7話:鉄の歌
鍛接という技術がある。
二つの鉄片を炉で白熱するまで加熱し、重ね合わせて打つ。打撃の熱と圧力で金属が結合し、継ぎ目のない一つの鉄になる。言葉にすれば簡単だが、温度が足りなければ鉄は結合しない。高すぎれば表面が焼け、脆くなる。叩く角度と力が正確でなければ、歪みが残り、使い物にならなくなる。
ドワーフの鍛冶師にとって、鍛接は肝の技術だった。
「見ていろ」
ボグダンが鉗で鉄片を二つ掴み、炉の中に突っ込んだ。送風の革袋を足で踏み、炎が唸りを上げる。鍛冶場の温度が一段跳ね上がり、ドラガンの額に汗が滲んだ。
鉄片が赤から橙へ、橙から白へ。色が変わっていく。白熱した金属が発する光は、直視すると目の底が焼ける。ボグダンはその光を平然と見つめ、一瞬のためらいもなく鉄を炉から引き抜いた。
金床に二つの鉄片を重ねる。金槌を振り下ろす。
一打。鉄が歌った。
澄んだ高い音が鍛冶場に響く。それはただの金属音ではなかった。正確な温度で、正確な角度で、正確な力で打たれた鉄だけが発する音——父はそれを「鉄の歌」と呼んだ。
二打、三打、四打。歌が続く。打つたびに二つの鉄片は一つになっていき、継ぎ目が消え、最後には一枚の均質な鉄板が金床の上に残った。
ボグダンが鉄板を掲げ、透かして見た。歪みはない。
「これが鍛接だ。やってみろ」
***
ドラガンが先に挑んだ。
鉄片を二つ、鉗で炉に入れる。送風する。温度を上げる。ここまでは問題ない。力仕事はドラガンの領分だ。革袋を踏む足にも、鉗を握る腕にも十分な力がある。
問題はその先だった。
白熱した鉄片を引き抜き、金床に重ねる。金槌を振り上げ——
叩いた。
音が鳴った。だが、父の鉄のような澄んだ歌ではなかった。鈍い、潰れた音。打った瞬間、二つの鉄片がわずかにずれたのがわかった。力が入りすぎている。手首ではなく肩で叩いてしまった。
二打目。修正しようとして、今度は弱くなった。鉄がまだ結合していない。熱が逃げ始めている。
三打目。焦りが力に変わり、金槌が鉄の端を叩いた。鉄片が金床の上で跳ね、片方が床に転がり落ちた。
「止めろ」
ボグダンの声が鍛冶場に低く響いた。感情のない声。叱責でもなく、失望でもなく、ただ事実として「止めろ」と言っている。
ドラガンは金槌を握ったまま、唇を噛んだ。落ちた鉄片が冷えて黒ずんでいくのを見つめた。
「温度の見極めは悪くない。だが、打つときに力を頼りにしている。鍛接は力ではない」
「……わかってる」
「わかっているなら、体で示せ」
ボグダンはそれだけ言って、次の鉄片を炉に入れた。
***
ルシェンの番になった。
ドラガンは金床の横に立ち、腕を組んで見ていた。見たくない気持ちと、見なければならない気持ちが半々だった。
ルシェンが鉄片を炉に入れる。送風する。ここまではドラガンと同じだ。だが、ルシェンの送風は一定のリズムを保っている。足の踏み方が均一で、炎の揺らぎが安定している。
鉄が白熱する。ルシェンが炉の色を見ている。炎の底にある白い光を、目を細めて覗き込んでいる。
引き抜いた。金床に重ねた。
金槌を振り上げ——叩いた。
歌った。
父の鉄と同じ、澄んだ高い音。一打で鉄が結合し始めたのがわかった。二打目も正確だった。三打目、四打目。力を抑え、手首の返しだけで金槌を操り、鉄片の表面を均一に叩いていく。
五打で終わった。金床の上に、継ぎ目の見えない鉄板が残った。
ボグダンが鉄板を手に取り、透かして見た。
「……いい」
その一言が、ドラガンの胸に刺さった。
悔しい。
悔しくないはずがない。鍛冶師の息子が、ヒューマンの弟子に負けている。父が認める一言を、ドラガンは一度も引き出せていない。力なら負けない。体格でも、握力でも、炉の熱に耐える忍耐でも。だが鍛冶場で求められるのは、そういう力ではなかった。
ルシェンが金槌を置き、こちらを見た。
勝ち誇った顔はしていない。むしろ、申し訳なさそうな気配がある。その気配がなおさら厄介だった。
「ドラガン」
「何だ」
「さっき、俺が鉄を引き抜いたとき、鉗がちょっと滑ったの気づいたか?」
「……いや」
「お前の力がなきゃ、あの鉄塊をそもそも炉に入れられない。俺の腕じゃ鉗が保たないんだ。さっきのも、お前が先に炉を温めてくれてたから温度が安定してた」
ドラガンは鼻を鳴らした。慰めだとわかっている。だが、ルシェンの言葉には嘘がなかった。この鍛冶場で、ドラガンの力がなければ回らない工程は確かにある。
「当たり前だろ」
いつもの返しが口から出た。腹の底に溜まった悔しさは消えていないが、ルシェンの前でそれを露わにする気はなかった。
***
午後遅く、鍛冶場に来客があった。
ボグダンが鉄を焼き戻しているところに、交易路の方から一人のドワーフが歩いてきた。小柄だが筋肉質で、旅装束に赤銅色の塵が積もっている。西部山岳領から来た者だと、衣服の染色でわかった。
「ボグダン」
「イヴォ」
名前だけの挨拶。知り合いらしい。ボグダンが鉄を水に沈め、じゅっという音を背にして来客の方に歩いた。
「ドラガン、ルシェン。今日の作業はここまでだ。片付けておけ」
ドラガンは工具を棚に戻しながら、横目で父と来客を見ていた。二人は鍛冶場の奥——材料を保管する倉庫の前で低い声で話し込んでいる。ドワーフ語だった。
声は聞こえる。だが、会話の内容は——断片的にしか拾えなかった。
「西部は動いている」
「まだ早い」
「早くはない。皇帝が——」
ボグダンの手が上がり、イヴォの言葉を遮った。息子が作業している方を一瞬だけ顧み、さらに声を落とした。
ドラガンは聞こえないふりをして工具を磨いた。ルシェンは何も気づいていない様子で、炉の灰を掻き出していた。
やがて、イヴォが鍛冶場を去った。荷物を持たず、手ぶらで来て手ぶらで帰る。商売の用事ではなかった。
***
夕方。
片付けを終え、ルシェンが鍛冶場を出た後、ドラガンは父の横で炉の残り火を掻いていた。
ボグダンが口を開いたのは、灰が最後の一かけらまで炉の底に落ちた頃だった。
「鍛冶は創造の仕事だ」
唐突だった。ドラガンは顔を上げた。
「壊すことは誰にでもできる。壊すのに技術は要らない。だが、作るには技術が要る。時間がかかる。忍耐が要る。だからドワーフは、作る者を尊ぶ」
ボグダンの目は炉を見ていた。赤い残り火が灰色の瞳に映っている。
「お前は将来、西部に行きたいか?」
ドラガンは返答に詰まった。西部山岳領。父の故郷。ドワーフの同胞が暮らす地。
「なぜ?」
「なぜ——か」
ボグダンが立ち上がった。炉の前を離れ、鍛冶場の入り口に向かう。その背中が、いつもより小さく見えた。
「今はまだいい。ただ覚えておけ」
それだけ言って、父は家の方に消えた。
ドラガンは一人、冷えていく鍛冶場に残された。
お前は将来、西部に行きたいか。
行きたいとも行きたくないとも、答えられなかった。ここが好きだ。ルシェンもティセラもいる。だが、今日の鍛接のように——ここにいる限り、自分は永遠にルシェンの後ろを歩く。
西部には何があるのだろう。
炉の火が消えた。鍛冶場が暗くなった。金属の匂いだけが、闇の中に残っていた。




