彼女は絶対にウソをついている
やがて、二人は別れた。
大和は、若草さんに送っていこうかと紳士的に申し出たのだが、若草さんの方は、ブンブン首を振って、その申し出を断った。
ま、なんとなく、その理由も分からないではないかな。あれだけウソがヘタで、気のいい女の子じゃ、だましている当の相手の大和とそれ以上一緒にいたくはないだろうし。うん。
オレはほっとした気分で、別れの言葉を交換し合う二人を眺めていた。
け、決して、二人の間に結果的になにごとも起こらなかったから、安心したってわけじゃないよ! うん。決してそのような嫉妬心からの理由じゃなくて、あ、あくまでも、若草さんのウソがばれなくてよかったって気持ちからだよ。か、勘違いしないでよね!
送っていくのを断られた大和は、残念そうな笑みを浮かべて、一つ頭をふる。それから、軽くうなずいてから、
「じゃ、また、明日、学校で」
「うん、さよなら。初瀬くんも、明日学校でね」
そうして、大和の背中を見送る若草さんを残して、大和はその場を離れていく。
けど、なんだ? 大和のヤツ、なにかをしゃべっているかのように口をモゴモゴと動かしていやがるけど?
若草さんに背を向けていて見られていないことに安心しきっているのか、真剣な顔つきで何か口の中で呟いている。なんだろうか?
オレは、足音を忍ばせて、物陰伝いに移動し、大和に近づく。
「やはり、若草さんは、ウソをついていると俺は思うな。理由は分からないけど。あれは、絶対ウソをついている顔だよ」
「しかし、なにゆえ、我の手下たるあやつがウソを? これまでにもなかったことだし、ありえない話だ。信じられん!」
「信じられなくても、俺の言葉は尊重してくれ。いいな? 若草さんに、監視をつけるんだ」
「う、むむ……」
「いいな? わかったな?」
「……仕方ないのう」
って、やっぱり、若草さんこと信じてなかったのかよ。
ま、当然か。
一方、若草さんの方はというと、とてもホッとした表情を浮かべて、大和の背中を見送っているわけで。その大和に、オレは影となって近づいていく。そして、当然、その方向をずっと見ている若草さんからすれば、必然的に、物陰伝いに大和に近づいていく黒い影に気がつくことになる。
次の瞬間、大和の呟きに耳を澄ませていたオレは背後に強烈な殺気が膨らむのを感じた。
えっ?
振り返ると、何かを包み込むようにして構えている若草さんの手の中に光球が発生しているのが見える。
両足を地面に踏ん張り、がに股で腰を落とし、オレの方を睨んでいる。
とても残念な姿だ。百年の恋も冷めそう。
って、そんなことより、こ、これって、オレ、ピンチでね?
慌てて、飛び出し、橋上の街灯が顔を照らすところまで駆けると、すぐに、その場の草むらの中に腹ばいになる。それだけで、若草さんがオレを認識するには十分だったようだ。
すでに橋の下から離れていた大和は、そんなオレの動きに気がつかなかったようで、そのまま河原の散歩道を去っていこうとしている。それでも、足音か草の揺れる音か、なにかの異変を感じはしたのか、影の中に再び隠れたオレの方に振り返り、不審げにその草むらの中を透かし見ようしてきたのだが、唐突に若草さんの方へ顔を向けた。
若草さん、構えた両手の中に光球を発生させている。
今の一瞬で、隠れたのがオレだと気がついていた若草さんは、オレの動きに驚きながらも、慌てて体勢を変えた。だが、すでに手の中に光球を発生させていたことは、大和に目撃されている。
ごまかすなんてもう無理だ。
咄嗟にそう判断したのだろう。若草さんは、体の向きを変えて、手の中の光球を撃ったのだった。オレに向けてではなく、大川の流れに向かって。
若草さんの放った光球は、手を離れた瞬間、猛烈なスピードで、一直線に大川の流れへ突進していく。
川の水を押しのけて、左右に波を立てながら、次第に流れの深みへ沈んでいく。そして、水が押し戻り、その姿を視界から隠しかけた。
そのときだった。黒い水に覆われ、視界から見えなくなりかけていた光球が、急激にその光度を増した。
その体積を何倍にも膨らませ、大量の水をまといながら、弾ける。
――ドゴォオオオ~~~~ン!
突如、大音響とともに巨大な水柱が立ち上がった。水柱の中に火柱が潜んでいるのが見える。若草さんが放った光球が爆発したのだ。
その場にいた三人はその光景に呆れて見とれているしかない。
一瞬遅れて、大粒の水滴が大川の水面をドバドバと激しく叩く音が聞こえてくる。
さらに、今は橋の下から外れた草むらの中に潜んでいるオレのところにも、にわか雨のように吹き上げられた川の水が降りかかってきた。
「す、すげぇ~」
おもわず、オレの口から感嘆の声が。
――そうでっしゃろ。そうでっしゃろ。でも、あんなんで驚いてもらったら、こまりまんがな。あの程度のもん、ワテらにしたら大したことやおまへんで。
「そ、そうなのか?」
――へぇ。そりゃ、そうでんがな。ワテが本気だしたら、このあたり一帯、宇宙まで吹っ飛びまっせ。
「へ、へぇ~」
どこか楽しげにそんなことをいう本の精霊。
う~ん? やっぱ、冗談だよな、そんなこと?
本当だったら、正直ぞっとするのだが。
――そんなことより、今のうちでっせ。天使たちの注意が爆発の方へ向いてる間に、橋の下に隠れ直しなはれ。
「あ、ああ。わかった」
オレはそう返事をして、這うようにして、草むら伝いにさっきまで隠れていた橋の下の物陰まで戻った。
その途中、一瞬だけ、オレの方へチラリと視線を向けてきた若草さんと眼があって、それから二人して慌ててそらせた。なぜだか、頬に熱をもっているように感じた。水滴をかぶせられて、風邪でも引きかけたか? それとも……?