不可能を可能に
――70億! 70億の人間の中から、どうやって彼奴を見つけ出せばいいのだ! ほぼ、不可能ごとじゃないか! 我が大天使の力をもってしても容易なことではない。どうしたものか……
ずっと俺の頭の中では、大天使が悩み続けている。
自分自身に考えねばならないことがあるせいか、俺の体内に突如湧き上がってきたマイナス感情には、気がついていないようだ。
富雄が若草さんと……
なんだ、この胸に抱えたモヤモヤとしたものは? 富雄を燃やしつくしたいと願う、この狂気のような感情は?
うむむ……
俺は、俺は。
親友の富雄のことを考えるたびに、胸の中にどす黒い炎が立ち上る。
なぜ富雄なんだ? 富雄なんかより、俺の方が何倍も……
だが、今朝、富雄が若草さんに告白したという噂がクラス中に流れていたし、午後には、若草さんが富雄に弁当を作ってきており、二人して仲良く食べていたともいう。もう二人の間に第三者が入り込む余地がないほど、親密な関係になっているようだと。
そんな情報に接するたびに、今日の俺は苦しんでいた。自分の体が引き裂かれるような気分を味わっていた。そして、そんな苦しみを俺に与えながら、自分だけは幸せそうなニヤケ顔を周囲にさらしている富雄が憎らしかった。殺したいと思った。燃やしつくし、骨すらも灰にしたいと。
もちろん、小説やドラマなんかで、嫉妬に苦しむ男女の姿をいろいろ見てきたが、正直、今まではあまり共感できなかった。
なぜ、終わった恋を取り戻そうとしたり、かなわぬ想いにいつまでもすがりついたり、そんな無駄なことにとらわれ、あまり意味のない足掻きをするのか理解できなかった。
実らぬ恋ならさっさとあきらめ、未練など捨てて、新しい恋を見つければいいじゃないかと思っていた。
だが、今わかった。
本気であればあるほど、心が残ってしまうってことに。かなわないかもしれなくとも、どうしても万分の一の確率にでもすがりつきたいと願う自分自身がいることに。
どうしても、若草さんを富雄になんか渡したくない。富雄と若草さんが付き合うのを認めたくはない。二人が惹かれ合うなんて、絶対にあってはならない!
幸い、保田たち女子グループは、なぜか二人の交際には反対のようで、放課後、俺に発破をかけてきて、富雄から若草さんを奪うのに協力してくれるという。
よくは分からないが、富雄は女子たちの間で変態扱いされているようだ。
なのに、若草さん自身は、すでに富雄に夢中なようで、保田たちの説得にもまったく耳をかさないという。
もちろん、俺はその申し出を快く受け入れることにした。俺の想いをとげ、富雄から若草さんを奪い去るには、アイツらの協力があった方がいいだろう。
そして、俺と保田グループとの共同戦線が確立されたのだった。嫉妬に狂った俺と友を心の底から心配する保田たちとの。
――どうすればいいのだ? 70億分の1だぞ。どうすれば……
まだ、ウリエルは考え込んでいるようだ。
俺の知らない異宇宙からやってきたという憑依生命体。自分のことを大天使と名乗り、神の代理人として、敵である何者かをいくつもの宇宙を股にかけて追いかけているという。
そういえば、今日の5時間目。若草さんが数学の計算問題を黒板で解いていたときに、ウリエルがなにか気になることを俺の頭の中で呟いていたような。
たしか、位時相変換方程式だとか、なんとか……
俺は自分の机の上に数学のノートを広げ、5時間目の板書を確認しながら、
「おい、ちょっといいか?」
――考えろ。考えろ。なにか、手段があるはずだ。
って、聞いてないし。ったく!
俺は自分の体を大きく揺すってウリエルの注意をひきつけようとした。
その甲斐があったのか、頭の中のウリエルの呟きが途切れる。
――こら、大和とやら、我の思索の邪魔をするでない! 集中できないではないか!
どこまでも高飛車なヤツ! なんか不快な。ともあれ、それでも俺にはどうしても気になることがある。
「おい、ウリエル。5時間目、若草さんのこの解、お前、なにか気になることを言っていなかったか?」
――……
俺の質問に返事すら寄越さない。
「おい、ウリエル?」
――ったく! 邪魔するなと申しておるだろうが。我は忙しい。後にしてくれ!
「おい。聞けよ!」
――うるさいぞ! 我は忙しいと申しておるではないか!
はぁ? 何様のつもりなんだ? まったく!
不快な気分のせいで、質問をつづける気も失せかけたが、だからといって、ここで俺が引くべきことでもないだろう。なにしろ、ウリエルは俺の体の中に居候している身なわけだし、なにごとも俺の用事を優先すべきなんじゃないのか?
「いいから、俺の話を聞け!」
――ったく! しつけのなっておらん原始知性体めはこれだから…… 神の代理人たる我をなんとこころえておるのか。
とはいえ、ブツブツ言いながらも、ようやく俺の質問に答える気になったようだ。
ったく! なんで、俺がいちいち文句をいわれなきゃいけないんだよ!
文句の一つも言いたいのは、こっちの方だ!
そんなことより、俺はノートのその部分を指しながら、ウリエルに質問する。
「この部分のことなんだが。あの時、お前、この式についてなにか言ってなかったか?」
――ああ、位時相変換方程式か。現代数学の基礎中の基礎だな。
「位時相変換?」
ウリエルからその後説明があったが、正直、よくはわからなかった。ともあれ、
「つまり、これは、お前たちの宇宙の数学で使う式だってことだな」
――ああ、そうだ。
「ってことは…… 若草さんの中に、お前たちの同類がいるってことか?」
――ああ、そういうことになる。
「お前たちが追っているとかいうヤツか?」
――いや、我の部下のヒラ天使たちの一人だ。あのときすぐにテレパシーで確認をとったから間違いない。
「ヒラ天使?」
――ああ、我の命令に従い、我の使命達成に協力すべき天使たちだ。
って、ことは、地球にやってきたのは、こいつとこいつの敵だけじゃないってことか。
「そういうのは、何人ぐらい地球にやってきているんだ?」
――うむ。たしか、今回は26体ほど我につけられたはずだが。
「26……」
26人の天使たち、このウリエルを入れて、27人。その天使たちのうちの二人が同じ教室の中にいたのか……
70億分の27の確率の存在が、同じ場所に集う可能性といったら……
「なあ? お前らは神様の敵を追って、この地球に来たんだろ?」
――うむ。そうだ。
「じゃ、お前や仲間たちがどこのだれに憑依するかについて決まった法則性とかあるのか?」
――ううむ。じゃが、そんなことを知ってどうする? まあ、よいわ。これまで神から、詳しい説明を受けたことはないが、今までの経験からすると、あやつが出現した波動を追って、その出現した空域に生息しておる同種族の原住知性体たちに、我らは取り憑いておったの。惑星表面であったり、軌道上の宇宙コロニーであったり。
「なるほど。じゃ、今回は、地球上の人間の誰かに憑依したってわけか……」
――ああ、そうじゃ。
「で、地球上のだれに取り憑くかは運しだいで、法則性はないっていうんだな?」
――うむ。もしかすれば、あるのかもしれんが、我は知らぬ。
それって……
「なあ? なのに、今日、同じ教室の中で、憑依する可能性のある地球上の70億人の中で、俺に取り憑いたお前とヒラ天使とかいうヤツが取り憑いていた若草さんが出会ったというのだな? それも偶然に」
――あっ……
ウリエルもようやく俺が言いたいことに気がついたようだ。
同じ教室の中に70億人から選ばれた特別な二人の人間が集う確率は、現実的にはほとんど0だといえるだろう。なのに、今日実際にそんなことが起こった。偶然だとしたら、出来すぎだ。
とすると……
――この近くに他の天使たちも潜んでいるかもしれないのか。
「ああ。それから、さっきテレパシーとか言っていたが、それは他の仲間への連絡に使えないのか?」
――今、それをやっている最中だ。
神の代理人である大天使と名乗るだけあって、この俺の体の居候は頭の回転が相当速いようだ。いや、俺の頭か?
やがて、
――どうやら、全員、この周囲に出現したようだ。近辺の地図みたいなものはないか?
もちろん、そう来るだろうと思って、俺の方もネットから近隣の地図を既にダウンロードし、印刷を始めている。
そして、ウリエルが仲間たちからテレパシーを使って集めた情報をその地図の上に落としこんでいく。
一番最初に、俺の家に赤マーカーでしるしをつける。同様にウリエルの仲間たちが地球上に出現した場所にチェックをつけていく。
「これは……」
不定形に散らばったマークたち。だが、それでも、ある特定の地域にマークが集中しているのが分かる。
その地域とは、街の中を流れる大川を中心にした一帯。すぐ近くに国道が走っており、大川を渡る大橋もそのマーク集中地域内に含まれている。
――そうか、ヤツの出現ポイントは、この辺りということだな。
「ああ、おそらくな」
良く見ると、その大橋のすぐそばにマークがあるのが分かる。マーク集中地域内でもっとも中心部に近いのが、このマークってことになる。
「これは? 俺、気になるんだが?」
――うむ。チタンダニエルだ。今日の数学のあやつじゃ。
今日の数学のあやつ? ああ、そうか、若草さんか……
――この位置なら、何か彼奴の手がかりになりそうなものを目撃している可能性もあるの。
ウリエルは、俺の頭の中でブツブツと呟いている。
一方、俺自身は、若草さんのこと思い浮かべながら、口端を歪めるのをとどめることは出来なかった。
ちなみに、40人学級の中で、大和自身以外に天使が生徒たちの中にいる確率は、1-{1-26/(7・10^9)}^39 になります。(^は乗数)
ヒマとやる気があるのなら、ぜひ、計算に挑戦してみてください。
答えがでたら、おしえてね。




