商工の街ウォルズ
ティラナ王国は、擬似大陸を地盤とし、三つの台地を積み重ねて造った───まるで三段重ねのケーキのような“建造物”だった。
ローランド孤児院は、三つの台地の一番下、硬質の海に面した『下層台地』にある。別名『格差層』と呼ばれる断層の壁を見上げながら、大きな麻袋と小さな紙袋を抱えた二人の子どもは、商工の街ウォルズの賑やかな喧騒のなかでも元気に立ち回っていた。
「アマーリアちゃん! 今日も二人でお買い物かい?」
「うん」
「ローズさんのお店は今日も大人気ね!」
露店で手作りのパンを売り捌いていた顔馴染みのおばさんに呼び止められて、二人は笑顔を向けて答えた。
「さーて、次は───」
ふたりは行き交う人々の波をすり抜けながら、露店がいくつも立ち並ぶ路地を通りすぎて行った。
先を行くのはアマーリア。その後ろを、大きな袋を抱えたリフがふらふらとした足取りで懸命について行く。
「……アマーリア、そろそろ僕の腕が……」
「さー! もう少しだー! 頑張っていこー!!」
「アマーリア……」
人混みを抜けて表通りに出ると、二人は足を止めて空を仰いだ。
雲ひとつない青天の空に、質素な街並みを象徴する錆色の屋根がいくつも伸びていた。わずかに身動げば、国を三つに隔てる“断層壁”も見えてくる。
「いい匂いがするね」
「うん」
甘く煮詰められた果実の香りと、焦げた砂糖の芳ばしい香りに誘われるように、リフとアマーリアは歩き出した。
今日は──幼馴染みのエルバと一緒に過ごせる最後の日。
贅沢だとわかっていても、食べたいものをお腹いっぱい食べさせてあげたかった。
とくにエルバは、他の子と比べて痩せて見えるからなおさらだ。
「僕はここで待ってるよ」
そう言うリフの手荷物を見て。
「わかった。すぐに戻ってくるから、ちゃんとここにいてね?」
「うん」
アマーリアはうなずき、足早に菓子店へと駆けていった。
──チリリン
ドアに付けられた鈴が、軽やかな音を連ならせ開いた。
「いらっしゃいませー」
華やかに装飾された店内には、甘い香りを漂わせた色とりどりのお菓子がところ狭しと並べられていた。
切り分けられた様々な種類のケーキに、瓶詰めのジャム。花柄のラベルが貼られた茶葉の袋や、焼きたてのクッキー。出来立てのお菓子は、どれも美味しそうなものばかりで。
この国を模した三段重ねのケーキの前で、アマーリアは思わず感嘆の声をもらしてしまう。
『シャンティ・フリュイ・ティラナ』
別名“旅する銘菓”は、ほのかに酸味のある生クリームでデコレーションされたフルーツケーキだった。
側面に張り付けられたビスキュイが、先ほど二人が見上げていた断層壁を表現している。
「一度でいいから食べてみたいな。いつか、みんなで……」
砂糖菓子で作られたお城に、綺麗に飾り付けられた果物の間を走る鉱石機関車。
上流階級の貴族、そして王族に連なる者しか立ち入ることのできない世界が──そこにはあった。
孤児である自分には、一生手の届かない場所。
ティラナのすべてが、そこにある。
「お決まりですか?」
突然背後から掛けられた声に、アマーリアはあわてて顔をあげた。
「あっ、はい! じゃあこの──…」
アマーリアが指差したのは。
「…………………アップルパイ、ください」
所持金のコインが、ポケットの中でちゃりんと鳴った。