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ワテらの方が……!

 ザパパパーーーー

 ザパパパーーーー

 周囲に響くのは浜に打ち付ける波の音だけ。あとは、やっと落ち着いた若草さんの吐息。

 まるで、ふたりだけの世界に迷い込んでしまったみたいだ。

 他の物音が一切ない世界……

 他の物音がない……?

 山鳴り。天使たちの逃げ惑う悲鳴。至近距離をかすめていく、真っ黒なエネルギーの塊。

 一瞬、脳裏に嫌な記憶が。

 ……バサッ

 かすかな音を耳が捉えた。視線を頭上の方へ向ける。

 天空の星々をさえぎるようにして、いくつもの人影が天から降りてくるところだった。

 それぞれの人影には、翼のようなものが生えており、地面に降り立つと、その翼をたたんで、その場に片膝を立ててうずくまる。

 そして、最後の人影が舞い降りてきた。

 バサッ! バサッ!

 強風がオレたちに吹き付けてくる。

 って、う、ウソだろぉ~!

 大和は、並んで砂浜に横たわるオレたちに冷たい視線を向けてくる。

「若草さん。若草さん、起きて」

 小声で促すと、すぐに気がついたようで、眼を見開きながら、すぐ近くに降り立った大和を見上げる。

「初瀬くん……」

「富雄、ここまでだ。もう、お前たちに逃げ場はない!」

 見ると、すでに大和の手の中に黒球が発生している。

「大和ッ!」「初瀬くん!」

「観念せよ! 我が敵!」

 今の疲れきったオレたちでは、至近距離から撃ってくる大和の攻撃を避けるなんて、もう無理。

 オレは、若草さんの体を抱くようにして、大和に背を向ける。

 そうしたところで、大和の手から黒球が放たれれば、オレたち二人ともが死んでしまうのは確実だ。

――うっ、これで終わりか…… しかたありまへん、富雄はん、体借り……

 本の精霊がオレの頭の中で何かを叫ぼうとしたときだった。

「いいかげんにせよ! このうつけが!」

 突然、大和が大声を上げ、両手を天に向けた。そして、そのまま黒い球を空に向かって放った。

「な、なにをする?」

「なにをするではなかろう。我の力を使い、この罪なき者どもへ危害を加えようとするとは、なにごとか! 恥をしれ!」

「ふん、なにを今さら! 貴様の指図など受けぬは! 引っ込んでろ!」

 オレたちの目の前で、大和が一人でののしりあいをしている。自分で、自分をなじり、侮蔑の言葉を投げかける。

 って、あ、そうか、これは大和と大天使か?

「初瀬くん……」

 若草さんが、その様子に怯えて、さらにきつくオレに抱きついてくる。その様子が眼にはいったのか、大和の顔が歪む。

「くっ! また、あの暗黒の力か。また我から力を奪うのか……」

 大天使の悲痛な叫びが……

 って、なんだそれ? どういうことだ? 力を奪う? なんだそれ?

「そうか、大天使のさきほどの暴走は、なにものかに力を奪われたからなのか! そう考えれば、納得がいく」

――はぁ? なに言うてんねん! 聞いたことないで! ワテら憑依系生命体が宿主の肉体を操縦するんやなくて、ワテらの方がコントロールされるやなんて!

 つまり、どういうことなんだ?

「こいつは、大和の肉体を操っている大天使じゃなくて、大天使の能力を奪った何かだってことなのか?」

「そうだ」

 ブルブル怯えて震えながら、力強く若草さんが答えてくれる。うむむ。なんか混乱するぞ。いろいろ。

 ともかく、そんな会話が周りの他の天使たちの耳にも届いていたようで、今や、しきりとざわめいている。

「ありえん!」

「そのようなこと可能なのか? 信じられん!」

「ま、まさか、そのようなことは……」

 と、大和が突然、いらだたしげに大げさな身振りで腕を振るう。

「静まれ! 我は大天使ぞ! 神の代理人たる我の言葉を無条件に信じよ!」

 途端に、天使たちの間に広がっていたざわめきがピタリと収まる。

「大天使たる我が、なにものかに操られるなど、あろうハズもない。そのような厄体もないバカげた話など聞きとうはない!」

 その言葉を合図に一斉に天使たちが頭を垂れた。

「「「ははっーー!」」」

「それよりも、今は、こやつらのことじゃ。こやつらは、我らの敵であり、裏切り者である。始末せよ!」

 オレたちを指差しながら、冷酷に命令する。

「だ、大天使!」

「初瀬くん!」「大和ッ!」

――やっぱり、あんさんの体……

 浜辺で抱き合っているオレたちを指差す大和を睨みかえしていると、

 ドサッ…… バサッ……

 大和の背にたたまれている翼から何かが大量に落下していくような鈍い音が……

 ドサッ…… バサッ……

「大天使?」

 天使たちもその異変に気がついたようで、息を飲んでその光景を見つめている。

 一方、当の大和はというと……

「これで終わりにしよう、富雄、若草さん……」

 翼を広げ、宙に飛び上がる。その途端、大量の羽毛が周囲に飛び散る。

「「「大天使!」」」

 一気にすべての真っ白な羽毛が大和の翼からずり落ちた。そして、その羽毛を失った翼の下から現れたのは…… 真っ黒な肉の膜。こうもりの羽。

 大和の体の周囲で不気味なオーラが渦巻く。

 黒く、鬱々とした陰惨なオーラ。それが、大和の手のひらのなかで凝縮し、闇のエネルギー球となる。

 闇そのものが凝縮したようなエネルギー弾。さっきの黒球なんか比較にもならないぐらいの圧倒的な力を秘めている。

 オレの肌の産毛が引っ張られるような感覚を覚える。ちりちりと焦がすような……

 もし、これが放たれたなら、オレたちどころか、この地球そのものが吹っ飛ぶかもしれない。そんな恐怖の予感を感じつつ、その場から逃げ出すことも出来ず、抗うことすらも考えることが出来ない。

 ただ、若草さんを抱きしめる腕にさらに力を込めるだけ。

「片桐くん……」

「若草さん……」

 かすれた声でお互いの名前を呼び合い、お互いの体温を確かめ合う。

「片桐くん、ありがとう」

「いや、オレの方こそ」

 最後の瞬間ぐらいは、オレの最愛の人の顔を眺めていたい。たぶん、それは、オレのわがままなのだろうな。

 オレは若草さんの体から上半身を剥がして、その顔を覗き込んだ。すぐに、柔らかい微笑がオレに返ってくる。そして……


 ついに大和の手からその闇の暗黒弾が解き放たれた。

 オレたちに向かってなにものをも破壊するその圧倒的なエネルギーが殺到する。

 逃げる間もなく、その闇の暗黒弾がオレたちの体を包み込む。

 見守る天使たちが、滅びの瞬間を直視する勇気を持てなかったのか、視線を伏せている。

 空中の大和が、そのこうもりの羽をうれしげにパタパタとはためかせている。残忍な笑顔を浮かべながら。

 そして、暗黒弾は……弾けた。

 猛烈な突風が発生し、海岸沿いに生えていた何本もの木々をなぎ払う。大量の砂を吹き飛ばし、押し寄せようとしていた大波の先端を抉り取る。

 天使たちも吹き飛ばされ、近くには生きているものなどもういない。

 オレたちがいた砂浜を震源に巨大な地震が発生し、地球の裏側にまでその地震波が伝わっていく。

「うははははっ! うははははっ!」

 大和のうれしそうな声だけすべての物音を圧して、あたりに轟いていた。


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