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ドゥドミナリオンの闇聖典  作者: くまのすけ/しかまさ
70億分の……の確率
14/39

もうゴール・・・・・・てもいいよね?

 ともあれ、若草さんお手製のお弁当。本当においしかったぁ~

 この世のものとは思えないほど、今まで食べたどんなものよりもうまくて感動した。

 一口大の手作りハンバーグは一噛みすると、中からじわっと肉汁が溢れ、口いっぱいにうまみが広がった。

 卵焼きは、ふんわりしていてやさしい味。うちの母さんが作る武骨でがっしりしたものとは全然違った。

 タコさんウィンナーは、食材に包丁を入れて茹でただけのもののはずなのに、歯ごたえと絶妙な塩加減が磯の香りを錯覚させる。

 ご飯もすでに冷めているというのにふっくらとして、上にのっている鳥のそぼろのほのかな甘みと合わさって、食欲をいやがうえにも増進させる。

「う、うまいぞーッ!」

 あごを上げて、口から怪光線を吐き出しながら、天井に向けて絶叫しそうになる。

「うまいっ! すげー、うまい!」

 この世に、こんなに美味なものが存在するなんて……

 目の前にいるこの美少女は神だ! 料理の女神だ! 味覚の天使だ!

 あ、いや、実際に、中に天使がいるのだけど。

 それはともかく、生まれてから今まで食べたものの中で、間違いなく最高のお弁当だった。


 教室で、感動に打ち震えながら、若草さんお手製弁当にがっついていたオレ。

 若草さんは、一緒にもってきていた水筒から、二人分の紙コップにお茶を注いで、オレの机の上にとりやすいように並べてくれる。それから、俺の前の席に腰掛けて、自分の分のお弁当を食べ始めた。ときどき箸を休め、オレにやさしく微笑みかけてくれる。それがさらに、美味しさを何倍にも増幅させて。

 お、オレ、今、すげー幸せ。今ここで、死んでも悔いはないかも!

 もうゴールテープを切ってもいいよね?

――な、なんだ、あれは? 見えるぞ! 俺には見えるぞ! あの軟弱な非モテの攻撃ごときでは絶対に貫通できないATフィールドが!

――う、うらやまけしからん! なんなんだ、あのラブラブ空間は! つぎの生徒会でバカップル禁止を校則に盛り込まねば!

――爆ぜよ、リア充! 弾けよ、片桐! バニッシュメント・ザット・カップル!

 周囲から呪いの声がどんどん聞こえてくる。けど、そんなの全然気にならない。

 うん、みんな見てくれ。このオレの幸せな時間を! 空間を!

 うらやましいだろう? 妬ましいだろう? ははは。どうだ? どうだ?

 けど、だけど…… これは、このお弁当は…… 若草さんがオレのことを好きだから、作ってきてくれたわけなんかじゃない。

 オレが、変態だとみんなから誤解されたことに、天使のような心をもった気の優しい若草さんが心を痛めて、同情して、憐れに思って、オレに恵んでくれたもの。決して、オレ自身、ヘンな誤解をしちゃいけない。過度な期待を抱いちゃいけない。

 ふと、それを思い出してしまうと、この幸福感が切なくいとおしいものに感じられてきて。

 今限定の幸せ。この昼休みだけの幸福。

 このお弁当を食べ終わると、すべてが終了してしまう。もう、それで終わり。灰色の日々へまたオレは舞い戻る。

「う、うまい。うまいよぉ~ うまいよぉ~」

 滂沱と両目から涙を流しながら、掻き込むご飯はしょっぱくて。

 若草さん、すごく困惑した顔をしている。涙を流しながらごはんを掻き込んでいるオレに若干引き気味。けど、オレが『うまい、うまい』と連発するたびに、すごくうれしそうに口元がほころんでいた。

――チッ! そうだろ、そうだろ、俺たちに見せつけながら食べるメシはさぞかし美味だろうよ!

――なによ、あれ! 泣くほど美味しいって? 見せつけてくれるわ。ふん。私だって、好きな人ができて、お弁当を作ってあげればあれぐらい……

――敵視認。ロックオン完了! 安全装置解除! 5・4・3……

 なんか、教室中からの怨嗟の声のボリュームがさらに大きくなって。いや、廊下の方からも聞こえてくる。

 うう…… そういえば、どういうわけか、命の危険を感じるのだけど? 学校中の生徒たちから狙われているような。

 はっ! も、もしかして、この学校中に天使が溢れているとか?


 その後、感動に震えながら『ご馳走様』と両手を合わせると、とても満足そうに若草さんが『お粗末さまでした』と返してくれた。

「そ、そんなことないよ! こんなに美味しいお弁当、今まで食べたことないよ!」

「え~? そんなことないよ」

「ううん、そんなことある! 断言できる! これは、オレが今まで食べた中で、ベスト1のお弁当だった」

「そ、そんなぁ~ 褒めすぎだよ。あっ、そっか、私に気をつかってくれてるんだ。片桐くんって、優しいんだね」

 なんて、ニッコリ笑顔をオレに向けてくれるので、またまた圧倒的な幸福感に包まれて、絶句しているしかない。

「でも、本当のこと言ってくれていいんだよ。ほら、ハンバーグとか、ちょっと焼きすぎて焦げてたし、卵焼きとか砂糖が入った甘いのの方が口に合う人いるでしょ?」

「えっ? あ、ううん。全然、そんなの、全然。オレ、このお弁当がすごく美味しかった。このお弁当でよかった」

「えっ? そう?」

「うん。うん。うん。すごく、美味しかった!」

 なんて、言い合って。って、なんかこれって恋人同士っぽくないか?

 オレと若草さんが恋人同士。いつかはそうなってくれるといいけど。でも、今はあくまでも同情と哀れみだけの関係。二人の間に『愛』なんてないはず。

 くっ…… む、胸がくるしい~

 むむむっ。


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