17・アイドル冒険者を望まない。
ハインドン達を追い払ってから40日程過ぎた。
あの2日後、油で髪をオールバックに決めたハインドンが唐突に『羊の寝床亭』に現れた。
『金貨600枚の内、お前は100枚は利息だと言ったな。利息は毎回その女が払い続けていた。だからこの100枚は受け取るべきでは無い金だ。だから返しに来た。』
そう言ってハインドンは金貨100枚の入った袋を置いて去って行った。もしかしたら、あいつ良いやつなんじゃないか?油を使ってオールバックにするのは頭皮に良くないって教えてあげようかな。
金貨100枚は、急に戻ってきたのでそのままエミリアさんに『宿代』としてまるっと渡した。宿屋を再開するにあたって、やはり資金の目処は立っていなかった様なので、それを活用してもらう事にした。
そして『羊の寝床亭』を再開すると、元々評判の宿屋であった為、徐々に人が戻ってきた。エミリアさんは以前の失敗を生かし、決して質を下げない様にがんばっている。
そして俺はあの一件で有名人になってしまったが、お構い無しで『その他』クエストを受けて過ごしている。
ギルドマスターのライオスさんやエレオノーラさんには、クラスアップの特別昇格申請をしろと言われたり、他の冒険者からパーティの誘いがあったりしたが、全て面倒なのでヤンワリ断り続けた。そして2、3日が過ぎると皆諦めてくれた。それもあってレベルの更新等はまだしていない。
こうして俺はようやく安定した生活サイクルを手にする事が出来たのだ。満足のいく宿泊施設と料理、適度な仕事、フレキシブルな出勤形態、そして適度な休日。
これだよこれ。1度人生リタイアしたやつにはこれ位がいい。それに本来身近に事件なんてそう起きるもんじゃないのさ。
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「おはようございます。」
『おはようございまーす!』
朝、冒険者ギルドでいつもの様に挨拶をしてから、いつもの様に『その他』クエストを眺める。
いつもと同じだが、どうもギルド内がそわそわしている様に感じるな……人もなんだか多いし……
まあいいかと思い、依頼書に書いてある文字を1つ1つ見ながら内容を確認していく。
と言うのも、先日エスティナさんに子供が文字を覚える為の表を貰った。その文字の上にフリガナの様に日本語で「あいうえお」等を書いている。読みは遅いが、自分で依頼書の内容を確認出来る上に、文字の勉強にもなるという訳だ。
「……い……え……の……へ…………い……を……な……も……し……て……よ……し……み…………あれ?」
『いえのへいをなもしてよしみ』?なんだ、どういう事だ?ああ、違う。『いえのへいをなおしてほしい(家の塀を直して欲しい)』か。なんかまだ間違うな。それに表が無いと無理だ。まだまだだな。次は報酬額だけど……
と、ふいにギルドの扉が開き、10人程の中々高そうな装備をした一団が入ってきた。強そうなやつらだな。高クラスの冒険者か?
騎士っぽいのから魔法使いっぽいの、あとなんかよく分からない職のやつら等々。
そして、ギルド内がにわかにざわつき始める。
『あいつら……』
『やはり昨日遠征から帰ってきたらしい。』
『一緒にか?』
『ああ、間違いない。』
『待ってた甲斐があったぜ……』
そわそわしてた理由はこいつらか。一体なんだ?ヤバイやつらなのか?
そしてその一団の後に1人、女の子が入ってきた。その子が入ってきた途端に、ギルド内の空気が変わった様な気がした。
ほお、青い髪のツインテールとはまた。それに凄い美人というか可愛い娘さんだな。一般美人とは違ってなんかオーラ的なものがある……気がする。年は10代後半か20代前半だな。
そのツインテール娘は入ってくるなりギルド内を見渡すと、一言。
「みんなぁたっだいま~!」
は……?ええ、おかえり……?
『オオオオオオオオ!』
『ティアちゃんお帰りィィ!』
『会いたかったよ!』
『あいつらに何もされなかった!?』
『待ってたよー!』
うお!なんだ急にこいつら!
男達は1人の女の子がギルドに入ってきただけで、異様な盛り上がりを見せた。例えるなら体育館にドッキリで有名人が登場した時の高校生の様なリアクションより濃い……
それこそファンの集いにお目当てのアイドルが登場したような感じだ。
女の子の周りはすぐに男の冒険者で埋め尽くされた。それに対して女性冒険者や受付嬢達のあの冷めた目といったら……
『ティアちゃーん!』
『こっち見てくれー!』
『君の為に死ぬなら本望だ!』
「やれやれ、まったくよ……」
ん?
「小娘1人に何を騒いでやがるんだか。」
身長が2m近くある髭面のゴツいおっさんが、俺の隣で『討伐』クエストを見ながら呟いた。強そうだな、出で立ちが既に渋い感じだ。
「男なら……冒険者なら、己の命を賭けるのはクエストのみだというのが分からないのか……!あの様な小娘に気を取られてばかりなど、なんと腑抜けたことだ。嘆かわしい。そうは思わんか?レベル115よ。」
ほほう、なんて硬派で男気のある発言なんだ、渋いぞおっさん。でも人をレベルで呼ぶなよ。
「そ、そうですか。俺はまだここに来たばかりで何とも……あ。」
「きゃっ……!」
ファンに押されて女の子がよろけて……おっさんにぶつかった……おいおい、押さえろよおっさん。
「あ……ご、ごめんなさぁい……」
女の子は慌てて上目遣いでおっさんに謝る。
おっさんは女の子を一瞥する。頼むから荒事だけは止めてくれよ、おっさん……
「だ、大丈夫!当たり前の様に全然大丈夫だから!全っ然気にしないで!むしろ大丈夫ですか!?」
おっさん!?
おっさんは頬を染めながら女の子に答える。
「本当ですか?本当にごめんなさい……」
「良いって良いって!本当に大丈夫だから!」
ちょ……おっさん……さっきの硬派で男気発言は何?数秒で発言取り消しとか……って!うわわ……人がこっちまで流れてきた……!
『どけよお前!』
ドン!
「わっ!?……あ!」
押された弾みで手に持っていた文字表を落としてしまった……!あ~……スゲー踏まれてる……
「……あれは、取れないか……」
中々の迫力に押されて呆然とファンの足下で踏まれ続ける文字表を見ていると、ふいにそれを誰かが拾った。
「……文字表…………これ、あなたの?」
女の子が気付いて拾ってくれた。そして笑顔で差し出してくれる。いい娘さんじゃないか……
「ああ、そうです。ありがとう。」
「……あれ?……はい、どうぞ!(ニコッ)」
「え?ええ、ありがとう……」
「……あれ?」
女の子が渡してくれた文字表を受けとろうとしたが、女の子はニコニコした笑顔のまま紙を離さない。なんなんだ……?
『貴様!いい加減ティアちゃんから離れろ!』
『近付きすぎだ!』
『ティアちゃんとの会話は2往復までだぞ!』
2往復までって……なんだそのルール……いや、てゆーかこの人ティアさんだっけ?この人が離さないんですけど。
ああ、もういいや、俺が手を離すわ。申し訳無いけどエスティナさんに新しいのを貰おう。と、いう訳で俺は諦めて手を離した。
『おい!止めとけ!』
『あいつに絡むな!あのレベル115だぞ!』
『嘘!?あいつがあのクラスFのレベル115!?』
『殺されるぞ。』
はい、なんか陰口まで入りました。もういいや……読んでた途中のこの『その他』クエストやって今日は終わろ……
俺は『家の塀を直して欲しい』クエストを取って受付に向かった。
「……レベル……115……?」
ティアさんのその呟きは俺には聞こえなかった。