第2話 お犬様の最後
本文にはあんまり関係ないシステム面の説明です。相変わらず説明は下手ですけど。誰か作ってくれないかなあという願望も含む。
『けもつく!』とは「けものでも尽くしたい!」というキャッチコピーで展開された、数あるVRMMOのひとつである。
【Partners Beast】略して【PB】。人とパートナーとなるケモノが互いに影響しあい、協力してより良い未来を目指そう。というコンセプトのゲームである。ひとつ異色さを挙げるのであれば、ユーザーがプレイするのは人ではなく、ケモノの方であった。
犬や猫、ネズミや馬や牛。ユーザーサイドの要望により、鷹やインコやゾウやライオンなどの動物、イルカやサメやウミガメなどの水棲動物も増設された。
ユーザーはこの中からひとつのアーキタイプを選び、パートナーとなるNPCを設定して、プレイ開始となる。
キャラクターメイキングも重要な要素を含んでいる。
メインカラーとサブカラー。種族によってキャラクターの扱う属性が決定されるからだ。
このゲームには大まかに分けて光・闇・地・水・火・風・無の7つの属性がある。メインカラーである体毛を白に設定すれば光を、黒にすれば闇を。サブカラーである瞳等を青に設定すれば水を、赤にすれば火を。種族を獣(主に地上種)にすれば地を、鳥種にすれば風をという具合に。誰もが扱える無属性を除けば、それ以外の属性には習得しにくくなるという制約がついている。フィーリングであっさりと決定する者もいれば、後々のことを考えて2~3日悩む者もいて各々様々だ。
NPCの世代交代に付き合いながら一族と共に生活する。
そのなかで、スキルを取得し、魔法を覚え、レベルと階位を上げてプレイヤーキャラクター自身の研鑽を積む。もちろんNPCを選ばない野良という生き方もあるが、得られる経験値などは格段に少なく、マゾゲーと揶揄された。
農民のパートナーから始めたとしても、その子供が騎士となることもある。学者となる者もあり、術士となることもある。はたまた商人となって都市を巡ることもあれば、漁師や海賊となって海を股にかけることもあった。次の代で薬を扱う者にもなれば冒険者となる者もいる。そしてまた次の代へと続く。
上にあるパートナーNPCの職種はプレイヤーが決定するものではない。彼らとプレイヤーのタイミングによって発生するイベント次第である。
パートナーNPCには隠れ性格というのがある。『真面目・怠惰・天然・悪どい・etc』等いくつかの性格設定がなされている。次代のパートナーを決定したプレイヤーがNPCの幼少時に起こした行動によって彼らの将来が決定される。
例えば、『森でプレイヤーが薬草を採取し、パートナーに渡す』という行動をとったとしよう。パートナーの性格が真面目や誠実であれば『この薬草で人の手助けをしよう』と選択され、医者か薬師を目指す。性格が悪どいや強欲であった場合『これを独り占めにして儲けよう』となり、闇商人や盗賊へ変わってしまう。もちろんその将来がプレイヤーの気に入らなかった場合はリセットが可能だ。そうして次代パートナー継承時へ戻り、子供のチェンジや選択肢をやり直すことができる。ただし『評価ポイント』の大幅な減少、というデメリットが付随する。
プレイヤーには『評価ポイント』というステータスがある。戦闘やスキルには直接関わり合いがないが、階位を上昇させるのに必要な部分だ。これはパートナーNPCからの好感度、日々の生活の中で関わり合いになったNPC(通常のMMOなどで配置されている村民や町民等の街角NPCのこと)からの好意、他のプレイヤーからの対応評価も含まれる。これがある一定の値に達していないとランクアップには至らない。
パートナーNPCが人の役に立つ仕事に就くと上昇は早いが、盗賊や海賊など人に迷惑をかける職に就くと徐々に減っていく。
── 公式ホームページに記されている仕様は以下の通り。
階位は五段階あり、初期は【獣】。第二段階に【統獣】。小さな獣などを従え、群れとして行動できる。
第三段階に【獣王】。王者の風格を備え、二世代までのNPCをサポートできる。自分を株分けした分身を増やして、その孫たちを支えるのもいいだろう。(分身は評価ポイントを取得できません。本体のものだけです)
第四段階に【聖獣】。街を丸ごと守護し、人々に安寧と平穏を与えることもできるでしょう。勿論、パートナーの血筋に尽くすだけでも問題ない。この階位になるためには数多くのNPCと関わり、彼等に畏れ敬われなければならない。
第五段階に【神獣】。様々な多様性を誇り、主人の子孫たちを公私に渡ってサポートできるだろう。その加護を国に広げようが、個人に注ごうが各プレイヤー個人の自由となる。
一時期は【聖獣】と【神獣】の優劣について論議が持ち上がったり、【神獣】間近のプレイヤーに評価ポイント落としというやっかみが集中したりと、数多くの問題が持ち上がった。
運営の意向やプレイヤーの意見により解決した問題もあれば、解決しないままうやむやになった問題もある。数百万人ともいえるプレイヤーが利用し、その要望により様々なバージョンアップを経て長期間に渡り展開した『けもつく!』。
しかし時代の流れによる新しいタイプのMMOの登場には勝てず、契約者数も減少の一途を辿り、コアユーザーに惜しまれつつも開始から6年で終焉の時を迎えた。
「あーあ、この景色も見納めか」
見渡すかぎり畑が広がる大地。その端に佇んでいた白い犬がポツリと呟いた。犬といってもよくあるペットなどとは違い、はるかにデカい。体躯だけでも畑脇に建てられている農作業具小屋の倍もある。
この【PB】における階位1位神獣にまで上り詰めたプレイヤーのひとりで、アバター名をディラニィという。この畑が広がる景色は彼のパートナーとの出発点。十何代と代替わりしていたが、その子孫NPCは突然訪ねて来たディラニィのことを笑顔で迎え入れてくれた。
遠くに幾つか見える家屋は簡易な柵に囲まれた農村だが、彼の出発点である家はそこにはない。まだ村には程遠い、彼が夕陽を眺めているこの場所にあった。
「細かいことだ……」
住んでいるのはほぼNPCばかりだというのに、寂れた開発村がゲーム内年月を経て、きちんとした農村になるところだとか。ちゃんと代を重ねていたNPCがプレイヤーのことを歓迎するところだとか。『変わらない風景などない』という開発スタッフのこだわりに感慨深くなるディラニィであった。
とは言え、そんな光景もあと数分後にはデータの海に消える運命。【PB】終了の、リアル時間で1:00まで残り少ない。
『――――っ』
不意に呼ばれた気がしたディラニィは背後を振り返った。
しかしここは農地の端、背後には木立が広がるばかりである。子孫NPCが呼んだのかと思ったが、夕陽で赤く染まる空の下。作業をしている者は見当たらない。
仲間のチャットとも考えたが、その場合は自動でウィンドウが開いて知らせてくる仕様になっている。既に仲間たちとの昔語りや馬鹿話は終了し、別れは済んだはずだ。
「……まさか、な」
思い当たるのが【PB】に蔓延する七不思議のひとつ。『イベント作成中に過労で亡くなったスタッフの心残り』というのがある。実際プレイ中にどこからともなく声をかけられた、などの体験談は少なくはない。公式ホームページで、運営から過労死したスタッフはいないと発表はされたが、それでも愉快犯はいるもので。【PB】内にこのたぐいの噂が絶えたことはない。
(あと一分程度だしなぁ)
なにかあってもログアウト。または終了時間による強制ログアウト間近の安心感から、不明なものに応えた。
――答えてしまった。
「おいっ! 何か心残りでもあるの、『――――っ!!』……かっ!?」
答えつつ振り返った背後にはあるはずの物がなかった。
即ち、木立だとか地面だとか、フィールドとして形成されていたバーチャルなものが一切合切消失していた。代わりに彼の視界に飛び込んで来たのは、視界いっぱいに広がる青い奔流。
いつの間にか彼の足元にまで浸食していた青い奔流は、その内に彼を取り込む。
更には白や赤、黄色やピンクの光粒が奔流の内より飛び出した。そして円筒形の滝のような奔流の中にある彼の周囲を激しく飛び回る。輝く様々な色の光粒がひとつ、またひとつと彼の体躯に触れ、色の波紋を残しながら内側へと浸透していく。
「――っ!? ――――っ!! ―――ッ!!」
受ける側の彼は、体の内部に直接熱湯を注ぎ込まれている感覚に声にならない悲鳴を上げていた。ただの熱湯ではなく四肢に何かしらの力を与えると同時に、とてつもない強引な力で体の内部をメチャクチャに書き換えられている痛みを伴いながらだ。
ぐおんぐおんと響き、彼の頭をかき混ぜる『異世界の法則と知識』。
脳裏の奥で眩しいくらいに輝く十字から無理矢理インプットされるナニモノかの意志。
違和感を感じさせることなくケモノの体の使い方を馴染ませる新しい本能。
脳のシワにぐりぐりと捻じ込まれ、シナプス設計を新たに引き直される感覚を最後に彼の意識はぷっつりと途切れた。彼の都合などお構いなしに青い奔流は、アバターであるディラニィを内包したままどこぞへと落ちていった。
後に残るのは夕暮れの農村風景と、そこに流れる無機質なアナウンスのみ。
──「長らくVRMMO【Partners Beast】で過ごして頂き、誠にありがとうございました。本日この時を持って【Partners Beast】は閉幕となります。まだ残っていらっしゃるプレイヤーの方々はログアウトをお願い致します。繰り返します…………」