第6話 根回しって大変なんです
話を済ませた翌朝、翔は相変わらず取引に集中している。
「ふわぁ…私、寝ちゃったのね…」
ハルカが起きる。朝日が部屋を照らしていた。
「だいぶ疲れてたみたいだからな。大丈夫か?」
パソコンに向かいながら、翔が声を掛ける。
「大丈夫よ…翔は朝早いのね…?」
「情報を集めるには早起きも大事だ。」
「翔の公欠を許可するのはいいけど、私は支度して登校しなくちゃ…」
時計を見ると、幸い時間に余裕はある。
「言っておくが、朝食を出す位しかできないぞ?」
「そんな、私には構わないでいいのに…」
(朝食出してくれるんだ…優しいな…)
翔がキッチンで手早く料理する。
「ハルカはちゃんと食わなきゃダメだ。」
そう言いながら出したのは、白ご飯に豆腐の味噌汁、鮭の塩焼きだ。
「わざわざ、ありがとう…」
「気にしなくていい。」
「じゃあ…いただきます」
箸をつける。
「美味しい…!」
思わず声を上げる。一方、翔は煎餅を齧りながらパソコンに向かい、朝刊を読み、テレビの声に耳を傾けるという高度な技を披露していた。
「皇家なら和食だろうと思ってありあわせで作ったんだが、口に合ってよかった。」
「すごく美味しいよ…ありがとう…」
「気にしなくていいって言っただろ?」
「それでも、美味しいし、嬉しかったから…」
「そうか。あ、悪い。着替えるから窓の外でも見ててくれ」
「はにゃ…!?は…はいっ…」
いきなりだったので焦る。猫声が可愛らしい。しばらくして、
「もういいぞ。悪いな。」
そう言った翔は制服ではなく、スーツにネクタイというまさにビジネスマンという出で立ちだ。
「え…?スーツ?」
流石に驚くハルカ。
「ちょっと都内に出るからな。そろそろハルカも出たほうがいいだろ」
「う…うん…」
「っと…その前にだ…」
携帯を取り出す。
『もしもし、カナ?』
『何かあった?』
『いや、俺今日は公欠とってるから連絡しとこうと思ってな』
『え?公欠?』
『ああ。会長に許可貰ったから』
『分かった…』
カナは少し寂し気な声だった。
「じゃあ行くか…と言いたいんだが…」
「どうしたの?」
「俺とハルカが同じ部屋から出てきたなんて、もし見られたら問題過ぎる」
(アニメやラノベではありがちなシチュだが…これはどう考えてもマズイだろ!)
「じゃあどうするの…?」
「そうだな…こうするか…」
そう言うとハルカをお姫様抱っこする。
「にゃ!?ちょっと…翔!?」
猫耳と尻尾が激しく揺れる。あまりにも予想外かつ恥ずかしい。
「なんていうか、これはこれでアニメにありそうなパターンだけど仕方ないだろ?」
よく分からないセリフを言いつつ、窓へ向かう。
「まさか…」
「まあ、そのまさかだな。」
そう言うなり、窓から下へ飛び降りる。綺麗に着地。
「もう…無茶苦茶するんだから…」
半ば呆れ顔で呟く。
「仕方ない。じゃあ俺は出かけるから」
そう言うなり、翔は校門に向かっていった。
(全く…とりあえず、生徒会室行ってから授業向かおうかしらね…)
ハルカはそのまま生徒会室へ向かう。幸い、誰にも会わなかった。
「お嬢様!昨日はどちらへ…」
生徒会室へ着くなり、美鶴が声を掛けてきた。
「重要な案件の会議よ。これから忙しくなるわ。」
「そうですか…分かりました。」
「とりあえず、2年主任の三島先生との会議を設定して頂戴。」
「かしこまりました。」
生徒会室で朝支度を済ませ、教室へ向かった。その頃、2年1組の教室では、
「カナ、おはよう」
「おはよう…レイカ」
見るからに元気がないカナを心配してレイカが声を掛ける。
「大丈夫…?」
「へーきへーき。」
どう見ても平気ではない。クラスメイトはシカト、物を隠したりという行為が少しずつエスカレートしている。
「無理しないで…ところで樟葉君は?」
「公欠なんだって…生徒会長が許可したって今朝電話で言ってた」
「え…?ハルカが?何も聞いてないんだけど…メールしてみるわ」
メールで確認すると直ぐに返信が来た。
「どう…?」
カナも気になる。
「出したんだって…なんでも都内に出かけるから、らしいわ」
「都内…?どうしたんだろ」
「樟葉君が考えてる事は分からないけど、無駄な事はしないと思うの。とりあえず、放課後生徒会室へ行くからついてらっしゃいね?」
カナがイジメられているのは明白なので保護も兼ねて生徒会室へ連れて行くことにしていた。
そして昼休み、ミーティングルームではハルカとサキが会議を開いている。
「というわけで三島先生。職員会議でも説明はしますが、いかがですか?この案件は」
「生徒会長が関わる以上は、文句は言えませんけど…樟葉君が立案したというのがやはり…」
教師陣は翔という生徒を成績的にはたいへん評価しているが、日頃の行動のせいもあって印象が良くない。
「あまり生徒会の強制という形を取りたくはないのです…」
デリケートな問題だけに生徒会権限行使で軋轢を生むのも避けたい。
「それに樟葉君が実行人というのもいささか…信用に足りますか?」
「生徒を信用できない教師など、教壇に立つ資格はないでしょう?」
「まあ…それもそうですけど…」
「それとも、クラス内でイジメが発生している責任を取って辞任なさりますか?」
「お言葉ですけど、会長が編入生などを迎え入れるからこうなったのでしょう」
「ご自分の指導力不足ではないかしら?私は、編入生のクラスを募集した時に責任を持てるクラスにお願いすると言いましたわ。」
「分かりました。私はこの案件に賛成します…ですが、イジメ問題解決と校外学習にどう関係があるのか分からないと、職員会議で反対が出かねません。」
「そこは私にお任せを」
ここぞとハルカは持ち前のカリスマを発揮してゆく。こうして水面下の交渉は終わった。
放課後、生徒会室に紅茶を飲んでいるハルカとレイカ、カナがいる。
「とりあえず、カナとなるべく一緒に居るようにしているけど…」
レイカが重い口調で切り出す。
「レイカ…気にしないで…?」
「カナは抱え込み過ぎよ…」
「レイカの言う通り…カナちゃんは頑張りすぎよ」
ハルカもレイカもカナが心配で仕方ない。
「でも…私どうすれば…」
カナは半泣きで答える。
「ハルカ、やっぱりもう風紀委員会に協力要請するべきよ」
レイカが進言する。
「それについてだけど、樟葉君がちゃんと対策を考えてくれていたの」
「え…?翔が…?」
「樟葉君が…!?」
2人は驚く。
「ええ。詳しくは言えないけれど、かなり大掛かりな対策。これから職員会議で説明してくるつもりよ。」
「あの…生徒会長…ごめんなさい…」
「カナちゃんは謝る必要ないわよー?大丈夫、任せなさい」
ハルカが励ます。
「大丈夫。ハルカに任せましょう」
レイカがカナの手を取る。
「それじゃあ、行ってくるわね」
ハルカが生徒会室を後にした。
「レイカ…」
「どうしたの?」
2人きりの生徒会室でカナは普段見せない顔をしている。
「…ぐすっ」
何も言えず涙が溢れる。
「おいで…」
レイカが優しく話しかけた。
「レイカ…れいか…」
「よしよし…」
涙をこぼすカナをまるで姉のように撫でながら慰める。
その頃、東京都内某所にて、
「毎度、お引き立てありがとうございます」
若い女性に挨拶されながら、高層ビルを後にする翔。
(さて、俺はこれで全て準備完了だが、ハルカはどうだろうな…)
何の連絡もない為、若干不安になる。とりあえず、学園に戻ることにした。
一方、学園内会議室では
「会長、さすがにこの案件は無茶ですよ…」
「いくらなんでも…生徒に任せるなんて。よりによって樟葉君とは…」
ハルカの説明を聞いた教師陣は次々に反対する。
「では、現状、1組で発生しているイジメ問題に風紀委員会を通じて対処しても良いのですか?当然ながら、その他のクラスも全て捜査して頂くことになります。」
「そ…それは…」
教師たちは顔を歪める。風紀委員会に関与されると面倒この上ない。生徒は勿論、職員への捜査権も持ち合わせているからだ。
「なるほど?風紀委員会に勘付かれては困る事がおありのようですね。それでいて、私の提案を受け入れず、委員会の介入も拒否するとは、よほどクビになりたいとお見受けしますが?」
「いや…しかし…、樟葉君が計画の要では生徒の反感を買うのでは…?」
「ならば私も同行しましょう。それでも文句をつけますか?」
ハルカの凛々しさやカリスマ性に誰も抗いようがなかった。職員会議を終えて、廊下で電話を掛ける。
『もしもし、樟葉君?』
『会長か、どうだった?』
『大丈夫。ちゃんと賛成を得たわ。ただ私も同行させてもらうけれど…』
『そうか、それ位は想定の範囲だ。こっちも首尾は上々だ。』
連絡を済ませ、生徒会室へ戻る。
「おかえり、ハルカ」
レイカが迎えた。
「ありがとう。カナちゃんは?」
「今日は一人にしてって言ってたから、部屋まで送ってきたわ…」
「そっか…やっぱり相当辛そうね…」
「カナは辛さを吐き出すの下手だから、ホント心配…」
「どうにかしてあげたいけど…手が離せないし…」
「それは私もよ…専務としてやることが多いから…そういえば、案件の方はどうなった?」
「それは大丈夫。」
「にしても、内容が生徒会長以外のメンバーに明かされないのはなんで?」
「それがね…私も大筋しか知らなくて。実施日は来週、月曜日。出発は午後から。しおりの配布は午前中。対象は2年生全員。行先は東京。教師全員が引率で特別に私も参加。校外学習の指揮は樟葉君。」
「ハルカも来るのは、まぁ分かるけど…行先は?それに樟葉君が指揮するって…」
「正直、色々異例づくしで…私もちょっと混乱してるのよ…」
「よくそんな案件通したわね…」
「風紀委員会に介入されるくらいならマシみたいよ。これ終わったら教師陣も調べた方がいいかもしれないわ」
「なるほど…背に腹は代えられないってわけね…とりあえず、実施日は月曜なら土日の間にカナを励ますかしてあげないと、可愛そう…」
「レイカは本当に優しいお姉さんね?」
微笑みながら話す。
「茶化さないで…私は土日予定詰まってるけど、ハルカは?」
「皇の本家で用事とかいう面倒なアレがね…」
「うーん…ここは樟葉君しか…」
レイカは考えられる最良の選択を示す。
「でも土日ってきっと稼ぎ時だろうから、ね…」
懸念をハルカが示す。
「「はぁ…どうしよう…」」
2人ともため息をついた。
「とりあえず、仕事かたづけましょ…」
ハルカが切り出す。
「そうね…」
レイカも専務として溜まった書類を片付け始める。
「ねえ、レイカ」
「なに?」
「私はね、樟葉君が来てくれたお陰で学園が変わると思うの」
「急ね…まぁいきなり男子生徒を入れるっていうのはある意味、ターニングポイントになるわね」
「ただ…今は、学園がアレルギー起こしてるような段階かな」
「確かに。でも彼自身が動いて解決に向かわせるのはありがたいとも言えるわ?」
「今度の校外学習が試金石になる、のかな。きっと」
2人はお互いの考えを語りながら、仕事を進めていく。気づくと、辺りはもう暗くなっていた。
翔は、部屋に戻ってからずっと取引に集中している。チャートから全く目が離せない。
(やっぱ動くよなレート…今日は)
夕飯も食べずに無我夢中で稼ぎに集中する。学校にちゃんと通い始めて以降、より効率的に取引する事が求められていた。パソコンに24時間張り付ける訳じゃないからだ。目標額をあらかた達成した頃、
(カナはどうしてるんだろうな…心配だ)
カナの事が気になる。自分もイジメられた事があるために尚更だ。そこで電話する事にした。
(ガラケーのアドレス帳ってなんか好きなんだよな、俺)
一番最初に登録したカナ。翔も意識していない訳ではない。
(呼び出し長いな…切ってるのか?)
中々出てくれない。
『…もしもし?』
『やっと出たか…大丈夫か?心配したぞ』
『翔…私…どうしたら…』
『そうだな。とりあえず、カナは抱えすぎだ。少しは誰かに打ち明けてもいいんじゃないのか?』
『私…クラス委員長だし寮長だし…』
『そういう肩書はどうでもいいから、本音言えっての。前にも言っただろ?』
『さみしい…つらい…私間違った事したの…?なんで…みんな…』
『悪かったな…俺のせいで色々巻き込んで。こっちで出来る事はするし、もう始めている。』
『翔は悪くない…でもみんなも悪いって私は言えない…』
『お人よし過ぎなんだよ…カナは。でもま…両方の立場を理解しての言葉だし、俺は好きだぞ?そういうの。』
『ばか…いまそんなこといわれたら…』
電話口のカナは泣いていた。
『ちゃんとケリはつけるから、な?』
『でも…みんなを責めないで…』
『まあ、任せとけって。悪いようにしないから』
『なら…いいけど…翔はなんでそんな強いの…?』
『強くねーよ…人と基本関わらないようにして逃げてるだけだ』
『でも…』
『逃げずに耐えるカナのほうが強い』
『翔…』
『そうだ、明日時間あるか?』
『休みだし…あるけど…』
『なら、朝9時に寮の玄関で待ち合わせな。』
『え…?』
『出かけるんだよ。都内行くから一緒に来い』
『わ…わかった…』
『じゃあ、もう遅いしさっさと寝ろよ?』
『うん…』
『じゃあ、お休み。』
電話を切る。カナは落着きを無くしていた。
(どうしよ…!?誘われちゃった…これデートになるのかな…)
急いで服を見繕う事にする。一方、翔は
(あー腹減った…なんか作るか…つーか、買い出しまたしなきゃだな…あー…学園内にスーパーとか出来てくれりゃいいんだが…ニーズ絶対あるだろ…)
だるさと空腹から、なかばやけっぱちになりつつキッチンに立つ。適当にパスタを作ってそのまま台所で立ち食いする。それほどの空腹だった。
(さて…明日は出かけるし、もう寝るか…)
翔もここ最近、取引以外も立て込んだ為、相応に疲労が溜まっている。その日はよく眠れた。