都市伝説――手作り弁当
おかしい。
なぜか、保田飛鳥たち女子グループから微妙に避けられているような……
なんでだ?
オレ、なにかしたか?
最近、オレがしでかしてしまったことで、女子たちから避けられる可能性のある行為がないか、ここ数日分を思い返してみる。けど、なにも心当たりがない。
あっ! もしかして、これはあれか? あの肌色率80%本を川に蹴り落とした呪いか?
なんてことまで考えたのだけど、なわけないし。
なんなのだろうか?
4時間目が終わって、昼休み。いつも一緒に購買へパンを買いに行く大和に声をかけようとしたら、すでに隣の席は空っぽだった。
って、なんで、大和にまで避けられているんだ?
はぁ~
ため息を一つついて立ち上がろうとすると、目の前に人影がある。女子特有の甘い匂い。直後に心地よく涼やかな声が降ってくる。
「片桐くん、いい?」
「えっ?」
若草さんだった。
「いつも片桐くん、購買のパンでしょ?」
「うん」
「じゃ、これ、良かったら」
そう言って、なにかをオレの机の上に置く。女の子らしいファンシーな柄の巾着袋だった四角く膨らんでさえいる。
「えっ?」
こ、これはもしやっ!
「余分に作りすぎちゃったから」
若草さんは、恥ずかしそうにうつむき、スカートの前で両手の指をモジモジとこすり合わせていて。
「も、もしかして、こ、これって……」
「うん……」
眼を見開いて、若草さんの真っ赤な顔を見つめているしかできない。
「一個作るのも、二個作るのも、手間はあんまり変わらないから」
「う、うう……」
なぜか、眼の端に温かいものが急激に膨らんでいく。鼻水が流れ出そうな感覚に襲われて、みっともなく音を立ててすすってしまう。
もううれし泣きするしかない!
お、オレが生きている中で、本当にこんなことがあるなんて!
こんなリア充めいたことが、都市伝説にしかありえないことが、現実に起こるなんて……
はっ! こ、これは、もしや夢なんじゃ!
本当は、授業中に居眠りをしていて、夢を見ているだけなんじゃ! 目が覚めたら、鬼のような怒り顔の教師と眼があって、叱られるに違いない!
思わず、自分のほっぺたを全力でつねってみる。
い、痛くない! 頬が万力で挟まれたような感覚があってヒリヒリうずくけど、痛くない! チクチクしない!
や、やっぱり、これは夢……
――あきまへんで、富雄はん。忘れたんでっか? その人間の中には、天使がおりまんねんで。それは絶対、天使のワナでっせ。あんさんとそこの若草はんのせいで、ワテを襲って殺すっちゅうわけにはいかんくなったさかい、今度はあんさんを毒殺しようとしてるんでっせ。
なんか、頭の中で叫んでいるヤツがいるけど、これも夢に違いない。この際、無視。
そうか、これは夢だったんだ。そっか、そうだよな。こんなこと現実に起こるわけないよな。あははは……
と、オレのことを心配そうに上目遣いで覗き込んでいる若草さんと視線があってしまって、
「どうかな? や、やっぱり、余計なおせっかいだったよね」
そういって、すこし震える手で、折角机の上に置いた後光差す聖なる巾着袋を引っ込めようと手を伸ばしてくる。
「だ、ダメだよ!」
――あかんて! だまされたら、アカン!
慌てて、巾着を抑えようとした手が若草さんの手に触れて、電気が走った。慌てて二人して手を引っ込めて。
「あ、わ、私、ごめんなさい」
「あ、わわ、わ、ごめん」
二人で謝ったら、頭がゴツンと……
「「あ、あわわ……」」
若草さん、痛かったのか、目尻に光るモノが。
「ごめん、すみません。これください。オレに食べさせてください。お願いします。お願いします! すみません!」
その目の前では、何度も深々と頭を下げるオレがいた。
――なに、あれ? なんで、佐保ちゃん、あの変態にお弁当なんてあげてるの? もしかして餌付け?
――昨日、変態片桐にエッチなことされたから、喧嘩してたんじゃなかったの?
――片桐が放課後、体育館の裏で告白するようなフリをして、若草に襲い掛かったって聞いてたんだけど。
――あ、それ、俺も聞いた。で、若草が片桐をプロレス技で投げ飛ばしたって。
――じゃ、なんで、佐保ちゃんが片桐なんかに?
なんか、教室の中が騒がしいのだけど……?
って、なんだよ、そのオレが若草さんに襲い掛かったって噂は? しかも、プロレス技で投げられたって?
若草さんが、そんなことするはずは…… 一瞬、昨日の橋の下でヘンシーンなポーズをとっていた若草さんの姿が思い浮かんできて……
そ、そんなことは……ないよね?
「ご、ごめんなさい。みんな今日はヘンな誤解してるみたいで」
「えっ?」
「昨日あの後、家に帰ったら、目撃していた人がいたみたいで、いろんな人から心配の電話とかメールとか、いっぱい来たんだ。そしたら、いつの間にか、片桐くん、変態さんってことになってて……」
あ、な、なるほど、それで女子たちが今日はオレを避けていたのか。
なるほど、分かった。胸の使えがとれて、スッキリした。良かった。
……
って、よくねぇ~! なんで、オレが変態なんだよ!
「ごめんなさい! これ、そのお詫びといってはなんだけど……」
申し訳なさそうに巾着袋をオレの方へ押す。
あははは…… だから、弁当なんだね。うん、そうだよね。うん。
あるわけないよな。昨日、コクったばかりで、次の日には、もうお弁当を作ってもらえるなんて。というより、オレ、考えたら、まだ返事すらもらってないのに。
あははは…… はぁ~
「あっ、わ、わ。わっ、なんで、また泣いちゃうの」
「泣いてなんかいないもん!」
ううう…… しくしく。