お前ら、本当は仲いいだろ?
「とにかく、二人とも、一時休戦。いいな?」
「ああ、仕方ない。佐保がそれを望んでいるからな。けど、もし、この隙に逃げようなどとしたら、容赦なく燃やし尽くしてやるからな。夜道は月夜ばかりじゃないんだぞ!」
「って、それ、天使のセリフじゃないよ」
「ふん、聞きましたやろ。こいつら天使なんてゆうてますけど、本性はそこらの悪魔よりも腹黒いんでっせ」
「こら、本の精霊。いい加減にしろ! そこまでだ。それより、お前の方も休戦でいいな」
「ふん。仕方ありまへん。こんなヤツいつでもこてんぱんにできまっけど、そういうことにしといたります。大体、ワテ、この宇宙に来てあんさんに取り憑くのでエネルギーを使い果たして、力を蓄えるまでは、あんさんの体から離れることすらできまへんのやし。それに、この宇宙では、まだ惑星から外へでることすらできひんのや。逃げようもおまへんわ」
本の精霊の嘆きのこもった呟きに、即座に天使が反応する。
「ああ、正直、私も驚いた。いまどき、このような超絶原始世界が残っていようとは……」
「しかも、この宇宙では、この富雄はんたちが最高知性体種族やさかいな。びっくりやわ」
「そうなのか……」
「そうや。この宇宙に飛んできたときに、一通り、あちこちソナー飛ばして調べてみたけど、間違いない。この地球とかいう惑星の知性体がこの宇宙では一番高い知能をもってたはずなんや」
「……やっぱり、そうなのか」
「……そうや」
そうして、二人して盛大なため息を。
って、おい、こら!
ともあれ、休戦協定の締結が無事完了して、ひと段落なんだけど。
「けど、おかしいんや。さっき、富雄はんの脳の中を了解とって調べたら、ちゃんと遺伝の法則を発見してるんやで。ここの知性体たち」
「……な・に?」
「しかも、遺伝子操作も実現しているみたいやし」
「ど、どういうことだ? なんで、遺伝の法則を発見ずみなのに、原始世界レベルの科学技術にとどまっているんだ? おかしいじゃないか!」
「そやろ。絶対、おかしいわ」
って、なんで、この憑依者たち、意気投合しているんだ? オレたちが遺伝の法則を発見しているというのは、そんなにおかしいことなのか?
「ああ、そりゃ、おかしいでっせ。考えてもみなはれ、遺伝の法則を発見したら、どこの宇宙の知性体種族でも、その法則を利用して、その知性体の有用な性質を残して、不要な性質を排除しようとしまっしゃろ?」
オレの目の前で、若草さんがうんうんうなずいている。って、いや、これは天使の方かな?
「当然、知性体にとっての有用な性質っちゅうんは、知性でしゃろ? せやさかい、遺伝の法則が発見されると、どの宇宙の知性体も二三世代のうちに知性の爆発がおこって、科学技術の急激な発展が始まるもんやねんけど……」
「そうそう」
「あんたら、大体6,7世代前に遺伝の法則を発見してるっちゅうのに、まだ、他の惑星へ行くことすらできれてまへんのやろ? まして、人工の生殖も完璧にマスターしてへんみたいやし」
たしか、メンデルが遺伝の法則を発見したのは、19世紀の半ば、今から150年ほど前の話だったか。
「しかも、遺伝子操作の技術をもってるなら、どこの知性体だろうが、自分らの知性をもっと補強するように操作するもんちゃいますのん?」
「そ、それは、道徳の問題だとか、倫理だとか、いろいろ……」
「それがおかしいんですわ。知性体にとって、自分らの知性を高めようとするのが、すべてに超越する絶対的な存在理由やおまへんか。そういう風に進化してきたからこそ、高い知性を獲得できたんやおまへんか? せやのに、道徳とか倫理とか…… そんな役にも立たんもん入り込むような問題ちゃいますやん!」
「け、けど……」
「わけわからしまへん!」
「ああ、そうだな。こればかりは、お前の言うとおりだ。私も同意しよう」
なんなんだよ。なんか俺間違ったこと言ってるのかよ?
「「はぁ~」」
そして、憑依体同士が息を合わせてため息を吐く。
って、ふたりとも、敵対してたのじゃないのかよ?
「大体、なんですのん、この貧弱な体? 役に立たない余分な器官が多い上に、まだ生殖器官まで内蔵してますやん!」
な、なんだ、今度は、オレの肉体に矛先が…… まあ、たしかに、オレの肉体は、人に誇れるほど鍛えられているわけでもないのは確かだが。
「遺伝子操作できるなら、手を加えて、肉体改造ぐらいして、もっと効率のいい内臓とか入れたらよろしおますのに。もしくは、人工臓器に変えるとか」
「ああ、そうだな」
「特に、この生殖器官。普段は全然役に立たんくせに、生体エネルギーはやたらと食うしろもんでっしゃろ。なんで、こんなもん、体内に残しておくんでっか? ほんま、信じられへんわ! あんさんたち人間ってバカなんでっか?」
「……こ、これがなかったら、子供ができないじゃないか!」
「そないなもん、人工生殖で作ればよろしいおま。人工子宮だとか、試験管ベービーとか」
「そ、それは……」
「まだ、技術がそこまで到達していないって言いたいんでっしゃろ、富雄はん? でも、人工生殖技術なんて、ほんまに簡単なもんでっせ。遺伝子操作ができる程度の技術をもってたら、できて当然なんやけど」
「ああ、そうだな」
若草さんに憑依した天使が大きくうなずく。
「そしたら、こんな不必要な器官なんかいらんのに。エネルギーの無駄でっせ。ほんまに」
「……」
人間の生殖器官をエネルギーの無駄と言い切るとは……
たしかに、人工で生殖活動ができるなら、遺伝子操作と組み合わせることで、より優れた肉体をもち、より高い知性を具えた人類を生み出せそうではある。けど、そんなことをしたら、オレたち、男でも女でもなくなってしまうんじゃ……
だれもが、自分の肉体に生殖器官を持たない存在であり、人工生殖装置で生み出される知性体。
体内の生殖器官を持たないということは、男や女の区別もなく、当然、男女が惹かれあうということも……
オレが若草さんに恋焦がれることも……
ガクガクブルル――
一瞬、体に震えが。これって本能が拒否してる?
って、あ、あれ? 男女間の区別がない? 人と人とが惹かれあうことがない?
そ、それって……
この憑依体たちが言うには、この世界に存在する他のどこの宇宙へ行っても、そういう人工生殖が普通におこなわれている。ということは、だれもが、子孫を作るために他者を必要とはしないということ。
そして、さらにこの憑依体たちが言うには、この世界のどこにも『愛』なんていうものが存在していない。
『愛』とは、他者への思いやりや惹かれ合うこと。一方で、他者を究極的に必要としない存在。他者に惹かれることがない存在。
『愛』とこの世界と。
ああ、だから、この本の精霊と天使は、あんなことを……




