1・男は生を望まない。
趣味で書いたので、深く考えずに読んで頂けると幸いです。
どうしてこうなってしまったのだろうか?
考えてみると「あの時の……」とか「あの人が……」という感じになってしまって、後悔したらキリが無い。
山梨県の山奥、ここに近付くに連れて人も対向車も居なくなった。車検の切れた、今ではもはや古い形の愛車の軽自動車の中で、缶コーヒーを飲みながら窓越しに星空を眺める。
最初はこうじゃなかった。
自分で言うのもなんだが、男前と言われ、大学の時も会社に入ってからも女性にはモテた。それに日本の大企業と呼ばれる会社に入社して、1年目から仕事も出来たし、2年目からは会社の大きなプロジェクトにも関わって成功させた。
その後は順調に人生を楽しみ、付き合っていた女性と婚約をしたまでは良かった。
だけど、7年前に全てがおかしくなった。婚約をした直後に、通勤電車で痴漢の容疑をかけられて捕まった。俺は両手で吊革に掴まっていたにも関わらず、その女性は俺を痴漢の犯人として被害を訴えた。その時、誰も俺が両手で吊革に掴まっていた事を証言してはくれなかった。
その後、女性が提示してきた示談に応じて解決にはなったが、金を失っただけでは済まなかった。そう、信用だ。これまで積み上げてきた社会的信用を失った。
俺が痴漢で捕まった話は冤罪であるにも関わらず、たちまち社内に広がり様々な嫌がらせ等を受けた。俺が取ってきた大手の客数社も、全て担当変更を告げられた。途中だったプロジェクトも抜けさせられた。そして、会社には居られなくなった。
同期や部下のミスを被ってあげたこともあった。色々フォローしてあげてたと思うけど、こうなると恩義など関係なく、そいつらは非難するやつらの輪に平気で入り込んだ。後、婚約者にも別れを告げられた。
人間こんなもんなのか……と絶望した。俺は他人の事も気にしてきたつもりだったけど、その他人はそうじゃないらしい。ある意味俺はそいつらに利用されていたのかもしれない。
結局自分と家族が不幸で無ければ、他人の不幸はどうでも良かったんだ。
俺はその後は仕事をせずに憂さ晴らしにギャンブル・酒・キャバクラ・風俗等に入れ込み、あっと言う間に貯金を使い果たした。
借りていたマンションも追い出され、愛車を大きな川の土手の側に持って行き、そこで生活をしなければならなくなった。夜にどこぞの輩に愛車の窓ガラスを割られて引き摺り出され、訳もなく殴られた事も。そいつらも社会的地位は無いだろうに、更に社会的地位の無いやつらを弱者として、「死んでも誰も悲しまないだろ」と言いながら暴行してきた。
ホント……この世界も……人も……クズだ。
社会的地位を失い、婚約者を失い、金を失い、もう俺には何も無い。生きる意味でさえも。
なけなしの金で入れたガソリンで俺は車を走らせた。人の誰も居ない山奥へ。
久々につけたラジオから歌が聞こえる。
『生きてりゃきっと何かがある!』
なんて知らないバンドが歌ってたが、その『何か』が必ずしも良いことでは無いし、その『何か』で人生がドン底にまで落ちる事もあるのさ。と、ラジオに向かって愚痴ってみたりしている内に、ちょうど良さそうな場所を見つけて車を停めた。
それがさっきまで。
昔を思い出しながら缶コーヒーを飲み干すと、眠気が襲ってきた。さっき飲んだ睡眠薬が効いてきたのだろう。窓ガラスに隙間なくガムテープで目張りをしてある事を確認し、俺は練炭に火を付ける。
座席のシートを倒し、眠気のままに目を閉じる。
あぁ、時間を戻す事が出来たなら……
人生をリセット出来たら…………同じ轍は踏まない様に生きるのに……いや、もっと酷くなるかも?自殺すると天国へ行けないって何かで聞いたな。まぁいいや……そんな事はもう関係ない…………
でも、もしまた人に生まれ変わったら、リア充じゃなくていいから平穏に暮らせるといいなあ……
そうして俺、沖田 慶真35才の意識は、2度と醒めない闇へと落ちていった。
…………はずだった。
お読み頂きありがとうございました。