あの告白から、はじめての二人っきりだというのに
「つまり、こういうことなんだな。オレと若草さんには、それぞれ本の精霊とそいつを滅ぼそうと狙っている天使が憑依していると」
オレたちは国道の大橋の下は同じだが、先ほどまでいた川の流れの近くから、土手の方へ移動していた。
コンクリートで固めた橋の基礎部分。周囲から高い位置にあるので、周りの様子が観察できる。だれかが、散歩道を歩いてくれば、すぐに発見できる場所だ。
そこに腰掛けて、平和的に話し合いをしようと……
「ああ、そうだ。だから、いますぐ、そいつを燃やし尽くしてやる」
「ダメ! 絶対ダメ!」
「富雄はん、やっぱりワテと一緒に戦いまひょ」
「って、勝手に人の体、操るな!」
「わ、わ、だから、ダメです! 戦闘なんていけません!」
はぁ~ 疲れる。この好戦的な憑依者どもめ!
今、この場所に集って、話し合いをおこなっているのは、オレと若草さんと本の精霊と天使。けれど、外部から見ると、ここにいるのはオレと若草さんの姿だけなわけで。
もし、今おこなっている話し合いの内容を聞かれたりしたら、絶対オレと若草さんがおかしくなったとある種の病院に通報されて緊急入院させられてしまうだろうな。
折角、表面的には若草さんとふたりきりだというのに…… とほほ。
「で、本の精霊、なんで、お前、天使に命を狙われてるんだ? どんな悪いことをしたんだよ?」
「はぁ? なんでワテが悪いことをしなきゃいけまへんのでっか?」
「じゃあ、なんで、神様がお前を燃やそうとしてるんだよ?」
「そ、それは……」
「そいつが、神々の秘密を盗んだからだ。この宇宙の原住知性体よ」
「神々の秘密?」
「神々しか知りえない、この世界の真の姿を勝手に盗み見し、その身に記録し、世界に広めんと画策するゆえ、それを押しとどめようと……」
「アホゆうんやないわ! ワテのどこに神さんの秘密なんちゅう恐ろしいもんがあるってゆうんや!」
「ふん、なにを今さら」
「ワテの中にあるもんちゅうたら、神さんがついたウソだらけの言葉だけやないか!」
「な、なにを! 貴様、言うに事欠いて! 神々が虚言を弄すなどと!」
「そうやないか! どこの世界に『愛』なんちゅうもんがあるねん! あんたらもこれまでワテらを追っていろんな宇宙を見てきたんやろ? その宇宙のどこかで『愛』なんっちゅうもん眼にしたことあったか? どや? なかったやろ?」
「……」
「そやのに、神さん、そんな存在もしてへん『愛』なんてもんが、この世界を構成する根源的エネルギーやゆうてからに。アホもたいがいにせいっちゅうんじゃ! ウソつくんやったら、もっとマシなウソつけっちゅうんじゃ!」
「むむむ…… いわせておけば……」
「なんや、やろうってか?」
「って、ストップ、ストップ!」
「ダメ、戦っちゃダメです、天使さん」
オレと若草さんが必死になだめなければ、いますぐにでも、戦いを始めてしまいそうな。
っていうか……『愛』?
この本の精霊と天使って、愛を知らないっていうのか? 愛を見たことがないって?
あ、もちろん、オレ自身も『愛』なんてものそのものをなにかの物質としてみたことはないし、何かを指して『これが愛だなんて』他人に教えられるほど詳しいわけでもないけど……
「ほら、見てみ。この富雄はんかて、愛なんて知らんゆうてんで!」
「って、勝手にオレの思考を読むなよ!」
「えっ? 片桐くん……」
なんか、若草さんが悲しそうな眼をしてオレのことを見たのだけど?
その眼を見ていたら、ちょっと後ろめたい気分になったので、一応のフォローを、
「あ、いや、オレ、今まで、誰かを好きになったことも、好きになられたこともなかったから。だから、オレ、君が初めてだったんだ……」
「えっ……」
オレの見ている目の前で、若草さんの頬が急激に赤くなっていく。
「ど、どうした、佐保? 体調の急変か? そうか、こんな邪悪なヤツの近くにいたのだからな。ストレスで体調がヘンになるのもおかしくないな」
「はぁ? なにゆうてんねん! おんどれみたいなアホに取り憑かれたから、気分がワルなっただけじゃ、ボケ」
「ちょ、ふたりとも、ストップ。ストップ」
はぁ~ なんで、オレが仲裁をしなきゃいけないんだよ。