燎原の火
3人よれば文殊の智恵。
日本人天才発明家3人によって生み出された「アイグラス」。
幾度かのフルモデルチェンジやマイナーチェンジを経てVersion.8.0.2にして完成に至った。
スマートフォンという時代遅れの商品を見かけることは滅多にない。
一部、眼鏡に忌避感を感じる人達や新しい物が苦手で食わず嫌いの層が前時代のそれを支持しているのだが、「アイグラス」を試してみたとたんに乗り換えるようになる。
何しろ町が、都市が、国そのものが「アイグラス」に合わせた設計に作り変えられたからだ。
使用感は従来の眼鏡とさえ一線を画す。
しなやかで強靭でありながら軽くて掛け心地も良い。
ウェアラブルの極地と言えた。
各種の体調管理もそれで行なわれ、
病院における血液検査を毎秒行ってくれているようなもの。
「アイグラス」用に用意されている各種健康管理アプリにより、
命を救われたという使用者は非常に多い。
寝ながらの着用であっても不快感は無く、
睡眠の計測はもちろんのこと、耳付近で鳴る環境音や騒音に対して、
逆相位の音波を出し騒音を打ち消すノイズキャンセリングの機能まで備え付けられている。
「アイグラス」のメモリ容量そのものは32TBとそこまで大きくは無い。
ただし購入者にはほぼ無制限と言えるクラウド(ネット上のメモリ)が用意される。
インターネットの契約やルーターなどは不要。
人の存在する地域であれば無償でインターネット接続や通話ができるように設計されている。
国の電波の仕組みにもテコ入れが行なわれて、
新しい特許技術によって「アイグラス」は電波でインターネット接続と電力給電が同時に行なわれる。
よって日常生活の中で充電が必要になるという事が無くなったのだ。
「アイグラス」のディスプレイ画面の大きさや位置は変えられるだけでなく、
VR画面のように360°の大画面としたり、AR画面として日常生活に見える物に情報を加えたり、
透過率や意識率を設定で選べる。
意識率に関してはAIにより思考操作が行なわれ、
「アイグラス」の画面で流れる映画などに意識がいっていたとしても、
ふと外に意識を向けると自動で「アイグラス」の画面が透過するという不思議現象が起こる。
本能の部分と長期記憶に関してはAI「アイ」のサポートが行なわれ、
意識を映画に向けたまま赤ちゃんをあやしたりおしめを変える事ができるのだ。
この技術により歩きながら、車に乗りながらエンタメを楽しむことが可能になった。
それでもなお危険が迫っている場合には追加で未来予測を行ってくれて、
どの場所に意識を向ければ良いかまで視覚的・聴覚・触覚で教えてくれる。
この意識率の研究の副産物として、
不眠症患者が眠りにつく際に特定の映像・音楽を流す事で必ず眠れるようになった…というのもある。
教育は「アイグラス」の活用が中心となる。
「アイグラス」は常時録画されている。
年月日の何時何分何秒にどのような視覚情報を得たかが残り、
その情報は標準搭載の超高性能AI「アイ」によりリアルタイムで処理がなされる。
これは何かを思い出す脳の機能を肩代わりしてくれていると言える。
旧時代の大学入試であればほぼ100%「アイグラス」持ちの小学生が満点を取ることができるだろう。
本人の努力や能力といったものは不要な時代となったのだ。
だからかスポーツそのものはより盛んになっている。
教育の時間が減ったことで、運動で体を鍛えたり競う時間が増え、
そのやり方も「アイグラス」により最適化されつつあるのだ。
犯罪率の低下に関しても大きく貢献する。
「アイグラス」の眼があることで計画的犯行はほぼ全てが潰され、
突発的な犯行でも「アイグラス」に証拠が残り捕まるのだ。
犯罪組織とされるものは「アイグラス」を用いる事ができない。
クラウドに上がった犯罪計画の情報を、AIが引っ張り上げ警察へ通報・閲覧されるからだ。
かといって「アイグラス」を用いずに犯行を行う事は原始人が軍隊と戦うようなもの。
ゲリラ的に小さな勝利をあげることはできるが、
一度高性能AI「アイ」に目を付けられれば終わりなのである。
「アイグラス」を使用する愚かな人類が80.2億人に到達したその日。
とある一室にいた3人の小柄な老人は死刑囚を処刑するかのように3つのレバーを1つずつ握りしめている。
老人達の口の端はこれでもかと言う程に上がり、涎がだらだらと垂れている。
かつての天才としての顔はそこには無い。
まぎれもない狂った変質者がいるだけであった。
そして満を持して、レバーは3人同時にガチャンと引かれた。
…ボンッ!
世界中で鳴る破裂音が3人の老人の耳には聴こえた。
「人が想像できることは必ず実現しうる」ジュール・ヴェルヌ




