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エピローグ

「お兄ぃ~、朝だよ」

 妹がふすまを開いて、寝ているオレを大声で起こそうとしてくる。

 焼けだされて、急遽借りることになった市営住宅の一室。オレの部屋。布団にくるまりながら、昨晩見た夢を思い出している。

 なんだったんだ、あれは?

 夢の中で、気がつくと、枕もとに羽の生えた若草さんが立っていた。驚きつつもうれしくなったのだが、なんだか険しい顔つきでいて、近寄りがたい。ふと周囲を見回すと、若草さんだけでなく、何人もの天使がオレの布団を取り囲んでいる。

 と、天使の一人がオレの掛け布団をまくりあげ、オレの上半身のパジャマの前をはだけさせた。それから、仰向けに寝ているオレに若草さんがまたがる。

 よくよく見てみると、若草さんの手にはなたのようなものが握られていて……

 嫌な予感がして、逃げ出そうとしたのだが、どういうわけか、まったく体が動かない。

 た、たすけてぇ~

 悲鳴すらでない。

 そんなオレにまたがったまま、冷たい眼をした若草さんが、オレのはだけた腹になたを打ち込んできた。

 ギョワァアアアーーーー!

 オレの腹から噴き出す返り血を浴びながら、冷酷な眼をした若草さんが、

「やっぱり…… 言った通りじゃないですか…… 中にだれもいませんよ」

 そう、周囲の天使たちに説明していたところで場面が切り替わり、フィヨルドの海をクルーズする大型の船を上空から舐めるように観察して……

 すばらしい船だ!

 だれかがそう呟いたような気がして眼が覚めた。

 う~ん…… 夢だったのだろうか? 夢だよね。夢だね。うん。夢だ。

 夢じゃなかったら怖いから、若草さんには尋ねないことにしよう。


 あの後、オレたちは、溶岩の上から移動して、近くのもと海底だった場所で夜が明けるのを待ち、オレたちの町までもどったのだった。

 家が焼けて、さらにオレまで行方不明。テレビでは天変地異の報道が盛ん。家族たちは相当心配していた。緊急搬送された母さんの病室に顔をだしたオレを、詰め掛けていた父さんが散々叱った。もっとも、オレの隣で神妙な顔をして付き添っている若草さんに気がついた途端、オレの肩を抱いて『そうか、そうか、まだまだ子供だと思っていたのに、お前も大人になったものだなぁ~』などと、妙な感慨を込めて話しかけてきたことには、閉口するしかなかったのだが。

 あの大和によって引き起こされた一連の災害は、奇跡的に死者が出ず、負傷者が数百人でただけだった。山間部で人口密度の低い場所だったおかげだろう。もし、その場所が大都会の真ん中だったらなんて考えたらゾッとする。

 数ヵ月後の政府の報告書によれば、突発的な火山の噴火が起きて、溶岩が噴出する過程で、巨大な地震を引き起こしたのだろうという結論に達したようだ。だれも、まさかあの災害が一人の高校生の手によって引き起こされたなんて、考えてもいなかった。というか、もし、そんなことを考えている人がいたなら、周囲の人がその人を近くの心療内科へ連れていったことだろう。

 あのあと、あの溶岩に覆われた地表の映像が世界中のメディアをにぎわせ続けたが、一週間もしないうちに、忘れ去られ、別のもっと人々の耳目を引くニュースに取って代わられていた。世間というのは、結構飽きっぽくて、忘れやすいものだ。

 そして、その災害を引き起こした大和はというと、あの近くの半ば崩れた山にかろうじてへばりついていた木の枝に引っかかっていたところを、探していた天使たちに見つけ出され、そのまま病院に担ぎ込まれたらしい。体中、あちこち傷だらけ、骨折だらけ。一時は命すらも危ぶまれたようだが、奇跡的な回復力を見せて、数ヵ月後にはまた学校へ戻ってこられるようだ。

 けれど、大天使ウリエルは、発見時には、すでに大和の体内から消えていた。で、後に判明したところでは、オレたちの包むピンク色のオーラに弾き飛ばされて、オレたちの宇宙をつきぬけ、天使たちの本拠がある中央領域まで吹っ飛んでいってしまったらしい。向こうで、この宇宙であったことを神様たちに報告して、神様からの処罰を受け、できれば、また本の精霊を滅ぼすために舞い戻りたいという意向らしい。

 それから、学校では、保田グループが、オレの家が燃やされたのはオレの変態行為の被害を受けた女性たちの復讐であり、自業自得だという噂を流そうと画策したようだ。だが、それでは同時期にオレの親友の大和が大怪我をした理由の説明ができないし、なにより、変態行為の確認されうる唯一の被害者(?)であるはずの若草さん自身が明確にそれを否定したので、結局、その悪意ある噂を信じる人間はすくなかった。むしろ、大多数の生徒たちは、オレに同情的で、以前よりも優しく接してくれるようになったのだった。


 そして、若草さん。

 オレは妹にたたき起こされ、顔を洗ってから朝食を取る。

 食べ終わり、自分の部屋で制服に着替えていると、

 ピンポーン

 玄関のチャイムが幸せな音を奏でた。

「はーい」

 いつものように、洗い物の途中だった母さんが明るい声で応対にでて、

「いらっしゃい、佐保ちゃん」

「おはようございます、お母様」

 なんて、挨拶している。そして、

「富雄、佐保ちゃんが、迎えに来てくれたわよ」

 母さんがご近所中に響き渡る大声で叫んでくれるし。そんなに大声出さなくても聞こえてるってぇの!

 いつのものように頭を抱えつつ、居間を抜けて玄関へ向かうのだが、

「チッ! あの泥棒猫めッ!」

 って、なんで妹はこんなに不機嫌なんだ? 通りすがりに、なぜオレの足を蹴る?

 ともあれ、玄関にたどり着いて、若草さんとの世間話に花が咲いている母さんの背後に立つのだが、もちろん、母さんはそんなことお構いなしに玄関を占有しているわけで。

「母さん、そこどいてくんない? オレ、クツ履けないよ」

「あら、富雄、いたの。気がつかなかったわ。でね、佐保ちゃん、それでご近所の坂本さんがね……」

「母さんッ!」


 結局、その後5分ほどして、ようやくオレたちは並んで学校へ向かうことになる。

「どや! こないだの見たやろ! あれこそがワテの中に書いてあったピンク色のオーラっつうヤツや! どや? 恐れ入ったか!」

「なにをいう。あれのどこが愛の力だというのだ。お前の中に書いてあるのは、惑星を覆い宇宙を丸ごと包み込むものではないか! あれでは小さすぎるではないか! 私は断じて認めんぞ! あれは愛の力などではない!」

「なにを往生際の悪いことゆうてんねん! おんどれも見とったやろ? あの強烈なエネルギーを? あの操られとったクソ大天使のどんな攻撃にもビクともしない力を? まさに、あれこそが愛の力じゃ! 宇宙の根源エネルギーと共鳴する愛っつうもんや!」

「違う。あのようなものが愛などであるはずはない! この世界に愛などという幻想が存在するはずなどない!」

「なにゆうてんねん! アホも大概にせいや!」「なんだとぉ!」「なんや、やるんか?」

 はぁ~

 毎朝、毎朝、オレたちの体を使ってナニ不毛な言い合いをしてるんだか。

 大体、最初、本の精霊、お前は、愛なんてない、神様は嘘つきだって力説してたんじゃないのかよ!

 それに、天使が愛なんて幻想だって断言していいのかよ!

 オレたちは、あきれ返りながら、ため息を吐くばかりだった。

「「はぁ~」」

 二つのため息が重なったことに気がついて、お互いに視線を交わす。

 オレの隣には柔らかい笑顔があった。多分、今のオレも同じ顔をしているのだろうか?

 ともあれ、オレたちは今朝も肩を並べて学校へ向かう。二人よりそって。あのときのように手の指を絡み合わせながら。

 幸せなこの時間がいつまでもつづくように願いつつ。


やっと完結! 長かった!

しち面倒くさい話なのに、お付き合いくださったみなさまに感謝です。

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