第3節
サブタイトルが思いつきません。
第3節
男は必死になっていた。
もうすぐ約束の期日だ。間に合わなければ殺される。奴らは自分達の命などなんとも思っていない。まるで地べたをはいずる虫のように。
男は疲弊していた。
もう何日も眠っていない。まるで死刑執行を待つ囚人かのように、ただ静かに暗い部屋で息を飲んでいた。
男は後悔していた・・・・。
最初はたかが小娘一人すぐ見つかると思い込んでいたが、自分の命すら左右することになるとは。
明日の明け方が少女を引き渡す期日である。今は夕方の6時を過ぎた辺りだ。今だに部下からの連絡はない。
今までは部下への威厳もある為にあせりを出さずにいたが、正直もうそんな余裕はない。
その体格のいい身体つきからは想像できないほどに精神が追い詰められている。
彼の名前はダグラス=ヴィルゴ。
このルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラを活動拠点とする犯罪シンジケート集団とでもいえばいいか。
ギャングと呼ばれることもある。
彼はそれのボスと言われる。
この街で多発する犯罪、暴行・強盗・殺人・人身売買などは大抵がこの組織の一員だったりする。
裏の世界では結構名が知れた存在だ。
街で見かければまず誰も近づこうとはしない。彼が何もしなくても自然と道が開けていく。彼から遠ざかるようにだ。
なぜか、ただ単純に怖いからだ。因縁つけられ様ものなら末代まで苦しい生活をさせられるであろう。
泣く子も黙る下道中の外道と言えよう。
そんな彼が、死への恐怖に震えている。
銃口や刃物など何度も突きつけられてきたことはある。生まれてきてからの定めのようなものだ。そういう輩は大抵返り討ちにあっている。
だが、今回の相手はわけが違う。
そんなものは一切通用しないのだ。
彼が今まで積み上げてきた武力、プライド、財源など全てがボロボロと崩れ落ちていく感覚。
事実、崩されたのである。
本物の力というのを見せ付けられたのだ。
それ以来、ずっと奴らのいいなりである。
逆らえば、自分が殺される。
だからどんな手も使った。あらゆる犯罪に手を染めた。先ほど挙げたのはまだかわいい方かもしれない。
それでも、今回は上手くいかない。
奴らが言ってきたのは実に簡単だった。
[少女を捜し、引き渡せ。]
これだけの文字に少女の写真。
今までの無理難題に比べれば朝飯前のようなものだ。
最初はそう思っていたのだ。
それがこのザマである。
だからと言って黙って死ぬ気はさらさら無いのだが。
彼には右腕とも言われる有能な部下がいる。
名をアイデンヴェルグ=リースリィという。
年齢はよく知らないが20~30代ぐらいだろう。体つきは自分と反対で華奢だが、とにかく頭がよくキレる。
その豊富な知識と戦略で何度助かったことか。
すでに彼にとって絶大な信頼を得ていると言ってもいい。
今回もリースリィが主で指揮をとってくれている。
これでダメなら打つ手無しか、どっか遠くへでも逃げるか・・・
そんなこと思っていた時である。
ドアを叩く音が聞こえる。
「入れ。」
もしかしたら見つかったのかもしれない、と内心は冷や冷やものだ。
「失礼します。」
ガチャッとドアを開け、痩せ型の白衣を着た男が入ってくる。
リースリィだ。
「報告します。ターゲットの居場所をつきとめました。」
簡潔に述べる。
「そうか。」
ヒゲを蓄えた口元を下品ににやつかせながら答えた。
やっとだ、やっとこの日が来たのだ。てこずらせやがってなどと思いながら
「どこにいるんだ?」
あせる気持ちを抑えながら話を続ける。
「それが・・。」
リースリィは少しいいずらそうに間を置いた後
「聖魔研です。」
静かにそう答えた。
またやっかいな所に隠れられたものだ。
あそこは国立が故に警備が硬い。進入するのも一筋縄ではいかないのだ。
「それに。」
リースリィが付け加える。
「あの女も一緒にいます。」
「女?」
誰かと思って聞いたが、次の言葉を聴いた瞬間に戦慄が走る。
「クリス=リンベルです。」
その名前には嫌なイメージしかない。
今までもさんざ彼女に邪魔されてきたのだ。
向こうはこっちの事など知らないだろうが、こちらの失敗の時には大抵彼女の名前が挙がる。
こちらからすれば疫病神の様なものだ。
「厄介だな・・・。」
重たいため息を吐きながら呟く。
「ご安心を。作戦はもう考えております。」
リースリィの心強い言葉が返ってくる。
「どうやらターゲットは聖魔研に泊まるようで。女も今は離れております。」
「そこで警備の薄い深夜に突入し、ターゲットを確保。そしてリミットである明け方にターゲットを引き渡します。」
言うだけならば簡単だ。
「大丈夫なんだろうな?」
万が一失敗すればもう後は無い。
だがリースリィはニヤリと笑いながら
「心得ております。もう少しの辛抱です。必ずやボスの元にターゲットを連れてきて見せましょう。」
そう言い、丁寧なお辞儀をしつつ部屋から出て行く。
リースリィの言うことだ。多分確信があるのだろう。
あいつはできないことは口にしない。それ故に信頼があるのだ。
だが・・・。
女の名前だけがいつまでも頭から離れないでいた。
~息抜きタイム その5~
「無い乳め。」
「んだとこらぁ!!!」
「ふぇ~~。」
そんな情けない声を出しながらエリィはベッドに寝転がっていた。
クリスと別れてからというもの、検査尽くしの時間だった。
最初は検査着なんて言って下に何も着れない布一枚みたいな薄い服に着替えさせられたと思ったら。
痛いことしないって言ったのに採血はされるし、なんか変な機械の中にはいって数十分じっとしてなきゃだし、なんでか分からないけど視力や聴力なんかも検査されたし。
セロさんは「異常が無いかどうか見るだけよん。」なんて言ってたけど。
やっと戻ってきたのはもう午後の8時を過ぎたあたりだった。
ここはセロの研究室の奥にある寝室のような場所で、寝る為のベッドとちょっとしたテーブルがあるだけだ。
そのテーブルの上に食事がおいてある。
「ごめんねぇ、こんなところしかなくて。でもここの食事は意外とおいしいのよ?」
セロが部屋に入りながらそう言ってくる。
「もうくたくたです~。」
ベッドにへたっと倒れながらエリィが返す。
「大丈夫よ、もう何もしないから安心して。」
近くにある椅子に腰掛けながらエリィの為に買ってきた缶コーヒーを手渡す。
「コーヒーは飲めて?」
「あ、だいじょうぶです。ありがとうございますぅ。」
重たい体を起こしながらそれを受け取る。
暖かかった、どうやらホットにしてくれたようだ。
それを飲みながら、ちょっと話づらそうにエリィが口を開く。
「あ、あの、クリスさんってどういう人なんです?」
「あら?どうしたの急に。」
セロが疑問に思って聞く。
「い、いえ。こんな見ず知らずの私にここまでしてくれて。今までこんなこと無かったもので・・・。」
少し俯きがちに答える。
「ああいう子なのよ彼女は。」
セロが優しく微笑みながら言う。
「何ていうのかな、おせっかい焼きって言ったら怒るわね、あの子。ようはほっとけない性格なのよ。」
「はぁ、そうなんです?」
今一理解ができない。普通ならどう考えても自分はめんどくさい類に入るのに。
「あの子もね、昔色々あったのよ。まぁ今もそれに苛まれてるのもあるけどね、顔にはださないけど。」
「え?クリスさんも何かあったんです?」
エリィが驚きながら聞く。
「まぁ、良い人生とは言えないわね。ここまでよく走ってきたものだわ。」
「そうなんですか・・。」
少し沈黙の空気が流れる。
「まぁあの子はそんな理由であなたを助けたりなんかしないわ。もっときっと単純な理由よ。」
「単純な・・理由・・?」
「そう、ただ単に助けたかっただけ。それだけよ。」
「はぁ・・。よくわからないです。」
難しい顔をしながらエリィが唸る。
「まぁあなたはラッキーだったと思うくらいでいいのよ。」
エリィの肩を軽く叩きながらセロが言う。
「どーせラッキーだったんだから大いに甘えちゃいなさい。その方が彼女も喜ぶわ、きっと。」
「そ、そんな安易な・・。」
エリィが言う前に笑いながら部屋を出て行くセロ。
その際に遠くから
「あ、食事食べたらその辺に置いといていいわよー。もう今日は何も無いから安心して寝ていいわ~。」
なんて聞こえてきた。
そこで目の前に食事が置いてあったことを思い出す。
結構前に置かれたのか、少し冷めているようだ。
「はぁ・・・。」
ため息をつきながら、その食事をつっつく。
「あ、おいし。」
セロの言ったとおり良い味付けだった。
考えることは山ほどある。記憶がいつ戻るかわからないし、今後の事もある。
とりあえず今あれこれ考えたって何も出てこないので、セロの言った通り甘えようかな、なんて思いながら食事をとっていたエリィだった。
~息抜きタイム その6~
「たまねぎ嫌いです。」
「残さず食べなさい!!」
その頃のクリスはどうしてるかと言うと
「全く変わらないはねーあなたは。」
何てエルハイムに言われながら飲んでいた。
ここはプロンテラのメインストリートよりちょっと外れに位置する一見するとバーのような、そんな雰囲気の居酒屋だ。
こじんまりとした店内で、基本的には常連さんしかいないような個人経営の店である。
薄暗い店内で、込み入った話なんかする際にはよく利用する。
まぁ基本的にはエルハイムとしかこないが。
「うっさわいねー。あんたもぜんっぜんかわらないじゃない!」
と、女性が持つにはちょっと大きすぎるくらいのジョッキでビールを飲みながら叫んでいるのはクリスだ。
「どう考えたって今回の事は簡単じゃないわよ。別にあの子が悪いわけじゃないけど。」
対象的にエルハイムが飲んでいるのは綺麗なピンク色したカクテルのようなものだ。
「記憶喪失なんてそんなすぐ直るもんじゃないのよ。そのへん考えてるの?」
多少酔っているのか、少し強い口調になりながら聞く。
「わかってるけどさぁ。わかってるけどもさぁ~。」
ぶつぶつ呟きながらつまみをつっつきつつクリスが答える。
「ほっとけなかったんだもん。しょうがないじゃな~い。」
はぁ~と一際大きいため息をつくエルハイム。
「まぁ・・。あなたがそういう性格なのはわかってるけどね。」
半場あきらめたようにそう言う。
言ってもきかないのは昔からだ。
最初の方は何かやらかすたびに注意していた物だが、ここ最近はとりあえず一言言うだけで強く言ったりはしない。無駄だからだ。
それよりも彼女がポカをやらないように後ろから支援する方が彼女の為かもしれない。そう思ったのだ。
「エルハイムには感謝してるわよー、これでも。なんだかんだで手伝ってくれるんだもの。」
彼女から突然思いもしない言葉を聞いたのでちょっとドキッとした。
もしかして気づかれた?とも思ったが
「俗に言うツンデレ?っぽいよねー。」
「あんたに言われたかないわよ!!」
違ったようだ。
空気も読まないくせにたまに核心を突く時がある。
それが良い所でもあるのだが。
「で、結局どうするの?あの子これから行くところ無いわよ。」
カクテルに口をつけながら話を進める。
「ん~。」
少し考えたあと
「ガーデンブルクにでも連れて行こうかと。」
「ぶはっ!」
思わずカクテルを口から噴出す。
「あんた今日それ多いわよ~。」
あーあーもったいない、とした目でクリスがそれを見る。
「だ、だって!ガーデンブルクって言ったらあんたんとこでしょ!」
「何よ失礼ねー。ちゃんとしてるわよー、多分。」
実はガーデンブルクにあるクリスが所属しているギルド、名前をヴァリアントユニオンと言うのだが。
先に言ったとおりギルドマスターはハルトだ。もちろんハルト、クリス以外にも所属してる人はいるのだが。
街の少し外れに大きい集合住宅のような家がそこの本部で、そこで共同で暮らしているのだ。
マスターがマスターなので結構クセが強いの多い。
別に悪い人達ではないのだが。
「ああ、こうしてまた清楚な子が汚れていくのね・・・。」
軽く嘆くエルハイム。
「それどういう意味よ・・・。」
冷めた目で言い返すクリス。
「まぁ、あんたの事だから別に心配はしていないけど。」
一つ間を置いて今度は真面目に話す。
「長いわよ。それに何かあるような気がするわ。」
女の勘とでも言わんばかりに何かを含んだように。
だが、彼女も視線を逸らさずに真っ直ぐエルハイムを見つめ
「そうね。そしたらとことん付き合うまでよ。」
そう言った。
彼女の決意のようなものを感じた。
こうなったらテコでも動かない。
何が彼女をそうさせるのか。まぁわかってはいるが。
「全く・・・。」
そう言い
「困ったことあったら、何かやる前にちゃんとあたしに相談するのよ。」
結局はこうなるのだ。
「ありがとーエルハイム!じゃーとりあえずここはおごっ」
「割り勘よ!!!」
クリスが言い切る前にテーブルを叩きながら叫んだエルハイムだった。
その時だ。
急にクリスの上着から着信音が聞こえる。
携帯コンソールだ。
「ん?」
不思議に思ってコンソールを覗くと見慣れた名前が書いてある。
セロだ。
なんだろう、と思って電話に出る。
「もしもし?どしたの?」
軽い感じで出たのだが
『クリス!いまどこ!?』
なにやら焦ったようにセロがしゃべっている。
「いまメインストリート近くのバーだけど、どしたのよ。」
少し嫌な予感がして今度は真面目に聞く。
『いい、落ち着いて聞いて。』
「だからどうしたの!?」
あきらかに声を荒げて言う。
『エリィがさらわれたわ。』
「え?」
あまりにも突然過ぎてコンソールを地面に落とす。
「どうしたのクリス!何があったの!?」
何事かと思ったのかエルハイムが尋ねる。
等の彼女は何も聞こえていないかのように唇を噛み締めると
途端に席を立ち外へと走っていく。
「ちょ、ちょっとクリス!どこいくのよ!!」
もうエルハイムの声は聞こえていないようだ。
落としたコンソールからセロの声が聞こえる。
『クリス!聞いてる?クリス!!』
メインストリートを掛ける。
もう何も耳に入ってこない。
やっぱりあの時気にするべきだった。
自分も一緒に彼女といるべきだった。
そんな後悔を頭に何度も巡らせながらなおも走る。
「・・・エリィ・・・!」
もう酔いなど当の昔に吹っ飛んでいる。
とにかく1分でも早く1秒でも早く彼女の元へと行かなければ。
そう思いながら彼女が最後にいた場所、聖魔研へと走っていく。
聖魔研の外門へとたどり着くと、その大きい建物の一箇所に煙が出ている所が見える。
たしか、セロの研究室の近くだ。
なぜかわからないが外門の警備員がいなかったので、不思議に思いながらも走っていく。
正門を抜け、正面玄関へ。ここまで難なくこれたのが逆に少し怖かった。
昼間の雰囲気とは打って変わって誰もいない、物静かな雰囲気なロビーだ。
普通なら怖気づいてしまって足が竦んでしまいそうだが、そんなものは関係なかった。
急いでセロの研究室へと掛けていく。
ドアの前までたどり着くと勢いよくドアを開ける。
「エリィ!!」
叫ぶ声も空しく、静かに自分の声が響く。
「もういないわよここには・・・。」
奥のほうから小さな声が聞こえる。
「!?セロなの!?」
声がするほうへと走っていく。
そこは見事に外へとぶち抜けられた壁と、その近くにたたずむセロの姿があった。
よく見るとケガをしているようだ。頭から血を流している。
「セロ!!大丈夫!?」
惨状を見て驚きつつ近づくクリス。
「ごめんね・・。まかされたつもりがこのザマだわ・・。」
消え入りそうな声でセロがしゃべる。
「いいの、とりあえず傷の手当てをしましょう。」
そう言って傷がひどい頭部へと手をかざし意識を集中させる。
手を纏った白い光りが、創部へと染み込んで行く。
「ごめんなさい、あまりこういうの得意じゃないの。」
傷を塞ぐとまでは行かないが、止血効果にはなったようだ。流血が止まる。
「大丈夫よ。これくらいどうともないわ。」
そう言い、クリスの方へと向き直る。
「簡潔に述べるわ。恐らく襲ったのはヴィルゴファミリーの連中だわ。」
「え?あいつらが?」
思わぬ答えに少し動揺する。
「ええ。一瞬の出来事だったわ。」
呟くようにその時を振り返る。
「私はエリィの寝室の近くのところで仕事をしていたわ。静かだったからもう寝ていたのかと思ったら。突然の爆発音と共にエリィの悲鳴が聞こえたから、何事かと思って寝室に行ったの。」
「そしたらもう壁は打ち抜かれ、黒ずくめの連中が二人、気絶していたエリィを抱えて逃げようとしていたのよ。」
「こちらが反撃する前に、また何か魔術の様なもので爆発させられてね。気がついたらこのザマだわ。」
「そう。それで何で敵がヴィルゴファミリーだってわかったの?」
気になって尋ねる。
「彼らはここいらでも有名な悪だからね。あいつらが決まってしている腕章、それがついていたのを見たわ。」
セロが答える。
誰がやったってのを示すのがプライドなのかどうかは知らないけれど、奴らは必ず黒をベースに赤のストライプをした腕章をしている。
逆に言えば、その腕章をした者には皆近づこうとはしない。
「わかったわ、ありがとう。あとはあたしにまかせて。」
そう言ってまだ傷を負っているセロを近くのベッドへと座らせ、立ち去ろうとする。
「待ってクリス!一人で行く気!?」
セロが呼び止めるが、歩みを止めずこう言う。
「あたしね、約束したのよ。明日また会おうねって。」
そう言ってまた走り出していく。
道の途中でハルトらしき人物を見たような気がしたが気にする余裕などなかった。
思うことはただ一つ
「待っててね、エリィ。必ず助け出すから・・・。」
第3節 完
次号!いよいよクライマックス!