第10話 お犬様の旅立ち
やっと10話(苦笑
ディラニィの始まりの地の石像のある森は、アスエイクという国の東端だという。
気候は1年を通して暖かな日が続くので、大陸でも有数の穀倉地帯となっているとか。
北にあるアスボウは国土の大半が山岳地帯になっていて鉱石の採掘が盛ん。
そことの国境に跨る大森林は、ここに石神の像があることから神の治める森と呼ばれ、人が立ち入ることなどほとんど無い前人未到の森林だそうだ。
南にはチュニボという海に面した海運国家がある。
つい最近、この国の勇者様が毒殺されてしまったので、現在各方面から吊し上げを食らっているらしい。
アスエイクとアスボウとチュニボの3国を南方国家と言う。
大陸自体は南北に長く伸びているらしく、アスボウの北の山脈を越えた先に北方国家と呼ばれる2つの国があるのだが、メルマもそこまでは知らなかった。
「勇者も毒で死ぬんだな」
「そりゃあまあ……。勇者様も人間だろうし」
「そうなのか?」
「石神様は勇者をなんだと思ってたんだい?」
「女神の加護を受けたハイパーチート超人」
「はい、ぱ? 何だって?」
随分と打ち解けて石神様と普通に喋るようになった母親を、アニーサはハラハラする面持ちで見ていた。
今すぐ神罰が下るんじゃないかという心配ばかりである。
メルマにしてみれば、女神様への信仰はたしかにあるのだから、神徒である石神様の望みなら不敬にはならないだろうという考えだ。
あと毎回「普通に話せ」「いやいや」というやりとりを繰り返すのも不毛な気がしてきたからである。
「あたしの兄貴が王都に店を持ってんだ。紹介状……は要るかは分からないけど、手紙をしたためておくよ。道具屋のバリィという男に渡しておくれ。地図とかを融通してくれるはずさ」
「そうか。有り難く頂こう。礼もしなけれならないな」
「こっちは命を助けてくれた恩とレシピを教えてくれた恩があるんだ。お返しにしちゃあまだ足りないんだし、石神様が頭を下げないでおくれよ」
「そうか。ではまたいつか、恩返しを楽しみにしておこう」
すでにメルマやアニーサ、村の者たちに旅立つことは伝えてある。
引き止めようとする声も多かったが、女神(妹)からの任だと諭せば「それならば」と引いてくれた。
森まで戻り、3号と4号の子守りの進展状況を窺う。
「どうなった?」
『まあ、あんな感じかな』
苦笑しながら1号が尻尾で指す先には、どんよりとした影を背負いうなだれる4号。
孫に甘そうな好々爺ばりのキラメキを振りまき、マシロたちを侍らせる3号がいた。もはや勝敗は明らかである。
『僅か2日であの有り様さ。4号の尊大な態度には、マシロくんたちも理解を示さないみたいだね』
「ならここは3号に任せて問題ないな。明日は奴を村に連れて行って面通しさせておくか」
『そのまま旅立つということでいいのかい?』
「そのつもりではある。離れても意思疎通は出来るし、石像が見つかれば行き来することも可能だ」
ディラニィの分身には遠く離れた本体と会話(念話)できる能力と、本体のスキル等を共有できる能力がある。
基本はパートナーの子孫を守るという意味合いもあったため、使える能力も防御や回復のみという偏ったものだった。
事前に1号と色々試してみたところ、ゲームじゃなくなってからはその辺りの制限も取り払われたようだ。分身でもほぼ全てのスキルが使用出来て、制限は威力や効果の弱体程度だった。
ほかにも本体から分身への念話は分身同士でも可能となり、本体と分身全員でも出来ることが判明した。その時の感覚は、脳内で顔写真だけ並べたテーブルを囲んでいるようなものである。
翌日、マシロたちにもここを離れることと3号がこの場に残ることを説明した。
「きゅっきゅっ!?」
理解出来るかどうか分からなかったが、案の定ミケとコマは首を傾げていた。
しかしマシロだけはディラニィを見上げ、背後のミケたちを振り返り、そしてまたディラニィを見上げる動作を繰り返す。そしてディラニィへ近付き、その身を前足へと擦り付ける。そして再び離れ、任せろとでもいうように力強く頷くのだった。
「きゅーっ!」
「……うん。ミケとコマを頼んだぞ、マシロ」
「きゅっ!」
すでにマシロは家猫ほどの大きさに育ち、ミケと同じ種類のハネネズミとは思えない。それでも肉食獣に襲われる危険はあるとディラニィは考えていた。
しかしこの森に暮らす野生動物は、僅かばかりの神気を漂わせるマシロたちに手を出す気はない。その辺りはディラニィたちの預かり知らぬところである。
翌日は分身たちを回収し、3号だけを伴って村を訪れた。
マシロたちは石像を囲む結界の中から出ないように言いつけてある。
ディラニィは畑仕事や猟に出ている者を除いた村人たちに3号を紹介した。
「私の代わりに森を護る任に就く3号だ。もしお前たちの手に負えない事があったら相談するがよい」
『3号と言いますじゃ。宜しくお願いしますぞ』
「は、はい。こちらこそよろしくお願い致します。サンゴウ様」
ディラニィを人間大まで小さくして、多少目が垂れたくらいの違いでしかない白い獣から挨拶をされた村長は、ガチガチに緊張しながら深く頭を下げる。その後ろに揃っていた村人たちも心境は似たようなものだ。
石像については女神が大地の隅々まで目を通すため、と言い伝えられている。
この村の始まりが石像を祀るためというものなので、村人たちには信心深い者が多い。今まで祀る対象が動かない石像だったところに実物の白い獣が現れたのだ。
気さくに接してくれとは言われたが、石像を崇めるのと実物を崇めるのでは畏れの意味合いがだいぶ違う。
3号がこの地に残ったことで、村人たちの誠実さに磨きがかかったのは、言うまでもない。
「ではな。また会おう」
3号が森へ戻るのを見送ってから、ディラニィは村人たちへ別れを告げる。
皆がお辞儀をして送り出そうとしたところで、アニーサが駆け寄って来た。
「あ、あのっ、石神様っ!」
「うん?」
「これを、お持ちいただけますか?」
アニーサがディラニィに差し出したのは、白い花と赤紐で編んだエンブレムのような物だった。
「これは?」
「旅の安全を祈願するお守りです! えっと私に出来ることがこれしか無くて、でもお母さんを助けてくれた恩を少しでも返せればいいなって思って、それでっ」
村人の中には「神にお守りは侮辱にならないか?」と呟いた者も居たが、ディラニィの視線を感じて押し黙った。
お守りを「ありがたくいただこう」と鼻の上に乗せるようにして、受け取る。そのままアイテムボックスへと収納した。【旅の安全を祈る守り】と表示されたのを確認したディラニィは満足そうに頷き、村人たちに背を向けた。
街道を西へと去っていく石神さまが見えなくなるまで、村人たちは見送るのだった。
◆
夕方までディラニィは休まず歩き続け、夜はどうしようかと考えた。
街道沿いには所々に、旅人が休むための広場が設えてあった。ここしばらくは使う者もいなかったらしく、ほとんどが草で覆われていたが。
それを3ヶ所、横目で見ながら通り過ぎ、現在は4ヶ所目である。
人なら2日掛けて移動する距離を1日で済ませてしまったことになる。王都までの途中には村が2つあるとのことだったが、のこのこディラニィが姿を表せばまた大騒ぎになるだろう。
1つ目の村はそのまま夜の内に通り過ぎた。
その先の移動は人と遭うと厄介なことになりそうなので、街道より離れたところを進む。
これが林の中だったらまだいいが、草原が広がっていたりするので慎重に移動する。
使徒が人の目に触れないようこそこそするなんて、とディラニィは苦笑いをこぼす。
彼は女神(妹)に振る舞いは自主性に任せると言われたが、1つ重要な使命を授かっている。
それが各地の石像と接触するというものだ。
女神(姉)が隠れる前は石像を起点として、清浄な波動を大地へ送り込んでいた。今はそれが断たれているために、各地で不浄な場所が増えて魔物の活性化に繋がっているらしい。
ディラニィは各地に赴き石像に触れ、霊的な地脈で各石像を繋ぐことにある。そのため女神(妹)に付加された石像レーダー(笑)には王都の方向にあるという朧気なものを感じていた。
2日目の夜にチュニボに続いているという分かれ道を通り過ぎると、街道に人の匂いがグンと増えてきた。
移動を夜に限定すべきかと一旦街道より離れた林の中で休憩をとる。
風魔法で雑草を刈り取って広場を作り上げ、ごろりと横になった。そして途中で採取してきた薬草などをポーションに変えていく。
2日間休憩無しに飲まず食わずのぶっ通しで歩き続けてきた割には、ディラニィの身体は疲労など微塵も感じない。ただ人に会わないよう慎重に移動してきた分の精神的な疲れは感じていた。
「一眠りしていくか。目覚ましが無いから、夜までに起きれればいいが……」
心地よいまどろみに彼がうつらうつらし始めた時だった。悪意のある匂いを感じとったのは。
すかさず立ち上がり、五感を総動員して周囲を探る。
意識の切り替えとともに、眠気など吹き飛んでいた。
最初は以前見た大地の不浄かなにかだと思ったが、探っていくうちに悪意の発生源が移動していることに気が付く。街道に沿っているらしいので盗賊などの類いだろう。
人前に姿を晒す可能性は高いが、気が付いてしまった手前無視することは出来ない。
林から飛び出したディラニィは、進行方向とは逆から漂う匂いの源へ向かって駆け出した。
風を呼んで、空を駆ける【天駆】というスキルを使って飛び上がる。
道の先に視線を飛ばして見えたものは、2頭立ての馬車に群がる複数の人影。
「あれか!」
昼寝の邪魔をしおってぇー、という私怨も少しは含まれているかもしれないが、空中で急発進したディラニィは弾丸のように諸悪の根源へ向かって突き進んだ。