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“王宮の鳥かご”
そう揶揄される離宮に、ひとりの少女がいました。
人気のない回廊に、たったひとり取り残されるようにして天を仰いでいた少女は、銀糸の髪を揺らし、きれいな紫色の眸をうるませながら「ぼくはここにいるよ」と、小さな声で呟きました。
月をつかみそこねて宙をかく小さな手のひら。
どんなに手を伸ばしても、けして自分のものにはならない光がそこにはありました。
『ずっと……ここに、いるから』
大粒の涙が、いよいよ頬をつたい、少女のなだらかな胸にぽとりぽとりと落ちていきました。
少女の優しい歌声が、離宮のすみずみにまで響き渡ります。
歌姫と呼ばれた母親が、いつも口ずさんでいた詠歌です。
マナは“女性”にしか歌うことができない特別な歌でした。
水色の可愛らしいドレスを身にまとい、つたないながらもマナを口ずさむこの少女も――いずれは歌姫と呼ばれるはずの、この国の皇女でした。
『大好きなふたりのために、ぼくも歌うよ……マナは、大切な人たちを守るための歌だから』
銀糸の髪が、潮風にすかれ。
水色のスカートが、ふわりとひるがえりました。
風にさらわれた優しい歌に、耳を傾けてくれる人は、もういないけれど。
少女は、一生懸命歌いました。
銀色の剣先を、その喉元に突き付けられるまで。