表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドゥドミナリオンの闇聖典  作者: くまのすけ/しかまさ
デート(?)×ストーカー
19/39

若草さんからのメール

 夕飯を食べ終え、部屋にもどってくると、机の上のスマホにメールの着信が入っていた。夕食で近くにいなかったときに届いていたのだろう。

 普段からメールのやり取りをしている友人といえば、大和ぐらいのもの。

『今日は様子がヘンだったな』などと思いながら、何気なくメールの差出人欄を確認する。そこに表示されている名前を眼にした途端、一気に緊張が高まった。若草さんだったからだ。

 若草さんからのメール。

 あの若草さんからだ。昨日、告白し、返事待ちの状態のあの若草さんから。

 緊張するのは当然だよね?

 そんな状況なら、だれだって緊張するよね?

 もちろん、俺だってそう。たちまち体がガチガチになり、指先がブルブル震える。

――どないしたん? えらい震えて?

 不思議そうな声が聞こえるが、今は返事する余裕なんてない。そんなのに構っている場合じゃない。

 と、とにかく、落ち着け、オレ!

 し、深呼吸だ。大きく深呼吸して、気分を落ち着かせろ! メールを確認するのは、それからだ。

 自分自身に言い聞かせ、両手を大げさに広げて、空気を思いっきり吸う。吸う。吸う。それから、さらに吸う。まだまだ吸う。

 って、あれ? それからどうするんだっけ?

 えっと、深呼吸って、もっと吸えばいいのだっけ?

 けど、もう吸えないよ。なんか苦しい。胸がいっぱいで気持ち悪い。

 あっ、なんか頭の中がクラクラしてきた。

――って、富雄はん、なにしてまんねん! 空気吸いすぎや! 吐きや! そろそろ吐かんなあかんで!

 あ、そうか、吐かなくちゃ!

 そう思ったときには、めまいでオレはベッドに尻餅をついていた。

 って、なにやってんだよ、オレ。情けねぇ~


 ともあれ、そんなこんなで散々混乱し、躊躇した末に、ようやく若草さんからのメールにキチンと向かい合える心の準備が出来た。実に大変だった。それだけで、正直疲れた。特に精神的に。

 とはいえ、このメールを見れば、すべてが分かるはずだ。俺の想いの結末が明らかになるだろう。

 おそらくあの告白の正式な返事なのだろうから。

 そう、オレは、今この瞬間、これからの人生を決める大事な一瞬を迎えるのだ。

 自然とベッドの上で正座している。手のひらが汗でべっとり。

 もう一度、深呼吸。スーハー。

 よしっ、もう腹を決めた。これからどんな結末を迎えることになったとしても、オレは、そのすべてを受け入れるだろう。彼女の決めたことを尊重するだろう。

 それこそが男というものだ。好きな人のために全身全霊を尽くす。好きな人の望みをかなえるためにその身を捧げる。

 もし、彼女がオレを嫌いで、もう顔も見たくないというなら、オレは二度と彼女と顔を合わさないようにするだろう。学校も転校し、転居して、遠くの町へ……

 もし、彼女が、オレに死ねというなら、いさぎよくこの世から……

 もし、彼女が……

 って、なんだよ、オレ。全部、悪いことばかりじゃねぇかよ! まだ、彼女にフられると決まったわけじゃねぇんだぞ! もっといい方向のことも考えろよ!

 もっと、いい方向。たとえば、若草さんがオレのことを好きだといってくれて、愛し合うようになって、結婚して、子供ができて。その子供が若草さん似のかわいい子で、若草さんが溺愛しちゃって、オレのことをないがしろにするようになって。

「もう、パパ、あっち行ってよ! 顔も見たくない!」

「お給料だけはちゃんと家にいれてよね。パパは、家に帰ってこなくてもいいけど」

「えっ? 夕食? 食べるの? 私たち外で済ませちゃったから」

 ううう…… あれ? 幸せな未来のはずなのに、涙が、涙が……

 ともあれ、両目をきつく閉じて、涙がこぼれるのを抑える。

 スーハー。

 落ち着いたところで、祈るように額の前までスマホを持ち上げ、そして、メールを開くための操作をする。

 それから、オレはゆっくりと片方のまぶたを持ち上げた。

 すでに慣れた動作なので、眼を閉じていても、とくにミスすることもなく、その開いたメールが画面に表示されている。

 若草さんからのメール。これからの人生がかかった返事のメール。

 というか、オレは若草さんを呼び出して、直接、オレの口から告白した。なのに、返事はメールなのか……

 ……

 ……それって?

 このメールって……

 これからはじまるであろう不幸な気分を想像して、泣きそうになりながら、さっき決断したばかりのすべてを受け入れる決意を思い出し、しっかりと眼を開け、その文面に眼を通していく。

『こんばんは、片桐くん』から始まる文面。あの若草さんらしいとはいえるのだが、ほとんど絵文字などがあしらわれていないメール。それが、さらに、オレにとっての不吉な予感を強め、ついつい嗚咽がもれそうに。

 やっぱり、若草さんは、オレのことなんか……

『私の中の天使さんがさっき教えてくれたのだけど、私たちのクラスの中に、天使さんの上役にあたる大天使さんがいるんだって』

 そっか、オレなんかより、その大天使とかいうヤツのことを……

『だれだか分かる? うふふ。実はね、それはなんと! 初瀬くんなのだ』

 そ、そうか、若草さんは大和のことを。

『でね。そしたら、さっき初瀬くんから電話があって会いたいって連絡くれたんだ。だから、これから初瀬くんに会ってくるね。けど、片桐くんと本の精霊さんのことは、内緒にしなくちゃね。バレないように気をつけて行ってきます』

 そうか、若草さんは、もう大和とデートまで。

 う、ううう……

 そして、いくつもの改行を経て、締めの文面。

『これだけは覚えて置け! 貴様の命は私が、月に代わって成敗してくれるわ! ←あ、これ、天使さんから伝言。じゃ、私、行ってきます』

 そ、そうか、オレ、若草さんに命まで狙われているのか……

 よっぽど、嫌われたんだな。あ~あ。

 あ、あれ? スマホの画面に水滴が。呆然と見ている間に、ポツポツと増えていく。

 雨かな?

 気になって、上を見上げると、見慣れた天井が。ああ、隅になにかの動物の形をしたシミがあるな。

 って、ここオレの部屋だよな。屋内。雨なんか降るはずないじゃん。けど、スマホの画面には水滴…… なぜ?

 もちろん、そんなことは考えるまでもなく。

「ううう…… オレの恋が……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ