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「そうよ。私はクラウミニチェアで生まれたの。フレデリアの言語は随分前の家庭教師に教えてもらったの」

 クラウミニチェアは隣のリンデア公国の大都市だ。イルマでも聞いたことがあった。

「隣の国は、女でも家庭教師に教えてもらえるの?」

 驚いて聞くと、ケイトは嘲笑した。


「なわけないでしょう。もちろん私が特別頭が良かったからで、お父様がお金を積んでくれたからよ」

「……そうなんだ」

 なんだか落胆して、うつむくと、ケイトは少々沈黙して喋りだした。


「今自分が喋っていることを字面にできない方が馬鹿なのよ。そんな女が、学のある女を馬鹿にして、自分たちは立派に男と結婚して、子供を産んで、それで男の子を無茶苦茶にかわいがって、娘は奴隷みたいに召使にしこんで、自分の考えで洗脳して、それで立派に生きてるって顔してるの。最近気づいたわ、女を奴隷にするのはみんな母親なのよ」

 それは過激な発言だった。無神教の教えを何一つ知らないイルマでも、無神教の考えでもここまで過激なものは禁じられているだろうと思った。けれど、それは一部真実をついているように思えた。

 同年代の少年よりも、イルマに対する扱いは少女たちの方がはるかに厳しかった。

 彼女らはイルマを変人として徹底的に軽蔑し、無視した。


「そうかもしれないね。でも私はそういう人の家庭に生きる生き方もいいと思うけどな。知識がすべてじゃないんだから」

「無知は恥ずかしいわ。それをあの女どもは知らないのよ。美点だと思っている。どれだけ知らぬということが恥ずかしく、屈辱だが。その知という輝きを修めたものを軽蔑する権利などないということも知らない」

 イルマは微笑んだ。ケイトが怒っている姿は子供っぽく、親しみが持てた。


「知識は素晴らしいものだと思うよ。ケイトが言いたのは……ううん怒っているのは、たぶん、彼女たちが学ぼうとしない姿勢なのよ」

 ケイトは誇り高く、努力家だった。だから、彼女が起こっているのはもどかしさだとすぐに分かった。


「村のみんなも、学びことが素晴らしいことだと気づけばいいね」

 イルマは椅子から立ち上がる。

 カイルに次は計算を教えなきゃ。休憩は十分にしたので、床の上で一生懸命字の練習をしている少年に近づいた。先ほどから椅子の上から授業の様子を見守っているケイトは「大人ぶって」と、つぶやいていた。


 カイルはイルマにどう? という風に小さく字が書かれた茶色の紙を見せた。


「上達したね。カイル偉い偉い」

 そうやって手をたたくと、カイルは一点の穢れもない笑顔を見せた。

 イルマは思う。確かに他の子に比べて成長が遅く見える。でも実は違うのだ。なんというか――たとえば、子供はたいてい乱暴だけれど、大人になって乱暴でも幼いなんて思わない。だけれど無邪気な人間や純粋な人間は無条件に子供なんて言われたりする。そのようなものだった。


 カイルはちゃんと成長しているが、他の目につく(・・・・)部分でそういう風には見えないらしいのだ。

 村の女たちは男の子が自分の力を誇示するようになると、男になったという。

 カイルはそういう乱暴なところがない。


 イルマはそれが可愛く思えてしょうがなかった。


 


 カイルは毎日イルマの家に来た。最初嫌がっていた母は驚くくらいにカイルをかわいがるようになった。その変化は急激で、なんとなくイルマは引っかかった。ケイトも三度に一度くらいは来て、カイルを馬鹿にしながらも勉強を教えている。

 イルマはあまり村の人間と仲良くないが、ケイトは村に随分と受け入れられているようだった。正確にいうと、村の男だったが。


 ジェームズは最初ケイトの態度に「女のくせに」と怒っていたが、結局今はケイトの後をつけて回っている。

 ケイトは嫌がっているようなので、そういうと、ジェームズは鼻を鳴らした。


「おれは村で一番学がある男なんだ。ケイトは勉強が好きだ」

 なんの論法かとイルマが訝しむと、ジェームズは続けた。


「イルマ、お前変なことケイトに吹き込むなよ」

「そんなこと……」


「実際、今お前は俺に嘘をついた。お前がなんで熱心におれの家に通うか知っていたが、言わなかったが、はっきり言う。

 おれは盲人の娘の嫁なんて貰わないし、お前のような変わった女は嫌だ」

 

 イルマは胸に沈殿する何かをごまかした。ジェームズのことは好きだったのだ。本質的にそんなにまわりとは変わりないと知っていたけれど。


「でも、ケイトも変わっているよ?」

 また昔みたいな関係になろうと冗談ぽく言う。悪足掻きだ、もちろん。

 ジェームズはすぐに軽蔑した表情をした。


「ケイトは美人だ」

 それが何にも勝る真理のように、表情をうっとりとにやけたものに変えて、彼は言った。



「なんなのあの男? ジェーソンだっけ。いきなり詩を朗読しだすし。しかも訛りすぎ」

「そういう気分だったのかもね。もしかすると吟遊詩人になりたいのかも」

 イルマが適当に返すと、ケイトは「そうかしら。変わってる」とうなずいた。


「ねえ。最近やけに村の男どもが話しかけてくると思ったら、何かの祭りがあるそうね」


「うん。四季祭だね。四季が終われば一季から収穫が始まるから、豊作を祈願してするんだよ。恋人同士で踊ったりするから、それでじゃないかな」


「ふうん。あんたは? 踊るの?」


「はは、まさか。お祭りには出られないのよ。占い師の娘だから」

 笑うイルマを見つめていたケイトは少々神妙な口調で「ねぇ」といった。


「占い師は結婚できないはずよね。なんであんたがいるの?」

 

 別に答えたくなければいいけど、と続く。

 薄く響きやすいはずの壁は今は重い沈黙を返すだけだった。

 

 言いたくないわけじゃない、だけど、あまり気持ちのいい話ではない。

 どうしようか、と思ったものの、口を開いた。


「占い師は村の中でも、すごくお金が入る職業なの。そうして、その代わりに盲目であることとか厳しい条件が付けられる。条件の一つに村に訪れた人間を歓迎するっていうものがあるの。これは泊めるっていうことなんだけど、泊めた人に乱暴されて、それで私が」


「そんなこと起きるに決まってるじゃない。なんでそんな決まりが?」

 ケイトはそれほど憤っているわけでも、軽蔑しているわけでもなさそうだった。心底不思議そうだった。

 イルマはケイトらしいな、と思って、説明した。


「占い師は呪いの力があるから、手を出そうなんて考えないよ。まともな人なら」


「冗談! ただの盲人の占い師が呪いなんて使えるわけないじゃない。信じてるの?」

「わからない」

 首を振った。母は実際使えるというが、本当かは定かではない。

 そろそろ休憩は終わりだと立ち上がろうとすれば、机の上に置かれた木製の椀を撫ぜながら、ケイトは意地悪くいった。


「子供みたいなところあるんだね」

 イルマに似せた口調だった。




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