もうゴール・・・・・・てもいいよね?
ともあれ、若草さんお手製のお弁当。本当においしかったぁ~
この世のものとは思えないほど、今まで食べたどんなものよりもうまくて感動した。
一口大の手作りハンバーグは一噛みすると、中からじわっと肉汁が溢れ、口いっぱいにうまみが広がった。
卵焼きは、ふんわりしていてやさしい味。うちの母さんが作る武骨でがっしりしたものとは全然違った。
タコさんウィンナーは、食材に包丁を入れて茹でただけのもののはずなのに、歯ごたえと絶妙な塩加減が磯の香りを錯覚させる。
ご飯もすでに冷めているというのにふっくらとして、上にのっている鳥のそぼろのほのかな甘みと合わさって、食欲をいやがうえにも増進させる。
「う、うまいぞーッ!」
あごを上げて、口から怪光線を吐き出しながら、天井に向けて絶叫しそうになる。
「うまいっ! すげー、うまい!」
この世に、こんなに美味なものが存在するなんて……
目の前にいるこの美少女は神だ! 料理の女神だ! 味覚の天使だ!
あ、いや、実際に、中に天使がいるのだけど。
それはともかく、生まれてから今まで食べたものの中で、間違いなく最高のお弁当だった。
教室で、感動に打ち震えながら、若草さんお手製弁当にがっついていたオレ。
若草さんは、一緒にもってきていた水筒から、二人分の紙コップにお茶を注いで、オレの机の上にとりやすいように並べてくれる。それから、俺の前の席に腰掛けて、自分の分のお弁当を食べ始めた。ときどき箸を休め、オレにやさしく微笑みかけてくれる。それがさらに、美味しさを何倍にも増幅させて。
お、オレ、今、すげー幸せ。今ここで、死んでも悔いはないかも!
もうゴールテープを切ってもいいよね?
――な、なんだ、あれは? 見えるぞ! 俺には見えるぞ! あの軟弱な非モテの攻撃ごときでは絶対に貫通できないATフィールドが!
――う、うらやまけしからん! なんなんだ、あのラブラブ空間は! つぎの生徒会でバカップル禁止を校則に盛り込まねば!
――爆ぜよ、リア充! 弾けよ、片桐! バニッシュメント・ザット・カップル!
周囲から呪いの声がどんどん聞こえてくる。けど、そんなの全然気にならない。
うん、みんな見てくれ。このオレの幸せな時間を! 空間を!
うらやましいだろう? 妬ましいだろう? ははは。どうだ? どうだ?
けど、だけど…… これは、このお弁当は…… 若草さんがオレのことを好きだから、作ってきてくれたわけなんかじゃない。
オレが、変態だとみんなから誤解されたことに、天使のような心をもった気の優しい若草さんが心を痛めて、同情して、憐れに思って、オレに恵んでくれたもの。決して、オレ自身、ヘンな誤解をしちゃいけない。過度な期待を抱いちゃいけない。
ふと、それを思い出してしまうと、この幸福感が切なくいとおしいものに感じられてきて。
今限定の幸せ。この昼休みだけの幸福。
このお弁当を食べ終わると、すべてが終了してしまう。もう、それで終わり。灰色の日々へまたオレは舞い戻る。
「う、うまい。うまいよぉ~ うまいよぉ~」
滂沱と両目から涙を流しながら、掻き込むご飯はしょっぱくて。
若草さん、すごく困惑した顔をしている。涙を流しながらごはんを掻き込んでいるオレに若干引き気味。けど、オレが『うまい、うまい』と連発するたびに、すごくうれしそうに口元がほころんでいた。
――チッ! そうだろ、そうだろ、俺たちに見せつけながら食べるメシはさぞかし美味だろうよ!
――なによ、あれ! 泣くほど美味しいって? 見せつけてくれるわ。ふん。私だって、好きな人ができて、お弁当を作ってあげればあれぐらい……
――敵視認。ロックオン完了! 安全装置解除! 5・4・3……
なんか、教室中からの怨嗟の声のボリュームがさらに大きくなって。いや、廊下の方からも聞こえてくる。
うう…… そういえば、どういうわけか、命の危険を感じるのだけど? 学校中の生徒たちから狙われているような。
はっ! も、もしかして、この学校中に天使が溢れているとか?
その後、感動に震えながら『ご馳走様』と両手を合わせると、とても満足そうに若草さんが『お粗末さまでした』と返してくれた。
「そ、そんなことないよ! こんなに美味しいお弁当、今まで食べたことないよ!」
「え~? そんなことないよ」
「ううん、そんなことある! 断言できる! これは、オレが今まで食べた中で、ベスト1のお弁当だった」
「そ、そんなぁ~ 褒めすぎだよ。あっ、そっか、私に気をつかってくれてるんだ。片桐くんって、優しいんだね」
なんて、ニッコリ笑顔をオレに向けてくれるので、またまた圧倒的な幸福感に包まれて、絶句しているしかない。
「でも、本当のこと言ってくれていいんだよ。ほら、ハンバーグとか、ちょっと焼きすぎて焦げてたし、卵焼きとか砂糖が入った甘いのの方が口に合う人いるでしょ?」
「えっ? あ、ううん。全然、そんなの、全然。オレ、このお弁当がすごく美味しかった。このお弁当でよかった」
「えっ? そう?」
「うん。うん。うん。すごく、美味しかった!」
なんて、言い合って。って、なんかこれって恋人同士っぽくないか?
オレと若草さんが恋人同士。いつかはそうなってくれるといいけど。でも、今はあくまでも同情と哀れみだけの関係。二人の間に『愛』なんてないはず。
くっ…… む、胸がくるしい~
むむむっ。