クラス中にすでにバレてるし
教室へ着くと、すでにクラスメイトの半分ほどが集まっている。
席に着き、隣の席の大和におはようの挨拶。
「おはよう、トミー」
「やめろよ、そのあだ名」
「あははは」「ははは」
なんて、二人でバカっぽく笑いあっていたのだが、
「あ、片桐くん、おはよう」
「えっ? あ、うん、おはよう……?」
気がつくと、今まで一度も朝の挨拶を交わしたことがない女子がオレの隣に立っていた。なぜか冷たい眼の色で刺すようにオレを見つめてくる。
「な、なに? 保田さん?」
「ねぇ? 片桐君、昨日、佐保となにかあったの?」
「えっ?」
「放課後、呼び出してたじゃん? で、その後?」
「な、なんでそれを……」
な、なんで、昨日の放課後のことを知っているんだ? 二人だけの秘密だったのに。
「はぁ? バレないとでも思ってたの? あんな二人してコソコソしちゃってさ。クラスのみんなもとっくに気がついてたわよ」
周囲を思わず見回す。みんなどこか冷めた様子で一斉にうなずいた。
な、なにぃ~! そ、そんなバカな!
「それより、そのあと、佐保と河原でにらみ合ってたって情報が複数の筋から入ってきてるんだけど? なにかあったの?」
「あっ……」
み、見られてたのか……
って、そういえば、あのとき、コンビニ帰りの女性が近くにいた。それに、小学生も。あ、あれか……
「えっ? なになに? 富雄、若草さんにコクったの?」
「あ、うん、みたいなんだけど……」
隣の席の大和がすこし青ざめた顔をして、呆然としていた。それを保田さんが、どこか温かい顔をして眺めている。
「うん、ガンバレ!」
なんて、呟きながら。
「えっ? なに?」
思わず、聞きかえしたら、すぐに元の冷たい声音で、
「なんでもないわ。それより、で、あのあと、二人の間になにがあったのよ?」
「な、なにもなかったよ」
慌てて何もなかったことをアピールするオレを、保田さんはじっと見つめた。なんか、妹と同じ雰囲気。
うう…… なんか、やな予感が。
「そ、なにもなかったんだね。うん。わかったわ。うん」
全然、オレの言うことを信じていない口調でつぶやき、ジロリと睨んでから、離れていった。
なんなのだろうか?
そんなオレのすぐそばから、
「富雄と若草さんが…… 富雄と若草さんが……」
なんて同じことを延々と呟いている声が呪文のように聞こえているわけで。
一体、なんなんだ? なんで、大和がそんな風になってるんだ?
オレと若草さんとがなんだっていうのだろうか?
オレにはわからなかった。
カバンの中身を机の中に移し変え終え、筆箱や下敷きとともに、一時間目の教科書とノートを出す。
それから、教室の入り口の方へ視線を向ける。
いたっ!
教室の前から二番目、入り口の近くに若草さんが座っており、保田さんがしきりに何かの質問をして困らせているようだ。
若草さんは、ときたま困ったような顔でオレの方へ視線をチラチラと走らせてくる。
その視線を追って、保田さんが憮然とした表情をオレに見せつける。
くっ…… なんか、背中がムズムズするんだけどな……
って、あれ、なんか、反対の方から殺気のようなものが?
驚いてそちらを見ると、大和のいつにない冷たい視線とぶつかって。
えっ? な、なんだ? なんで大和が、こんな眼でオレを睨むんだ?
――もしかしたら、この人間にも天使が?
な、わけない。すでに若草さんに取り憑いているのだ。大和にまで天使が取り憑くなんて、絶対にありえない。
なにしろ最大でも70億分の30の確率なのだ。すでに、この教室にはオレと若草さんが集うという天文学的な規模の奇跡としかいえない状況なのに、この上、大和にまで…… ありえない!
なら、なんで大和がこんなに冷たい眼をオレに向けるのだ?
わけが分からず、首をひねりながら前を向く。
と、
「ええっーー!」
若草さんのいるあたりから、女子たちの黄色い声が。
「で、佐保はなんて返事をしたの?」
はぁ~ あの様子だと、若草さんはオレが告白したことをしゃべっちゃったんだね。
まあ、あの新聞部のエースの保田飛鳥が本気を出して探りをいれれば、バレるのも時間の問題だったろう。
実際のところ、オレ自身、告白自体は他人に隠すつもりはなかったし、さっきの教室の中の様子を見る限り、とっくにバレていたみたいだ。
そんな覚悟がなければ、昨日の放課後、大和はいなかったが、まだ数人が残っている教室で、一緒に来てくれなんて言って、教室からつれだしたりなんかしないよ。
けど、しゃべるのはそこまでにしてくれるといいな。特に、あの後のことまでは口を滑らしたりしないといいのだけど。
なんて、不安な眼でこの席から遠い女子たちを眺めていると、
「へぇ~ そうなんだぁ~ じゃ、今度、片桐くんについていろいろ調べて佐保にこっそり教えてあげるね。特に、変態行為の常習者だったりしたら最悪だもんね」
って、おーい!