私は今、あなたの頭の中に直接話しかけています
――あんさん、どなたはん?
不意に誰かに呼びかけられたように感じて、あたりを見回す。
一瞬、すこし離れたところで同じようにキョロキョロしている若草さんと眼が合って、二人して、慌てて視線を逸らした。
すくなくとも、今のは若草さんの声ではないし、その方向から聞こえたようにも思えない。それよりもむしろ……
――あんさん、なにキョロキョロしてはりますねん?
やっぱりそうだ。けど、な、なんで……?
――ああ、ワテ、今、あんさんの頭の中に直接話しかけてまっさかいな。キョロキョロしても無駄だっせ。
「えっ?」
――で、あんさん、名前はなんていいはりますのん?
な、なんだ、これは! オレ、一体どうしたんだ? 気でも狂ったのか?
――いい加減、教えてくれまへんか? ワテかって、そんなに気長やおまへんのやさかい。あんさん、だれですのん?
なんだか、うんざりぎみの声。と、ともかく、なにか答えたほうがいいのだろうか。
あ、あ、お、オレ、片桐富雄。
――ほお、やっとまともに答えてくれはりましたな。おおきに、富雄はん。
な、なんなんだ? 一体、なにが…… それに、この頭の中に響く声は?
――ああ、ほな、ワテの方も自己紹介しますわ。ワテは、富雄はん、あんさんがさっき拾ってくれはった本の精霊でおま。
ほ、本の精霊?
――そう。さっきの本、『神々が我に語らう真実』っていうタイトルおしてな。その本に宿った精霊がワテでおま。
「……」
一体、なんなんだ? さっきから。本の精霊だのなんだのと。気が狂ったにしても、ヘンすぎる。
――ああ、そないに混乱せんでも、本の内容自体は、あんさんの記憶の中にちゃんとコピーしときましたさかい、確認してみなはれ。
コピー?
――そ、ワテに書いてある内容でんがな。記憶の中、探したら、ありまっしゃろ?
な、なにを言っているんだ、一体?
疑問に思いつつ、記憶を探ってみる。
放課後、告白したときの若草さんの真っ赤な顔が最初に思い浮かび、つづいて、体育館裏へ呼び出したときの戸惑い顔。そして、いくつもの宇宙戦艦が飛び回り、破壊のレーザーやミサイルをぶっ放し……
って、おいっ!
――ほら、ありましたやろ? それがワテの内容でっせ。
……
なんなんだ、一体、これは? なんで、オレの中にこんな記憶が…… わけがわからん!
そんな風に混乱しているオレに追い討ちをかけるように、さらに気の狂ったことを、その本の精霊とやらが語りかけてきた。
――早速やけど、富雄はん。あんさん、これから急いでここから逃げ出す手配をした方がよろしいおまっせ。
「えっ?」
――はやいとこ、逃げ出さんと命が狙われまっせ。死んでしまいまっせ。なるたけ遠い場所へ逃げた方がよろしおま。そやな、まずは、最低でも隣の銀河団ぐらいまでは。
な、なにを言っているんだ? なんで、急に逃げなくちゃいけないんだ? それに、大体、隣の銀河団って……
――この宇宙は、初めてやさかい、技術水準については、ワテ、よう分からんのやけど、はやいとこ、宇宙航路を予約するなり、ワープステーションのチケットをとるなり、なんなりしておくれやす。
う、宇宙航路? ワープステーション? な、なんだ、そりゃ?
――え、えっと…… も、もしかして、そういうの知りはりませんのんか? 他の宇宙なら、大抵、どっちかの方法をとってるもんやけど。う~ん、もしかして、この宇宙では、別の方式でもとってはるんでっしゃろか?
な、なにを言っているのだろうか? そもそも、銀河団っていったら、昔ちらっと見たことがあるテレビの教養番組でいっていたが、たしか、複数の銀河のまとまりのことなんじゃ?
――はい、そう、それでおま。
って、おいおい! しかも、隣の銀河団って…… どうやって、移動するんだよ!
――はぁ? えっと、も、もしかして、あんさん、この宇宙では、まだ銀河団間の移動すら商業化されてはらしまへんのか?
ああ、商業化どころか、いまだかつて、だれもそんな移動を実現したことすらないよ。
――な、なんですとぉ! じゃ、じゃあ、近隣銀河間の移動は? ワープ航法だとか、5次元時空間跳躍、亜空間遷移は?
なんだよ、それ? そのSFっぽいの?
――……
頭の中に沈黙が流れる。何者か知らないが言葉を失っているようだ。つっか、ふざけてるのか? 銀河間の移動だなんて。
やがて、沈黙から脱した頭の中の本の精霊は、
――銀河団間の移動もまだ、銀河の深淵を越える方法も知られてへん。ってことは、まさかとは思うけど、銀河内移動は? 別の渦状腕への旅行は? 原始的な超光速宇宙船は?
って、超光速ってなんだよ? どんな物体も光の速度を超えることなんて、できないんじゃなかったのかよ? アインシュタインだってそう言ってるだろ!
――アインシュタイン? だれですのん、それ? ま、そんなことより、じゃ、これは、コールドスリープを使った亜光速宇宙船は? 恒星間移動は? いくらなんでも、それぐらいは……?
オレは首を振った。今現在、素粒子以外で、光の速度近傍へ人工的に到達できたものなど存在しない。
――そ、そんなバカな! じ、じゃあ、恒星系内の移動は? 他の入植惑星系との交流は?
今も昔も、地球しか、人間は住んでないよ。
――宇宙ステーションや近傍衛星軌道との往来は? 軌道エレベーターは?
ああ、それなら、なんとか半世紀近く前に、月に何人かいったことがあるかな。あと、宇宙での実験用の国際宇宙ステーションなんてのもあるし。軌道エレベーターは、ようやく建設のための炭素繊維技術の基礎研究に目星がつきはじめたぐらいらしい。
オレは、うろ覚えの知識を脳の中の引き出しから引っ張り出して答えていった。まあ、正確なところはちゃんとは知らないし、現状は、もっと進んでいるのかもしれないけど、大体のところは、間違っちゃいないだろう。
そんな風にして、俺が返答を返していけば行くほど、本の精霊の沈黙期間が長くなっていく。そして、とうとう、
――……!
おい、どうした、大丈夫か?
かなり長時間、頭の中の声が黙り込んだので、思わず訊ねるが、良く考えたら、なんでオレがそんなことを心配しなくちゃいけないんだ?
突然、頭の中に他人の声が聞こえてきたんだぞ。そんなことを心配しているよりも、もっと別の心配をした方が……
不意にまた、声が聞こえてきた。呆然としているような声が。
――な、なんちゅう宇宙にワテは来てしもうたんや! なんちゅう超絶原始世界へ……