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 その後ケイトとイルマは最低限の荷物だけ持って、馬車に飛び乗った。護衛としてロビーも随伴した。


 館には幾人かケイトを慕う騎士をおいて、他の使用人の行動を監視する手配がなされていた。


 イルマは目の前に座る険しい顔をした少女に、これからどのように動くか聞いた。


「まず、館の住人をこちらにつける。そしてナナに継承権を放棄させるように策を練る」


「わかった」

「カイルに領主の死を知らせる早馬は飛ばしてるから、私たちが戻ったらカイルがある程度、館を掌握してくれていると思うわ」


「カイルはまだ10歳だよ」


「あら、もう10年もこの世に生きているのよ。人って10年も同じことをしてたら、なんだってできるの。カイルはもう10年も人を思うとおりに操ってるんだから、それくらいできるわよ」


 ケイトの冷笑に、イルマは黙り込んだ。


 領地から王都まで、行きは3、4日かかったが、帰りの旅程は二日だった。

 休憩なしの道行きにイルマは疲労困憊だったが、ほどよくロビーが休息をとらせてくれた。

 道程の泉で水を飲ましてくれたり、空気を吸わせてくれたりと、細々とイルマを気遣ってくれた。イルマは、ロビーが騎士だった頃優秀だった理由を改めて実感した。

 ロビーは片腕を失っても、実力はあったし、あらゆる面で器用だった。元々貴族だったこともあり、知識がある。どこにいっても、的確な判断をした。


「ロビーみたいな人を有能っていうんだろうね」


 夜中の馬車の中でしみじみイルマが感心して言うと、ケイトは腕をくんで目を閉じたまま「腕がなくなってからは、あんまり惨めだから見たくもなかったけど、この間は確かにそうね」


 しばらく沈黙した後、


「イルマは知らないだろうけど、あの男は元々かなり期待されていたらしいわよ。高位貴族の娘とも婚約してたらしいし」

 その婚約はきっと腕がなくなったときに解消されてしまったのだろう、と考えた。

「イルマ、貴方ロビーがかわいそうでかわいいのは分かるけど、カイルの前で可愛がったら駄目よ」


 意味の分からない発言に首をかしげた。ロビーについては尊敬して力になりたいとは思ってはいても、ケイトが言うような同情心や愛玩物を可愛がるような気持ちで接したことはない。


「カイルの前ではあくまでロビーを道具として接するの。指示や命令だけにしなさい」


「ケイト、私は立場的にはロビーに命令できる位置じゃないよ」


 イルマがまた首をかしげると。


 ややあってケイトは目を開けた。闇の中から黄金の瞳だけが輝いていた。月光が顔の半分に映り、イルマは思わず見惚れそうになった。


 ケイトは珍しく言葉が出てこない様子でイルマの方を見ていた。


「あんたって、ほんと馬鹿ね」


 それっきり、ケイトはもう目も開けなかった。



 ハイ・キークに到着したのは昼過ぎだった。慌ただしくマリビス夫人、アルドがかけてくる。


 後ろからのカイルの赤毛も見えた。


 ケイトに次いでイルマが馬車を降りようとするとカイルが手を支えてくれた。


「イルマおかえり」


 手を握ったまま、自分の頬にイルマの手の甲をスリスリとこすり合わせる。イルマは手の甲の柔らかい感触にどきりとしながら、「カイルおかえり」と笑った。


 カイルも子供らしくにっこりと笑うかと思ったが、イルマの手を頬にくっつけたままじっと上目遣いで視線を向けてくる。潤んだような瞳には何か探るような雰囲気があって戸惑った。




「イルマ疲れてるね。かわいそうに」




「大丈夫よ。それよりこれからのことを考えるんでしょ」


 カイルのほっぺを軽くポンポンと撫で、手を離す。




 やりとりに何故か疲労を感じながら、館の中に入った。




 ケイトが向かったのは領主の執務室だった。


 ケイトは部屋に入ると、無作法に赤木の執務机に腰を下ろして足を組んだ。

「で、アルド。お前が迎えに来たって言うことはあんたは何か手を考えているのね」

 とアルドに向かって高圧的に言う。


 イルマとしては馬車を迎えに来てくれたマリビス夫人とアルドを見たとき、この二人が味方になってくれたのだといううれしさがあった。だからもうなんとかなるのではないかとほっとして、部屋の端のソファーに腰掛けた。カイルもイルマの隣に座り服をぎゅっとつかみもたれかかってくる。


「ケイト様、おそらく親族会議が開かれます。出席者はこの領地の実務を担っていたルーデンス卿、領主の遠縁のライザック男爵、そして奥様、奥様のご兄弟、マリビス夫人。その方々で時期継嗣を決定する運びになるかと思われます」


「で?」


「このままでいくと、満場一致で奥様が代理領主となり、後継人に奥様のご兄弟がなられます。後々は奥様のご兄弟の子が領地を次ぐ可能性が最も高いでしょう。

 ただこの会議の中で、奥様は取るに足らない存在です。実際の敵は奥様のご兄弟です」


 アルドが言葉を句切ると、カイルが楽しそうにイルマに話しかけた。


「ナナはね、もう大丈夫だよ」

 唐突な言葉にイルマは首をかしげた。カイルの発言で部屋の視線を集めていたのが、マリビス夫人とアルドはなにか知っているのか、平然とした表情だ。


「どういうこと?」


 ケイトが尋ねると、アルドが言葉を続けた。


「奥様、いえナナは元々精神的に不安定でしたが、ここ最近はとくに状態が悪かった。そして、ケイト様と旦那様が王都に出発されたことで、完全に精神を病んでしまわれたのです」


あまりに淡々としたしゃべり口に、一瞬台本でもあるのかと疑問に思うほどだった。


 イルマもケイトもナナを最後に見たのはかなり以前の話しだが、その時はあまりそういう様子にはみえなかった。


「ですから、会議の前にルーデンス卿、ライザック男爵にナナの精神状態をお伝えし、いくら後見人がつこうとも継嗣にはできないと判断していただきます」


 ケイトは思慮深げに視線を落としていたが、やっと顔を上げて「で、ナナを継嗣から外せることは理解できたけど。私たちがここの実権を握る方法は?」と無感情に尋ねた。

 そこではじめてまりビス夫人が口を出した。


「この紙を見てください」


 マリビス夫人が見せたのは養子の申請書だった。内容は簡単で領主がカイルを養子にするという内容だった。

「それはしってるわ。私が書かせたんだもの。でも、それは王都には出されていないし、処理もされてないわ。

 その紙切れだけだと法的にいうと、私たちは何の権利もない」


 ケイトはそう言ってから、しばらく考え「ああ、なるほどね」と頷いた。


「領主の遺書代わりに使うのね。領主はカイルを養子にしようとしていた。ひいては跡継と考えていたって」

 イルマは展開に驚きながら、膝に頭をのっけるカイルを凝視した。


 正直、ケイトとの帰路の時は領地に急ぎで帰っても、もうどうしようもならないだろうと考えていた。


 ナナに追い出されたり、害されたりすることがあれば、三人で着の身着のまま逃げるくらいの気持ちでいたのだ。




 けれど話はまったく予想外に進んでいく。イルマの友人である二人が領地で実権を握れるのではないかと感じる。




 勿論、今の話は簡単ではないが、可能性がゼロではないのだ。




 一人驚くイルマにカイルは膝の上に頭を乗っけてイルマの瞳を見た。




「大丈夫だよ。すぐおわるから」


 カイルはそういったあとイルマの薄い腹に顔を押し当てた。服を着ているにもかかわらず、一瞬腹に吐息があたったような心地がして、震えた。



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