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大天使降臨

 そのとき、俺は、学校から帰宅して、普段着に着替えてから、居間のソファーに寝転がり、ケータイの画面のとっくの昔に書きあがって後は送信するだけのメールの文面を眺めていた。

 同級生の彼女へのメール。

 春から彼女と同じクラスになり、最初の席替えでたまたま隣の席になって、何度か彼女と会話をする機会があり、彼女の気遣いや優しさに触れて、そして、気がついたら、彼女のことばかりを考えているようになっていた。

 彼女は魔女なのだろうか?

 こんなことは生まれて初めてだ。

 もちろん、今までに何度か同級生や先輩の女子に恋をしたことがある。けれど、その恋のどれも、昼も夜もいつでもどこでも相手のことを思うだけで、こんな風に胸がドキドキするなんてことはなかった。

 さらに、相手のことを考えだしたら、夜眠れなくなるなんてこともなかったし、そもそも、夜眠る前に、思い出すことすらもなかった。まるで、夜になると、彼女が俺の頭の中を操作して、自分のことを考えるように強制的に仕向けているかのようにすら感じられる。

 それどころか、夜だけでなく、昼でも、家でも、学校でも、どこでも、自分のことを考える呪いをかけてきているような。

 どうしたんだ、俺? 一体、なにがどうなって、こんなことになってしまったんだ?

 とにかく、ここ数日、俺は眠い。彼女のことを考えるたびに、夜眠れなくなるから、寝不足ぎみ。けど、そんな自分の今の状況は嫌いじゃない。むしろ心地いいとすら感じる。恋に溺れる俺。なんか格好いいぞ。

 う~ん…… 俺、自分で思っているよりも、相当、重症みたいだ。どうしたものだろうか。

 というか、どうすればいいのかなんて、本当は、とっくに分かっている。だから、そのすべきことをさっさとすればいいだけなのだ。なので、何日も前から俺はそれをしていた。

 そう、彼女宛のメールを作成していたのだ。

 俺が、彼女のことをどんなに思っているのか。今、どんなに苦しい気分でいるのか。彼女のことを考えていても立ってもいられないのか。


 俺が、今、どんなに彼女のことを求めているのか。


 すべてを手の中のケータイに表示されているメールの文面の中に刻みつけてある。あとは、それを彼女に送信するだけ。簡単なことだ。

 あと、たったのボタン一押しだけなのだから。

 あと、ちょっと、ほんの数ミリ親指を動かすだけで……

 軽く力をこめるだけ。普段ならとくに意識しないうちに済んでしまうようなちょっとした動作。

 大したことはない。ありふれたことだ。

 ……

 そして、その状況で、かれこれ一時間経っていた。いや、正確には、今日だけでなく何日も前からその状態だった。

 はぁ~

 なにやってんだろ、俺。


――おい、この肉体の原住知性体。さっきから黙って見ていたが、お主はなにをしているのだ?

 不意にどこからか声が。

 って、ここは俺の自宅。両親は共働きだし、兄弟もいない。居間のテレビも消えているし。当然、だれも話しかけてくるものなんていないはず。

 空耳だろうと思って、またケータイの画面に視線を送り、さっきからずっと続いていたためらいが再び戻ってくる。

 だが、

――それがこの宇宙の情報パッドなのか? ずい分原始的だな。

 今度は、はっきりと聞こえた。

 って、これは! 外から聞こえたんじゃない! 耳が音声を拾ってなんかいない。これは、俺の体の内部からだ!

 な、なんだ! どういうことだ!

――おお、やっと気がついたな。てっきり、我の声が聞こえないのかと思ったぞ。

 なんだ? どうなってるんだ?

――なに、そんなに混乱することはない。我は、神の使いにして、大天使ウリエル。神に逆らう者を燃やし尽くす、神の炎を操るもの。

 なっ…… なんだこれ? 大天使? 神の炎? 俺、とうとう寝不足すぎて、気でも狂ったか?

――いや、なに、そんなに心配することはない。お主の気が変になっていないことは、我が保証するぞ。

 自分の正気を疑っているのに、自分が狂っていないことを自分が保証する。なんの保証にもなってないじゃねぇか!

 と、そこで、気がついた。いつのまにかケータイから離れていた右手が光っている。そして、その手の平から、突如、炎が立ち上る。

 おわっ! な、なんだ、これ! なんで、手から炎が! しかも、この炎、熱を持たず、熱くない。

――見よ! これぞ、大天使の力。神の炎!

 ど、どうなってるんだ……

――どうだ、我の言葉を信じる気になったか?

 目の前に、不思議な炎があり、不思議な声が頭の中に響く。これでも、まだ、信じない人間なんているわけもない。いたら、その人間こそ、正真正銘、正気を失っている。

 俺は、壊れたおもちゃのように、首をウンウンと何度も上下に振り続けた。

 信じる。信じるから、この炎を消してくれ!

――うむ。分かればよいのじゃ。分かれば。二度と我を疑って、我の不興を買うでないぞ。さもなくば、貴様をこの永劫の災厄をもたらす神の炎で燃やし尽くしてくれるわ!

 そうして、ゆっくりと俺の右手に生まれた炎が消えるのだった。

 え、えっと…… もしかして、今、俺、神様の使いだとか言っていたヤツに脅迫されなかったか?

 ともかく、

――で、お主、名は?

 お、俺? 俺は、初瀬大和。

――では、大和、我は命じる。これより、神の命の代行者たる我に従いて、神に逆らいしモノを滅する手伝いをせよ。

 こうして、俺は、初瀬大和は、大天使ウリエルと自ら名乗る尊大な態度のモノに取り憑かれたのだった。

 なんなんだ、一体? そして、こいつ、本当に大天使なのか?

 ナゾだ。


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