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12・誰も不幸を望まない。

「はい、確かに依頼完了ですね。少々お待ちください。」


 初依頼を完了した俺は、初日はこれだけで帰る事にした。草刈りしかやってないが既に日は傾き始めている。



 依頼主の老夫婦と少々話し込んでしまった為に、こんな時間になってしまったのだ。




「お待たせしました、こちらが今回の報酬金になります。」


「ありがとうございます。とりあえず宿代の足しにはなりますね。」


 依頼を受ける時と完了報告は、違う受付嬢でも良いらしい。エスティナさんは休憩中というので、リリアさんが対応してくれた。




 ポケットに銀貨3枚を入れ帰ろうとすると、依頼完了報告を担当してくれたリリアさんに話を振られた。



「宿屋はどこも満員ではなかったですか?今は裏通りの宿屋ですか?」


「ギルドに近い3件はいっぱいでしたね。」


「となると、今は裏通りの宿屋ですか?あの辺りはあまり綺麗ではありませんけど……」


「いや、ちゃんとした宿屋にいますよ。目を閉じた羊の看板の。」


 俺がそう言うと、リリアさんだけではなく他の受付嬢と、依頼完了の報告をしていた隣の冒険者にも「えっ?」という顔をされた。




「もしかして、エミリアさんのとこですか?」


「あ、そうです。」


「あの……泊まってる時に何かありませんでしたか?」


 ん?何かって……もしかしてあのチンピラ達の事か?



「なんか変なのが来てましたけど、それだけですね。部屋も風呂も綺麗だし食事は美味しいですし、特に文句は無いですが……そういや、あいつらは何なんです?」




「……エミリアさんの宿屋『羊の寝床亭』は、元々夫婦でやっていたんです。中々評判の宿屋だったんです。」


 なんと、あの、美人女将は既婚者だったのか。それにあの宿屋は『羊の寝床亭』って名前だったのか、初めて知ったわ。


「ですが、旦那さんがいつからか色街に通いだしてしまい、一番人気の女性を買うのに彼らから借金をし続けたらしいです。そして、借金の取り立てに堪えきれなくなった旦那さんはエミリアさんと宿屋を捨てて、どこかへ逃げてしまったらしいんです。」



 うわ……聞かなきゃ良かった話だな、重過ぎるだろ……


「旦那さんが居なくなった後、エミリアさんは宿屋を続けながら借金を返してきましたが、1人で宿屋を切り盛りするのは厳しくて段々宿屋としての質が落ちてしまい、お客さんも減っていったらしいです。」


 1人だと宿屋はキツそうだなあ。質が落ちるのも当たり前か。



「売上が減り、借金の支払いが滞る様になってしまうと、彼らは日夜問わず、お客さんがいるのも構わず取り立てに来て、ついにはあんな貼り紙等も……そして今に至っています。」



 そりゃ食事中とか寝てる時に取り立てに来られたら客も嫌だよな、普通はそうだ。元の世界の経験があったから俺は少しマヒしてたみたいだ。



「元は旦那さんの問題ですし、金額が金額なので力になれず……何よりハインドンさんを皆怖れて何も出来ないんです。」


「ハインドン?」


「彼らのリーダーです。元はこの冒険者ギルドにも所属していたクラスAの冒険者なんです。冒険者を辞めてからは、手下を作り金貸しみたいな事をしている様ですね。しかも、ハインドンの裏には貴族がいるという噂もあります。」


 そういう事か。下手に助けようとしてハインドンとか言うのに睨まれたら大変……て事だ。


「そうでしたか……」


 皆今の話を聞きながら目線を下に向けてるな、思う所があるんだろう。




「でもまあ部屋が汚ない宿屋よりは良いですね。暫くは泊まるつもりですけど。」


 俺の言葉に、また皆が「え?」という顔をする。



「ケイマさんならそう言うとは思いました。」


 リリアさんだけは「やっぱりね」という感じだったが。


「俺に迷惑を掛けるようなら、何か対応しないとですけどね。」


 手を軽く振ってギルドを後にした。




 ーーーーー




 歩いて宿屋に向かっていると、遠目に『羊の寝床亭』の扉からこの前のチンピラ達が出ていくのが見えた。しかもこっちに向かって来る。何か絡まれそうだな。



「おっ!あんた『羊の寝床亭』の客じゃねぇか?」


 やっぱり絡まれた。


「あんた良くあんな宿屋に泊まれるもんだ、もしかしてあの女が泣きそうになってるのを見て楽しむ人間か?」


「ヒャハハ!いや~、それは性格悪いだろ~!」


 チンピラA、B、Cがそれぞれ嫌みを言ってくる。



「お前ら、そんなのに構ってるんじゃねえ、早く行くぞ。」


 髪をオールバックにした男がチンピラABC

に向かい一言。そうか、こいつがハインドンか。


「はい!すみません!」


 それだけで彼らは去って行った。



 しかしあのオールバックの男……髪テッカテカだったな。油で整髪してんのか?猛烈に髪と頭皮に悪そうだぜ。異世界にはワックスとか無いんだろうな、絶対にマネしない様にしよう。




 『羊の寝床亭』に着くと、エミリアさんが迎えてくれた。


「お帰りなさい、夕食の準備は出来てますけど、どうしますか?」


「じゃあ頂きます。」


 あ、そうだ。一応泊まりは今日までの予定だった。延長しなければ。


 とりあえず1ヶ月位でいいか。今の内にエミリアさんに言っておくか。



「エミリアさん、宿泊の延長をしたいんですが。」


 俺がそう話すと、エミリアさんは少し強張った表情に変わる。


「え?あの……申し訳ありません。実は、延長は……出来ないんです。」



「え?」



 な、なに……!?延長が出来ないだと……?俺に明日から汚いと同業者に言われる様な宿屋に泊まれと言うのか……!?



「そ、それはどうしてですか?俺、変な客でした?」


「そうでは無いんです。むしろ、久々に私の料理を食べて貰って、美味しいって言ってくれたのは……すごく嬉しかったです。宿泊の延長も、本来なら喜んでお受けしたいのですが……」


 そういや、さっきもチンピラ達が来ていたな。まさか……


「このお店はケイマさんを最後のお客さんとして、明日で辞める事にしました。」


 うわ、悪い予感的中。なんでだ、汚い宿屋に行きたくねえなあ。



「あの、理由をお伺いしても?」


「……私には金貨500枚の借金があるんです。夫が彼らから作ったものですけどね。」


 彼らとはチンピラ達の事か。


「コツコツ返してはいたんですけど、返しても返しても利子の分位しか毎月返せなくて。最近じゃ彼らのせいでお客さんも来なくて、まるで返すのを邪魔してる様。しかもさっきも来て、もう返済を待てないから3日後に強制的に処理させてもらう……ですって。」



 そうか、メインストリートに面したこの場所を、多分手に入れたいんだろうな。良く考えれば王都でメインストリートに面してるだけでも商売するなら一等地だ。



「宿屋では返せないから、実は嫌だけど色町で夜の仕事もしてたんです。けど……借金も全然減らせないし、もう、疲れちゃいました……」



 掛ける言葉が見つからない。まさか夜の仕事までしていたとは。



「お店を売って借金に充てるんです。」



「エミリアさんは、どうするんですか?」


「このお店は売るなら金貨400枚ですって。だから、足りない分は、私自身を売るしかないんです。」


「……」


「彼らが金貨100枚で私を奴隷商人に売るんですよ。」


「ど、奴隷?」


 奴隷って、この異世界は奴隷があるのかよ!?



「色々頑張るより、いっそ奴隷になった方が楽かもしれませんね。何も考えずに済みますから。」


「そんな……」




 そして、エミリアさんの目から涙がポロポロと溢れ落ちる。



「結婚して、宿屋を始めた時は、苦労していても幸せだったのに……いつから……どうしてこうなっちゃったのかしら……」


「……」



「……ごめんなさい、そういう訳なんです。とりあえず夕食をお持ちしますね。」


 指先で涙を拭って、エミリアさんは厨房へ入って行った。




 その夕食は、確かに美味しかったはずだが、味は覚えていない。






『いつから……どうしてこうなっちゃったのかしら……』


 眠りに着くまでエミリアさんの言葉が頭に残ってしまっていた。






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