第一章 第三節『紫羅都』
紫羅は四つの国と面している。
リィザガロス、ディノティクス、ミシュレゲーテ、ミランジュ。
その位置故に古くから貿易が盛んな国である。
多くの文化が入り交じるため、その建造物、町並みは様々な国の様式が混ざり磨き上げられた、ある種の洗練された美しさを持っている。
また季節がはっきりと別れているため、四季折々の趣を楽しめる国でもあり、その治安の良さも相まって、最近では観光業も盛んである。
帝都エインフィルでは王城は元より、『天蓋の塔』と呼ばれる塔、多神を祀った大聖堂、世界中の知を集めたと云われる『大図書館』、美術館に博物館と一週間滞在しても見切れないほど名所が多い。
フェグの滞在は一泊二日。
勿論観光の計画も立てている。
一日目は宮殿と塔に、二日目は午前中にヴィガロスの大学を見学して、午後は街でショッピングと、予め行く場所を決めていたのだが、レオンが不在のため予定を変更することにした。
一日目は宮殿の見学とショッピング、二日目に『天蓋の塔』に大学見学とレオンの興味を引きそうな場所を二日目に変更したのだ。
フェグとヴィガロスは昼食を屋台で軽く済ませると、城に向かって歩き始めた。
二人のいる聖堂広場からは大通りを歩いて二十分程。
大通りの先に鎮座する円型の城壁に囲まれた大理石の城は美しく、見るものを圧倒する。
主は帝王・皇龍。
若干二十歳にして在位年数は既に六年。
先代帝王である父親の早逝と、それより少し前に起きた事故で母親を亡くした為だ。
今年は生誕二十年の節目であるため、生誕祭は大々的に行われる予定であり、宣伝の掲示物が街のいたるところに貼られている。
「お祭りは半年後なのに、もう準備が始まっているんだね。」
「生誕祭は毎年やっているけど、今年は帝王の二十歳の誕生日。そりゃあ、みんな熱が入るってもんさ。」
「王様、人気ある方なんだね。私、小さい写真しか見たこと無いけど…。」
「…優しいからな、あいつは。」
「うん?何か言った?」
「いや、なんでもないよ。ところで、今日はフェグはどこに泊まるんだ?良い感じのホテルってのは聞いているけど。」
「この大通りから一本東に入ったところだよ。ほら、あの看板の…」
「…結構良いとこじゃないか。高かったんじゃないのか?」
「ううん。丁度学生割引?っていうキャンペーンしてたの。レオンが見つけてくれて、ツインの部屋一つとったの。今日は一人部屋になっちゃうけど。」
ヴィガロスはそうか、と顎に手を当てて少し考えた。
「どうかしたの?」
「いや、晩飯のこと考えててさ。泊まる場所があそこならあんまり離れてないほうがいいかなって。この街さ、ディノティクスみたいに電車とかなくて、移動がバスか車なんだ。俺、普段は自転車使ってるからいいんだけど、それ以外だと移動に結構時間がかかるんだ。」
「そうなんだ!ヴィガロスのおすすめのお店とかってある?」
「この大通りから一本路地に入ったところによく行くところはあるぜ。美味しいし、ボリュームもあって、値段もイイ感じなんだ。」
「じゃあそこにしよ!ヴィガロスおすすめの店なら、きっといい店だと思うし。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。そうだ、折角だから予約しておこう。確か電話番号は…」
学生たちは休暇とはいえ、平日である。
二人ほどであれば予約を取るのは容易だろう。
ヴィガロス電話では予約を取ろうとポケットから携帯端末を取り出した。
大理石の廊下には赤い絨毯が敷かれ、その左右には立ち入りを制限するポールと縄が掛かっている。
団体客が列を成して神妙な面持ちでガイドの説明に耳を傾ける。
紫羅の歴史を語る上で欠かすことの出来ない聖剣神話。
昔々、神々が天に居を構え人々に恩恵を齎していた時代。
大いなる神に歯向かう一人の邪悪な悪魔がいた。
彼とその眷族は神々に成り代わり地上を支配しようと目論む。
大いなる神は聖なる剣をもって悪魔を倒し、二度と地上に出てこられないよう、彼らを地下深くに封じ込めた。
封印の鍵は聖なる剣そのものであり、封じた場所こそ、この城の地下なのだ。
そして帝王家の祖先が封印の場所を祀るために地に留まり、いく星霜を経て、今の巨大な国を治める王家になったという。
「あらゆる邪悪を退ける聖なる剣か、ほんとうに有るのかなヴィガロス。」
「あると思うぜ。現にこの城では魔法が使えないようになっていて、それは聖なる剣の力だ、っていう話だぜ。」
「そうなの?でもさっきガイドさんが、『城の魔法無力化結界は黄金の錫杖ヴァジュラの力だ』って説明してたよ。」
「ヴァジュラは聖なる剣の力を放出するアンテナみたいな役割なんだ。結界の元は、封印の剣なんだ。でも説明がややこしいからヴァジュラの力だってことにしているみたいだな。」
「詳しいね、ヴィガロス。」
「何年も住んでいるし、それに昂羽さんが何かにつけて薀蓄語りたがるし…」
何かを思い出したのかヴィガロスがため息をつく。
その様子にフェグは苦笑する。
「でも、色んなお話を聞けるのは羨ましいわ。…次は大広間の見学ね。本当にすごいお城。建物もそうだけど、さっき通った外廊下からの景色、中庭かな、素敵だったわ。」
「ここには世界中から色んな動植物が集められているんだ。薬効のある植物を集めた温室もあるし、南国の鳥を飼育しているエリアもあるんだぜ。時期によっては公開しているんだけど…今日はやってないみたいだな。」
「そうなんだ!お城の封印の事といい、本当に詳しいね、ヴィガロス。」
「まあね、何回も来てりゃそりゃあ…」
そこまで言ってヴィガロスは咳払いをした。
「あー、まあ公開期間が決まったらまた連絡するよ。」
「本当?ありがとう!」
「どういたしまして…ん?」
ヴィガロスは廊下の奥を注視する。つられてフェグもヴィガロスの視線の先を見る。
大きな扉。
ガイドの説明によると扉の向こうは謁見の間。
帝王が座る玉座のある部屋である。
昔では執務の殆どをこの謁見の間で行っていたが、近年では別の部屋で政策会議が行われるようになった。
そのため、現在の謁見の間は観光名所として一般に公開されているのだが…。
「閉まっているのか、珍しい。」
「そうなの?工事とかじゃないの?」
「それにしては静かだし…」
扉の向こうからは何も聞こえない。
誰かが何かの作業をしているだとか、そういった様子もない。
「残念だけど、引き返しましょうヴィガロス…あれ?」
フェグの視界が歪む。正確には、視界に映るドアが、だが。
「フェグ、どうかしたのか?」
「い、いいえ。なんでもないわ。」
フェグは何とも言えない胸騒ぎを感じたが、それを口に出すことなく、団体客に続いて扉に背を向けた。