第30話 新たな一歩
翌朝、ルリは翔の部屋に居た。昨夜、急に気を失った翔が心配だ。
「翔…」
自分の尻尾で翔をつついてみる。
「ん…?」
とても肌触り良い感触に目が覚めた。
「やっと起きた…」
「また俺倒れたのか…」
「大丈夫…?」
「まぁな…ちょっと疲れが溜まってたのが祟っただけだ…って…ルリ先輩…?」
翔がルリに目をやると…下着姿のルリが上に載っていた。
「どうしたの…」
「なんで下着のまま俺の上に…?」
「一緒に寝てたから…」
「…ルリ先輩は下着で寝てるのか?」
「そうだけど…」
「恥ずかしくないのか…?」
「別に…翔の事好きだし…」
「俺はホントどうすりゃいいんだろうな…」
翔は昨日の事にかなり参っており、これからの自分というものを見失っていた。
「私も同じ…」
そのセリフは翔にとって意外だった。
「そうなのか…?」
「確かにシャ・ノワールを卒業すると、生活には困らないと思う。何かしら仕事は見つかると思うから…でも、私にはやりたいこともないし、ここを出たらどうするのか…そういうのが全然イメージできない…」
「ルリ先輩…」
自分と同じ悩みを抱えているルリがとても近く感じられる。
「翔は今まで、頑張り過ぎる位、頑張って来た…だから、少し休んで…休みながら、これからを考えればいい…生活費は困ってないでしょ…?」
「もちろんだ…」
翔は今まで、ひたすら稼いで来た。生きるためでもあったが、自分の過去を塗りつぶすかのような生き方をしてきたのだ。
「翔…稼ぐのは大事だけど…なんで、そんなに自分を追い詰めるの…?」
ルリから見ても翔はただ稼ぐのが好きというだけには見えなかった。
「俺は中学の時に好きな奴が居たんだ…でも、病気になって…そいつの家は貧乏だったから治療費が出せなかったんだ。俺もその時は稼げていなくて…それで何もできず亡くなった…」
ルリはその話を聞いて少し胸が痛んだ。
「その人は翔にとってどんな人だった…?」
それでも、聞いておきたかった。
「…名前は、春宮奈月。中学の時に俺は虐められてたんだが、奈月だけは俺に話し掛けてきて…最初は俺も警戒してたんだけどな…」
「うん…」
「色んな話をした…奈月の家の事も知った…俺の事も話した。それでお互い好きになって付き合い始めたんだ…2人とも金なんて無かったから、デートとか出来なかったし、俺もただ一緒に居てあげるしか出来なかった。でも、それはそれで幸せだったのかもな…金がないのに充実してたよ…だから俺は奈月とずっと一緒に居たかった。奈月も俺と一緒に居たいって言ってくれてた…高校も同じとこ行こうって言ってたし…大学も。」
「本当に愛してたんだ…」
とても中学時代の経験とは思えないような話だった。でも、お互い苦境にあったからこそなのかもと思えば納得できる。
「ああ…愛してたよ…奈月を…だから守れなくて…死のうかと思った。奈月のとこに行こうと思ってた。でもあいつ、亡くなる直前に…翔が簡単に死んだら怒るからって…あの世で見てるから、私の分まで生きて?それが私の最初で最後の我儘…って言われた。」
「それで…翔は…」
「奈月の我儘は何でも聞いてやるって俺は決めてたから…死ぬもんかと思って、今度は鬼のように稼ぐことばっか考えた。FXを覚えて、持てる時間の全てをつぎ込んで稼ぎ倒した。学校なんて興味なかったしな…金稼ぐのに忙しかったって言ってるけど…本当は奈月が居ない場所なんかに行く気がしなかったんだ…」
俯きながら本音を漏らす翔。
「翔は…今も苦しんでる…」
「…ルリ先輩…」
「なに…?」
「顔…よく見せてくれ…」
「うん…」
翔は普段からあまり人の顔をよく見ない。見ているようで視線を気づかれないように逸らしてきた。しかし、気になったのでルリの顔をよく見る。
「ルリ先輩の顔は奈月に似てるな…」
シャ・ノワール学園に来てから急に人間関係が拡大していた翔。知り合ったアストレアは皆可愛いと感じて来た。しかし、ルリには可愛い以外にも感じる事があった。だからこそ、ちゃんと向き合った。
「そうなんだ…」
「でも…性格は違うな…ルリ先輩は落ち着いていて静かだけど奈月は活動的でよく喋るやつだったから…」
「翔…」
優しく撫でる。
「…俺は…どうすりゃいいんだ…奈月…」
今まで見せた事のない涙を見せる翔。
「翔、私を見て…」
「なんだ…」
泣いている翔にルリは構わずキスした。
んんっ…
深く絡む。
ぷは…
「ルリ先輩…何のつもりだよ…」
「私は翔が好き…何を言われても、誰が何を言っても…私は私の好きな人と一緒に居る…」
凛とした声で宣言する。
「…参ったなぁ…奈月と同じ事言うんだな…」
「え…?」
「中学の時に虐められてる俺に奈月が言ったんだよ…好きな人と一緒に居るのに誰に何か言われる筋合いないし、周りがなんと言おうと好きだから一緒に居るってな…」
翔は涙を拭きながら、少し笑っていた。
「そうなんだ…」
「ルリ先輩…ちょっと付いて来てほしいとこあるんだ…」
翔が何かを決意したような表情で言う。
「分かった…」
ルリはすぐに制服を着る。翔はスーツに着替えた。
『もしもし』
スマホで電話する。
『樟葉君?どうしたんだい?』
宮日が電話に出た。
『ちょっと車回してくれないか…?約束の場所行きたいから…』
『その時が来たんだね…分かった。直ぐに向かわせる。』
意味深なやり取りをして電話を切る。
「直ぐに来るから校門まで行っとくか」
「うん…」
2人は部屋を出て、校門前に向かう。しばらくして、CTF銀行の車が来た。
「やあ、お待たせ。」
宮日が車から降りてくる。
「悪いな…忙しいのに」
「いいんだよ…彼女に会いに行くんだろう?」
「ああ…」
「そちらは更科ルリさん、だね。連れて行くのかい?」
宮日が一応確認する。
「ああ。俺がそうするって決めた。」
「分かった。じゃあ乗ってくれ」
一行は車で出発する。都内を抜け、郊外へ向かう。
「翔…私が行っていいの…?」
ルリはもうどこへ向かっているのか察していた。だからこそ、不安になる。
「俺がいいって言ってる。大丈夫。」
翔は微笑みながら答える。
「そっか…だったら少し聞いてほしい事がある…」
少し緊張と不安が混じる声だ。
「なんだ…?」
「私も…中学の時は貧乏だったの…それで両親は離婚しちゃって…今はお母さんしか居ない…シャ・ノワールに来たのは、通学圏内で学費が一番安かったから…今はお母さんも仕事見つかって安定したけど…前は、ほんとギリギリだった…」
誰にも話したことのない過去だ。
「そうか…それで、ルリ先輩は知られたくないから誰とも話さなかったのか…」
「うん…私は頭良くない上にアストレアだから迷惑掛けちゃうのが申し訳なくて…」
アストレアは可愛い、翔は好意的に見て来た。しかし、当のアストレア達はその外見で非常に苦労している事を改めて実感する。
「数学できるだろ…それにルリは仕事に真面目だ。だから大丈夫さ」
翔なりに励ます。
「ありがとう…」
重い話をしつつ、車は目的地に着いた。
「着いた。僕は待ってるから2人で行ってくるといいよ」
「天満さんはいいのか?」
「僕は…彼女に合わせる顔が無いさ…本当は君にもね…」
「…分かったよ」
翔はルリの手を取って階段を上がった。その先は、海が見えるとても見晴らしの良い場所だった。
「あれは…?」
ルリの目線の先には石でできた聖剣が立っている。
「あれが奈月の眠る場所。あいつ、こういうのが好きで憧れてたからな…」
近寄って見ると、
「春宮奈月、すやぁしてまぁす(^^♪」
と書かれていた。どう考えてもお墓に彫る文言ではない。
「奈月さんって…面白い人だったんだ…」
ルリが文字を見ながら呟く。
「そうだなぁ…2人でいる時は結構はっちゃけてたな。」
思い出が鮮やかに蘇る。
「話してみたかったな…奈月さんと…」
ルリが少し寂し気に声に出した。
「奈月…俺さ…お前が居なくなってから、めちゃくちゃ稼いだんだぜ…でもさ、あの時なかったものを手に入れても俺は前に進めなかったよ…」
翔が静かに聖剣に語り掛ける。
「ずっと止まったままだったんだ…俺さ、また高校行ってるんだぜ…ちゃんと。シャ・ノワール学園って言って、アストレアばっかのとこにさ…色々トラブルとかあってなんとか乗り越えてきた…正直、楽しかったし充実してたはずなんだ…でも、そこに奈月が居なくて…辛かった…こんな面白い事をお前に見せてやれなくて…」
翔が再び涙をこぼす。
「でもこのままじゃ…俺多分腐っていくだけなんだよな…そんなとこ奈月に見せたくないんだ…だから俺は…今日、大切な人を連れて来たんだ。あの時の奈月と同じように寄り添ってくれた人を。紹介するよ。更科ルリ先輩だ。3年の先輩で、俺や奈月と似た過去を生きて来た。」
翔はルリの手を握っていた。
「俺は今度こそ…守ってみせるよ…奈月はちゃんと見ててくれよ?俺の中で奈月は…言葉で言い表せないな…とにかく、俺の奈月への気持ちは変わらないけど…俺は一歩踏み出してみる…ルリ先輩と一緒に…」
涙を流しながら、きっちり宣言してみせた。
「ルリ先輩も…奈月に何か言ってやってくれ」
翔が促す。
「はじめまして…奈月さん。更科ルリです…おふたりの事は聞きました…私は、いつも孤独を選んで生きて来ました…でも翔が居てくれるなら、私も前に進めそうです。奈月さんには及ばないかもしれない…でも私は私で翔が大好きです。そこだけは負けないので…見てて下さいにゃ」
思わず出た猫声。しかし、それは可愛くもあり、アストレアとしての固い決意の表れでもあった。
「ありがとな…ルリ先輩」
「もう…先輩つけなくていい…」
恥ずかしさのせいか、思わず目を逸らす。
「じゃあ…ルリ。改めて…俺と付き合ってくれ…」
本気で告白する。
「うん…翔となら、喜んで…♪」
普段はあまり感情を表に出さないが、この時ばかりは頬を赤くしながら微笑むルリ。
「ルリ…」
「翔…?」
優しく抱きしめる。そして…
チュッ…
静かにキスする。2人は抱き合って静かな時を過ごした。
「さてと…帰るか」
「そうね…」
車に再び乗りこむ。
「彼女には、会えたかい?」
宮日が尋ねる。
「ああ、会えたよ」
満足そうな笑顔で答える翔。もう迷いはなかった。
「翔、これからどうするの…?」
ルリが微笑む。
「俺は、ルリを守る。でもな、ルリはアストレアだからアストレアも守るさ。そうすればルリも笑って暮らせるだろ?」
翔の目は今までとは違い、道筋を見据えていた。
「私の事…放っておかないでね…」
ルリが腕に抱き着いてくる。
「当然だ。最優先はルリだから」
「会長や他の子何て言うかな…ふふっ…」
いたずらっぽい笑みを浮かべるルリ。
「そうだなぁ…俺とルリはまだ会って日が浅いし…一波乱あるかもな」
「翔は私の彼氏だから…」
「ルリは俺の彼女さ」
お互い顔が赤くなる。恥ずかしさは隠せない。
「それはそうと…学園に何も言わずに飛び出して来てるけどいいのかい…?」
宮日が恐る恐る尋ねる。
「大切な人の為なら無断欠席くらいどうってことない。それに俺はいずれCEOになるんだからどうとでもなる。」
「さすが翔…」
「分かりやすい職権乱用だねぇ…」
宮日もさすがに苦笑した。車は学園に到着する。
「さてと…今から授業出ても仕方ないしな…」
「確かに…」
昼を過ぎてしまったので最早出席しようなどと思えなかった。
「俺は部屋戻るかな。ルリはどうする?」
「ちょっと生徒会室に取ってくるものあるから待ってて…?」
「?わかった」
ルリはそのまま生徒会室へ駆けて行った。しばらくしてルリが戻って来るが、スーツケースを引きずって来た。
「お待たせ」
「えーと…なんだそれ…」
翔がスーツケースを見ながら聞く。
「私、生徒会室に泊まったりする事多かったから、一通り生活用品とか服は学園に置いてるの」
「なるほど」
「これからは翔の部屋で暮らす…」
「おう。いいぞ。でも俺の部屋、なんもないけど?」
「翔が居るからいいの…」
ルリは恥ずかしがる。猫耳と尻尾がふにゃけた。
2人は部屋で寛いでいる。
「奈月も俺の部屋に入り浸ってる事があったけど、暮らすまではいかなかったんだよなぁ。ルリは中々大胆だなー」
少し茶化してみた。
「別にいいでしょ…ダメ…?」
「んなわけあるかって。全然いいぞ」
「ありがと…」
その日は2人でのんびり過ごした。




