13・見ているだけを望まない。
翌朝、少し寝不足を感じながらも、いつもと同じ時間に起きた。そして思う。
エミリアさんは俺と同じだった。抗えない理不尽に襲われ、叩き伏せられたあの時の俺と。
順調に走っていたレールの上に突如置かれた石に躓くが、再び同じレールの上には着地出来ず、そのまま地の底まで墜ちてしまい、2度と這い上がれずに終わってしまったあの時の俺と、同じだった。
俺には誰も手を差し伸べてはくれなかったが、幸運にも今の状況にある。けどエミリアさんはそうはならないかもしれない。
もしもエミリアさんのこの状況を救える術を持った人が、彼女に手を差し伸べてくれたなら。彼女はまた幸せになる道を探して歩き出せるだろうか?
手を差し伸べてくれる誰かがいるなら……
「……あ~もう……!」
俺は布団から起き上がり1階へ降りて行くと、受付にエミリアさんが立っていた。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
笑顔で挨拶をされてしまった……俺は受付のカウンター越しにエミリアさんの前に立つ。
「ええ、お陰様で。それと…………やっぱり1ヶ月宿泊の延長で。お釣りは要りません。」
俺はそう言って金貨12枚をカウンターに置く。
「え……?あの……それは昨日申し上げた通り……」
「いいですから!とにかく1ヶ月延長です!良いですね!それと今から出掛けて来ますが、少し留守にするだけですから!」
「え!?はい!?……いや、でも!」
エミリアさんが困惑している中、俺は『羊の寝床亭』を後にして冒険者ギルドに向かった。
ーーーーー
「おはようございます。」
『おはようございまーす!』
冒険者ギルドに着き挨拶をすると、昨日同様に受付嬢達も挨拶を返してくれる。俺は早速クエストの掲示板を確認する…………そういや、字が読めないんだった。
仕方ない、とりあえず強そうな絵の書いてある魔物に目星を付けておくか。
「うーむ…………あれ?」
俺はなんだか見たことのある魔物の絵を見つけた。
森をさまよっていた時に結果倒したが、一番ビビったデカイ恐竜みたいなやつの絵だった。
「これだ……!」
受付を見るが、受付嬢達は皆他の冒険者の応対をしている。
仕方ない、受付嬢が応対し終わるのを待つか……と思ったが、『討伐』クエストを熱心に見ている槍を持った人がいるのを見つけた。
ダメ元であの人に聞いてみるか。『討伐』クエストを見ているなら、魔物にも詳しいだろ。
「あの、すみません。」
「ん?私か?」
「はい、ちょっとお願いがあるんですが……」
振り替えると、銀髪の長い髪がフワリと揺れる。中々の美人に声を掛けてしまった様だ。
「なんだ?朝からナンパならお断りだが。」
「いや、そうじゃないんですが。」
……本当にナンパのつもりじゃないから、ちょっとイラッとしてしまった。
「字が読めないので、あの『討伐』クエスト内容と報酬額と必要クラスを教えて貰えないかと思いまして。」
俺はデカイ恐竜の絵の書いてあるクエスト依頼書を指差す。
「なんだ、そんな事か。別に構わないぞ。」
「すみません。」
「『北の村付近に住み着いているタイラントの討伐。報酬額は金貨700枚。必要クラスはクラスAパーティかクラスS以上。素材は討伐者の自由、依頼者は王国騎士団』だな。」
「あいつはタイラントっていうのか。報酬額は良い。しかしクラスが足りないな……どうするか。」
「お、おい、君はまさか1人でタイラントに挑戦するつもりか?それに見ない顔だし、冒険者登録をしたばかりでクラスFだろう?」
そうなんだよ。「一生のお願い!」とか土下座しても無理だろうな。
ならばアレしかない。
「いやまさか。何のクエストか気になってしまってたんです。あ、ちなみに薬草の採集とかってどれですか?」
「そうか……なら良いんだが。それならばあれだ。『薬草の採集、報酬額は1kg辺り銀貨1枚。常設』。」
銀髪の人は訳が分からないといった感じの表情になるが、親切に薬草の採集クエストがどれか教えてくれた。
「それじゃあこれを受けてきますね。ありがとうございました。」
「ああ、まあ頑張ってくれ。」
よし、タイラントの討伐報酬額があれならば、素材もかなりの金額になるはずだ。俺はちょうど応対の終わったリリアさんの所に行き、とりあえず薬草の採集のクエストを受けた。
「ちなみに、北の村って王都からどれくらいかかります?」
「北の村ですか?歩きで1日で行けますよ?」
「そうですか、ありがとうございました。」
「?はい、お気をつけて。」
薬草は見たことが無いので、特徴を書いた絵を資料として貰った。さて、薬草の採集クエストに行くか!
そして万一タイラントに遭遇してしまったら仕方ない。それは…………倒すしかないだろ。
ーーーー
「リリア、これを頼む。」
先程ケイマにクエスト内容を読み上げてくれた女性が受付へと足を運ぶ。
「おはようございます、ステラさん。『討伐』クエスト、『ブラックベアの討伐』ですね。今日はお一人ですか?」
「はぁ……あいつらは今日は用事があるとかでな。」
ステラと呼ばれた女性はリリアの問いに対して軽く溜め息を吐きながら答える。
「まあウォルターもゲインも見当はつくけどな。」
「色町のNo.1のエイラさんの所ですよね?昨日皆に自慢してましたよ。」
「そうなんだよ。ゲインも便乗して行くらしくてな。夜の為に今から色々準備があるとか。」
「アハハ……そうですか。まあこのクエストはクラスBのステラさんならお一人でも余裕ですね。」
「ああ。あ、そうだ。さっき『薬草の採集』を受けた彼は新人か?」
「ケイマさんですか?ええ、つい最近冒険者登録した方ですね。」
「文字が読めないらしくてな、『タイラントの討伐』と『薬草の採集』クエストの依頼書を読み上げてやったんだが、大陸共通語を読めないって事は、他の大陸から来たのか?」
ステラの言葉に、リリアは「ん?」という顔をする。
「今、何のクエストって言いました?」
「ん?『タイラントの討伐』と『薬草の採集』だが?」
「ああ……なるほど。それで北の村の移動時間を……」
「北の村の移動時間って、まさか……!止めた方がいいんじゃないか!?」
ステラは理解した様で、驚いてリリアに詰め寄るが、対してリリアは落ち着いた様子だった。
「それは……大丈夫かと。まあそのうち分かりますよ……」
「?」
ーーーーー
「ここが北の村か。」
歩く事1日、王都を出立してからはおよそ1日半、北の村に辿り着いた。
ここまでは馬車と御者をレンタルして移動する方法もあるらしいが、今は金も無いし歩いて行く事にした。
一応薬草の採集のクエストなので、大体1kgであろう重さを貰った資料を見ながら確保して、持ってきた小さな袋に詰めてある。
北の村に辿り着いた俺は、村人に聞いたタイラントが出たという場所へ向かい、そして今目の前にいる。
『グルルルルル……!』
この前よりも大きな気もするけど、1度倒したらそんなに怖くは感じなくなってるな。レベルによる感覚の変化があるのか、それとも感覚が麻痺してきているかだ。
「しかし攻撃が当たったら一撃でヤバそうだよな……」
タイラントの攻撃が当たったらさすがに不味そうなので、魔力を体内に巡らせて回避の為の身体能力の強化をしておこう。
『ギャアアアアアアッ!!』
耳をつんざく様なタイラントの叫び声と共に、叩き付ける様に巨大な尻尾が襲ってきた。
ドガアァンッ!!
素早く回避すると、俺は全くの無傷だが尻尾は地面に叩き付けられ、地面に穴を作り出した。
「すげえ力だな……これは金貨500枚以上の価値がありそうだ。」
『グルルルルル……』
「『ソード』!」
時間もあまり無いので魔力を多く込め、タイラントを一撃で真っ二つに出来る巨大な魔力の剣を創る。
「悪いけど、お前には現金に変わって貰うぜ!」
俺は『ソード』をタイラントに向けて降り下ろした。