第2節
新キャラのご登場シーンからですん。
途中の息抜きタイムは飛ばして頂いてかまいません!
第2節
「今日は月がよく見えるわね。」
ここはエンティルバニア王国の首都カルベルスタットにある、王立聖術魔術中央研究院(通称:王立聖魔研)の一角にある研究室だ。研究室と言っても人体模型やいかにもあやしい色の薬品とか、そういう陰湿な雰囲気ではなく、研究室の到る所に観葉植物や花の植木鉢など一見するととてもじゃないが研究室には見えない、どこかのちょっとデザイン的な喫茶店か何かではないかと思うほどである。
今は夜で、灯りもほとんどついていないのでわからないが、この部屋の壁も白を基調としており、それが余計に研究室というイメージを離れさせている。
そんな研究室で一人、専用のデスクに大量の本(おそらく魔道書のようなもの)を山積みにし、椅子に腰掛けながら物思いに耽っている女性がいる。
彼女の名前はエルハイム=コージリフ=ヴァンフィールド。
ブラウン色のセミロングヘアで、両サイドの髪を肩から前に垂らし、それぞれを毛先の近くでアクセサリーのような金具で結ってある。
若干垂れ目で、瞳は碧眼という特徴的な目をしている。メガネをかけている為その部分は少しわかりづらくなっているが。服装はいかにも研究者らしい白を基調としたシャツにロングスカート。ただ一点違うのは上着として羽織っているのが、魔術師らしい装飾を施した薄茶色のローブを着ているところだろうか。
彼女は王立聖魔研の総合研究部主任という肩書きを持っている。この研究室の責任者でもある。
そう、この部屋の趣味も彼女によるものだ。
今の時刻は21時、夜も一層色濃さを増し月の明るさを際立たせている。
今日もとても静かな夜だ。こういう日は仕事もはかどる。
いつもは19時には仕事を切り上げ帰り支度をするのだが、こう月が明るいとまだ大丈夫、まだいける、とついつい遅くまでしてしまうのだ。
しかしさすがにこの時間は遅い。
この研究所から自宅まではそう遠くないが、夜道を歩くのはやっぱりちょっと怖い。
デスクに置いてある本はそのままにし、そろそろ帰り支度をしようかと思っていた時だ。
突如、電話が鳴った。
電話と言っても一般的に想像するの様な類ではない。この世界では、人間に生まれ持っている精神力を通信信号に変換し、専用の小型精神力変換通信端末(通称:電話、コンソールなど)より不特定多数の相手と通信ができる物が存在するのだ。精神力は人によって様々な為、同じものは二つと存在しない。専用のコンソールに自分の精神力の波形を登録しておき、例えば友達の精神力の波形を登録しておく。そうすれば、いつでもボタン一つで相手の精神力の波形を探し出し、相手のコンソールに呼び出すことができる。
逆もしかりだ。
エルハイムは上着のポケットからコンソールを取り出し、それについている小型ディスプレイに表示されている名前を見る。
久しぶりに見た名前だ、とエルハイムは思った。
昔はよく遊びにいったり、魔物討伐で一緒に戦ったりもした。でも最近はお互い忙しくなって疎遠状態にあった。
学生時代の頃がなつかしいな、と思ったところでまだコンソールが鳴っている事に気がつく。
あわててコンソールにある通話ボタンを押すと
『おっ!でたでた!ちょっとーエルハイムー!!出るの遅いよー!!』
一際ばかでかい声がコンソールから聞こえる。
キーンとなった耳を少し押さえながら、コンソールに耳を当て、
「ちょっと声でかいわよ!そんなにしなくても聞こえるから!」
負けじと大声で言い返す。
『あーごめんごめん。ちょっと久しぶりで舞い上がっちゃってね~。』
コンソールからガハハと笑い声が聞こえる。
さっきまでの静寂な空気をぶち壊すようだ。
「まったく、あなたも相変わらずねクリス。」
ため息をつきながらそう答える。
『なーんか今日はため息つかれるな~。そういう日なのかなー。』
聞こえていたらしく、うーんと唸り声が聞こえる。
「あなたの場合、今日「は」じゃなくて、今日「も」でしょ!」
『さっすが親友!わかってる~!』
「誰も褒めてないわよ!」
彼女と話すと大体こういう展開になる。意味があるんだか無いんだかわからないようなことをずーっとしゃべり続けるのだ。
でもここ最近は全く連絡を取っていなかった。別に声を聞かないと寂しくなるとか、そういう性格ではお互い無いので何も問題は無かったのだが。
それがめずらしく、しかもこんな時間に電話をよこすのは異例だ。
「それよりどうしたの?急に。」
何か訳があるんだろうと思い、話の流れを強引に戻す。
『あ、それなんだけどねー・・・』
・・・・・?
その後が一向に続かない。
「クリス?どうしたの?何かあったの?」
何か嫌な感じがしたため、あせっていたのか声が少し荒くなっていた。
『・・・・』
今だに向こうから何の返答もない。
・・・?いや、かすかだがクリスの様な声が聞こえる。
コンソールを耳に強くあてがい澄ましてみると・・・
『コラぁ!エリィーー!はしゃがないの!早くお風呂入っちゃいなさい!あー!服は脱衣所で脱ぐの!そっちはトイレだーーー!!』
なんとも騒がしい声が聞こえてくる。
「母親かおのれは!!」
心配して損したのか全力でつっこんでしまった。
「用が無いなら切るわよ!」
しびれを切らしたのか、エルハイムが突っぱねようとすると
『あー待ってー!ストーップストーップ!』
クリスが全力でコンソール越しから叫ぶ声が聞こえる。
また一つ大きくため息をつき
「随分と騒がしいじゃないの、誰か他にいるの?」
さっきからエリィという単語が受話器越しに聞こえるので尋ねてみた。
『あ~いやちょっとそのこともあって電話したんだけど。ん~~』
何やら考えているのか唸り声が聞こえる。
「どうしたの、何か問題事?」
『いや~そういうわけでもないんだけどねぇ~。あ!ねぇねぇ明日ちょっと暇ある?』
クリスが突然そう尋ねた。
「暇っていうほどの時間は無いけど。今仕事の都合上研究室に篭りっぱなしだからね。」
『あ~別に研究室でもいいのよ、ちょっと会わせたい子がいてね~』
会わせたい子・・・?
まぁ大体予測できるが聞いてみる。
「もしかしてさっきから耳にする、エリィって子?」
『そーそー!さっすがエルハイム!話が早い!』
「いや、あなたがさんざ叫んでたのが聞こえただけよ。」
軽くうんざりした声で話す。
ただ、自分に会わせたいという理由が今一よくわからない。
「で、その子を何であたしに?」
『あーちょっと簡単には話せそうにないのよね。詳しくは明日直接話すわ。』
さっきまでのふざけたノリとは違い、深刻そうに話す。
「まぁ、一応時間は空けておくわ。できれば午前中にお願いしたいのだけれど。」
『わかったわ。なるべく早くいけるようにするから、よろしくね!』
何とも簡単に言ってくれるものだ。こっちだって色々スケジュールがあるのだが・・・
彼女があれだけ真面目になるのも何か理由があるのだろう。他でもない彼女の頼みだ。親友として断る理由もない。
「じゃあ明日研究室で待ってるから。受付には話しておくから、時間遅れないでね。」
『おっけー!ありがとねー!』
そう言い、通話が切れる。
台風みたいだな・・・。とエルハイムは思った。
嵐のように突然現れ、ひっちゃかめっちゃ暴れた挙句、何事も無かったかのように消えていく。
もう慣れてしまっている自分も自分だが。
きっと明日も厄介ごとを持ってくるに違い無い・・・。
軽くため息が出そうになるが、考えたって仕方ない。全ては明日になってみないとわからないのだ。
コンソールを上着にしまいながら
「せっかく綺麗な月夜なのになぁ・・。」
そう呟きつつ、少し憂鬱になりながら研究室を出て家路に着くことにした。
一方その頃、ルーンゲイズにて
「よし、とりあえずこれで何とかなるでしょ。」
と、コンソールを上着に仕舞いながらクリスは呟いていた。
今彼女がいるのはメインストリート沿いに位置する、この街では割と大きな宿屋だ。
3階建てになっており、最大で5~60人ぐらいは泊まれる規模だろうか。
そこの一角に宿泊している。
3階の角部屋はこの宿でも一番いい部屋らしいが、お世辞にもそんなとこ泊まれるお金があるとは言えない。
なので割と安価な部屋を借りたのだが、それでも一室にお風呂とトイレがちゃんと完備されている辺り、いい宿屋なのだろう。
いまそのお風呂にはエリィが入っている。
宿屋に泊まるのが初めてらしく(まぁ記憶が無いだけかもだけど)彼女のはしゃぎ様はすごかった。
「すごーい!!でかいベットがある!うわ、こっちトイレ!?こっちはお風呂だーー!!」
など、とりあえず片っ端からドアを開けて確認し、部屋中を飛び跳ねる姿は(いや、まぁ記憶が無いんじゃそら珍しいだろうけど)どう見ても年相応の行動には見えない・・・。
と、言ってもエルハイムから見れば「あなたも同じようなもんよ。」と言い放たれそうだが。
ちゃんとお風呂に入れてるか心配になって脱衣所の方へ行ってみる。
「エリィー。大丈夫?お風呂入れたー?」
などと聞きながら脱衣所のドアを開けると
「え!あぁ!ちょっと待ってくださーい!今開けら・・」
と、何やらドアの向こう側からエリィの声が聞こえるが、もう遅い。
エリィがしゃべり終わる前にドアが完全に開け放たれる。
「何よー。まだ入ってないのー?」
そう言ったクリスの目の前には、今まさに下着を脱ごうとしているエリィの姿があった。
「あ・・ぁ・・・。」
半脱ぎ姿のエリィがこちらを見ながら硬直している。口もぱくぱく言ってる。
「何固まってんのよ。ほら、早く入る入る!」
クリスは別にそんなもの気にならないという様な、どうでもいいとでもいう様な感じで催促する。
「ぇ、いやだって・・。裸が・・・。」
「女同士じゃない。なーに恥ずかしがってるのよ。」
「は、恥ずかしくもなりますよ!だって、は・・は、裸なんですよ!!」
「わかったわかった、出て行くから早く入っちゃってねー。」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出すので埒が明かないと思ったのか、足早に脱衣所から出て行くクリス。
いちいち待つのもめんどくさいから一緒に入っちゃおうかな、とも思ったが多分あれじゃあ無理だ。
仕方が無いので寝室の方に戻り、ベットの近くにある少しこじゃれたテーブルセットの椅子に腰掛け、すぐ傍にある窓の外を眺める。
テーブルの上に置いてあったタバコの箱から一本取り出し火を付け、物思いに耽ってみる。
明日は朝早くに出て転送サービスを使って首都に行かないとなぁとか、記憶喪失ってどうやって治すのかなぁとか。
普段はあまり物事を深く考えたりしないので、悩んだところで答えなどでてこない。
その為に親友に連絡したのだ。
彼女なら自分より知識がある。何かいい案があるかもしれない。
変に無い知恵を絞って彼女を連れまわすよりは確実なはずだ。エルハイムには申し訳ないが・・・。
エルハイムは学生時代の同級生だ。
その時に起きた出来事がきっかけで、彼女とはよく話す仲・・・そして戦友となった。
今回だけで無く、今までも何回お世話になったか。
その度に彼女は嫌な顔をする事も無く(腹では何考えてるかわからないが)話を聞いてくれている。
正直のところ、彼女無しでは今の自分は無かったかもしれない。
一つ大きくタバコの煙を吸い、ゆっくりと吐き出す。
だめだ、やっぱり考え事は苦手らしい。うまくまとまらない。
というより眠気が襲ってきた・・・。
吸いかけのタバコを灰皿に押し付け火を消し、椅子に腰掛けたまま首をだらっと傾け、うつむきながら少し眠ることにした。
どうせまだエリィはお風呂から出ないだろう。
今日はちょっと疲れた。
お昼前辺りだろうか、カルベルスタットからこのルーンゲイズへ転送サービスで送ってもらいそこから仕事のしっぱなしだ。
クリスが所属しているのはエンティルバニア大聖堂の特殊対応班という所で、その中でも対悪魔・不死の魔物などに特化した部隊にいるのだが。
響きだけは格好いいが、いつも魔物と戦っているわけではない。むしろこの時代、魔物と戦う方が稀だ。
それでも最近はよく出現する様にもなったのだが・・。
なので主な仕事は事務処理などのデスクワークに、こういった地方都市へ赴き異常が無いかなどを確認したりなどだ。
今日もその例外では無く、いつもの地方都市巡回という任務で来ている。
地方都市には大聖堂の支所があり、そこで働いている現地の聖職者と情報の交換などを行う。仕事事態は簡単なのだが、この移動が一番面倒臭い。
基本的にM&Mトータルサービスという各都市転送専門業者(これはこの企業が行っている事業のほんの一部)に依頼をして現地まで送ってもらう。
ルーンゲイズの様な大聖堂の本拠地から離れた場所は出張費として転送代は支給してもらえるが、近い場所(例えばカルベルスタットのすぐ隣街であるラタリオなどがそれにあたる)は支給してもらえない。
つまり実費か歩いて行け、ということだ。
この転送代が実費となると、結構お財布事情に厳しいものがある。バカにならないくらい高いのだ。
そうなると今回は遠方なので不幸中の幸いとでも言うべきか。
あまり得意でないデスクワークを何とか終え、少し生き抜きに街へぶらぶらと出かけていたらおろおろとしている緑髪の少女に出くわした。
そう、楓だ。
いつもの彼女と感じが違うので声をかけたら、例の洞窟へ行ったかもしれない人がいると泣きついてきた。
見た感じ17~8歳ぐらいの女性だと言う。
あせった。正直あせった。
あの場所は自分と楓、他には数名ぐらいしか存在を知らない。ある意味忘れられた所なのだ。
人が寄り付かないので、洞窟の中は多数の魔物がねぐらにしている。
その中でも特に多いのが、元は人間であったであろう者、朽ちてもなお魂を現世に結び付けられ身体を腐らせてまで生きようとする者。
下級ではあるが悪魔族なども潜んでいる。
そんなところに一人だけで行ったらどうなるか。
熟練された戦士でも一人で行こうとは思わない。
泣きじゃくる楓を落ち着かせて、洞窟のある方へと急いで駆けて行く。
今から行って間に合うのか・・・。
行ったところで、元は女性であったろう物とご対面、なんてのはゴメンだ。
あせる気持ちを抑えどうにか洞窟に辿り着く。
普通の人ならこの洞窟から出てくる異様な、陰湿な雰囲気、外にも漏れんばかりの腐敗臭に気おされまず近づかないだろう。
それでも躊躇わずに入っていく。人一人の命がかかっているのだ。
楓の話から推測するに、まだ洞窟内に入ってそう時間は経っていないはずだ。
入り口付近でヘタっていてくれればよかったのだが。
辺りを探しても人がいる感じはしない。勇気があるのか、疎いだけなのか。
軽くため息を吐き、さらに奥へ駆けて行く。
走りながら思う。
これ以上奥となると悪魔族なども潜んでいる。そっちへ行かれたらアウトだ。
悪魔は本能で動く魔物とは違い、ある程度知性を持っている。
下級、中級、上級と別れるのはその知性の違いだと思ってもいい。
ここに棲んでいるのは大抵が下級なのだが、それでも悪魔だ。
耐性の無い人間が襲われたら、一瞬にして魂を引っ張られてしまうだろう。
頭をよぎる不吉な予感を振り払い、辺りの物音に意識を集中させる。
その時、少し奥の方でガラッと壁の岩が崩れる音が聞こえる。
もしや、と思い慎重にその物音の方へ近づいてみると。
今にもグールに喰われそうな女性がその場に座り込んでいた。
恐らく腰を抜かしたのか、死期を悟ってあきらめたのか。何やら一人でボソボソと呟いている。
でもまだ生きている。何とか間に合ったらしい。
音も無くグールの背後に近づき、精神力を込めた拳を叩きつける。わざわざスキルなんて使う必要ない。
グールを倒し、その崩れ落ちる肉体から女性の顔が見えた。
その顔は何が起きたのかわからないような、呆然とした表情をしていた。
本当はそこで説教の一つでも言ってやりたかったが、やめた。
絶望の淵から希望を見出したような、そんな表情をされたらさすがに照れる。
悟られない様に隠しながら、どうにか洞窟を抜ける事ができたのだが。
そう思ったらさっきの出来事だ。
もしかしたら彼女は天然のトラブルメーカーなんじゃないか?と疑問にさえ思ってくる。
何かこれでは済まない様が気がしてきた。
って、既に半場巻き込まれている様な気もする。
「・・・さん?」
うわーやっぱそうだよこれ巻き込まれてるよ・・
「・・リスさん!」
いやでも自分から足突っ込んでるんじゃ・・・
「クリスさん!!」
「うぉわぁ!!」
突如名前を呼ばれ、ガタッと椅子から落ちそうになる。
「クリスさん大丈夫ですか!」
何やらずっとエリィに呼ばれていたらしい。全く気がつかなかった。
「呼んでもぜんぜん返事しないから、死んじゃったのかと・・」
「いや死ぬわけないでしょ・・・」
がっくり項垂れるクリス。
「まぁいいわ・・で、どったの?」
自分を呼ぶからには何か用事でもあるんだろう。
「あっ、そうだった。お風呂あきましたよー。」
突如思い出したように言うエリィ。
「あーはいはい、と・・その前に。」
エリィをよく見ると、服装は下着の上にバスローブのような薄い上着を羽織っているが、髪の毛は濡れたままだ。
薄桃色の銀髪が濡れてより色濃くなっている。
「ほら、ちょっとこっちきて。そのままだと風邪ひくわよ。」
と言って鏡台の方へ連れて行く。
この部屋に備え付けの鏡台で、使い捨てのブラシや精神導力を利用した温風が出る機械などが置いてある。
その鏡台の前に設置されている、座ると兆度顔を全体見渡せる位置の高さに調整されている椅子にエリィを腰掛けさせ、
「ほら、前向いて。」
鏡台の上にあるドライヤーのスイッチを入れ、エリィの髪を乾かす。
最初は急に風が出ておっかなびっくりしたような表情で鏡と睨めっこしていたが、暖かい風が心地よくなってきたのか目がうつらうつらとしてくる。
「数日お風呂入ってなかった割にはあんたの髪の毛綺麗ねぇ~。」
エリィの髪を乾かしながらうらやましそうに言う。
「ふぇ?そうですか?」
今にも眠くなってしまいそうな時に声を掛けられた為、間の抜けた返事を返す。
「あたしの髪なんてボサボサのつんつんだし。こういうクセッ毛がうらやましいわよ。」
「そうですかぁ?クリスさんの髪も黄色で綺麗ですよ。なんかかっこいいです。」
「女に向かってかっこいいって言われてもねぇ・・・」
項垂れながら今度はブラシで長い髪を梳かす。
「よし、こんなもんでしょ。」
髪の毛を梳かし終わり、頭をポンと叩く。
「あ、ありがとうございます。なんだかすごく懐かしい感じがしました。」
「懐かしい?」
「はい。なんだかお母さんってこういう感じなのかなって。」
「あたしはまだお母さんって年じゃないわよ・・・。」
そう思いながらふと疑問に思った。
「何か、思い出した?」
「いえ。特に思い出したわけではないんですけど・・・。昔こういうことあったんじゃないかなって。」
少し俯きながらエリィが答える。
はぁ、と一つ息を吐き
「大丈夫よ。きっと思い出せるわ。」
エリィの肩を叩きながらそう答える。
「とりあえず明日あたしの知り合いの所へ行きましょ。彼女なら何か方法知ってるかもしれないわ。」
俯いていたエリィがちょっとびっくりした様な顔をしながらクリスの顔の方を見上げる。
「明日も一緒にいてくれるんですか・・!?」
「ここまでやっておきながら、はいさようなら~なんてできる訳ないでしょ~。」
頭をポリポリ掻きながら、照れ隠しなのかエリィの視線を離しつつ言う。
「大丈夫、とりあえずあたしにまかせておきなさい。記憶が取り戻せるかは保障できないけど・・・。」
それを聞いたエリィは今度は嬉しそうにクリスに抱きつきながら
「あ、ありがとうございます!!」
と、宿屋の外に響くぐらいの大きな声で叫んだ。
「わーった、わーったから、もう遅いから早く寝なさい。明日は早いわよ。」
また照れ隠しなのか、明後日の方へ向きながらベットの方へと催促する。
はーい!と返事をしながらベットの方へ行くエリィだったのだが。
ふと背後から何やら不気味な声が聞こえたので耳を澄ましてみると
「ふっふっふ、このあとあたしのお風呂シーンでもあると思った?そんなもの無いわよ!!残念ね!!!」
などと突如聞こえてきた。
「だ、誰にいってるんですかクリスさん・・。」
思わずつっこまざるをえなかったエリィであった。
時同じ頃、エンティルバニア王国内の首都より少し外れた所にある施設にて・・。
「・・・見つかったか?」
男の声がする。
彼がいるのはその施設の一室で、部屋全体が薄暗くてよくわからない。ただその部屋には中心にとても大きい机と、そこに座る為の椅子が置いてあるだけだ。
例えるならば、どこかの企業の社長室のような、そんな豪勢な机だ。
そこに座っている男性が一人。机越しにその男の部下と思われる人と話をしている。
「いいえ、今現在のところ発見までには至っておりません。」
部下が答える。20~30台ぐらいの痩せ型で、目が少しやつれている様に見える。
この施設内の研究員らしいのか、Yシャツにネクタイ、上着には白衣を羽織っている。
「・・・そうか。」
一方こちらの男性は見た目50台ぐらいでとても恰幅が良い。何か格闘技でもしていたかのような姿だ。
口元にヒゲを蓄え、口には葉巻らしき物を加えている。
「時間が迫ってきたな。もう後はないぞ?」
ヒゲの男が言う。その顔には少しあせりがでているようにも見える。
「はい心得ております。目星はついておりますのでご安心を。」
ヒゲの男とは違い、悪魔で冷静沈着だ。
「明日そちらの方へ私の部下を投入させます。もう少々のお待ちを。」
「アレはとても大事なものだ。何かあってからでは遅い・・・。」
ヒゲの男は口から重苦しい煙を吐き、背後の窓から外を見つめる。月がとても輝いている。
「頼んだぞ・・・。」
「御意に。」
そう言い、部屋から出て行く白衣の男。
残された男が誰に言うでもなく一人呟く。
「造られし神・・・か・・。まるで御伽話だな・・・。」
明日の結果次第で自分の処遇も決まる。
自分よりももっと大きな存在、いや組織というべきか。
詳しい事は何も知らされていない。ただ一つわかるのは
逆らえば、殺される。
彼らが探しているのは一人の少女だと言う。
そんな少女一人の為に自分の命が左右されるのは癪だ。
明日は何が何でも結果を出さなければならない。
少女には悪いがこちらも生きる為なのだ。
我ながら情けないものだ、と思いながらまた一つ大きく煙を吐き、夜空を見つめていた。
話は元に戻り、明くる日の昼間にて。
「いてててて・・・。」
首を押さえながらカルベルスタットの大通りを歩くエリィ。
「どうしたの?首なんか押さえて。」
そんなエリィの姿を見て不思議そうに聞くクリス。
「い、いえ、ちょっと寝違えちゃって・・。」
「間抜けねぇ~。」
そう言う彼女に深くため息をつく。
・・・あなたのせいですよ・・・
今日は朝から大変だった。
自分たちが宿泊していた部屋にはなぜかでかいベッドが一つあるだけだったので、昨日は二人で一緒のベッドに寝た。
それは別にかまわないのだが。
夢の中へ落ち気持ちよく寝息を立てている時に、突如身体が締め付けられる感覚に襲われ、金縛りか何かと思って目が覚めたら、クリスに抱きつかれていた。
ちょっとびっくりしたが、彼女も気持ちよく寝ていたし、そんな悪い気はしなかったのでそのままにしていたのがまずかった。
時間が経つごとにどんどん締め付ける力が強くなり、サバ折りのような状態になる。
さすがに激痛だったので、なるべく起こさないよう最大限配慮しながらゆっくりと腕をほどく。
が、今度は足が飛んでくる。
まさかとは思ったが、ものすごく寝相が悪いのだ。
足がようやく引っ込んだと思ったら今度は腕が飛んでくる。
きっとこのまま隣で寝ていたら死んでしまう。そう危機感を覚えたエリィは泣く泣くベットの下へ行き、床の上で寝る事にした。
床が硬かったせいだろう、そのおかげで首を痛めたようだった。
それでもやっと睡魔に襲われ、やっとの事で眠りにつけたと思ったら
「だぁーーー!!寝過ごしたーーー!!」
とクリスの叫び声で目が覚める。
ギョっとして部屋にある時計に目をやると、すでに午前8時半を指している。
昨日、宿屋のチェックアウトの時間を言われたのはたしか9時だ。
「起きてエリィ!時間が無いわ!!」
と、どたばたしながら身支度をし始めるクリスに対し、ろくに寝れなかったエリィはまだ頭がうまく働かない。
時間が無いのは理解できるがどうにも動く気にならない。
「あ、あと五分だけ・・・。」
「んな時間無いわよ!ほら、とっとと歯磨く!!」
今にも寝ようとしているエリィに歯ブラシをつっこむクリス。
「それ終わったらこれ着てね!」
と、綺麗に畳まれた服を渡される。
昨日自分が着ていた服とはちょっと違う。色や形は聖職者の服だが、なんかこう、もっと動きやすそうになっている。
「あれ?これどうしたんですか?」
エリィが聞くと
「さすがにあんなボロボロになったの着せれないでしょ。とりあえずあたしが持ってきた服着るといいわ。あんたの服はあとでクリーニングかけとくから。」
と、荷物をカバンに詰めながらクリスが言う。
「あ、何から何までありがとうございます!」
「そんなのいいから、ちゃんと着れた?」
「はい!あ・・・でもちょっと胸の辺りがキツイかも・・」
と何の疑いも無く言ったら
「ん?ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一回言って?」
とものすご~い満面の笑みでクリスが答える。
その笑顔が逆に恐ろしいまでの殺気が込められている気がしたので
「な、なんでもないです!ピッタリです!」
慌てて訂正をする。
胸の話はご法度の様だ・・・。
そんなこんなで結局チェックアウトしたのは8時59分。ギリギリだった。
ほっと一息ついたのも束の間、
「まだよ!カルベルスタット行きの転送予約時間は9時15分!時間が無いわ!!」
え~~っと項垂れるエリィを引っ張りながら転送サービスがある場所へと走っていく。
走っている途中に楓っぽい人にすれ違ったが、時間が無かったので軽くスルーをした。
遠くの方から「また人の話聞いてなーい!!」とか聞こえた様な気がしたが気にしないことにした。
何とか転送サービス地点まで走りきり、ぜぇぜぇと息を切らしながら
「く、9時15分首都行きに予約したクリス=リンベルです・・。ま、間に合いましたか。」
と受付の係員さんにものすごい形相で言うクリスに気おされたのか
「は、はい!リンベル様ですね!どうぞあちらへ!」
と、引きつった笑みで対応してくれた。
さすがプロ。あんな顔されても一応笑みは忘れないんだな、とエリィは思った。
転送装置が設置されている部屋へと通され、すごすごと入っていく。
「?ここに入るとどうなるんですか?」
エリィがひそひそ声で尋ねる。
周りには他にもこの時間に予約した人々がいる。
さすがに今の時代、転送なんてものはごく一般的なものなので、エリィの疑問はおかしい部類に入ってしまう。
「大丈夫よ。まぁ見てなさい。」
クリスが小さい声で軽く答えると
突如部屋全体が青白く光りだし、包み込んでいく。
「うわぁ~!綺麗だな~!」
それを見たエリィが感嘆としているのも束の間
一瞬目の前が暗くなったと思ったら、すぐに目の前の景色が変わっていた。
「??あれ?」
頭にハテナマークが浮かび上がる。
「ほら、もう着いたわよ。」
「ぇ?もう着いたんですか?」
クリスに背中を叩かれ、いそいそとその部屋を出て行く。
「うわぁ~~~!」
部屋を出てその景色に思わず声がもれた。
さっきまでのゲフェンの雰囲気とも違うし、建物も違う。
この転送サービスは首都プロンテラのメインストリートに面しており、そこは道行く人、商売をする者などたくさんの人であふれている。
活気があるとはこういうことを言うのだろう。
この通りはとにかく露店を出す商人が多い。冒険者の為に剣や防具など装備品を売る店や、生活必需品などを安く売る店など、とにかくそこら中が露店だらけだ。
「ほら、ボサっとしてないで行くわよ~。」
色んな露店に目移りしているエリィに声を掛けながら歩いていく。
「あ~!待ってくださーい!!」
慌ててついていくエリィ。
そこで気がついたのだ、首がやけに重い事に・・・。
「ところでどこに行くんです?」
いまだに首のあたりを押さえながらクリスに尋ねると
「昨日言ったでしょ?あたしの知り合いの所よ。」
と言われたが、まったく覚えていなかった。
とりあえず、ほぇ~と頷き
「その知り合いさんはどこにいるんです?」
と質問をする。
「あそこよ、あそこ」
そう言ってクリスが指した先に物凄くばかでかい建物が聳え立っている。
「な、なんですかあれ!!」
エリィが驚くと
「王立聖術魔術中央研究院、略称王立聖魔研って呼ばれるところね。」
へぇ~って思ったが今一よく理解ができない。
「まぁ平たく言えば精神力の研究なんかしてるとこよ。あたしもよくわからないけどねぇ。」
顔に出てたのかクリスがそう付け加える。
「とにかく怪しいとこよ。」
と、何か変なものを見るような目でそう呟いた時、
「怪しくて悪かったわね。」
突如二人の背後から声がする。
「「うわぁああ!!」」
二人が思わず驚いて身を引くと
そこに一人の女性が立っていた。
ブラウンのセミロングヘアと碧眼が特徴の物腰が柔らかそうな女性だ。
「な、なんだエルハイムじゃない、びっくりさせないでよ!ってかいつからそこにいたのよ!」
「ついさっきよ。それよりあなたもっと真面目な説明しなさいよね。」
そう言って項垂れる彼女に、今だにびっくり顔で固まったままの女性が目に入る。
「で、そちらが例の子?」
と、エルハイムが尋ねると
「そうそう、エリィって言うの。よろしくね。」
肩をポンと叩かれ自己紹介をされる。
「あ、はい!エルレスティア=マクレガーっていいます!エリィはクリスさんにつけられました!よろしくお願いします!」
硬直していた顔を素早く戻し、深く頭を垂れるエリィに
「あたしの名前はエルハイム=コージリフ=ヴァンフィールド。気軽にエルハイムって呼んでくれて結構ですよ。」
丁寧な敬語で返すエルハイム。
基本は敬語での話し言葉がクセのようだ。ただ、クリスのような親しい仲だと話し方も変わるらしい。
「とりあえず立ち話も何ですから、あたしの研究室へ行きましょう。」
そう言ってクリス達を手招く。
「こっちよ。」
彼女達が歩いていったのはカルベルスタットのメインストリートより少し外れたところにある王立聖術魔術中央研究院という研究施設だ。
エンティルバニア王国の中でも一際大きい施設であり、国中のあらゆる法力、魔術、その他精神力に関わるもの全てを研究、開発している。施設へは外門、正門、そして正面玄関と通らなければならない。各入口には常に警備員が配置され、部外者の侵入を常に警戒している。
外門と正門の間は公園のような、庭のような芝が敷き詰められており、大きな木々がところどころに聳え立っている。自然面を考慮したとか。
正門から正面玄関は打って変わって石畳で敷き詰められていて、とても人工的な感じがする。
それだけ広大な土地なのだ、外門から正面玄関に行くだけでも、大人の歩く速度で10分少々かかる。
「ったく。本当ばかでかいわよね。人の税金こんなもんに使うんじゃないわよ。」
と、ぶつぶつ文句を垂れながら歩いているのはクリス。
「まぁそういわないで。ここの研究だって結構人の役にたってるんだから。」
そう言ってエルハイムが軽くなだめていると
「ほぇ~。ここってどういう研究してるんです?」
不思議そうな顔をしたエリィが興味津々に尋ねてくる。
「そうねぇ、色々ですよ。法力、魔力の研究はもちろん。精神力、精神エネルギーとも言いいますね。そのエネルギーを応用した機械なんかも開発されてるのですよ。」
「キカイ?」
あまり理解していないのか、疑問をそのまま投げかける。
「そうですねぇ。今日ここに来るためにM&Mトータルサービスの転送装置使いましたよね?あれもここの研究の成果の形なんですよ。」
「あんたが綺麗だなーって言ってたあれよ。」
クリスが付け加える。
「あー!あれもここが作ったんですか!」
思い出したようにエリィが言う。
「まぁ実際作ったのはまた別の機関ですけどね。その理論を開発したのはウチなんですよ。」
得意げにエルハイムが言う。
「ちなみにM&Mトータルサービスっていうのは、転送サービスから魔力兵器まで扱うこれまたあやしい会社よ。」
クリスの発言に途中までうんうんとうなずくエルハイムだったが、あやしいの一言でズルッとコケる仕草をする。
「ついでに言うと昨日使ったドライヤーもここのおかげよ。」
「はぁ~~~~。」
感嘆とした表情で呟き、瞳をキラキラさせるエリィだったが
「よくわからないですけど、すごいところなんですね!」
その一言でまたコケる仕草を見せる。
がっくりを項垂れるエルハイムに対し、肩をドンマイと叩くクリス。
そんなやりとりをしている間に正面玄関へとたどり着く。
途中の警備員さんはエルハイムがいるおかげですんなりと通れた。
玄関を入ったところでまたエリィが驚く。
「うわー!でっかいロビー!」
そこは何か演劇でもできそうなぐらいのホールのような高い天井、辺りを全て綺麗な石でしきつめた壁が構えた豪勢な作りになっている。
そのロビーの真ん中にはどこかの有名な彫刻家が作ったのだと思われるオブジェがどかっと居座っている。
「何の意味あんのこれ。」
そのオブジェをペシペシ叩きながらつっこむクリス。
「そういうのに美を感じる物なのよ、お金のある人はね。ちょっとまってて、受付に話して来るから。」
そう言って、ロビーの奥にあるこれまた馬鹿でかいカウンターにいる受付嬢らしき人に話しにいくエルハイム。
「ほぇ~~~。」
さっきから驚きっぱなしのエリィに
「そんなにめずらしい?こんな税金の無駄遣いに。」
辺りの職員に聞こえるか聞こえないくらいかの大きさでクリスが尋ねる。
遠くにいた職員が心なしかこっちを見ている気がする。
「いえー。私今までこんなとこ見たこと無かったもので。あ、もしかしたら見たことはあったかもしれないですけど・・。」
少し俯きがちになりながら答える。
その表情を見て、ハッとしながら
「あたしも最初はびっくりしたもんだけど。何かこう税金とられ始めてからねぇ、こういうもん見ると何かムカムカしてくるのよね。」
どうみてもそのオブジェを見ながら言っている。
「いっそぶっ壊してやろうかしら。」
拳を握り締めながら言うクリスにあははと愛想笑いを浮かべるエリィ。
「お願いだからそれに傷つけないでね。ウチの所長の趣味なんだから。」
その間に受付から戻ってきたエルハイムが釘を刺すと
「チッ。気づいたか。」
とソッポを向きながらクリスがぼそっと呟く。
舌打ちが聞こえたきがしたんですが、本当に壊そうとしたんですかクリスさん・・・。と思い冷や汗を掻くエリィであった。
エルハイムに連れられてロビーの奥にある研究施設の内部へと進んでいく。
途中あちこちで白衣を着た職員と思わしき人を多数見たり、何やらあやしい研究をしている場所を横切ったりと、まぁまず見てる分には飽きない所だ。
興味に誘われてエリィがどっかいってしまわないように、注意深く見守るクリス。
別に研究を邪魔するのは大いにやれなどと思うが、迷子になられたらやっかいだ。
そもそも自分に探せる自身が無い。こっちが迷ってしまいそうだからだ。
そう考えるとこのまどろっこしい道にイライラしてきたので、壁をぶち抜いて突破してやろうと腕を振り被ったら、もの凄い勢いでエリィとエルハイムに制止させられた。
そんなこんなで研究施設の端から端まで歩いただろうか、その先にエルハイムの研究室があった。
ドアの扉のところに[総合研究部 主任室]と書かれている。
「ここはあたし専用の研究室なの。他の人はいないから安心して大丈夫ですよ。」
これから話すことに配慮してくれたのだろうか、エルハイムがそう言いつつドアを開ける。
遠慮がちに入っていくと、想像していた雰囲気とは一変、室内を白を貴重とした壁に、いたるところに観葉植物や花などが飾ってある。
今は昼間なので、窓から挿す光が余計にその明るさを強調させている。
研究室というよりはお洒落な喫茶店のような感じさえする。
「まぁその辺に座ってください。」
と、研究室の真ん中にあるテーブルと、それを四方から囲む椅子の一角に座るクリスとエリィ。
「紅茶でいいかな?」
エルハイムにそう聞かれ、「は、はい!」と妙に緊張した面持ちで答えるエリィ。
「えーコーヒーないのー?」と言うクリスには「あなたに聞いてないわよ。」と一喝している。
部屋の隅に備え付けの給湯所?らしき所でお湯をわかし、お洒落なティーカップに紅茶を入れこちらにもってくる。
「まぁそんなに緊張しなくて大丈夫よ。」
紅茶をテーブルに置きながらエリィに優しく声をかける。
この子に触れていると気持ちが穏やかになるのは、才能なのかなと思うクリス。
紅茶を配り終わると、空いている椅子に腰掛け
「さて。お話って何かしら。」
と、今度は真剣な顔になって話しだすエルハイム。
「あ、そうだったわね。」
すっかり落ち着いてしまっていたクリスが思い出したように言う。
「まぁ、昨日も話した通りこの子のことなんだけど。」
エリィの頭をポンと叩きながら話し出す。
「その子がどうしたの?」
紅茶をすすりながらエルハイムが聞く。
「この子、自分の記憶が無いみたいなのよ。」
さらっとクリスが言った。
「ぶー!」
いきなりの一言に飲んでいた紅茶を思わず噴出す。
「き、記憶が無いですって!?」
噴出した口元をポケットに閉まっていたハンカチでふき取りながら聞く。
「だからそう言ってるじゃない。」
あきれた様にクリスが答える。
「あ、あなたもっと言い方ってもんがあるでしょ!いきなり過ぎるわよ!」
いきなり怒るエルハイムに気おされながら
「まぁまぁ。で、あたしもそういうのよくわからなくてね。エルハイムに相談にきたのよ。」
そう言いながら軽い経緯を話すクリス。
しばらく黙って聞いていると
「はぁ、まぁあなたらしいって言えばあなたらしいけどね。」
軽くため息をついてそう呟く。
「取り合えず大体話はわかったわ。」
そう言い、
「わかったけど、一つ重要な事があるわ。」
とても神妙な面持ちで言うエルハイムに、エリィとクリスは息を呑んで聞く。
「ごめん、よくわからにゃい。」
表情とは対照的な発言に盛大に椅子からズリ落ちる二人。
「ちょ、ちょっと!わからないってどーいうことよ!」
身体を起こしながら思わずクリスが叫ぶ。
「どう考えたって専門外でしょ!それくらいわかりなさいよ!」
逆ギレしたかのように叫ぶエルハイムにまたも気おされ
「だ、だって何か知ってるかな~って思ったんだもん。」
ぶつぶつ呟くクリス。
「はぁ。まぁしょうがないわね・・・。」
半場あきらめたように言いながらエリィの方へ向き直り
「とりあえずあたしは専門外だけど。ちょっといくつか質問してもいいかな?」
と切り出す。
「は、はい!」
それまで緊張し過ぎてほとんど聞いていなかったのだろう。いきなり話を振られておっかなびっくりと返事を返す。
「まず一つ目。どこか頭に衝撃あったとかある?」
「ベタねー。」
クリスのつっこみに「うっさい、黙れ!」とでも言わんばかりの表情で睨む。
「う~ん、特にそういうのは無いみたいです。頭も痛いとこないですし。」
自分の頭をさすりながら答える。
「外部からの衝撃で、ってわけでもなさそうねぇ。」
うーんと唸りながらしばらく考え
「となると精神的なモノかなぁ。何か思い出せることある?」
ふるふると首を横に振るエリィ。
「うーん、やっぱり難しいわね。もしかしたら何か作為的なモノの可能性もあるし・・・。どっちにしろここじゃ検査もできないしね。」
そう言うと
「あたしよりセロ先生の所にいった方がいいかもしれないわ。」
「セロ先生?」
エリィが尋ねる。
「えー!セロのとこいくのが嫌だからあんたのとこきたんじゃない!」
クリスが面倒くさそうに叫ぶ。
「そ、そんなに変なんですか?」
あまりにも行きたくないような感じに見えたのでおどおどしながら聞くエリィ。
「あーいや、セロ自体は別に問題ないんだけどね・・。」
「いる場所が問題なのよ・・。」
ため息まじりに答える。
「エンティルバニア王国とは別の大陸でね、ニダヴェリアス大陸ってところに住んでるのよ。」
「それが何かまずいんです?」
エリィが尋ねる。
「転送サービスは大陸を跨って行けないの。行くには海を渡らなくちゃいけないから色々めんどくさいのよ。」
軽くため息をつきつつそう言うと
「ああ、それなら問題ないわ。」
エルハイムが口を挟む。
「なんでよ?」
クリスが聞くと
「今ね、先生カルベルスタットにいるのよ。何でも医療研究の一環でウチに来てるんだとか。しばらくいるって言ってたから、多分まだいるはずよ。」
ここでいうウチとは聖魔研のことだ。
「え!ココにいるの!?」
クリスが椅子から突然立ちあがり、驚き混じりに聞く。
「何てご都合主義・・・。ラッキーよエリィ!セロなら医者だから何かわかるかもしれないわ!」
ちょっと興奮気味に話すクリスに
「はいはいちょっと落ち着いて。空いてるかどうか確認とってみるから。」
と言いつつ、窓際に位置する自分の作業用デスクに向かうと、その上に設置してある通信端末をとる。
この通信端末もコンソールとほぼ同じ原理だ。
「・・・、もしもし、エルハイムです。おはようございます。」
恐らく相手はセロだろう。軽い経緯などを話している。
「クリスさんクリスさん。」
エリィが袖を引っ張って呼ぶ。
「ん?どしたの?」
「セロさんって怖い人なんですか?大丈夫でしょうか・・。」
どうやら医者って響きで恐怖を感じているようだ。医者=注射される、のような子供みたいな発想だ。
「大丈夫、別に痛いことなんてしないわよ。それにセロは面倒見がいいからねぇ。」
あははと笑いながらエリィの不安を払拭させる。
「まぁ痛い事はしないけどねぇ。うん、痛い事はしないけど・・・。」
だんだんと俯きがちになっていくクリスに
「な、なんですか!何されるんですか!」
違う不安を感じるエリィだった。
「連絡とれたわよ。今ちょっと手が離せないから午後に来てほしいそうよ。」
電話をしていたエルハイムが戻ってくる。
「おっけー。ありがとーエルハイム。」
「さて、あたしは仕事に戻るけど。あなたたちどうするの?まだ時間あるでしょ。」
んーそうねぇ、とアゴに手を当てながら考えるクリス。
そして思い出したように
「そうだ!まだ荷物も持ったままだし、一旦あたしの家に行きますか!」
そう提案するクリス。
「クリスさんちですか!」
ちょっと嬉しそうに話すエリィだったが
「それで、おうちどこにあるんです?」
近くにあるんだろうか、と思いながら聞いてみる。
「そうねぇ、こっから2~30分くらい歩いたところかなー。」
帰る前に紅茶全部飲んどこうと、残った紅茶を一気飲みしながら答える。
「まぁそこは借りの住まいでね。本当の家はガーデンブルクって言う、ここから南東の街にあるんだけど。」
「借りの住まい?」
「そそ。あたしも一応大聖堂で働く身だからね。そこから通ったんじゃお金が掛かり過ぎてしょうがないのよ。」
「ここから遠いんですねー。」
また感嘆としながら聞くエリィ。
記憶を無くしてる彼女にとっては何もかもがほとんど初めての事なんだろう。
「自然が多くて良い所よー。今度連れて行ってあげるわ。」
「本当ですか!」
飛び跳ねて喜ぶエリィをはいはい、となだめながら
「じゃーあたし達は一回出るわね。」
そう言って去っていこうとするクリスに
「ちょっと待って!セロ先生の場所わかるの?」
それを制止するエルハイム。
「あーそうだった。どうすればいいんだっけ?」
すっかり忘れていたクリスにため息をつきながら
「本当人の話聞かないわね・・・。とりあえず受付に話しておくから。そこで聞けば案内してくれるはずよ。」
「了解しました、エルハイム軍曹!」
と、敬礼しながら答えるクリス。
「軍曹って何よ・・・。」
さらにため息をつく。
「じゃーとりあえず行くからあとよろしくねー。」
「あ、クリス!あともう一個!」
出て行こうとするクリスをまた制止する。
「なによ~。」
まだなんかあるのー?とでも言いたげな表情で反応するクリスに
「今日の夜時間ある?」
唐突にそう聞かれ
「え?何?デートのお誘い?」
「違うわよ!!話があるの!」
顔を真っ赤にして怒るエルハイム。
「冗談よ冗談。んー、多分大丈夫だと思う。」
「一応いつものところで待ってるわね。何かあったら連絡ちょーだい。」
はいはい~と言いながら出て行くクリス達。
それを見送ると、また深いため息をついて近くのイスに腰掛ける。
そこでふと思う。
こう言っては何だが、また厄介ごとに巻き込まれている気がする。
いや、あれは彼女の性格からか。
昔からなのだ。困っている人を放っておけない。一種の使命感すら感じる時があるくらいだ。
別に人助けが悪いとは言わないが、それで彼女自身が危険な目にあった事も何度もある。
まぁ、そういう時の為に自分がいるのだが。
彼女が前に出て引っ張るというのなら、自分はそれのバックアップだ。
昔に起きた事件以来、自分はそうしよう、彼女の味方でいようと決めたのだ。
だが、今回はそう簡単にはいかないかもしれない。何しろ記憶喪失だ。今日明日で終わるわけがない。
記憶が戻るまで面倒を見るつもりなんだろうか。
まぁそれを聞いたところで、「あったり前でしょーが!」何て答えしか返ってこなそうだが。
らしいといえばそれまでか。
はぁ、とため息をつきそれ以上考えるのをやめる。例え何が起ころうと自分のやることは変わらない。
彼女の助けになるならそれでいい。
「記憶喪失ねぇ。まったく・・・。」
そう呟きながら仕事に取り掛かるエルハイムだった。
~息抜きタイム その1~
「そんな装備で大丈夫か?」
「クリスさん、もう去年の出来事です。発売前ですが軽く死語です。」
研究室から出たあと、迷子になりつつなんとか聖魔研を出た。
途中クリスが思いっきり壁を壊そうとしてたのを必死でエリィが止めていた。
その後街の中心部を抜け、郊外に広がる居住地区のような所に出た。
「こっちよ。」
クリスがそう言って先頭を歩き案内をする。
「言っとくけど何もないからね。寝に帰るだけの部屋だからねー。」
そう言っていたが、エリィはわくわく感が止まらなかった。
子供の頃に初めて他人の家に遊びに行く、というのを思い出すといいかもしれない。
自分の世界とは違う他人の世界が見えるかのような、そんなわくわく感がエリィにもあったのだ。
住宅地が所狭しと並んでいる道を抜けると、その一角にその家はあった。
家というよりは集合住宅地とでも言うべきか。3階建ての大きな建物で、ワンフロアを2箇所に区切った造りになっておりその住宅地は合計で6世帯住めるようになっている。
クリスの部屋はそこの3階のようだ。
建物の真ん中に大きい入口があり、部屋を区切るように3階までと続く階段を登る。
その先にある扉の横に小さくネームプレートがあり[Chris=Remember(クリス=リンベル)]と書いてある。
リメンバー?
「当て字よ、当て字。」
そっけなくクリスは答えた。
「ほら、そんなことより入っちゃって。」
ハテナマークがますます浮かぶエリィを催促し中へと入っていく。
先に感想を言ってしまえば本当に何も無い部屋だ。
寝る為のベッドと食事を取るための最低限の調理器具、食器などが置いてあるだけ。
この部屋には生活感というものが抜け落ちている気がする。
「だから言ったでしょー。何もないって。」
そんなエリィの顔を見てか、クリスが言う。
「これで生活できるんです?」
疑問に思って尋ねると
「もちろんここは寝に帰るだけの部屋よ。こっちでの仕事が多い時とかね、使うの。ガーデンブルクの方はもっと色んなものあるわよー。」
「おうちが二つあるんです?」
さらに聞く。
「あーこっちはねー、大聖堂からの借家だからほとんどタダみたいなもんよ?まぁ脅したんだけどねぇ。」
最後の方にさらっと怖い事を聞いた気がしたが流すことにした。
「まぁとりあえず本当何も無いところだけどくつろいで頂戴な。」
そう言いながら荷物を部屋に置き、上着からタバコを取り出し火をつける。
「ふーやっと吸えるわぁ。さすがにエルハイムの所で吸ったら殺されるわね。」
「あれだけ綺麗なお部屋ですもんね。」
ベッドに腰掛けながらエリィが話す。
少し不安な顔をしているようだ。
「大丈夫よ。セロならあなたの事も何か見つけてくれるわ。」
「そのセロさんて方はどういう人なんでしょう。」
やはり不安げに話すエリィ。
「んーそうねぇ。一言でいうのはちょっと難しいけど・・・。」
クリスが遠い目をしながら答える。
「ま、会えばわかるわよ!大丈夫、いい人だから!」
まるで何かを隠すように話を終わらせようとするクリス。
「不安ですぅ・・・。」
「そ、それよりお腹空かない?朝からドタバタしっぱなしで何も食べてないでしょ。」
これ以上この話題はダメ!とばかりに急に話を逸らす。
「あー、そういえば空きました・・・。」
急にお腹のあたりを押さえて答える。それを強調するかのようにぐぅ~とお腹が鳴った。
「よし!まだ時間もあるし、お昼でも食べにいきますか!」
そう言って、タバコを吸い終えたクリスが席を立とうとした時
「あ、そういえば。」
エリィが思い出したように
「本当今更なんですけど・・・。クリスさんお仕事大丈夫なんですか?私なんかに付き合ってしまって。」
と言うと、あきれたように
「ほんと今更ね~。だいじょーぶよ。昨日あっちでの仕事は終わらせたからね。あとで適当に報告しとけばとりあえずそれで終了。意外と自由なのよ?」
ふふん、と得意げに話すクリス。
それに対し
「自由っていうか安易ですね。」
素直な感想を言うエリィであった。
~息抜きタイム その2~
「そんな安易で大丈夫か?」「大丈夫だ 問題ない」
「クリスさんだから時事ネタやめてください。わかる人しかわかりません。」
時刻はまだ11時半ぐらいだったが、朝飯を抜きで行動していた為、お腹の空き具合も兆度いいとのことで、早めの食事をとる為にまた市街へと出かけていくクリス達。
どこで食べようか悩みながらメインストリートを歩いていると一人の男性に声をかけられた。
「お!クリスじゃねーか!なんだ仕事は終わったのか!」
突然後ろから話し掛けられたのでビクッとしながらなぜかエリィが振り向くと、長身の男性が手を振っていた。
赤みの入ったブラウンのショートヘア、兆度耳に髪の毛がかかるぐらいだろうか。綺麗な色なのにちょっとボサボサ気味だ。
意外と細身だが、半そでから見える腕などは意外と筋肉質だ。
そして何より、服装が派手だ・・。
例えるならアロハシャツみたいな感じなのだろうか。下のズボンは青みがかったジーンズのような感じなのだが。
「うわ、派手っ!」
と、ついエリィが口走ってしまったほどだ。
「ん?ああ、ハルトじゃない。どしたの、こんなとこで?」
これだけ派手なのにそんなの当たり前かのようにクリスが言う。
「商売だよ商売!オレが何だか忘れちまったのか!」
「え、漫才師じゃなかったっけ?」
大真面目に答えるクリスに
「あー神様、なんてこの人は愚かなんでしょうか。」とでも言いたげに額に頭を当て嘆くハルトと呼ばれた男性。
「あ、あのークリスさん。」
横で聞いていたエリィが指をツンツンつつきながら
「この方はお知り合いなんです?」
申し訳なさそうに聞く。
「知らん。」
一言バサッと切り返すクリスに
「うぉーーい!!今さっきオレの名前呼んでたよね!?あきらかに知り合い風に話してたよね!?」
今度は「何でやねん!」とでも言いそうなくらいの勢いでつっこんでくる。
「やっぱり漫才師じゃん。」
そう言うと今度こそ本当に、街中に聞こえるくらいの声で「何でやねん!」とつっこんでいた。
「ま、まぁいい。とりあえずそこのお隣の彼女に紹介をしてくれ。」
ぜぇはぁ言いながら話を進める。
「しょうがないわねぇ。」
とても面倒くさそうに言いながら
「彼はハルト。職業漫才師。」
「もういいっちゅーねん!!!」
と欠かさずにツッコミを返し
「もういい。自分でする・・・。」
あきらめたのか項垂れつつ紹介をし始める。
「オレの名前はロックハルト=ガーランド。大体みんなはハルトって呼んでるかな。普段はここで露店やってたりするんだよ。」
それまで二人のやり取りに唖然としていたエリィが、またハッと意識を戻して慌てて
「と、いうとカエデさんみたいな商人さんなんです?」
と、質問を返す。
「職業は商人だけどね。一応これでも冒険者ギルドのマスターなんだぜ!?」
得意げに鼻を鳴らしながら言う。
「へぇー。」
横で聞いていたクリスが以外とばかりに相槌を打つと
「お前もそのギルドマスターだろうが!!」
渾身のツッコミがすかさず入る。
「え?クリスさんもギルドマスターさんなんですか?」
エリィが尋ねると、あーあーばれちゃったと言わんばかりに
「まぁ正確には副マスターなんだけどねぇ。一応あたしも冒険者ギルドに所属してるのよ。不本意ながらこいつと同じね。」
と説明をする。
ハルトが「ひどい言い様ですね!」と叫んでいたが、もちろんスルー。
「へぇ~。そうなんですか~。」
感嘆としているように見えるが、きっと冒険者ギルドの意味をわかってないなとクリスは思った。
「で、その子はどうしたんだ?」
ハルトが今度は質問をしてくる。
「あぁ、この子は・・」
とくリスが説明をしようとした時に
「ま、まさか・・・。やめとけ!それだけはやめとけ!仮にも聖職者なんだから!すぐに親御さんに・・」
「誘拐じゃないわよ!!!」
ハルトが言い終わる前にクリスのするどいツッコミが入る。
「えーだってすっごい裕福そうな、クリスとは正反対な清楚な子を・・。」
なんかよく知らないがすごく嘆いてるように言う。
「粗雑で悪かったわね!」
そう言うクリスとハルトのやり取りが、それこそ漫才師見たいだなぁと思いながら聞いていたエリィだった。
「で、その子は?」
若干置いてけぼりをくらっているエリィを気にするように話を戻すハルトに
「ログ参照」
と、一言そっけなく言うクリス。
「そういうのやめて!お兄さん難しい言葉わかんない!!」
もう今にも泣きそうだった。
「私はエレクレスティアです!クリスさんはエリィと呼んでくれます!」
もう埒が明かなくなってきそうなのでエリィが強引に入ってきた。
「エリィちゃんか!ヨロシクな!」
救いの神が現れたと言わんばかりに上機嫌になって、満面の笑みで握手を求めるハルトに
「ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします!」
差し伸べられた手を両手で掴みながら深々とお辞儀をするエリィ。
「そんな今から嫁ぎに行くんじゃないんだから・・・。」
あまりにもおかしかったので言わざるを得ないクリスだった。
「で、そのエリィちゃんとクリスが何でこんなとこいるわけ?」
疑問に思ったハルトが尋ねる。
いい加減もう説明するのが面倒だったので
「あーじつはね、かくかくしかじかで・・・。」
「お前説明する気ないだろ。」
もはやツッコむ気力も無いようだった。
ハルトがどうしても気になるというので、近くにあった軽食屋で昼御飯を取りつつ、説明をする。
もちろんハルトのオゴリだ。
「えーー!!」
クリスの心の声が聞こえていたらしい。
「いや思いっきり口でいってるじゃん!!」
「当たり前でしょーよ。貴重な時間をこうやって割いてあげてるんだから。」
そう言いながらクリスが食べているのはサンドイッチとコーヒーのセットのようだ。
「ひでぇよ。扱いがひでぇよ・・。マスターなのに・・。」
また泣き出しそうに、テーブルに顔を突っ伏してしゃべっているハルト。
彼の前にはこれでもかというほどにでかいハンバーガーがある。
「まぁまぁ落ち着いてください。私もお金もってませんが・・・。」
フォローしてるのかトドメを刺してるのかわからない発言をしているエリィはパンケーキのようなモノを注文したらしい。
甘くいい匂いが漂っている。
「エリィちゃんに免じてここは許すが、おめーだけだったらぜってーおごんねーかんな!!」
ハルトの最後の抵抗も空しく、はいはいごちそーさんと手をひらひらさせながら涼しそうな顔でサンドイッチを食べるクリス。
「で、エリィちゃん記憶ないの?」
何を言っても無駄とわかったのか、ため息をつきつつハルトが聞く。
「はい、自分の名前以外思い出せなくて。」
注文したパンケーキをフォークでプスプスと刺しながら俯きがちに答えるエリィ。
「だーいじょーぶだって!絶対思い出せるさ!」
「どっからその根拠がでてくんのよ。」
ハルトの受け答えにクリスの鋭いツッコミが入る。
「だってセロんとこいくんだろー?性格はあれだけど、頭いいもんな。」
ハンバーガーにかぶりつきながらしゃべる。
「ハルトさんまで・・・。セ、セロさんて人はそんなに怖いんです・・?」
エリィが少し怯えながら聞く。
それを見たハルトは少し困り顔になりながら
「いやー、怖いってわけじゃないのよ。いや・・・ある意味怖いか・・。」
何かを思い出したのか急に背筋が凍る感覚になる。
「まぁ、ハルトは特にねぇ。注意した方がいいわよ。」
「そんなにこやかな顔で怖いこと言わないでくれますか!」
そんなやり取りをしている内に頃合な時間になる。
「まぁエリィは大丈夫よ!とりあえず行って見ますか!」
あきらかに怯えているエリィを元気付けるようにしゃべりながら席を立つクリス。
「ん、なんだもう行くのか。」
ハンバーガーを食べ終えたハルトが最後にこう言った。
「エリィちゃん!もし思い出せなくて行く場所なかったらウチに来な!いつでも歓迎だからよ!」
そのさわやかな笑顔に勇気付けられるように
「は、はい!ありがとうございます!」
そう言ってまた深々と頭を下げるエリィだった。
~息抜きタイム その3~
「エリィはあげないわよ。」
「そういう意味じゃねーよ!!」
ハルトと別れ、また聖魔研へと足を運ぶ。
途中ビクビクと震えるエリィを宥めながら、受付に話をしてセロのいる場所へと案内してもらう。
あいかわらず途中の道は迷路だ。迷子になる自信がありすぎて困る。
やっぱり壁に穴を開けて行こうかと腕を振りかぶったら、またもやエリィに止められたので渋々歩いて行く事にする。
5分ぐらい歩いただろうか。やっとセロがいる研究室のドアの前へとやってくる。
「あ、あの大丈夫でしょうか・・。」
いまだにビクビクいってるエリィ。
「だーいじょうぶよ!痛くするようだったらぶん殴ってやるから心配しないで!」
そう言ってドアを叩く。
『はぁ~い、どうぞ~。開いてるわよー。』
と、男性の声がした。 わよ?
「失礼しまーす。」
そう言ってドアを開けた先に待っていたのは
「はぁーいクリス。遅かったじゃない~。元気だった~?」
黒の短髪にお洒落な小さめの眼鏡、薄く塗った化粧が子顔を際立たせている。
服装は医者らしくYシャツネクタイで、白衣を着ているが。
「・・・。」
さっきから開いた口が塞がらないエリィ。
「あんら~さっきからこの子どうしたのかしら?だいじょーぶ?」
そりゃ塞がらなくもなる。さっきから口調がおねぇ言葉なのだ。
「まぁ、そういうことよ。」
口をあけたままゆっくりとクリスの顔を見るエリィにそっと声をかけてやる。
「はぁいセロ。そっちこそ元気だった?」
しばらく固まったままのエリィをそっとしておきながらクリスが挨拶をする。
「あいかわず化粧のノリがいいわね。ちょっと妬けるわー。」
「そんなことないのよ~。これでも今日は悪い方なのよ~。やぁねぇ、年を感じちゃうわ。」
「それを言ったらあたしはどうなるのよ。」
まるでこれが普通かのように話をする二人。
「お、おか・・おか・・」
やっと意識が戻ってきたエリィに
「あら、もしかしてこの子が例のエリィちゃん?」
そろそろ頃合だろうと思って声をかけるセロ。
「オカマー!!!」
やっと言えたのだろう、吐き出すように叫ぶエリィ。
「失礼ね~。これでも心は乙女なのよ~。」
そういう反応はもうなれてます、とばかりに綺麗に受け流す。
「あ!す、すいません!」
申し訳なさそうにあやまるエリィを良く思ったのか
「素直な子ね~。そういう子は嫌いじゃないわぁ~。」
そう言ってウインクを返す。
「良かったわねエリィ。気に入られたみたいよ?」
「う、うれしいです・・。」
苦し紛れに言葉を出したが、身体は硬直したままだった。
もうちょっとエリィの反応を楽しみたかったがあまり時間も無いようで
「私の名前はセロ。セロ=アートネイトよ。話はエルハイムから聞いてるわぁ。」
軽く自己紹介をする。
「エリィです!」
まだ緊張しているのか、裏返りそうになりながら答える。
「よろしくね、エリィ。」
性格はあれだが本当に良い人そうなので、ちょっと安心したエリィだった。
「さて、じゃあさっそく本題に入りましょうかね。」
そう言って彼の前にあるデスクに広がっている書物(恐らく研究資料か何かだろう)をしまいだす。
「まぁ、まずは気持ちを楽にしてねぇ。」
セロが座っている椅子の横にもう一個椅子があり、そこにエリィを腰掛けさせる。
「大丈夫よ。何も心配は無いわ。」
少し怯えるエリィに優しく声を掛け、緊張を解かせる。
「は、はい。」
少しずつ慣れてきたのか、強張った顔がとけてくる。
「記憶喪失と聞いたのだけれど、名前以外には何も思い出せないのね?」
セロの問診が始まる。
「はい、気づいたときにはルーンゲイズって名前の街の外に横になってて。自分がなぜそこにいたのか、そもそもどういうものだったかまったく思い出せないんです。」
ゆっくりとしゃべりだすエリィ。
「普通の行動は全く支障なさそうだけど、そういったところはどう?」
「歩いたり、おトイレいったり、しゃべったり、食べたり。そういうのは自然とできるんです。でも記憶の部分というか。」
少し考え
「例えばさっき使った転送装置なんかも当たり前のように使われてますけど、それがどういうものかわからなかったり。」
「ふーむ、なるほどねぇ。」
難しい顔をしながら、アゴに手を当て考えるセロ。
「一応ね、記憶喪失の原因で大まかな分類として2種類あるのよ。」
無言で頷くエリィ。
「一つは外傷性。まぁ有体に言えば、頭を思いっきり鈍器で殴られるとかね。その衝撃で一時的に記憶が抜け落ちることがあるわ。」
「でもあなたの場合それは考えにくいわね。痛いトコ無いでしょ?」
そう言われて頭をさするが特に痛い部分はでてこない。
「そしてもう一つが心因性。過重なストレスとかが原因で起きる記憶喪失ね。過去に心的外傷、トラウマがあったりすると、それをある一定以上負荷を受けることで記憶が飛んでしまう現象よ。」
またも無言で頷くエリィ。
「あんたわかってないでしょ。」
後ろで腕組みをしながら聞いていたクリスに言われギクッとし、
「はい、まったく・・。」
と俯きながら答える。
「まぁちょっと難しい話だったわねぇ。」
とセロが言うと
「でも安心していいわ。どちらも一時的なモノがほとんどだから。取り戻すには個人差があるけど直らない病気じゃないわ。」
エリィの手をぎゅっと握りしめ言い聞かせるように話す。
「よかったじゃないエリィ。そう心配しなくても大丈夫みたいよ!」
そう言ってエリィの肩を叩くクリス。
「は、はい!」
少し涙ぐみながら答えるエリィに
「一応外傷性じゃないか検査だけしときましょ。今日だけこの子預かるけどいいわね、クリス。」
とセロが言ったので
「はいはいわかったわ。明日迎えに来ればいいわね?」
時間を確認するクリス。
「ク、クリスさぁ~ん。」
情けない声で今にも泣きつこうとするエリィを宥めながら
「明日また迎えに来るから大丈夫よ。それにセロは女性に興味ないから安心して。」
と頭をポンポンと軽く叩く。
「あまりフォローになってないわよ。」
クリスの軽口に軽く項垂れるセロ。
「じゃーセロ、あとお願いしたわね。エリィ!また明日会いましょ!」
「また明日です、クリスさん!」
最後はちょっと元気を取り戻したようで明るい声が聞こえた。
~息抜きタイム その4~
「ところでハルトちゃんは?」
「お尻隠して逃げてったわ。」
エリィを置いて研究所から出ると辺りはもう夕暮れ時になっていた。
外門近くを歩いていた時だった。
ふと自分の背後に気配を感じる。
「だれ!?」
そう言って研究所の方へ振り返るが、誰もいない。
「・・・?気のせい?」
一瞬嫌な予感が過ぎったが、考えすぎだと思いまた歩き出す。
この時はまだ何も知らなかったのだ。
運命という残酷な現実に・・・。
第2節 完
息抜きタイム 番外編
「だれ!?」
「私だ。」
「お前だったのか。また騙された。」
「「暇を持て余した、神々の・・遊び」」
「一人で何やってるんですかクリスさん。」