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第3話 今日こそ登校


 午前7時、取引を終えた翔は目を擦る。

 

 (あーねみー…夜中の値動き半端なくて疲れたー…)


しかし、登校しなければならないのだ。カナには行くと言っている以上、約束を破れない。軽くシャワーを浴びた後、朝食のトーストを齧りながら、眠気と格闘する。仕上げはコーヒーだ。それでもまだ眠い。欠伸しながら制服に着替える。前の学校でも制服は着ていたが、この学園の物はよりフォーマルなスタイルなせいか、気分だけは引き締まる。それでも眠いものは眠い。次は荷物を準備する。

 

 (とりあえず…教科書…?こんなの全部暗記すりゃ持っていかなくてよくね…?後はノーパソ、スマホ、タブレット…後は今朝の朝刊…)


鞄に荷物を詰める。出先での取引に必要なものも揃えた。登校はするが授業を聞くなどとは言っていない。授業中だろうが世界の市場は待ってはくれないのだ。準備を終え、部屋を出る。


 「お…おはよう、翔っ」


カナが待っていた。


 「おはよー…待ってたのか?」


 「うん…せっかく行くって言ってくれたし、だったら一緒に行こうかなって…ダメ?」


上目遣いで聞いてくるカナ。すごく可愛い。これだけで眠気に勝てる気がする。


 「構わないぞ」


 「よかったっ。じゃあ行こっ♪」


朝からカナは明るい。眩しい。


 「元気だな…カナは…」


隣を歩く翔は昨夜の疲れを引きずっている。鞄以上に鬱陶しい荷物だ。


 「そういう翔は、寝てないの?」


 「ああ…NY市場が荒ぶって寝る暇なんか無かった。」


 「無理しちゃだめでしょ…」

 

 「そうは言うけどな…寝ずに頑張って10万稼ぐのと、寝て1000万無くすのとどっちがいいんだ?」


 「ひぇっ…それは大変だったね…」

 額を聞くと事の重大さが分かる。

 

 「まあ…こういう修羅場はしょっちゅうだから慣れてるけどな…」


 「そっか…ていうかさっきから何読んでるのさ?」


 「何って…新聞だ。経済新聞。これ読んで情報を仕入れるんだ。」


 「高校生が新聞って、なんかイメージが…ね…アハハ…」


苦笑するカナ。それでも翔はちゃんと登校している。それは嬉しい。


 「学生は新聞読めって言われたりしないか?」


 「あー…先生とかは家で読みなさいって言うけど…」


言われてみれば、新聞を読む学生は成績がいいなんていう話もある。


 「だろ?何もおかしくないさ。あぁそうだ、最初の授業前に職員室来いって言われてるから先に教室行っててくれ。」


 「あ、うん、じゃあまた後でねっ」


二人は廊下で分かれる。カナが教室に入ると、すぐにレイカが話しかけてきた。


 「ねぇカナ…?」


 「どうしたの?レイカ」


 「どうしたも何もね…いきなり編入生君と登校してくるなんて…どういう風の吹き回しかしら?」


レイカの顔が笑っているようで笑っていない。


 「別に…何だっていいでしょ…」


 「それに、朝に部屋まで迎えに行ったって話も聞いたわよ??」


 「登校するって言ってくれたし、寮長兼クラス委員長として迎えに行っただけっ!」


 「まぁ…そういう事にしておいてあげる…」


レイカもこれ以上は深追いはしないことにした。他の女子も編入生が登校するとあってか色々な事を話している。しばらくして、担任のサキが入ってくる。


 「はいはーい。皆さん、静かに!編入生がこのクラスに加わりますよっ。では、入って下さいっ」


廊下に向かって呼びかける。翔は特に緊張もせず教室に入った。


 「あの人かー」

 

 「ルックスは普通かなー」


 「ちょっと目つき怖いかも?」


女子だけに男子が一人いるだけで直ぐに騒がしくなる。


 「はいはいっ!静かに!」


サキが注意する。


 「では、自己紹介をどうぞっ!」


 「今回、編入する樟葉翔です。どうぞよろしく。」


簡素。必要最低限の情報しかない。


 「はーいっ!趣味とかないんですか?」


やはり女子、質問攻撃が来る。


 「趣味は、金稼ぎです」


淡々と答えたが、あまりにも予想外なのかクラスの空気が凍る。


 「え…趣味わっる…」


 「腹黒そう…」

 

 「えーないわー…」


やはり女子、言いたい放題である。翔は気に留めてもいない。それよりも時間を気にしている。


 「えーと、席は…橘さんの隣ですっ。クラス委員長ですから、分からない事は教えてもらって下さいね。」


サキがその場を纏める様に締めくくり、翔は席に着く。


 「隣で助かるよ」


カナに声を掛ける。


 「そ…そう?ありがと…」


短く答えるカナはやはり嬉しそうだ。


 「さてと…今…8時50分か。経済指標見なきゃな…」


早速、タブレットで情報のチェック。さらにスマホで取引に備える。授業が始まっているが、どこ吹く風で取引に集中する。それもそうだ。東京市場での取引を見逃すなど、翔にとって文字通り死活問題である。カナは取引をしている翔に気づいているが、事情を知っている事もあって敢えて見て見ぬ振りをしている。ただ、先生に当てられたらどうするのかハラハラしていた。


 (…翔大丈夫なのかな…先生にバレたらマズイよね…かと言って今授業中だし…)


心配していると、案の定…


 「せっかくですし、この問題は樟葉君に答えて貰いましょうか。」


編入生という事もあって、当たりやすいと覚悟していたがやっぱり当てられてしまう。


 (ちょっと!?翔、黒板見てないし…ていうかノート書いてないし…ここは…)


助け舟を出そうかと思ったが、


 「2/3xの2乗。」


なんと答えた。顔を上げずに。


 「正解です…」


教師は若干しかめっ面で授業を進めた。そして1時限目が終了する。


 「ちょっと…翔…なんで答えられたの…!?」


カナがヒソヒソ声で話しかける。


 「あの問題、教科書に出てただろ?丸暗記してりゃすぐ分かる。」


さらっとトンデモナイ事を言う。


 「でも黒板見てなかったでしょ…?」


 「チョークの音で何書いてるか分かる」


やっぱりおかしい。しかし、出席日数最低限で進級できた理由が見えた気もした。


 「あ、次は移動教室。案内するから来て。」


事務的な声で翔に言う。仲良くなっている素振りを察知されたくない。


 「分かった。」


短く答えて、カナに付いて行く。歩きながらでもスマホで取引だ。周囲から見ればスマホゲーにどはまりしてる奴、にしか見えない。その手元で100万以上のお金が動いている事など知る由もなかった。次の授業は物理の実験だ。翔はカナとグループが同じになったものの、カナの心配は尽きない。しかし、予想とは裏腹に翔も実験に参加し、レポートも纏めた。


 「さっきの実験、ちゃんと参加してくれたね…」


教室へ帰る時に翔にこっそりと声を掛ける。


 「ああいうタイプの授業は参加した方が後々面倒になりにくい。その時間の損失は無いわけじゃないけど、どこかで埋め合わせてしまえばいいからな」


 「損失出るんだ…」


 「まぁな。登校すりゃこうなる事位は想定している。だからどう資金運用するかも考えてるさ」


 「ごめんね…でもありがとう」


事情を知っているだけにどう言っていいか分からない。軽く言っているが、よく考えると翔のスマホはまさに生命線なのだ。稼がなくては生活が出来ない。そう考えると、少し胸が苦しい。


 「カナが気にする事じゃない」


そう言いながら、教室の席に戻る翔。その後の授業も難なくこなし、昼休みになる。


 「翔はどうするの…?お昼」


 「そうだな…東京市場も前場クローズしてるし、何でもいいが。情報はタブレットで見られるし」


 「私はレイカと食べてくるね…?」


 「ああ。行ってこい」


カナを送り出して、翔はノートパソコンを立ち上げる。


 「え…編入生の人…教室でパソコン…?」


 「マジで…なんなのあれ…」


案の定、色々聞こえてくる。しかし、そんな事は織り込み済み。全く気にしない。


 「ねえ…カナ。編入生君、やっぱり心象悪いわよ…」


弁当をつつきながらレイカが話しかける。


 「まあ…分かってはいたけど…」


 「でも、やっぱり彼には必要なのかしらね…」


そう言うレイカに昨日、翔から聞いた話をした。それを聞くと…


 「事情知っちゃうと余計何も言えないわね…」


レイカもカナと同じ結論になってしまう。本当に生計を立てているのだから仕方ない。レイカもカナも自力でお金を稼いでいる訳ではないし、レイカは親からお金を稼ぐことの難しさをよく聞かされている。


 「もうちょっと様子見するしかないね…翔、頭は良いみたいだし何とかするとは思うけど…」


 「そうね…って、カナ。いつから名前で呼ぶようになったのよ?」


 「べ…別にいいでしょ…」


明らかにお茶を濁した。しかし今はそれを追求してる場合でもないので、レイカも黙る。当の翔は席で1本で満足できる栄養食を齧りながら新聞を広げ、机のノートパソコンを操作している。器用だが周りの視線は冷ややかだ。


 「新聞とかおっさんじゃん…」


 「ありえないわー…」


相変わらずヤジが飛んでいる。あまりいい雰囲気ではないが、昼休みは終了した。午後の体育も課題をそこそこに済ませて、グラウンドの端でスマホとにらめっこだ。猫耳少女に見惚れるなどという王道を全力で外れている。ちなみにアストレアは一般女性よりも運動神経は良い傾向にある。猫だけに。その後も、各授業時間を取引に使って放課後となる。


 「おつかれ…翔。」


 「ああ。何か心配事か?」


 「えーと…」


 「大丈夫だ。今までで10万増やしてるからな。」


 「良かった…」


ここで損失などと言われたら、学校に来てと言ったカナも顔が立たない。


 「可愛い子が悲しむならどんな損失も0にしてみせる。1円でも増やす。」


翔なりのカナへの気遣いだ。


 「生活費稼ぐ為だもんね…でもクラスでの翔の印象が…」


 「正直、クラスなんてどうでもいいんだが…まぁ必要になったら手を打つさ。心配すんなって」


どうやら翔には腹案がありそうだ。


 「分かった…それ信じる」


 「ならいい。」


 「じゃあ私、専門あるからこれで…」


 「ああ。頑張れよ」


シャ・ノワール学園では部活は存在しない。代わりに専門科目が存在しており、生徒の望む講義をなるべく全て提供している。これはアストレアを各方面で通用するプロへと育て上げる為だ。その為、専門科目系施設が非常に多く学園内が異様に広い理由でもある。


 (さてと。今日は終わったし、部屋に帰るか。)


パソコンを片づけて、足早に撤収する。


 部屋に戻った翔は早速、いつものジャージに着替えてパソコンの前に座る。授業中に稼げる額には限界があるので、これからが勝負だ。


 (大画面で見るチャートはやっぱりイイ。ローソクサイコー)


黙々と取引を続ける。数時間後、部屋のインターホンが鳴った。


 (カナか…?)


とりあえず…ドアを開けたら、やはりカナだった。


 「ご…ごめんね?取引の邪魔だったかな?」


実際、邪魔ではあったが…


 「大丈夫だ。立ち話も何だし上がっていけよ」


可愛い子に気を遣わせまいとここは翔が気遣う。


 「う…うん。」


翔はお茶だけ出すと、椅子に戻る。


 「悪いな。今いい感じに波が来てるから、ながらで話すけどいいか?」


 「もちろん!いきなり来たの私だから…続けて続けて!」


カナもここは気遣う。


 「で…俺に何か用事か?」


マウスをカチカチいわせながら聞いてみる。


 「クラスの事とか…ね…いくら翔に考えがあるって言っても心配だし…」


そう言いながら、カナはノートパソコンを取り出していた。


 「まぁFXもそうだけど、結果出すには時間掛けることも必要なんだぞ?慌てなくていい。俺は別に気にしてないし」


 「男の子って強いんだね…」


 「いや、それは違うな。いくら俺でもバカとかアホとか罵倒されたらキレるぞ」


平然と答えるが、目と手は取引に集中している。


 「でも…今日、結構クラスで色んな子が…」


 「そんな事にキレてる間に100円でも1000円でも増やした方がいいに決まってるだろ?単純な話だ」


 「それもそうだよね…」


改めて認識する。生きる為にお金を稼ぐ事の意味や重みが伝わってくる。


 「それはそうと…何でノートパソコンを持ってるんだ?」


ちらっとテーブルを見ると、カナはノートパソコンを見ていた。


 「あぁ…これは私の専門科目なの…PC基礎っていう科目。」


専門科目については資料で読んでいるので知っていた。


 「カナはパソコン関連のプロになりたいのか?」


 「なれたらいいけどね…私こういう機械苦手でさ…少しでもスキルアップしたくて…」


なるほど、典型的なメカオンチのようだ。加えて最近はスマホは使えるのにパソコンが扱えないというパソコン離れも進んでいるという。


 「パソコンはちゃんと扱えるに越した事ないからな。」


 「だよね…」


カナの目の前にいる翔はパソコンで生活費を稼いでいるのだ。説得力が段違いである。


 「どの位、扱えるんだ?今」


 「えーとね…電源入れて、インターネットに繋ぐくらい…」


思っていたより酷くない。


 「頑張ってるじゃないか。そこまで出来てるなら、俺が教えてやってもいいぞ?」


 「え…?」


思いがけない提案だ。


 「パソコンだけで飯食ってる俺が教えられない訳ないだろ?」


ニヤっと笑う。


 「でも…取引の邪魔に…」


 「毎日って訳じゃないさ。カナが分からなくて困った時とかにメールしてくれてもいいし、何だったらこうやって部屋に来てくれてもいい。待たせるかもしれないが」


 「ホントにいいの…?」


 「ああ。教える事は即ち勉強。俺にも勉強する面があるだろうしな?」


 「あ…ありがとう…じゃあお願い…」


 「任せとけ。」


 「早速で悪いんだけど…これどうしたら…」


そんなこんなで、翔はカナにパソコンを教える事になった。しばらくして…


 「今日はありがとね。」


 「気にするな。」

 

 「じゃあ…また明日っ」


 「おやすみ。」


カナは自室に帰っていった。


 (どうしよ…翔が教えてくれるなんて…すごく嬉しいよ…)


ドキドキが止まらない。部屋に戻るなりベッドにダイブしてしまった。猫耳もぴこぴこ反応している。


 一方の翔は、取引を続けている。今夜も徹夜になりそうだ。すると普段鳴らないスマホが鳴った。取引用とは異なる、ある人物との連絡のみに使うものだ。


 『あ、もしもし』


すぐに取る。


 『あーあの件か…もうちょいしてからでもいいんじゃね?とは思うけど』


 『危ない橋渡りたくないし…?まぁそっちの気持ちもわかるけどさー…でも俺、学生再開しちゃったし』


 『そんな事もないが…でもまぁ楽しいかな?』



 『そうだ、ちょっと頼みたい事あるんだ。』


しばらく話こんだ後、電話を切る。


 (ま…布石は打ったし大丈夫だろ)


その後、朝までひたすら稼いだ。



 (ねみー…)


 翌朝の翔は決まって眠い。体内時計がいくら慣れていると言っても限度がある。


 (この眠気はやばい…)


やばいと言ってもこれから学校である。


 (奥の手使うか…)


冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出す。ラベルには『狂凶撃破』と書かれている。


 (売ってる中じゃおそらく最凶の眠気覚ましだ…)


開栓し一気飲みする。こうしないと味が強烈過ぎて飲めない。


 (…こいつより味が良くて効果が同等なら値段が100倍でもいい…)


それほどに異様な味だ。毒物及び劇物取締法に引っかかるんじゃないかとさえ思える。ただし効果はてきめん。


 (ふう…目が覚めた。これ飲めば死んでても生き返るんじゃね…?)


そのまま昨日と同じように準備をする。部屋を出ると、カナがいた。


 「おはよーっ、翔。」


 「ああ。おはよう」


カナはやはり元気だ。今日も二人で登校する。


 「今日も新聞読んでるんだねっ」


 「そりゃ勿論だ。ていうか情報はネットから拾えばいいって言う奴も多いが、新聞を侮っちゃいけない。」

 

 「そうなの?」


カナは自宅でも新聞は購読していない。ネットで十分だろうという典型的なパターンだ。


 「必要な情報が集積されていて洗練されている。しかも買ってしまえば保存できる。アーカイブ化しやすい。」


 「なるほど…」


 「買ってもらうために書く内容は慎重に選ぶし、紙だから保存できる。ネットの新聞は消されるからな。アーカイブサービスもあるけど有料だったりするし、紙なら必要な部分だけ切り抜くなんて事もできる。いわゆるスクラップだな。」


 「やっぱりメリットがあるんだねー」


翔の行動には無駄がないと実感する一コマになった。その日も、相変わらず翔への風当たりは強く、全く気にせず取引に勤しむ翔、という図式で終わった。


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