疑惑? 確信!
俺は、いつもの時間に教室に到着すると、自分の席につく。
しばらくして、若草さんが教室に入ってきて席につき、やがて、富雄のヤツが教室に入ってきた。
途端に、教室の中がシンと静まる。
な、なんだ? なんで、みんなが富雄を見つめているのだ?
と、保田が、オレの隣の席で黙々と荷物を机の中に移し変えている富雄に近づいてくる。
「ねっ、片桐くん? 昨日、一体、なにがあったの?」
どうやら教室中が富雄の返事に聞き耳を立てている雰囲気。
昨日? なんのことだ? 富雄になにかあったのか?
「なんにもねぇよ。ちょっと警官に事情を聞かれただけだ」
「でも、一体、あのとき、なにがあったのよ? なんで、あんなところに、アンタがいたのよ? おかしいでしょ、やっぱり?」
「たまたまだよ。あそこをたまたま通りかかったときに、何かが爆発したんだよ」
爆発? なんだ、そりゃ? えらく剣呑な。
「ふぅ~ん。たまたまね」
「そ、たまたま」
保田は全然信用していない眼で富雄を見つめ、富雄は富雄でふてくされたような顔で返事をしている。
「で、なんで、あんな時間のあんな場所に他ならぬアンタが通りかかったの? それもどういうたまたまな理由でね?」
「そ、それは、たまたま、日課のジョギングをしようと」
「ふ~ん、ジョギング。ふぅ~ん。そうなんだぁ~」
「なんだよ。なにが言いたいんだ?」
「一人でそのジョギングとやらをしていたの?」
「ああ、当然だろ」
「そ、ふ~ん……」
「だから、なんなんだよ、さっきから?」
「ううん。別に……」
「なら、もういいだろ。あっちいけよ」
「ああ、はいはい。じゃ、そうするね。バイバイ」
といいつつ、保田は決してその場所から動こうとはしない。しないだけでなく、湿らせるように唇を舐めて、蛇が獲物を見つけたような眼をしてニンマリとする。
「あ、そうだ、聞いた話だけど、あの爆発が起きた直後に、橋の下から逃げていく人影を見た人がいるんだってね。それも、女の人らしくて」
「……」
一瞬、富雄の手がとまり、すぐにまた何事もなかったかのように荷物の移動を再開した。
えっ? なんだって? 橋の下? 爆発?
「あんたは、橋の下にいたところを警官に発見されたのよね?」
「……」
「あれ、おかしいな? あんた、さっき一人でジョギングしてたっていってなかった? けど、あの爆発があった瞬間には、ひとりじゃなかったんだね。少なくとも、近くには女の人がいて」
「……」
「だれと一緒だったの? その人となにをしてたの? なんで、その人はアンタを残して逃げていったの?」
「そんなの、どうだっていいだろ。お前には関係ない!」
一瞬、富雄がチラリと若草さんの方を見たようだ。若草さんも、心配そうに富雄のことを見つめている。
その様子を確認した途端、俺の胸に錐がつきたてられたようなするどい痛みを覚える。昨日の夜の彼女の拒絶を思い出す。
やっぱり、彼女は……
「一昨日は、佐保と河原でにらみ合ってたっていうし」
「……」
そういえば、昨日もそんなこと……
ん? 一昨日? 若草さんと河原でにらみ合っていた?
「噂では、佐保に変態行為をしようとして、反撃されて、それでもあきらめきれずに、ストーカーしてたんだって?」
「してねぇ! そんなこと全然してねぇ!」
「ふぅ~ん。そう。ふぅ~ん」
若草さんが、心配そうな眼をして、こちらを見ている。富雄のことが……
いや、違う。あの視線は、富雄の方を見ているわけじゃない。むしろ、あの視線が向けられているのは、その隣……俺。
どういうことだ?
「佐保も、アンタが変態じゃないって庇うし。どうなってんの、アンタら?」
「だから、オレは変態じゃない!」
「ふ~ん。そうなの。じゃ、なんで、一緒にいたはずの女の人だけが逃げて行っちゃったの? アンタを残してさ?」
「そ、それは……」
若草さんが富雄を庇う? 一昨日には河原でにらみ合っていて、昨日は橋の下といっているのだから、川の近くで爆発があって、富雄が近くにいた?
そういえば、昨日のあのとき、若草さんは、最初は川に向かって構えていたようには見えなかった。途中から体の向きを変え、川に光球を放ったようにも見えた。
こ、これは……
若草さんを見返すと、俺と視線があったのに気がついたのか、気まずそうな表情をして、慌てて顔を伏せる。
まさか……
「ふぅ~ん。そうなんだ。どうしても白状しない気なのね。分かったわ」
「白状するも何も、オレは何もしていない」
「そ、分かったわ。今はそういうことにしておいてあげるわ。けど、アンタが女性の敵なら、私、絶対に許さないんだからね」
「……」
「これだけは、覚えておきなさい! 絶対に、アンタのシッポを捕まえて、警察に突き出してやるわ!」
「……はぁ~」
呆れたようにため息を吐き出す富雄に憤りの眼を向け、保田はようやくその場を離れていった。
教室中にホッとした空気が広がる。その一方で、富雄の近くの女子たちが、自分の机をすこしでも富雄から距離を置くように一斉に移動させる。
「ったく、なんで、オレがこんなめに会わなくちゃなんないんだよ!」
富雄が情けなさそうな声で、小さく呟いているのが聞こえていた。
俺は、その言葉の続きを予想していた。多分、普通なら、その言葉に続くのは、『オレがなにしたっていうんだよ』だろう。身に覚えがないのなら、なおさらそういう言葉を吐くはずだ。
だが、しばらく待っていても、富雄の口からはなんの言葉もでなかった。ただ、長いかすかなため息が吐き出されただけだった。
一時間目が終わり、俺は、保田に声をかける。
保田はいつもの仲の良い友人たちと頭を突きつけ合わせてなにごとかの相談をしていた。おそらく、富雄の変態行為の証拠を探し出す算段でもしているのだろう。
「保田、ちょっといいか?」
俺が声をかけると、保田が一瞬、迷惑そうに顔を上げた。だが、声をかけたのが俺だと分かると、すぐに愛想よくなる。
「なに、初瀬くん?」
比較的近しい間柄の若草さんが、変態(?)の富雄ではなく、俺と付き合う方がのぞましいと考えている保田にとって、俺が声をかけてくるのは、必ずしもマイナスではないのだろう。愛想よくしているのも、そういう魂胆からだ。
「さっき、富雄に言っていたことなんだが?」
「ん? 初瀬くん、なにか昨日のことについて知っているの?」
たちまち期待をこめた眼を俺に向けてくる。
「いや、そうじゃなくて」
「あ、そう…… で、なに?」
すぐに保田は失望の眼の色をした。
「保田、一昨日、富雄と若草さんが河原でにらみ合っていたと言ってたな?」
「ええ、そうよ。そういう目撃証言があったの」
「ああ。で、それはどこの河原だったんだ? それから、時間は? 放課後だったのか?」
「えっ? ああ、あれは、たしか…… 私に情報をくれた子は国道の近くって言っていたかしら。夕方の時間帯って。……国道? 河原……? そういえば、近くで国道が走っているところっていったら。橋? 大橋? そうよ、橋。昨日の橋! 爆発があった。あっ、そうか!」
保田はなにかに気がついたようで、その場で思わず腰を上げかける。
もちろん、俺の方にも理解したことが一つある。そして、その場にいてこの話を聞いていたヤツにとっても。
――な・に? なぜだ? なぜ、彼奴は、このことを我に隠しているのだ? なぜ、事実をキチンと報告しない?
どうやら、ウリエルも、自分がだまされていたことにようやく気がついたようだった。
ふと視線を感じて、何気なくそちらを見る。一瞬、気まずげな眼と視線がぶつかって、慌てて逸らされた。
いや、違うな。そらした先にあるのは、今日も朝からクラスの女子たちに総スカンをくらってふてくされている男の姿。
心配そうに、気遣わしそうに……
君は、君は、あくまでも、あいつのことを。
昨日からずっと俺が感じているこの胸の痛みが、全身に広がっていくようだった。そして、なにかが俺の体を細胞レベルから燃やし尽くそうとしているように感じられた。黒い何かが。俺の体の隅々までをも、すべて。
というわけで、次回から最終章に突入です。
とうとうウソがばれてしまった富雄と佐保が・・・・・・




