16・他人の不幸は望まない。
「ハ、ハインドンさんが……!?」
「信じられねぇ……ハッ!テ、テメエ!こんな事して只で済むと思ってんのか!?」
「後で後悔する事になるぞ!覚えてやがれ!」
チンピラABCが騒ぎ始めたな。おっ?ハインドンが動いた。
「カッ……ハッ…………き、貴様……一体……」
前屈みのままだけど、喋れるのかこいつ。
「一体……レベル……は……」
「レベル?115だけど。」
『は?』
「ほら、ギルドカード。」
俺はギルドカードをやつらに見せてやる。
「う、嘘だろ……」
「3桁って、化物だ……」
化物とは失礼な。首を落としてやろうか。
「貴様……流れの武人か……?この俺が歯も立たないとは……さぞ名のある……」
「いや?田舎から出てきた35才の只のおっさんだよ。」
「……そうか……35才の只のおっさんか……まだまだ世界は広い……俺の負けだ……」
「し、しかしハインドンさん!」
「こいつには……勝てない……」
うむ、中々潔いな。
「おい、そこのチンピラC。」
「お、俺か?」
「後悔させてやる、だっけ?覚えておいてもいいが、今後あんまり余計な事すると…………」
「な、なんだよ……」
声のトーンを少し下げて威圧感を出す。
「……おっさん、怒っちゃうよ?」
「ひっ……」
チンピラ達は目に見えて狼狽える。輩が狼狽えるのを見るのはいいな、なんかスカッとする。
「お前ら……引き上げるぞ……」
『は、はい!』
「おい、ちょっと待て!」
チンピラ達はビクッとして振り返る。
「それ、処理してけよ。」
俺はハインドンがぶちまけた地面のキラキラを指差す。
『……はい。』
チンピラ達が地面のキラキラを土で埋めて処理をし終わる。
「金貨は持って行けよ。それはあんたらのだ。」
チンピラAは慌てて金貨の入った袋を抱え、用意していた馬車に乗り込み、馬車は去って行った。
あーあ、レベル暴露とか色々やっちゃったなあ。これでチンピラ達の言う様に化物扱いで、街には居られなくなるかな。
そう思いながら振り返ろうとすると……
『オオオオオオオオ!!』
『スゲエ!ハインドンを瞬殺だ!』
『金貨600枚をあんな軽く出してエミリアさんを助けるなんて……!』
『その為にタイラントを1人で倒してきたらしいよ!』
『カッコ良すぎる!』
『あんな冒険者いたか!?』
『クラスFなのにレベル115かよ!』
『どんだけすげえんだ!』
背後で何やら凄い盛り上がってる……まさかの凄い好印象パターンとは……
とりあえず振り返ってみると、リリアさんが目の前で飛び付いてきた瞬間だった。
うお!抱きつかれた!
「さすがケイマさん!金貨はこの為だったんですね!」
「あのハインドンを子供をあしらう様に扱うとは、畏れ入ったよ。まあタイラントをソロで倒すのだから、当然か。」
「彼らも大人しくなるでしょう。エミリアさんも助ける事が出来て……やはりケイマさんは素晴らしい方ですね。」
ステラさんもミレイユさんもベタ誉めか。何これ、凄く気持ち良いんですけど。
オリンピックの金メダリストとかこんな気持ちなのか?
「あの……」
エミリアさんが恐る恐る声を掛けてくる。
「どうして……」
俺はエミリアさんに「何も言うな」と手を向ける。
「俺が『羊の寝床亭』に宿泊したいだけで、貸し等ではありません。」
「でも!金貨600枚なんて大金を……」
「では、それは宿代の先払い分と言うのはどうでしょう?何年分かは分かりませんけど。」
それだ、ミレイユさん良い事言ってくれた。
「そうですね、そうしましょう。それなら大丈夫でしょ?」
「……ぁぁ……ありがとう……ございます。」
エミリアさんの目からポロポロと涙が溢れ始めた。
「もう、あんな目に合わない毎日に戻れるんですね……?」
「そうです。」
「また……お店をやっていて……いいんですね……?」
「そうです。」
「ぅぅぅぅ……ありがとう……本当に……ありがとうございます……」
とりあえず一件落着か。しばらくは汚い宿屋で過ごす心配は無くなったし、マジこれで一安心。住居における不安要素は排除されたわけだ。実際は金貨600枚分もここに泊まる事は無いだろうけど。
金貨600枚は勿体なかったと思われるかもしれないが、今の俺はそうは思って無い。この世界では生きていくのに元の世界ほど金が掛かる訳じゃなさそうだし、必要になったら魔物を倒しに行けばいいからだ。
まあ、この世界ではこんな感じでやってみるのも良いのかな。
泣き出してしまったエミリアさんをギルドの女性3人が宥めている光景を見ながら、俺はそう思った。