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20・見知らぬ振りは望まない。

 次の日、冒険者ギルドにいつもの様に向かい、『その他』クエストを確認していると、

誰かが声を上げた。



『あ!ティアちゃん!おはよう!』


 ん?ティアが来たのか。昨日の事は引き摺って無いといいけど。俺は昨日のティアの去り際の顔を思い出す。



「おはよーございまーっす!」


 ティアはいつも通り男の冒険者に手を振りながら答えてあげている。



 ふいにティアと目が合うと、彼女はこっちへ歩いてきた。親衛隊はまだ居ないらしい。




「昨日はごめん。ケイマがレベル115って聞いたから、なんか変に焦ってたかも。」


「いや……」


「ん~?もしかして何か罪悪感とか感じてるんじゃないの?」


「え?」


「仇打ちを手伝ってあげれば良かったなーとか。」


「まあ……罪悪感は、無くは……無い……かな。」



「とりあえず昨日の話は忘れてよ。ケイマに言われた様に、他人を犠牲にするつもりのやり方は良くないし、死んだ家族はきっとそれを望んでない。あたしはあたしのペースで焦らず頑張るから。」



 ……ちょっと驚いたな。完全に嫌われたと思っていたから、そう言われるとは思ってなかった。しかも、理解してくれてるとは。



「そっか、分かった。応援してるよ。」


「ありがと。焦って死んじゃったら何にもならないし、家族にも怒られちゃうよ。」


 そう言った時に、ちょうど親衛隊のやつらが来た。ティアと話してると即効で絡まれそうだ。現にこの場にいる男の冒険者に睨まれてるしな……ついでに何故か受付嬢にも睨まれてる。



 ティアが親衛隊の所に行くと、俺も依頼を選び始める。彼女に返して貰った文字表を見ながら。




「リリアさん、今日はこれをお願いします。」


「さっきはティアさんと何話してたんですか?なんか、ケイマさんと話してる時だけぶりっ子オーラが消えてましたけど。」



「大した話じゃないですよ。本当に……」



 ぶりっ子オーラって。でもリリアさん、ちょっと鋭いな。




 ーーーーーーー




 今日の依頼を完了すると、夜になってしまった。依頼内容は『家の内装を変えるのを手伝って欲しい』だった。部屋の壁の色を塗り替え、床板を新しくしたりと、結構時間が掛かってしまった。


 ギルドに着くと、時間も夜なので受付には遅番のエスティナさんだけが残っていた。


 しかし夜とは言え、今日のギルド内はなんだか静かに見えた。ここ2日はティアを中心に冒険者達が騒いでいたせいでそう思うのかな?


「お疲れ様です、ケイマさん。」


「お疲れ様です、これ依頼完了です。」


「はい、確かに。少々お待ちください。……こちらが報酬の銀貨8枚です。」


「ありがとうございます。それにしても今日はなんだか静かに感じますね。」


 エスティナさんは、「ああ、それは……」と思い出した様に話始めた。


「ティアさんと親衛隊が夕方には早々《はやばや》と帰って行ったからでしょうね。」


「ここ2日位はあの人達を中心に皆が騒いでましたからね。そりゃ静かに感じますよね。」


「そうですね、ここ2日じゃなくて、ケイマさんが来る前からあんな感じだったんですよ。」


 あの一団、居たら居たでうざかったけど、意外と居ないと寂しく感じる気がするな。




 ーーーーーー





 翌朝も仕事探そうとギルドを訪れると、いきなり怒鳴り声が聞こえてきた。


「どーいうことだ!!」


「お、俺に聞かれても知らねぇよ……!」


「なんで止めなかった!」


「ちょっと!落ち着いてください!」


「そうだ、落ち着けドルト!お前らも!」


 朝からなんだ?ケンカか?まったく近頃の若いやつらはカルシウムが足りなさ過ぎる。しかもあの怒鳴ってるやつ、この前数秒で男気発言取り消したおっさんじゃないか。ドルトって言うのか。



 リリアさんと珍しくギルドマスターのライオスが出てきて仲裁している。俺は受付近くにいたエレオノーラさんに聞いてみた。



「おはようございますエレオノーラさん。これ、何かあったんですか?」


「あ、おはようございますケイマさん。ティアさんと親衛隊が……」


「彼らが何かしたんですか?」



「実は……この国の領土内の大森林に、山が連なっている場所があるのですが、その中でも一番高い山、エルドラ山と言うのですが、その山のふもとでトライ・サーペントに襲われたと、昨日の昼頃に冒険者が1人駆け込んで来たのです。」



 ええ?噂のトライ・サーペントが?しかも昨日?



「襲われたのは2日前だそうですが、全員クラスBの5人パーティで、全員まったく歯が立たずに他の方はやられ、その方も大怪我をしながらここへ辿り着きました。今はミレイユが治療をしています。彼らはレベルも45と高く、今回の『討伐』クエスト後にはクラスAに上がる予定でした。」



 全員クラスBのレベル45でまったく歯が立たずか……



「トライ・サーペントは餌を求めてエルドラ山の麓に今は移動してきたと思います。冒険者にはギルドマスターから注意するよう呼び掛けられてはいましたが……」


「まさか、皆大森林に向かったんですか?」


「今日は朝からティアさんと親衛隊を見ていません。それに、彼が聞いたらしいのです。」


 エレオノーラさんの目線の先には、ドルトに胸ぐらを掴まれている、革の鎧を着た冒険者。


「お、俺は今日の夜明け前に仕事の帰りに大森林の近くで会ったんだ……ティアちゃんと親衛隊が馬に乗ってるとこだった。まさか会うとは思ってなかったから、こんな早くにどこに行くんだ?って聞いたら、アスレックのやつが『ティアちゃんの為にトライ・サーペントを討伐しに行くんだ。』って言い残して馬で走って行っちまった……」


「なんでそこで止めなかったんだ!」


『そうだ!なにかあったらおまえの責任だぞ!』



 可愛そうに、ドルト以外の皆にも責められてるな、一個も責任感ないのにな。



「そ、そんな事言われても……」


「皆、ヨンドのせいじゃないだろう!!少し落ち着かんかバカ者共ッ!!」


『…………』


 ライオスさんが外まで響く大声で怒鳴ると、たちまちシーンと静まった。あの革の鎧を着た冒険者、ヨンドっていうのか。



 皆が静まると、ライオスさんは俺に気が付き苦笑いを浮かべた。


「朝からすまんなケイマ、聞いての通りだ。」


「ええ、エレオノーラさんと、今その方が言ってた事を聞いて状況は理解しましたが……」



「……もしかしたら、君に『指名』クエストを頼む事になるかもしれん……」


 『指名』かよ……それってトライ・サーペントの討伐かあいつらの援護だよな?面倒な事を……



「それに、しばらくは無事だと思うが、大森林にはエスターニアとの国境に近付くに連れて、魔物も強く多くなる。下手をすればエルドラ山に辿り着く前に全滅も有り得る話だ。」


「全滅……」



 ティアめ……昨日はあんな事を言っていたのに本心は……多分衝動的に動いちゃったんだろうけど。


「ヨンドの話では、馬にそれなりに荷物があった様だ。それにエレオノーラからの報告では、昨日夜までに道具屋、武器屋、防具屋でかなり高額な物が色々と売れていたらしい。つまり準備と装備はかなり念入りに用意したのだろう。」


「はい、それは今朝になって他の冒険者達から聞きました。」


「だが……トライ・サーペントに辿り着いたとしても……全員が生きて帰れるかはまた別だ。それに帰り道もある。高ランクの冒険者を失いたくは無いが……」



「ティアめ……皆をそそのかしてそんな危険な討伐に……焦りやがって……」


「そ、それは多分違うと思う……」


「なぜですか?」


 ヨンドが俺の言葉を遮る。



「俺に会った時、ティアちゃんは『ヨンドに会ったって事は、まだ引き返せる場所だよ?』と皆に言ってた。」


「えっ……?」


 そうなのか?そうしたら……


「そしたら親衛隊のやつらが『ティアちゃんの倒したがっていたやつだから、このチャンスを逃す訳にはいかない。』とか、『俺達なら行ける!準備は完璧だから、何が来ても大丈夫!』『俺達が守るから!』とか言ってそのまま大森林に向かって行っちまったんだ……」


「確かにトライ・サーペントは、前からティアが討伐目標と言っていた事を皆が知っている。確かにここで倒したら、ティアから羨望の眼差しで見られる事は間違いなかろうな。」



 ライオスさんが補足した話で確信した、親衛隊が良い所を見せようと先走ったんだ……



「それから、あんたケイマだよな?」


「ええ、そうですが……?」


「あんたにティアちゃんから伝言があるんだ。」


「伝言?」


「去り際に俺にこっそりと言ってきたんだ。言ってくれれば分かると言っていた。」


 伝言って一体なんの?……まさか遺言の間違いじゃないよな……



「えーと、『自分であんな事言ったくせに、こんな事になっちゃった。家族みんなに怒られちゃうかな。』だそうだが?」



『……?』



 皆には意味が分からなかったみたいで、一様に首を傾げている。唯一意味の分かった俺はというと…………





「……くそっ!あのバカ娘っ!!」


「ケイマ!?」


「ケイマさんっ!?」



 会ったばかりの俺に遺言残しやがって……!



 直ぐに冒険者ギルドを飛び出した。




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