早く逃げなきゃ
「どうしたの? なにがあったの、若草さん?」
大和が離れたところから大きな声で呼びかけてくる。その視線を爆発のあったあたりに固定したまま。
「あ、うん。なんか、天使さんが言うのだと、今、川の上に怪しい小型ボートが浮いていたんだって」
「小型ボート?」
「そ、電波とかで動くやつ」
「ああ、ラジコンの船か」
「もしかすると、それは私たちの敵のスパイアイテムじゃないかって」
「ああ、なるほど。で、破壊できたの?」
「うん。手ごたえがあったって、天使さんが」
「そっか。了解」
そんなことを話あっている間に、さっきの大きな音に驚いたのか、川沿いのマンションのあちこちの部屋で電灯がつき、窓が開けられ始めた。ベランダ越しに住民たちが川の流れをのぞきこみ、異変がないか確かめようとしている姿もちらほら見えるようになった。
「ちっ、ここで姿を見られるのはまずいな。我はさきに脱出する。そちも、早々に立ち去るがよかろう」
大和(大天使?)がそう言った途端、それまで橋上の街灯に照らされてはっきり見えていた大和の姿がぶれた。そして、次の瞬間にはプッツリと消え去る。
――ああ、あれはテレポートでんな。出現場所は、えっと、さっき寄った大和はんの家の前でんな。
本の精霊は、大和の気配を追うことができるのか、そんなことを伝えてきた。
――そりゃ、テレポートなんちゅう、反則級のチート能力に対しては、ワテら、一番警戒せないけまへんからな。あの能力をもっと上手に使いこなせんのやったら、ワテらの仲間がどんくらい燃やされることか。ワテなんかとっくにお陀仏やわ。
な、なるほど……
「なに? なにがあったの? お父さん、分かった?」
「いや、暗くてよくわからん」
土手の上からもそんな会話が聞こえてくるようになった。近くの住民だろうか。
って、大和は上手に逃げていくことが出来たみたいだけど、今もまだ、オレと若草さんは橋の下に残されているわけで。
しかも、さっきの轟音のせいで、土手の上に、パラパラと近所の住民たちが集まってき始めている。
こ、これって、俺たち、完全に逃げ遅れた?
慌てて、若草さんの方を見ると、そこにはすでにだれの姿かたちもなかった。その代わり、河原沿いの散歩道の驚くほど遠くに、髪を揺らしながら駆けて行く小さな姿が見えるわけで。
若草さん、い、いつの間に!
そんなふうに愕然と立ち尽くしているオレの肩を叩く人が。
「君、ちょっといいかな? さっき、そこの川から轟音が聞こえたみたいだけど。なにか目撃しなかったかね?」
振り返ると、そこには、険しい顔つきをした制服姿の警官が立っていた。
 




