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ドゥドミナリオンの闇聖典  作者: くまのすけ/しかまさ
肌色率80%と革装丁の本
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肌色率80%と革装丁の本

 もし君の前に、豊満な体つきのお姉さんが、ほとんど生まれたままの姿で妖艶に微笑みかけてくる画像が表紙の写真本と、いかにもいかがわしげでいかめしい革装丁の分厚い本が目の前に転がっていたら、どちらを拾い上げる?

 考えるまでもないだろう。だれだって、迷わず、その肌色率80%の写真本の方を選択するだろう。

 オレだって、もちろんそうだ。

 だから、たまたま、そういう状況にある今のオレが、かがんでその写真本の方へ手を伸ばそうと…… して、革装丁の本を拾い上げた。

 あ、い、いや、お、オレは別に、それに興味がないってわけでも、ある種の趣味があるってわけでも……

 だ、だってさ、君ならどうなのよ?

 さっきの放課後すぐに、体育館の裏に呼び出して告白したばかりの女の子が、道のすぐ向こうから犬の散歩をしながら歩いてくるんだよ。近寄ってくるんだよ。

 しかも、オレのことを恥ずかしそうにチラチラ見てさえいるんだよ。

 この状況で、君がオレの立場だったとして、肌色率80%の方を拾える?

 だれだって、そんな立場なら、もう一つの方を拾い上げて、彼女に見つからないように、足元に転がっている肌色率80%の本の方を、傍の川の流れの中に蹴りこむもんじゃないの?

 ねぇ? 君なら、どうする?

 オレは、オレは…… オレ、今、この瞬間、そうした。

 すっごく後悔しながら、ポチャンという無情な水音を聞き流しつつ、しかつめらしい顔をつくって、その革装丁の本をいろんな角度から眺めてみせたんだ。

 まるで、彼女に気がついていないかのように振る舞いながら、盛んに首をひねったりまでして。

 心の中で、涙を流しながら、水に濡れてうらめしげな肌色率80%のお姉さんに痛切な別れの言葉を送った。

――さよなら。

 ううう……


 犬の散歩中の彼女、オレの高校のクラスメイトにして現在返事待ち中の若草佐保さんは、オレこと、片桐富雄の今現在立ち止まっている国道の大橋の下の大川沿いの散歩道からすこしはなれた草むらの中で、その飼い犬・ジョンを遊ばせていた。

 オレの方に半身を向けていて、オレのことを気にしない風を装っている。けど、意識しているのはバレバレ。オレがすこし身動きするたびに、ビクッとするし。

 彼女にとって、この河原の道は犬の散歩道だ。そして、オレにとってはジョギングコースの一部。だから、これまでこの道で何度も彼女の姿を見かけていた。

 はじめのうちこそは、単なるクラスメイトに過ぎず、通り過ぎるときに軽く挨拶するだけの仲だった。けれど、それを毎日同じ時間、決まってこの場所で繰り返した。当然、しだいに気になるようになる。

 たまにその時間に間に合わなかったりすると、その晩は物足りない気分で寝付けないし、逆に、彼女がなにかの用事で犬の散歩をしていなかったりすると、寂しくて、夜はモンモンとして、何度も寝返りを打った。

 そう、いつしかオレは彼女に想いを寄せるようになっていたのだ。

 だから、今日の放課後、思い切って彼女を呼び出し、オレは告白した。もちろん、すぐに返事をくれるなんて最初から期待していなかったし、いつか返事をくれるように頼むだけで、そのときは別れたのだが。その当の相手と、今ここで、こんなタイミングで出会ってしまうなんてさ。どういうことだよ。

 オレ、今日は、彼女と鉢合わせしたりしないように、わざわざ、いつもよりもすこし遅れてジョギングにでたのに……

 これって、もしかして運命? オレたちは運命の赤い糸でガッチリと……

でも、ムチャクチャ気詰まりだ。

 ど、どうしよう…… こういう場合はオレの方からなにか話しかけた方がいいのかな?

 あ、そうだ。丁度、今ヘンな本を拾ったばかりだし、それをネタに話を振るってのは?

 だ、だけど、さっきオレ、学校で告白したばかりなんだぜ。その相手に何事もなかったかのように話しかけるのって。

 本当言うと、あのときからずっと心臓がドキドキいいっぱなしだし、今でも彼女の顔をまともに見るなんてできない。

 多分、こんなときに彼女に話しかけようなんてしたら、絶対、バカな失敗をしでかすに違いないんだ。いや、それどころか、また、彼女にむかって、好きだって告白しちゃうかも。そして、しつこいと思われて……

 くっ…… あれは、思い出しただけでも恥ずかしかった。

 顔があつい。だが、すごくすっきりはしてるんだよな。このところ、ずっと溜め込みつづけてたことだし。

 けど、やっぱ今この瞬間に彼女に向かい合うなんて無理。話しかけるなんて論外……

 とはいえ、彼女の傍を通り抜けなくちゃ、家へ帰れないし。

 どうしたものか……


 そんな堂々巡りのような逡巡を続けていたのだが、オレの腕の中には拾ったばかりの革装丁の本がある。ずっしりと重たいが、不思議と手になじむ。

 もちろん、人によっては、本を枕代わりにするのが正式な使い道だと思っている人もいるかもしれないし、あるいは、漬物石の代わりだという人もいるだろう。だが、オレにとっては、本というのは開くもの。そして、そのページに書かれた文章や絵に眼を通すものだ。

 オレは、子供の頃からそういう教育を受けてきたんだし、そして、おそらく、君もそうだよね?

 そのせいだろう。無意識のうちに、オレの体は、その教育の成果を発揮していた。そう、その本を開いていた。

 その途端だった。突然、頭上の国道の大橋の向こうに見える空に雲が湧き、あっという間に、あたりが暗く掻き曇る。すこし遅れて、

 ピカッ! ゴロゴロゴロッ!

 大音量を伴って稲妻が走った。

 思わず、眼を瞑って、首をすくめる。しばらくそのままで固まっていたオレだが、やがて、眼を開け、恐る恐る本から顔を上げて、再び空を見上げた。

「なっ……」

 さっき一瞬のうちに曇った空が、何事もなかったかのように、今はもうそれ以前の青空に戻っていた。やがて、のどかに野鳥の鳴く声が戻ってくる。

「えっ? い、今のは、一体、何だったんだ?」

 もう一度、手元の本の方へ視線を戻そうとして、戸惑った。

 いつの間にか、オレの手の中からさっきの本が消えていた。

 さっきのカミナリに驚いて、取り落としたのかと地面を見回すが、ない。

 ど、どうして…… どこへ消えた?

 そうして、オレは混乱したまま、本もないのに本を開き持つマヌケな格好のままで、その場に立ち尽くしているしかないのだった。


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