かもな
そんなことを教室の隅で考えている間にも授業は進んでおり、数学の教師がいくつか計算問題を黒板に書き出し、半分眠り込んでいる生徒たちの中から解答者をそれぞれの問題ごとに指名していく。
「2問目は、片桐」
って、オレかよ!
――ついてまへんな、富雄はん。がんばりなはれや。
なんか、投げやりな応援が頭の中に流れる。
って、考え事をしていて授業をまともに聞いてなかったから、指名された問題なんてわかんねぇよ!
救いを求めて、周りを見回すのだが、ほとんどは軽いいびきをかいている連中ばかりで、唯一起きていたのは……大和。
けど、今日の大和はちょっと怖い。視線が合った途端、冷たくギロリと睨まれて……
うう…… でも、今は大和しか頼りにできる人間はいないわけで、
「大和、分かるか?」
小声で尋ねると、一瞬、眼の中の光が強くなった気がした。それでも、すぐに小声が返ってくる。
「x=3 y=12」
どうやら、問題の答えのようだ。
ホッと安堵のため息を吐き出し、大和に向かって感謝しながら、親指を立ててみせる。
今日はなんだか怖いが、やっぱり頼りになる親友だ。大和、サンキューな。
だけど、
――おや? 富雄はん、その答え間違いでっせ。
頭の中に警告の声が。
「えっ? 本当か?」
周囲に聞かれないように、小声で尋ね返すと、
――ちょっと体貸しておくれやす。
次の瞬間、机の上に広げたノートの上をシャーペンがスラスラと走る。いくつかの途中の計算式の後、
a5センチメートル b6センチメートル c2センチメートル
なんて文章が……
って、どこにも大和が教えてくれたxだのyなんてないじゃねぇかよ!
どうなってるんだ?
そういえば、大和は今日はずっと意地悪だったよな。なら、ウソの答えを教えるなんてことも。
う~ん…… 今日の大和なら、あ、ありうるかも……
いや、そうじゃないかもな。親友を疑うなんてよくないことだ。だって、あいつ、普段から結構抜けたところもあるし。別の問題の答えをオレに教えたって可能性も。
うん、そうかもしれない。いや、そうに違いない!
オレはそう決めて、大和を再び振り返る。
それから、
「な、オレ、計算しなおしたんだけどさ、答え、a5センチメートル b6センチメートル c2センチメートルにならないか?」
すっと両目が細くなる。全然、慌てた様子も見せず、大和の目線は黒板を向く。そして、小さく大和が呟くのが聞こえてきた。
「ああ、かもな」
オレはその声を耳にして、ひとつうなずいてから前を向いた。
「『かもな』か」
本の精霊の答えの方が正しかった。
オレの答えに数学の教師は驚いたような顔をしている。
どうやら、オレがさっきから考え事ばかりしていて、授業を全然聴いていなかったのがバレていたようだ。
たぶん、間違えるか、分かりませんと答えるか、どちらかだと踏んでいたのだろう。
もしかしたら、その答えを契機にして、このクラスが居眠りばかりして、自分の授業をまともに聴いていないことを叱るつもりでいたのかもしれない。
結構、底意地の悪い教師だし、そういうことも十分にありえる。
だけど、オレは正しい答えを答えた。それが気に入らないのか、オレに黒板まできて、その途中計算も含めて、解答するように命じてくる。
もちろん、オレの机の上には、本の精霊が書いたばかりの解答例があるわけで。オレはノートを持ち、黒板の前に立った。
そして、そのノートに書いてあることを一気に黒板に書き写す。
「……」
教師が絶句している。えっと、なにかオレ、ヘンなこと書いてる?
「か、片桐が、あの数学オンチの片桐が、キチンと理解しているだと? し、信じられん!」
って、ちょ、ちょっと、先生、それ、ひどくね?
ともあれ、オレは本の精霊のおかげで、ピンチを逃れることができたのだった。