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なんだよ、これ!

 次の交差点を直進し、公園の角を左に折れると、オレの家が見えてくる。

 タッタッタッタッ――

 だれかが背後から駆けてくる足音が聞こえたと思った次の瞬間には、背後から衝撃が。

「お兄ぃ、ただいまー」

 妹だった。妹が、オレに飛びついてきたのだ。

「おわっと。お、お前かよ。びっくりするじゃん! まったく! それより、あぶないじゃないか! こけて怪我したらどうするんだ!」

「ふん、そんなの別にどうってことないじゃん? 怪我するの、お兄ぃなんだし」

「お、お前なぁ~」

 なんで、我が妹はこんなにも薄情なんだ。小さいころは、かくれんぼすると涙眼でオレのことを探し回っていたくせに。ったく! こんな娘に育てた覚えはありません! 親の顔を見てみたいわ。って、オレの親か……

 はぁ~

 と、急に妹が声を潜めて、オレに囁きかけくる。

「ねっ? さっき、お兄ぃ見つけて、駆けてこようとしたんだけど、もしかして、お兄ぃ、だれかに後つけられてる?」

 ぐっ、どうしてそれを! 相変わらず、するどいヤツ。

 おどろいて、眼を剥いていると、

「ほら、そこの電柱の影、お兄ぃの学校の制服来た女の人が隠れてこっち見てるよ。ほら、あれ」

 思わず、横目でそちらを見ると、確かに電柱の影に人影が……

 って、おーい! 隠れるんなら、電柱の太さと自分の体型ぐらいちゃんと考えて隠れろよ! 電柱の影からあまりまくりじゃねぇ~か!

「ねっ? あんなので、隠れてるつもりなのかしら? バレバレじゃない」

「た、たしかに……」

「あれって、もしかして、お兄ぃの……」

 そこで、妹がプツリと口をつぐむ。それから、なにを思ったのか、半笑いの顔でオレを見上げてくる。

「って、なんだよ。オレのなんだってんだよ」

「ぷぷぷ。まさかね。お兄ぃに限ってね。ぷぷぷ」

 手で口を押さえて、バカにしたように笑う。って、その様子を見ていたら、なにを言いたいのか分かるわけで。

「ちげーよ。オレのストーカーだよ。オレのこと興味があって、いろいろ嗅ぎまわっていやがるんだ、あいつは」

 途端に、妹のヤツ、キョトンとした顔をする。

「う、うそ!」

「ウソじゃねぇよ」

 ま、ウソだけど…… でも、オレのことを嗅ぎまわっているのは事実。

 妹は、もう一度、電柱の方を見、それからオレを見て、

「うんうん、そうだね。うん。そう。きっとそうだね。うん。そうそう、あの人はお兄ぃのストーカーなんだね。うん。そういうことにしておいてあげるね。うんうん」

 とっても哀れみのこもった声で、そう言いやがる。そして、

「うん。年齢=彼女いない歴の童貞くんなのだから、ときにはそういう妄想でもしないと、惨め過ぎて、生きていけないだろうしね。うん、わかるよ。現実はつらいよね。残酷だよね。うん。ガンバレ、お兄ぃ」

 ううう…… なんか、すごく気分が落ち込むのだけど……

 真顔でそんなこと言うの、止めてくれないか、我が妹よ。

 妹にポンポンと肩を叩かれて、励まされて、ますます落ち込んで。

 お、オレ、もう立ち直れないかも。


「ねぇ? そういえば、昨日のケーキ、まだ残ってなかった?」

 オレの1,2歩前を歩く妹が満面の笑みで振り返って、オレにそんなことを聞く。

 昨日は父さんの給料日とかで、母さんがケーキを買ってきて、夕飯の後にみんなで食べたのだ。けれど、肝心の父さんは、夕飯中に晩酌しており、そのまま食べずに、風呂に入って眠ったはず。

「えっ? ああ、冷蔵庫の中にまだあるんじゃね? 父さんの分。昨日は、晩酌してて、結局食べなかったし」

「そだよね、やった! じゃね。お兄ぃ、先行ってる!」

 妹はそう言い残して駆け出そうとしたのだけど……

 ヒュウゥゥゥゥ~~~~

 なにか黒っぽいものが、オレの頭上を飛びぬけていく。オレの背後から、前へ。

 雨雲? 飛行機? 砲丸? ……黒い光球!

 その黒い光の球は、車程度のスピードでオレを飛び越し、駆けていく妹を追い越し、そのまままっすぐ飛んで行く。そこにあるのは…… オレの家!

 次の瞬間、黒い球が家に飛び込んでいった。

 ドゴォオオオーーーーン!

 家にぶつかった黒い光球が破裂して、周囲のものを巻き込んで吹き飛ぶ。

 そう、オレの家の玄関が木っ端微塵に吹き飛んだのだ。

「おっ……」

「……キ、キャァアアアアーーーーーー!」

 オレはその光景に唖然とし、息を飲んで見守っているしかなかった。一方、その爆発の瞬間に一番近くにいた妹は、一瞬遅れて、半狂乱の悲鳴を上げている。

 その悲鳴に突き動かされるように足が勝手に動く。一歩二歩と近づいていく。しだいに足の回転数が上がり、走り始める。そうして、家の前にたどり着いた瞬間だった。

 ボッ!

 無残に壊れた玄関内部から大きな炎が立ち上る。大量の黒い煙が噴き出てくる。

 その真っ赤な炎に本能的な恐怖を感じて足がとまり、炎から顔を守るようにして腕を上げた。そんなオレの隣では、大きく眼を見開いて妹が立ち尽くしていた。

「う、ウソよ! なんで? どうして?」

 信じられないことに、目の前で家が燃えている。あっという間に炎が家全体を包み込み、周囲に盛大な火の粉を撒き散らす。火の粉が、オレの足元に飛んできて、アスファルトの上に落ち、灰になる。非日常的な光景。非現実感がオレを押さえつける。

 と、妹が、オレの隣でしゃがみこみ、顔を覆って泣き出した。だが、急にハッとして顔を上げてくる。

「お母さんは? お母さんは?」

 慌てて、燃えている家の方を見た。隣で妹が立ち上がる。

 もし、オレが咄嗟に動いて、妹の体を押さえなかったらどうなっていただろうか。妹は、オレの制止も振り切って、炎に飛び込んで焼け死んでいたかもしれない。

「いやっ! 離して! 中にお母さんが! お母さんが!」

「だめだ、止めろ! これじゃ助からない。お前まで死んじまう!」

 オレの目の前で、すでに真っ赤な炎が家全体を舐めるように燃え広がり、屋根までも包み込む。真っ黒な煙が青空を焦がす。

 ようやく遠くの方で、緊急車両のサイレンの音が鳴り始めていた。

「お母さん! お母さん!」

 妹が、抱きとめるオレの腕の中で暴れ、燃え盛っている家の方に必死に叫び続ける。

 なにかが燃えるバチバチという音が、妹の叫びすらも聞き取りにくくする。炎から吹き付ける熱のせいで、眼を開けているのがつらい。ここは危ない。

 オレは、その場で踏ん張ろうとする妹の体を強引に引っ張って、背後にさがった。それでも妹は、オレの腕を振り切って、家の方へ飛び込んでいこうとする。

 オレたちのまわりでは、近所の住人たちが飛び出してきており、驚きの声を上げている。中には、水の入ったバケツや消火器を携えている人もいるが、もう手の施しようがない状況に、そのまま立ち尽くし、なすすべもなく燃え上がる様子を見つめているしかない。

「なんだよ、これ! なんなんだよ!」

 不思議と涙はこぼれなかった。オレの口から悲痛なうめき声が漏れているのが、まるで他人の口からのように聞こえていたのが、不思議だった。


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