の風魔法のスペシャリスト、トライ・サーペントの首を落とすつもりだと思う。



「30秒くれ!『ソニックスラスト』で真っ二つにする!」


 『ソニックスラスト』は上位の風魔法、下位魔法のウインドカッターの比では無い切れ味の魔法、これなら……!



「ようし!それまでは俺達で持たせるぞ、ラドクルー!」


「おう!まかせろシド!……うおっ!」


「ラドクルー!?」


 正面に来たラドクルーに向かってトライ・サーペントが巨大な尻尾を叩き付ける。


  ズドォォン!


「ぐぅっ……なんの……!これ位大した事無い!」


 ラドクルーが尻尾での攻撃に耐えた、凄い……これなら!これでセルジオが『ソニックスラスト』で首を落とせばなんとかなるかもしれない!


 

「こいつ、大した事無いぞ!攻撃は受け切れルッ……!?」


『あっ……!?』



 ラドクルーが尻尾の攻撃を防御した次の瞬間、その側面からもう1つの首が彼を襲った。




『ラドクルーッ!!』


「ぐっ……クソしくじった!大丈夫だ!俺の鎧はアアアアアアッ!?」




 ラドクルーの鎧は確かオーダーメイド品の上級の物だったはず……!


 けど、今あの蛇はまるで少し固いお菓子でも食べるかの様に、バリバリと鎧ごとラドクルーを噛み砕いてしまった……ラドクルーはもう悲鳴を上げる事も出来無くなった。




「くっ!ラドクルー……くらえ蛇!『ソニックスラスト』っ!!」


 セルジオの向けた手の先に魔方陣が浮かび上がる。そうだ!絶望してる場合じゃない!『ソニックスラスト』で致命傷を負わせる事が出来れば、後はアスレック達でも……


  シャンッ!


 空気を激しく切り裂く音と共に、不可視の真空の刃がまだ何もせずに様子を見ている残りの首に向かって行く。これで首の1つでも落とせれば!


 しかし、その希望はあっさりと砕かれる。




『シャァァァァッ!』


 トライ・サーペントが吠えると、口元に魔方陣浮かび上がり、セルジオが放った『ソニックスラスト』と同じ音が聞こえた。そして……


  パシイッッ!


 何かが破裂した様な音がして、セルジオの放った『ソニックスラスト』が相殺された。




「な……『ソニックスラスト』……だと……?あの蛇『ソニックスラスト』を使いやがった!!しかも相殺させたってことは、やつは魔力が見えてる!?」


 セルジオは自分の魔法が相殺された事と、トライ・サーペントが同じ魔法を使ってきた事に、ただひたすら驚いている。それはそうだ、不可視の『ソニックスラスト』を相殺させるには、魔力が見えていなければ出来ない。それは人間には出来ない、この魔物だから出来たのかもしれない。



「オオオオオオッ!!」


 聞こえた雄叫びに、セルジオから視線を移動させる。



「エディオ!! 」


 魔法を使った隙を突いて、大剣士グラディエーターのエディオが既にその首に斬りかかっている。


 エディオの大剣はトライ・サーペントの首を捉えた。


「ラアアアッ!……何っ!?」


 確かにエディオの大剣は首を捉えたが、いくらか食い込んだだけで止まってしまった。



「エディオッ!剣を離して逃げてっ!!」


 あたしは思わず叫んだ。エディオが攻撃した首は、既に彼の方を見ていたから。




『シャァァァァッ!』


「……へっ……?」


 エディオは少し間の抜けた声を最後に、トライ・サーペントの餌となってしまった。




「あ……エディオまで……ね、ねぇ……アスレック……これから……どうするの?」


 3つの首が、パーティメンバーを喰っている間にアスレックに確認しようと振り返る。すると……



「う…………うわああああああっ!!」


 アスレックは青い顔を引きつらせながら、トライ・サーペントと反対方向へと走って行ってしまった。


「え?」



 そして、それを見た残りの5人も……



「あんなのに勝てる訳ない!」


「こんな所で死にたくねぇ!!」



 リーダーのアスレックの逃走に、一気に闘志が崩壊、アスレックの後を追って走って行ってしまう。



「ま、待って……!あたしも……」


 あたしは盾士のシドの腕を掴む。トライ・サーペントとパーティメンバーの犠牲を目の当たりにしてしまい、足がすくんで上手く動けなくなってしまってるから、シドに連れて行って貰おうとした。




「離せッ!俺は死にたくないんだッ!」


「きゃっ!?」


 ドン!とあたしはシドに突き飛ばされ、地面に転がされてしまった。




「う……?」



 あたしは一瞬混乱した。シドに突き飛ばされた……?あれ?皆……逃げちゃった……?あたし……



 そして顔を上げると、そこにはパーティメンバーを既に胃の中に収めた3つの首があたしを見ていた。 




『シャァァァァッ!』


「あ……」


 もうだめだ……そう思った。あたしよりも強いレベルのパーティメンバーが3人も死んだ。あたしなんか何も出来ずにやられてしまう。





 何も出来ずに?いや……そんなのは……いや!!



 あたしから家族も家も奪ったこいつに、せめて一矢報いなければ、死んだ家族に何も報告出来ない!死にきれない!



「あああああっ!!」


 あたしは叫んで立ち上がる。これでもレベル35の双剣士デュアルだ!死ぬならあいつの首1つでも貰ってからだ!


 あたしは覚悟を決めて、腰に下げている双剣を抜き構える。



『シャァッ!』


「きゃっ……!」


 トライ・サーペントの尻尾による攻撃を避ける。次は首が来る!


『シャァァァァッ!』


 予想通り首の1つがあたしに向かって牙を立てようとしたが、横に転がって避ける。


「いける!あとは……ッ!?」


 避けながら近付いて、攻撃をしなければと思った瞬間、さっき避けた尻尾が再び襲い掛かってきた。速い!!


「ぁうっ……!?」


 横殴りに振られた尻尾は、あたしを吹き飛ばす。




 吹き飛ばされたあたしは地面を転がって木に当たって止まった。




「……げほっ……ハッ……カハッ……!?」


 ヤバイ……吐血……尋常じゃない量……。ガードした右腕ごと脇腹も……内臓をやられたかも……



 双剣は……どっかいっちゃったか……


 痛っ……!吹き飛ばされた弾みで逃げようにも、変に転がったから足もやられちゃった…… ここまでか……




「これで、終わっちゃうのかあ……ごめんね皆……あたし、結局あいつを倒すどころか……一矢報いる事さえ出来なかった……」


 ここに来て悔しくて涙が溢れてきた。


 パーティメンバーに見捨てられた事もあるけど……こんな恐ろしい魔物を倒そうとしていたのに、皆に頼る事ばかりを考えて、自分の力を磨いて来なかった事に対してだ。


 今まで散々皆を利用してきて、今日5人も死なせてしまった……そんなあたしは死んで当然か……



 でも、家族皆と同じ場所に行けるのも……悪くないかな。




 ズリズリと這いずりながら、自分が吹き飛ばした獲物目掛けてトライ・サーペントは近付いてくる。あと少しで首が届きそうな距離に差し掛かった……


 

  ドバアァンッ!!



 トライ・サーペントの首の1つが頭から少し下まで粉々に吹き飛んだ。


「…………え……?」



 一瞬現状が理解出来なかった。パーティメンバーがあっさりやられた魔物の頭が、急に破裂したのだから。





「まったく、他のやつに唆されたからって無茶しやがって!このバカ娘が!」



 あたしは理解が追い付いていなかったけど、その声の主が視界に入った瞬間、更に涙が溢れ出てきた。





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