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第4話 不協和音


 翔が登校し始めて早一週間。7日間という期間は、女子しか居ない学校において噂が広まるには十分すぎる時間だ。樟葉翔という生徒の評判は地に落ちているとも言える。当然ながら職員室でも議題に上がる。


 「三島先生。やはり樟葉君への指導をお願いします!」


各教師これが本音である。生徒からの苦情は多い。


 『樟葉翔だけ特別扱いされてる』

 『授業中にスマホはおかしい』

 『クラス委員長も一切注意してない』


などだ。ごもっともと言えばごもっとも。別に女子高でなくてもあり得る話。


 「ですが…各教科とも小テストの類は満点なんですよね…」


サキもこれに悩んでいた。


 「た…確かに…授業態度が悪いから成績が悪いんだぞ、なんて言えませんしねぇ…」


他の教師も頭を悩ませる。満点でなければ、その態度を変えて授業に臨めば満点になる、と言えるが、どの教科のどの試験も全て満点。つまり、教師陣は現時点で樟葉翔という生徒に完璧という評価を下さざるを得ない。これでは呼び出して指導する理由など無いのだ。


 「ただ生徒達からの苦情が増えているのは私も理解しています…」


サキもそれはわかっている。


 「何とか職員室レベルでの問題に抑えたいですねぇ」


というのも、この学園の最終決定権限は生徒会にある。生徒による運営で自主性を育てるという理念だ。そのため理事会もない。教師が不祥事を起こせば、生徒会長によってクビもありうる。その為、生徒会が動く前に事を終わらせたい。


 「とりあえず…試験で満点を取らせなければいいのですよ…」

 

 「今度の模試を使えませんかね?即日採点翌日発表なので早く結果も出ます。」


教師陣の意見に上がったのは学園内模試だ。定期試験とは別に学校成績には反映されない形で行い、実力を確かめるもの。


 「分かりました…私の方で対策を練ります。」


サキもその提案に賛同した。すぐにカナとレイカを放送で呼び出す。


 その日の放課後、翔は帰り支度を済ませ、撤収しようとしていた。すると、


 「樟葉君、ちょっといいかな?」


サキが呼び止める。


 「良くないですね。忙しいので。」


あっさり断る。担任と話す暇があったら部屋に戻りたい。


 「大事な話があるの」


 「先生にとって大事でも、俺にとっては些末なことですよ」


手ごわい。


 「…橘さんと桜木さんも同席します。」


 「ちっ…一番最初に重要な事を言わない。さすが教師、性格悪いですね。まぁいいです、話は聞きますよ。」


嫌味を言われたが、呼び止めに成功。早速、小さいミーティングルームへ案内する。そこにはカナとレイカが既に待っていた。


 「で?俺に時間取らせて話って何ですか?」


喧嘩でも売るかのような口調で先に切り出す翔。


 「実は…樟葉君の日頃の素行に苦情が集まっています。」


 「ええ、それが何か?」


 「そしてこの2人から事情も聞きました。」


冷静に落ち着いて話すサキ。


 「だったら今更、ケチつけるまでもないでしょう?」


 「それでも教師としては指導せざるを得ません」


 「下らない。そんなにメンツ保ちたいんですか?そんな思想だから世の教師は進歩しないんですよ。」


ここで挑発に乗ったら翔の思う壺だ。


 「否定はしません。そして、今の樟葉君の成績は非常に優秀です。ですから、今は指導できませんし、しません。そこで取引をしませんか?」


 「なるほど、面白い。いいですよ、乗るかどうか別にして聞かせて貰います。」


ようやく翔が食いついた。


 「では早速。明日、模試があるのは知っていますね?」


 「勿論。学園内模試でしょう?」


 「その通り。そこで、橘さんと桜木さんと樟葉君で5教科の総合点数を競って貰います。それで樟葉君の順位が2人ともより上であれば指導はしません。」


 「そういう事ですか。なら同列だった場合は?」


 「桜木さんと橘さんの勝ちとします。」


 「500点満点で同列の場合は?」


 「そんな事起こるはず…」


 「無いとは言えませんよ?数学的に0%と証明できますか?出来ない以上は取引条件に明記しなければならない。」


 「ならば…満点で同列の場合は樟葉君の勝ちとします。」


 「いいでしょう。乗りますよ、その提案。」


 「分かりました。では私は職員会議に戻ります。部屋の施錠は橘さんに任せます。」


そう言ってサキは退室した。


 (樟葉君って本当に高校2年なの…?あんなオーラ普通じゃないわ…)


実は内心、恐怖に震えていた。

  

 サキが退室した部屋には3人が残っている。


 「じゃあ俺も帰るか」


 「なんか…ごめんね…」


カナが帰ろうとする翔に謝る。


 「別にいいさ。それに成績で負けるつもりなんてない」


 「言ってくれるわね…編入生君。」


レイカが尻尾の毛を逆立てながら言い返す。


 「事実だ。」


 「でも流石に翔でもレイカには敵わないと思う…」


 「満点取ればいいだけだろ?」


軽く言う翔。


 「確かにそうね?でもこの模試は満点を取れないようになっているのよ」


レイカが説明する。


 「どういうことだ?」


 「どの教科も最後の問題は高校生では解けないの。満点阻止の為に、大学レベルの問題などが入っているわ」


 「なんだそういう事か。激ムズ問題で満点阻止なんて手が古すぎるだろ。」


 「翔…それにね?私には勝てると思うけど、レイカには勝てないよ…定期試験でずっと首席だから…」


 「勝つさ。満点取ればいいだけだ。」


 「無理だってば…」


カナが食い下がる。


 「理論上満点取れない試験じゃなきゃ大丈夫だ。俺なら取る。」


 「そこまで言うなら明日が楽しみね?」


レイカも完全に火が着いた。猫耳も毛が逆立った尻尾もピンと張っている。


 「じゃあ俺は帰るからな」


そう言って翔は撤収した。


 「レイカ…ごめんね…」


 「カナが謝ることじゃないわよ…先生に呼び出された時はちょっと驚いたけれど…」


カナの悲しげな顔を見ると、自然と冷静に戻れた。


 「でもさ…この勝負、勝っても負けても翔には後味悪いよね…」


 「勝てば、相変わらず批判され続ける。負ければ、指導されて最悪生活費を稼げなくなる。」


 「翔なら確実に前者になるようにしてくるだろうけど…にしても、取引を授業中にやるメリットって何なんだろう…」


カナが最もらしい疑問を抱く。


 「多分…東京市場が関係あるわね…」


 「東京市場…?」


 「編入生君は為替で儲けているから、為替市場の取引時間に左右されるのよ…東京は朝9時から夕方5時までだから、授業に丸かぶりするわ…」


 「東京での取引だけやめるとかは出来ないの…?」


 「そりゃ出来ない事もないでしょうね…でも編入生君の一番稼げる、得意な市場だとしたら…?」


 「そ…それは…」


最も自信を持って取引できる市場が最も参加できないともなれば正に死活問題だ。

 

 「一番稼げる市場で稼げず、苦手な市場でリスクを押して取引して儲けている。それが今の現状かもしれない…」


結局、自分のせいで翔の首を絞めたのかもしれない。そう考えるとカナは冷静では居られない。


 「わ…わたし…翔の事知ったうえで…何もできなかった…」


カナの目は涙で溢れている。


 「そうやって自分を責めないの…きっと何とかなるから、ね?」


 「でも…レイカが勝ったら…」


 「そうね…でも、編入生君なら何かしてくるはず…こんな事で潰れる玉じゃないわ」


レイカは冷静さを保つ。今はカナを支えねばならない。


 「なんでそう思うの…?」


 「んーとね…FXの世界のほうがよっぽど彼にとっては厳しいだろうから、かな」


 「でも…」


 「信じてみましょ?」


頭を撫でながら、レイカの言葉はカナの心を温めた。


 自室で翔は相変わらず、取引に参加している。ただし、片手間で別のこともしている。


 (パソコンを超ハイスペックにしてるおかげで、取引しながら別のこともできる。やはり、先行投資も悪くないな)


明日の試験に流石に無策というのも、無謀なのである程度の事はしておくつもりだが、


 (ま、これなら大丈夫だろう)


対策もそこそこに今夜も熱い取引に没頭してゆく。


 模試当日、眠気は最早お約束の翔は準備を済ませ、部屋を出る。カナは来ていなかった。


 (ま、心境は察するが…)


朝刊片手に登校する。教室に入ると、レイカとカナは既に着席していた。他の女子もあまり騒がず、静かだ。


 (流石に模試の日にバカ騒ぎはしないのか)


そう思いつつ、席に着く。


 「おはよ…」


小声でカナが挨拶してきた。


 「ああ、おはよう」


翔も小声で返す。朝の会話はそれだけだった。


 「おはようございます。今日は模試です。日頃の実力を把握するいい機会ですよ」


教室に入ったサキが言う事は嫌でもテンプレ感が滲み出ている。その後、説明やらがあって試験は始まった。翔は問題を見ると、


 (最後はアレとして、それ以外は簡単だな…手早く前の問題片付けて最後をやって…残り時間は寝るか)


まるで舐め切った戦術を立てる。しかし、全教科同じようにした。どの試験も時間を残し、後は寝ていた。当然、今日の夜の取引に備えてものだ。試験時間中はスマホなどが触れないので、取引時間をすべて無駄にしてしまう。その埋め合わせをしなければならない。


 「はい、試験終了!」


最後の教科が終了する。翔は眠そうな目を擦りながら起きた。


 (やっと終わった…)


さっさと部屋に戻りたい。


 「お疲れ…」


カナが消え入りそうな声で話しかけてきた。


 「なんでそんな世紀末みたいな顔なのかは…聞かないが、一つ言っておくと確実に全教科満点だから安心しろ」


既に満点宣言である。カナもさすがに驚く。


 「すごい自信だね…」


 「そりゃそうだろ?なんて言ったって、昨日勉強して来たからな」


取引を何よりも優先する翔が勉強したなどと言うのは、カナとしては意外だった。


 「え…それって」


 「ま、明日の発表が楽しみだな。俺はこれから今日の分稼ぐから帰る」


そう言って翔は撤収した。


 (それでもレイカに勝てるのかな…)


やはり不安なものは不安だ。


 翌朝、学年掲示板には人が殺到していた。いくら学校成績には反映しないと言っても、実力が分かるのだ。席次を気にする生徒は多い。3年のトップは生徒会長、皇ハルカで決まっているので、注目されるのは2年だ。


 「レイカっ…!」


人混みを掻き分け、カナが呼ぶ。


 「カナ、来たのね」


 「そりゃ来るよ…」


 「まぁ…肝心の編入生君は来てないみたいだけれど…」


当然ながらその頃、翔は取引に参加している最中だ。今日は模試返却も行うため、時間割が変則的になっている。その為、翔は出席するかどうかすら悩んでいた。


 「あ、発表されるね…」


担当教師が席次表を貼り出す。そして激震が奔った。


 『1位 樟葉翔 500点 2位 桜木レイカ 498点 3位 橘カナ 485点…』


となっていたのだ。翔は言った通り、全教科満点を取って見せた。周囲も大騒ぎだ。


 「やるわね…編入生…いや樟葉君。」


 「すごい…ホントに…」


 「どうやって最後の問題を解いたのかしら…今回も大学レベルで出題されていたわよ…」


 「でも2点差って…レイカもホントどんな頭の構造してるの…?」


 「そう言うカナこそ、普通じゃないわよ…4位と100点以上差があるんだから…」


 「とりあえず…携帯鳴らしてみよっと」


翔に電話を掛けてみる。


 「連絡先まで交換したのねぇ…」


ニッコリ笑いながらレイカが詰め寄る。


 「べ…別にいいでしょ…クラス委員長だし…」


カナの猫耳が少し反応している。


 『もしもし?カナか?』


翔が電話に出た。


 『うんっ、翔の結果、満点だったよっ』


 『そりゃそうだろ…』


 『レイカも気にしてたけど…どうやって最後の問題解いたの?』


 『学校のホームページから過去問と解答がダウンロードできるんだ。そこから出題傾向分析してヤマ張った。』


 『え…そ、そんな…』


 『傾向分析はFXトレーダーの基礎技術だぞ?』


 『それでも…すごいよ』


 『大体、誰も過去問ダウンロードして使おうとしない辺り不思議で仕方ない。成績なんて、不正行為以外は全てを駆使して取るもんだろう?それをしないで取るやつにはケチつけるんだから、笑えて来るよ、本当に』


翔の言葉はあまりにも真っ当過ぎた。


 『そうだよね…じゃあ、そろそろ切るね…』


 『ああ』


電話を切った後にレイカにも聞いた話を伝える。


 「やっぱり、樟葉君は樟葉君みたいね」


レイカも翔の実力をはっきり感じた瞬間だ。その日は結局、翔は登校しなかったが誰も何も言わなかった、というよりは言いようがなかった。満点の生徒に解説授業出ろ、などとは教師もさすがに言えない。


 放課後、生徒会室ではハルカが会長椅子に座りながら頭を抱えていた。翔の行動には問題があるのだが、その問題を指摘できるだけの材料はまるでない。


 (あんなに成績良いっていうより…頭脳明晰なんて思ってもみなかったわね…)


思案にふけっていると、ドアがノックする音が聞こえてきた。


 「どうぞ」


 「会長、本日より職務復帰するので、報告に来ました!」


凛とした声が響く。赤紫色のベリーショートヘアにお約束の猫耳と尻尾。


 「お帰りなさい、シオリちゃん。骨折はもう治った?」


 「はいっ!おかげさまで!」


 「訓練も大事だけど、安全にも気を配りなさいね?」


 「はいっ!」


 「それでは、風紀委員長 有栖シオリ。職務復帰を許可します。」


そう言いながら書類に判を押す。


 「ありがとうございます!それはそうと、噂の編入生が問題児らしいと聞きましたが?」


 「さすがシオリちゃん、情報早いわね…成績があまりに優秀過ぎて、問題行動を指摘するにもねぇ…」


ハルカの猫耳が片方だけ畳む。悩みは深い。


 「本学園の校則が緩いのが原因かと…」


 「まぁ…それは、間違いじゃないけどぉ…」


さらにもう片方の耳も畳む。傍から見ると可愛いのだが、本人は心底悩んでいる。


 「これを期に校則改定を提案します。校則下であれば私の権限も行使できますので…」


校則違反を摘発するのが風紀委員だが、ありもしない規則に則る事は当然できない。


 「対策案の1つとして、考慮しておくわ…とりあえず、シオリちゃんは通常職務を優先しなさいね?編入生の件はもう少し私の方で預かります。」


生徒会長がそう言う以上は従うしかない。


 「分かりました。」


シオリはそのまま委員会室へ向かった。


 その日の晩、翔は存分に稼いでいた。


 (やっぱり、丸1日使えるって違うよなぁ…)


少し手を止めて伸びをする。ちょうどその時、インターホンが鳴った。


 (ま、今日休んだから…来るとは思っていたが)


ドアを開けると予想通り、カナがいる。なぜか無言だ。


 「ま…上がれ。ちょうど今、値動き収まって休んでたんだ」


 「うん…なんていうか…その…ごめんね…色々」


 「カナ。」


 「な…なに?」


 「謝り過ぎだ。謝罪というのは自分に過失があるのが明白かつ相手から求められた時だけでいいだろ?」


 「私のせいで…翔が大変な事になってるし…」


 「違うだろ…カナはクラス委員長として責任を果たした。俺を登校させたからな。それは過失じゃないぞ?」


 「でも…」


 「くどいぞ…まあ、こんな風に夜に会いに来るのは越権行為のような気もするけどな?」


笑いながら喋る翔を見ていてカナも落ち着く。


 「…越権させて…?」


 「全く…仕方ないやつだな。ほら、来な」


翔が手招きしてくれている。遠慮なく膝に座った。


 「翔の膝…」


 「座り心地は保証しかねるぞ…?」


 「翔だからいいもんっ…」


カナの猫耳がぴこぴこ揺れる。


 「かわいい猫だな…本当に…」


そう言いながら、カナの猫耳に触れる。


 「うにゃぁー…」


 「完全に猫なで声だな…」


そう思いながら頭も撫でる。


 「ありがと…にゃ…」


 「可愛いな…カナは」


 「にゃあ…」


アストレアは猫としての資質も持っている。どの程度猫っぽくなるかは個人次第という。


 (カナは…まさに猫オブ猫だッ)


翔は確信する。その後も、しばらくカナがじゃれてきたので相手してあげた。


 「そろそろ部屋戻らなくていいのか…?」


 「今何時…にゃ?」


 「もう23時だぞ…?」


 「ハニャ!?ごめん!帰るね、お邪魔しました!!」


超大慌てで帰って行った。


 「ま、こういう日もアリだな」


そう呟き、再び取引に戻る。

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