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ドゥドミナリオンの闇聖典  作者: くまのすけ/しかまさ
肌色率80%と革装丁の本
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憑依するのも大変なようだ

 オレがそんなことを考えている間も、本の精霊と天使は、地球がどれだけ未開惑星であるかを延々と愚痴りつづけていた。

 っていうか、ずっと二人で話してばかりいるんだけど。もしかして、ふたり、かなり気の合う者同士だったりするんじゃないか?

 思わず、オレと若草さんの間で視線があって、苦笑を交し合ってしまう。

って、これって若草さん本人だよね? 天使の方じゃないよね?

 もし、天使だったら正直ヤだな。というわけで、若草さんだったと勝手に思い込んでおこう。今、若草さんと心が通じ合ったのだと。その方が、絶対精神的にはイイことだろうし。

 って、そんなことより、今、オレが『愛』について沈思黙考していたわけだけど、本の精霊ってオレの思考を読めるはずじゃ?

 じゃ、やっぱり、オレの今の考えが本の精霊に伝わったかな? 『愛』がこの世に存在しないなんてことはないと理解したかな?

 気がつくと、本の精霊と天使の会話は、すでにこの宇宙の未開具合から、神様のことに移っている。

「神さんなんて、嘘つきばかりや! 実際、でたらめなんは、『愛』っちゅう架空のもんだけとちゃうで」

 って、あれ? もしかして、オレの思考、理解してない? オレの思考を読んでも、『愛』を架空のもの呼ばわりするの?

 思わず、話に割り込んでしまう。

「お、おい、本の精霊」

「はぁ? 富雄はん、なんですのん? 今、折角ええとこでしたのに。もうちょっとで、このアホを徹底的にやり込め倒せそうやったのに。割り込まんでおくれやす」

「そ、そうか、すまぬ」

 って、なんで自分の体なのに、オレが怒られなくちゃならないんだ? そして、なんでオレが謝らなくちゃ……?

 そんなことより。

「さっきからオレが考えていたことに気がつかなかったのか?」

「えっ? 考えていたこと?」

「ああ、さっきからずっと考えていたんだが」

「はて? なんでっしゃろ? ワテ、さっき、あんさんに頭の中を読むなって命じられましたさかい。それ以来、全然、読んでまへんでしたけど?」

「えっ?」

「ほら、さっき、あんさん、ワテに自分の思考を読むなって命じはったでっしゃろ?」

「……」

 そ、そういえば、そんなことを口にしたような、してないような。

 ってそれにしても、そんなことで思考を読まないようにするなんて、案外、この本の精霊ってやつは律儀なのだろうか?

 なんてことを質問してみたら、

「それは違いまっせ。そこのいまいましい天使つうのも含むワテら憑依系精神生命体っちゅうんは、宇宙でも結構ありふれた存在なんですわ。肉体をもった知性体の体に憑依してその生体エネルギーを利用して生きる存在。それがワテらでおま」

「な、なるほど……」

「けど、考えてもみなはれ、そういう存在っちゅうんは、ある種の諜報活動にとっては、とっても重宝しますやろ?」

 た、たしかに、敵対する勢力の幹部に憑依して、その脳内部の情報を盗み取り、その肉体を操って、破壊活動をおこなう。そういった活動に、これほど役立つ生命体は存在しないだろう。

「そんなことは、どこの知性体でも理解してることですわ。だから、それに対しての予防策も用意してあるのが普通なんやわ」

「予防策?」

「そうでっせ。たとえば、宿主本人の意思に反して脳内情報にアクセスしたり、肉体を操ったりしたら、即座に生命活動を停止して死んでしまうとか」

「……」

「いくら、ワテら精神生命体でも、宿主が死んでしもうたら、ワテら自身も一緒に死んでしまいまっせ。せやから、そんなことにならんためにも、ワテらは宿主が強く願うことについては逆らうっつうわけにはいかんのですわ。そないなことしたら、ワテら自身の生命の危機にさらされることになりまっからな」

「な、なるほど……」

 そういえば、さっき、天使がオレを攻撃しようとしたとき、若草さん自身が必死に止めようとしてくれたから、天使は攻撃を取りやめたのだっけ。それと、オレと若草さんが強く希望したから、本の精霊と天使は不戦協定を結んだ。

 って、ことは……

「あんさんが、さっきワテに思考を読むなっ言いはりましたさかい、今は読んでまへん」

 そ、そうなのか。とりあえず、オレがこれからなにを考えても、本の精霊に思考を読まれる可能性はないってことなんだろうな。本の精霊の言葉を信じるとするなら。

 それでも、その情報は、すこし気分を軽くさせる。隣では、どうやら若草さんの方も同じらしく、ホッとした表情を浮かべている。

 やっぱり、女の子だもんね。そんなにズカズカと他人に心の内をのぞかれたくはないだろうしね。

 ともあれ、オレが割り込んだので、憑依体たちもどこか気勢を殺がれたみたいで、その後しばらくして、この4者会談もお開きになった。

 とりあえず、当面は、オレたちの間で休戦協定が成立し、無闇に対決するということにはならないわけだし、まあ、今のところはそれでオッケーかな。


 オレは腰をあげ、ジョギングの続きに入る前に屈伸運動を軽くおこなう。ずっと、座りっぱなしで、体が固まってしまっていた。不必要な怪我だけはしないように用心せねば。

 一方、若草さんは、話し合いの間中、オレたちの傍で大人しくしていたジョンの首筋を撫でまわしてから、そのリードを掴んで立ち上がる。散歩に戻るのだろう。

 一瞬、視線が合う。けれど、どちらからともなく、その視線を逸らした。

 やっぱ、恥ずかしいわ、オレ。

 そんなオレの耳に、若草さんが、小さく呟くのが届いた。

「じゃ、また、明日学校で」

「あ、うん。学校で」

 盗み見た先、うつむけたその顔は真っ赤だった。

 なんか、その表情を見れただけで、心臓が跳ね上がる。ジョギングじゃなくて、スキップしながら家へ帰りたい気になってくる。

 し、しあわせ~

 そんな浮かれ気分なオレの視線の先で、突然、血の気を失った顔が持ち上がって、こちらを鋭い眼で睨む。

「ふん、佐保が望むから、今は貴様と休戦してやるが、貴様を追っているのは、私だけではないということは忘れるなよ!」

 ひぇ~ 目線だけで殺されそう! こ、こわー!

 一瞬、怯えているオレの口が勝手に動く。多分、それにふさわしい表情を伴って。

「それがどうした。他の天使なんぞ、こわかないわ! 出てきたら片っ端からぶちのめしたるわ!」

「その言葉忘れぬぞ! その言葉通りに、せいぜい、私以外の者に倒されぬように気をつけることだな」

「ふんっ! だれがお前らごときに!」

「じゃあな。あばよ」

 そうして、険悪な雰囲気のまま左右に離れていくのだった。

 ちょっとホッ。あんな怖い顔を直視しなくてよくなって、これで一安心。

 って、ちょっと待った!

 今、罵り合っていたのは、本の精霊と天使だったけど、その体は、オレと若草さんのもの。これじゃあ、オレと若草さんが喧嘩でもしていたみたいじゃないか!

 傍から見れば、絶対、痴話喧嘩とかそういうレベルじゃない険悪さで対決していたオレと若草さん。

 ちょうど近くを通りかかった、小学生が眼を丸くしてオレたちのことを見送っているよ。

 うう……


というわけで、第一章が終了です。

この時点では、まだ登場していないとあるキャラの周囲でおきるある出来事をはさんで、第二章に入ります。

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