19・助っ人を望まない。
「悪いわね、もしかして寝てた?」
「いや、寝ようかとは思っていましたが……」
あれ?こんな話し方だったっけ?この娘さん口調がなんか雑になってない?
「ああ、あたしはこの話し方が素だから気にしないでよ。」
「えーと……」
「あんたもその話し方やめたら?素じゃないでしょ?」
「はあ……まあ、この街では新参物だしね。」
「はは、やっぱりね。あんたの目には、あたしはどう見えてた?」
「皆を虜にするあの笑顔は、『金か金目の物を出せ』って言う風に見えた。」
ティアさんはその言葉に少し驚いた顔をする。当たりの顔だなこりゃ。
「……ふ……あははは!すごーい!当たりだよ!」
やっぱり意識してやってたのか。
「あんたには通じないって思ったから今日は素で来たのよ?見抜かれてる相手にあの対応するのもバカらしいしね。」
ティアさんは笑いながら肩を竦めて話す。しかし賢明な対応だとは思う。
「で、ティアさんはこんな時間に何を?まさか素の自分を見せに来ただけじゃないだろ?」
「ティアでいいよ。あたしもあんたの事ケイマって呼ぶから。不満?」
いや、不満というより違和感。俺より15才位年下に呼び捨てにされるのは違和感があるよな。
「いや、特に不満とかではないけど……」
「じゃあそれで。とりあえず最初にこれ返しとくね。」
ティアが取り出したのは、冒険者ギルドで俺が落とした文字表。わざわざ持ってきてくれたのか。でも踏まれまくって汚くなってそうだな。
「おお、ありがとう。……?」
「なによ?」
「いや、結構踏まれて汚くなってたと思ったんだけど……」
返して貰った文字表は、そんなに汚れてはいなかった。
「あー、それね。ちょっと拭いただけよ。大した手間じゃなかったわ。」
お、案外良いやつじゃないか。
「そうか、ありがとう。」
「でね、今日はケイマにお願いがあるのよ。」
そういう作戦だったか。お願いの前に良い人をアピールしてくるとは……やはり油断出来ない娘さんだな。
「……聞くだけ聞くよ。」
「話す前からケチな事言わないでよ。ケチな人はハゲやすいらしいよ。」
ケチな人がハゲやすいとかマジで初めて聞くんだけど!?……失礼な娘さんめ。ハゲそうに見えるのか?見えてるとしたらヤバイけど……いや、大丈夫なはず。家の家系にはハゲはいなかった……と信じたい。いやでも若い頃はブリーチやら……
「ケイマには『討伐』クエストで臨時パーティに入って貰いたいのよ。」
「臨時パーティ?」
「そう。『討伐』クエスト、トライ・サーペントの討伐。」
トライ・サーペント?聞いたことない魔物だな。
「そのトライ・サーペントって?」
「ケイマはこの国に来たばかりだから知らないかもだけど、この国と隣国エスターニアの境目にある大森林辺りに出る魔物よ。討伐推奨はクラスAの複数パーティ、もしくはクラスS以上。三つ首の大きな蛇。動きは速いし魔法も使う厄介な魔物よ。」
「確かタイラントが……」
「そう、同じ推奨クラスよ。」
「でも、ティアのパーティはクラスA、Bの強そうなのが10人もいたと思うけど?」
「……10人にあたしを入れて、多分勝率は7割位だと思うの。あと1人強い人がいれば完璧なのよ。トライ・サーペントを倒せれば素材も含めて凄い金額になるわ!」
それで俺を誘ったのか。しかし、勝率7割で臨時パーティなら、俺じゃ無くてクラスAやBの人を数人雇えば良さそうだが……。と、いう事は勝率は7割じゃないだろうな。実際は今の戦力では多分勝てないと思ってるんだろう。
タイラントを1人で倒せる俺が居れば、ヤバイ魔物でも死人や怪我人を出さずに安心、という事ね。今までパーティへの加入を申し込んできた人達と同じ考えだな。
「臨時パーティには入らないよ。」
「え……?」
俺は即答する。
「ど、どうしてよ!?」
「素材にも金額にもあまり興味無い。俺が安い『その他』クエストとかしかやってないのは……ああ、知らないか。」
「……知らない。あたしもこの前までエスターニアでトライ・サーペントの目撃情報があったから、そっちに行ってたもん。そっちでは見つからなかったし、今度はこの国領土側の大森林で目撃情報があったから戻ってきたのよ。」
なるほど、この街に来てからティアをこの前初めて見たのは、そのエスターニアに行ってたからか。
「あの親衛隊がいればそれなりのクエストは出来るはず。なのに何故そんなに危険な魔物を倒そうとする?申し訳ないが、ティアには冒険者としての名声や金が今更そんなに大事な事だとは思えないけど?」
「……」
答えが帰ってこない。そっちじゃなかったか。となると他に何か理由がある?
「それともレベルを上げたいのか?ティアのレベルは知らないけど、親衛隊に守ってもらうだけの低いレベルなら止めた方がいいんじゃないか?タイラントと対峙して分かったけど、ありゃ簡単に人が死ぬよ、君も親衛隊も。」
「バカにしないで!あたしはこれでもレベル51よ!レベル35まで1人でやってたんだから!それなりに自信はあるわ!そこまで上から物を言うなら協力してくれてもいいじゃない!」
ティアは『バンッ!』とテーブルを叩く。ふむ、レベル上げでも無いと。だとしたら後は……誰かの仇?
「なんで力を貸してくれないのよ!お金?それとも体を寄越せっていうの?あんた意外と…」
「……誰か、トライ・サーペントに殺されたのか?」
「……!」
これだな。誰の仇か、前のパーティの人か、恋人か。
「そうか。誰の仇かは知らないけど、君や仲間を死の危険に晒してまでやらなきゃいけないのか?殺された人はそれでよくやったと言ってくれるのか?」
ティアは唇を噛み締めている。
「……家族よ。」
「家族?」
「……そう。お父さんとお母さんと弟。」
あー、家族か……そりゃ仇も取りたくなるか。
「あたしはさ、こう見えてそこそこ大きな商人のとこの娘だったのよ。」
「まあ見えなくは無いかな。」
「あは、ありがと。あたしが5才か6才頃かな。ある日ね、隣国のエスターニアで大きな取引をしてる商会との商談があって、家族で旅行を兼ねて従業員何人かを連れて向かっていたの。もちろん護衛の冒険者を20人位付けてね。」
「その時に遭遇したのか……」
「そう。いきなりだったし馬車の中にいたから最初の方はあんまり分からないんだけど、森の中で突然轟音と悲鳴が上がったと思ったら、あたし達の乗った馬車が吹き飛んでひっくり返ったの。その時にあたしは外に放り出されて木の茂みの中に突っ込んだ、だから生き残れたの。」
「……」
「トライ・サーペントは、魔力を持つものを食べるわ。魔力を持たない普通の動物とか木の実は食べないの。生まれつき魔力を持つ人や魔物が捕食対象なのよ。ただ、普段は大森林の魔物を捕食していた所……」
「たまたま君達が通りかかっちゃった訳か。」
「……皆殺されたわ。あたしは恐くて木の茂みの中から出られなかった。けど家族の悲鳴を聞いた時、茂みから覗いたの。そしたら……」
皆トライ・サーペントに喰われてしまっていたと……
「分かった、もういい。」
ティアはテーブルを見つめたままでいる。
「君がトライ・サーペントを倒したい理由は理解したよ。」
「なら……!」
「でも答えは変わらないな。」
「えっ?」
「俺は君の仇打ちに命を賭ける理由も無いし、3つ首の蛇は俺も戦った事が無いから勝てるか分からない。」
「でもレベル115もあれば……」
「レベル115でも攻撃を受ければ死ぬし、攻撃が通じないかもしれない。俺は最近知り合ったばかりの人に命を懸けられる程、そこまでお人好しじゃないんだ。」
「そんな……」
「君や仲間の命が危険に晒される様な仇打ちを目的に生きて行くのは、家族が喜ばないと思う。君にはもっと違う形で幸せになって欲しいと思ってるはずだ。だから、はっきり言えば止めたほうがいい。」
すると、ティアはゆっくりと椅子から立ち上がる。
「そう……分かったわ。ごめんなさい、こんな時間につまらない話をしてしまって。」
そう言って『羊の寝床亭』を後にするのだった。
ティアの去り際の顔は、仇打ちが出来るという希望から期待が外れた絶望に変わった顔だった。
「……無理をしなければいいけど。もうちょっと……他の言い方があったかもなあ……」
俺は、ああは言ったが少し断った事に罪悪感を感じながら、自分の部屋に戻り眠る事にした。
ーーーーー
ー ティア視点
「……何よアイツ……」
『羊の寝床亭』の帰り道で、思わず独り言を呟いてしまう。上から目線で……しかも断り方が気に入らない。何様なのよまったく!
他の冒険者なんてあたしが仇を取るまでの経験値稼ぎのパーティと、財布でしかないのに。
死んだ家族もあたしが仇を取るのを望んでいるし、待ってるはず。その為にはなんでも利用しなくちゃ……他人の犠牲なんて知らない。そんなのは今更。あたしは目的を果たすまでそうやって生きていく事に決めたじゃない。
……でも本当に?死んだ家族はあたしや他人を犠牲にしてまで仇打ちをする事を望んでる?私が死んでしまうかもしれない危険な事に手を出す事を望んでる?ケイマの言ってる事は確かに正しい……?
……あたしは…………